劇団ジャブジャブサーキット 『亡者からの手紙』

◎日影丈吉の手紙 原作物を舞台化、映像化する際に重要になるのは、演出家がそのテクストを用いて何を対象化しようとしているのか,その批評性であろう。それは、劇作家や演出家自身が今現在において何を問おうとし、何を獲得しようとす … “劇団ジャブジャブサーキット 『亡者からの手紙』” の続きを読む

◎日影丈吉の手紙

原作物を舞台化、映像化する際に重要になるのは、演出家がそのテクストを用いて何を対象化しようとしているのか,その批評性であろう。それは、劇作家や演出家自身が今現在において何を問おうとし、何を獲得しようとするのかにより、自身の仕事振りを見つめるための自己対象化のためかもしれないし、社会全体を対象化するためかもしれない。いずれにせよ、人間とそれを取り巻く主種の属性についての認識を外から取り入れることによる、自己の可能性の拡張であることに変わりはない。


そうであるならば、原作を立体化するには対象化しようとする目的に沿った新たな読み直しをしなければ効果は持ち得ない。観客はその原作に劇作家や演出家がどう格闘したのか、その軌跡こそが見たいのだとしたら、今回はせひろいちが原作として選んだミステリー作家、日影丈吉(1908-1991)の4本の短編から成るオムニバス『亡者からの手紙』は果たしてそういった意味での格闘をしていたと言えるだろうか。なるほど、芝居自体はよく纏まっている。しかしそれは日影丈吉という作家の魅力を伝えることに重心が置かれことの結果ではないだろうか。

今回の公演では、距離を持たせるためにウイングフィールドの空間を縦に使った空間設計が施され、観客席はその舞台空間を挟み込むように端に据えられた40人限定公演となった。これは、はせひろいちが演劇化の際念頭に置いていた「劇空間の立体化」(当日パンフ)の試行を感じさせる。原作となったのは『吉美津の釜』『王とのつきあい』『飾燈』『夜の演技』の4編。「あの頃はまだ必然や論理がありましたね人殺しの作法と申しますか」(チラシ)の文面は端的にこの舞台のみならず、日影丈吉の描く物語世界を示しているように、かつての犯罪や殺人事件には偶然性や動機不純的なものではなく、全ては人間の持つ確固たる意志や深い業が織り成す人間ドラマとして存在していた、ということを表現する。得てしてミステリーとは、その確固たる人間の動機や意志をいかに苦心惨憺散りばめ、後々の事件の伏線として張り巡らせるか、それが読者を鮮やかに魅了する要素となる。

その点では、今回原作となった日影丈吉の世界には知的な犯罪トリックは存在しなく、人間の業が渦巻くどろどろとした関係性が描かれる作品であることが分かる。例えば『夜の演技』。性格の全く異なる姉妹である朝世(咲田とばこ)と夕起(中杉真弓)、それに朝世の夫の浅井(小山広明)を主軸とした殺人事件である。男関係が派手で酒に溺れた状態の夕起は、ベテラン女優である朝世が所属する新劇団の若い男優と関係を持つ。その男優を朝世が心底嫌っていることを知っていながら働いた妹の行為と、そのルーズな性格に対する怒りが原因で、夕起を暖炉に突き飛ばして打撲死させる。その後、役所に勤める浅井と共謀して夕起が自殺したように偽装行為を行うが、刑事(鬼頭卓見)の捜査によって浅井が取り調べられ、そして逮捕されてしまう。しかし、自分が殺したにも関わらず嫌疑を免れた結果に終わることに不満足な朝世は突然刑事に自らの犯行であることを自白するのである。自分が常に注目されていなければ収まりがつかない悲しい女優の性を描いたこの短編には、確かに犯行に至るまでの苦しい心情が抽出されている。実はこの物語は、何事に対してもも行き過ぎな朝世を疎ましく思っていた浅井による策略であり、朝世が自白することも見越していたのである。結果、手伝いでやってきた若い女優、小谷野(永見一美)と新たな関係を持つことが示唆され、この短編は締め括るられる。

よく練られた人間愛憎劇だとしても、物語枠としてはありふれたものだと言わざるを得ない。なぜそう映るのか、それは日影丈吉の書く台詞は俳優によって十分に伝わるとしても、はせひろいちがこの原作を通してなにを照射しようとしたのかが見受けられないからである。それによる弊害は俳優に圧し掛かってくる。舞台自体は魅力的だったにも関わらず、登場する人物が立体的に浮き上がってこないのは原作を忠実に再現しようとしすぎたからではなかったか。俳優達は膨大な台詞をこなすことに追われているため、岩木淳子が生き生きと演じた少年役等を除き、台詞に語られているような人物が身体を通して立ち現れるているようには感じられなかった。この点が何より致命的な部分だったと言えよう。

「劇空間の立体化」とは劇空間を広く使うために工夫したり、ドラマチックにするために照明を凝るだけでは成し遂げられない。この舞台で達成すべきだったのは、何より人間を、日常性格において様々に抑圧され制限をかけられ、出口を見出せずに鬱々とする人間を私達の身につまされるよう魅力的に描くことである。そうすることによって、昭和の時代に生きた人間と現代の人間の同位性、あるいは原作に登場するような犯罪者と近年の犯罪人との違いは何かを炙り出すことになり、この作品が原作の舞台化以上にアクチュアルなものとして提出できたはずである。私が日影丈吉に興味を持ったのは確かだ。この舞台は日影丈吉を見知らぬ観客へ向けられた手紙であった。
 東京公演は7月5日(水)-9日(日)までザ・スズナリにて。
(6月14日 ウイングフィールド ソワレ)

(藤原央登 現在形の批評

[上演記録]
劇団ジャブジャブサーキット 『亡者からの手紙~日影丈吉に顧みる昭和の犯罪学~』
ウイングフィールド(6月14日~18日)

【原作】日影丈吉(『日影丈吉選集』河出書房新社刊より)

【作・演出】はせひろいち

【出演】
咲田とばこ
栗木己義(Wキャスト★)
小山広明
中杉真弓
岩木淳子
岡浩之
小関道代
荘加真美(Wキャスト☆)
江川由紀(Wキャスト☆)
平塚直隆(ジ・オイスターズ)
はしぐちしん(コンブリ団)
鬼頭卓見(フリー)
小島好美
永見一美
土居辰男(Wキャスト★)

【スタッフ】
照明:福田晴彦((有)自由舞台)
音響:松野弘
舞台美術:JJC工房
舞台監督:福田由香((有)自由舞台)
     岡浩之
宣伝美術:奥村良文(ワークス)
制作:咲田とばこ・中杉真弓

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください