パラドックス定数「怪人21面相」

 パラドックス定数は「『個人と社会の相克』をテーマに」(同webサイト)骨太の作品を矢継ぎ早に発表してきました。「主宰・野木萌葱の作品を上演活動する組織」と規定しているだけあって、野木作品の構成力が最大の魅力であり、基本 … “パラドックス定数「怪人21面相」” の続きを読む

 パラドックス定数は「『個人と社会の相克』をテーマに」(同webサイト)骨太の作品を矢継ぎ早に発表してきました。「主宰・野木萌葱の作品を上演活動する組織」と規定しているだけあって、野木作品の構成力が最大の魅力であり、基本的にはセリフだけの潔い会話劇が特徴です。今回の第10回公演「怪人21面相」(渋谷space EDGE、5月12日-14日)は、三億円事件」「731」に続く、戦後未解決事件シリーズの集大成と銘打って、劇場型犯罪のはしりとなったグリコ・森永事件を取り上げました。無理筋ともみえるきわどい構成だったのではないかと思いますが、それだけにドラマチックな起伏を折り込んだ迫力は手応え十分でした。

 事件の主役となった「怪人21面相」は、公安刑事、会社役員、新聞記者、暴力団員という4人の男の合作であり、内部情報を入手して綿密に仕組まれたという前提で進みます。事件を知らない世代のために劇団webサイトに次のようなあらすじが要領よくまとめられています。

警視庁指定114号事件。この事件は犯人グループの仕掛けた壮絶な心理戦争である。現職社長誘拐。要求総額25億円。応じなければ貴社の製品に青酸を混入する。狭い部屋で淡々と言葉を交わしながら、犯罪の計画を立て実行に移す四人の男。さながらゲームを楽しむかのような余裕を感じさせる彼等も、次第に犯罪の持つ殺気に飲まれてゆく。企業論理、報道姿勢、警察捜査を軸に日本現代史の闇を見つめる。自らの属している組織をも脅かす犯罪にのめり込む、倒錆した自己を抱える男達を描く。
<どくいり きけん 食べたら 死ぬで 怪人21面相>

 会場は倉庫跡のような殺風景な場所です。入り口のガラス戸を締め切り、外の明かりを背景に事務机が置かれています。客席が入り口に向かって設営されています。頭上はロフト風の2階になっていて、男たちは上手の階段を上り、2階のドアから出入りします。役者が歩く物音やきしみが頭上を移動していく様は不気味で、階下と階上でことばを交わすのも、正体の見えない犯罪劇にふさわしい構造でした。おそらく台本は、この変則的な会場を念頭に置いて書かれたのでしょう。効果はしっかり出ていました。

 音楽はほとんどかかりません。登場人物が4人だけの2時間を、セリフだけで押し切るのですからドラマとして密度が濃いことは間違いありません。犯行の手口に男たちのそれなりの素性や背景を絡ませる段取りも定石通りです。

「素晴らしい脚本だと思います。ぜひぜひお年を召した男優さんでも観てみたい!新劇の劇団で上演しないかしら?ものすごく演じ甲斐のある役ばかりだし、作品としても大人向けで、新劇の客層に合うと思います」(しのぶの演劇レビュー
「よく知られた戦後の事件を核に、ほかのいくつかの事件を編み込んで緻密に進む芝居。約一年にわたる五場が実にきりきりと進みます。台本だけでも多分凄く面白くて、作家のレパートリーは年嵩の行った役者や若者など、いろんな役者で見たいという気にします」(休むに似たり。

 まず野木作品ありきの集団だけに台本の力は強烈で、巻き込まれたら最後まで引きずり込まれてしまいます。こういう気持ちになるのもよく分かります。公安刑事、会社役員、新聞記者、暴力団員という顔ぶれをそろえた段階でまずポイントを上げていると言ってよいでしょう。素材に引きずられず、むしろ素材を料理して、ハリウッド級のミステリドラマに仕立てました。

 しかしこのポイントが反面、マイナスにも作用します。ハリウッド作品によくあるのですが、おもしろさを引き出そうとするあまり、映画を見ている間ははらはらどきどきしながら、映画館を出たあと考えてみると、話がうますぎるような気がするのです。この公演も、振り返るといくつかのうますぎる無理があるような気がします。

 大事件を本社挙げて取材中に、いくら乾されている記者でもこんなに暇じゃないだろうとぼくの記者経験は教えるのですが、それはそれで話の行きがかり上無視しても構いません。しかし頭脳役の公安刑事が、あるメンバーの極秘情報をばらしてしまう個所はどうにも飲み込めませんでした。筋書き上そういう展開になっているので、気にしなければあっという間にラストまで一瀉千里ですが、公安の世界は情報が命ですから、同士的組織的な絆に支えられていない犯罪仲間に、極秘情報、秘匿素性をぺらぺらしゃべる場面はなじみません。話がうますぎる、軽すぎるのです。行きがかり上、素性を明かすことによって物語を展開していく構成になっているしわ寄せが、この個所で露わになったのではないかと思えます。

 作者はおそらく、ひとりでずんずん書き進むタイプのようです。台本で勝負できる実力の持ち主だけに、周囲のスタッフも含めて構成や内容を練り上げ、無理が瑕疵につながらない作品にしてほしい、厚みのある作品を生み出してほしいと思います。映画の世界は脚本家が複数の場合も珍しくありません。ひとまず出来た台本を監督や製作者らが「叩き」ます。文学の世界では、編集者が叩き役に当たるでしょうか。芝居の世界、特に作・演出を兼ねた場合は、どんなやり方をとっているのでしょうか。

[上演記録]
パラドックス定数第十項「怪人21面相
渋谷space EDGE(5月12日-14日)

作・演出:野木萌葱
出演:
植村宏司 十枝大介 杉田健治 小野ゆたか

照明:木藤歩
舞台監督:渡辺陽一
宣伝美術:山菜春菜
web広告:JAPSCRAPS メグジョ 富永淳
制作:パラドックス定数研究所
協力:井上千鹿子 鈴木万裕子 松本寛子 村上朋子 副島千尋

投稿者: 北嶋孝

ワンダーランド代表

「パラドックス定数「怪人21面相」」への1件のフィードバック

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