三条会『班女 卒塔婆小町』

◎タブーにつきあわない三条会    男優は皆スキンヘッドである。かぶると道端の石のように周りから気にされなくなるというドラえもんの道具「石ころぼうし」(てんとう虫コミックス4巻)を着用した絵にそっくりだ。三条会の『班女  … “三条会『班女 卒塔婆小町』” の続きを読む

◎タブーにつきあわない三条会  

 男優は皆スキンヘッドである。かぶると道端の石のように周りから気にされなくなるというドラえもんの道具「石ころぼうし」(てんとう虫コミックス4巻)を着用した絵にそっくりだ。三条会の『班女 卒塔婆小町』は、俳優という出たがりの人間が舞台にいて、三島由紀夫の長台詞を喋っているのに彼らの存在を消そうとするという、石ころぼうしを地で行く公演だった。


 舞台上手にエレベーター。下手に地下階段へ通じる穴がある。エレベーターには途中で俳優が乗るものの、実際のところ上下移動はせず、「上手より退場」と同様の使い方をしている。前半の『班女』で花子を演じる榊原毅(大柄で筋張った体躯に、薄桃色のドレスをまとっている。なお役名は「ドレスの男」)が本作品全体の軸となり、後半の『卒塔婆小町』では榊原を含めた5人の俳優が、変則的に役を入れ替えしていく。間に休憩はなく、一つの作品としての繋がりを持たせていた。

 『班女』は役が固定され、最初からいるのに花子と実子に気づかれない吉雄の存在により、「居ながらにしていない俳優」という演出の意図は明快である。吉雄と花子が、実子に会わせろと揉める場面はいじり倒してコントのように、敢えて長い時間を割きながら上演していた。
 初日では『卒塔婆小町』の公園の恋人、舞踏会の客の処理がうまくできておらず、ところどころ舞台上の時間が停滞したのが残念だ。それらが滞ることなく繋がれば、元々の戯曲に流れる時間のリズムを、消える俳優が自在に変えたのではないかと想像できる。
 中頃で榊原がワインの瓶をぶらさげて登場したのは、最後の場面で警官から泥酔の果てに死んだとみなされる詩人と繋がって効果的だった。

 総じて、戯曲に流れる時間のリズムを変えることで「いじれない」といわれる三島の戯曲を操ろうとする面白さがある。その面白さの次に彼らが目指しているものは、俳優が近代能楽集における『班女』及び『卒塔婆小町』の時間の流れの上に乗って演技するのではなく、俳優がそれらの時間を一度身体に入れ、各々の体内リズムによるありとあらゆる再構築の過程を経て、新しい時間の流れそのものを彼らの在・不在によって舞台上に作り出し、老婆の「また100年待つ」という台詞を現代に生きる俳優自身の言葉として語ることだろう。(04.06.10 こまばアゴラ劇場)河内山シモオヌ 
*08.06初出 再掲載