千賀ゆう子企画「桜の森の満開の下」

観劇していて面白い作品の中に、
「布を駆使して作っている作品」がある。
中でも、

スクリーンや衣装も含めた「布」の使い方が上手い、と
感じたのが、
岸田理生脚本「桜の森の満開の下」だった。
語り手の乞食婆さんと

ヒロインの一人二役を演じる千賀ゆう子氏の衣装は
暗い色の着物の上に
ツギの当たったアズキ色のぼろを羽織る形になっていたし、

舞台の後方に当たる部分には
たっぷりと白い布が敷き詰められていた。
二人の役者は、その布をまとったり、あるいは布に絡め


取られるようにしながら物語を紡いでいく。

山賊がある日、桜の森の満開の下で女を自分の妻にする。
彼女に言われるままに彼は元居た七人の妻を殺し、
山を降りて都に住み、毎日人を殺しては首を持ち帰って彼女に与える。

しかし思い悩むことが増えた山賊はついに山へ帰ることを決意し、女を背負って帰途につく。
そして満開の桜の森の下で山賊は女を殺す。

首遊びのシーンで語られる物語は、
大納言の首と姫君の首の禁断の愛情だったり
いたいけな少女の首と美しい青年の首の恋の顛末だったりと、

汚れていく首で女が演じた「腐っていく愛情」の話で、
白い布に絡め取られた山賊が首の一つとして女の前に現れ、
腐乱した少女の首を顔に押し付けられる演出が特に印象的だった。

坂口安吾の原作も、岸田理生執筆の脚本も
不勉強にして全く未読のままだったが、
聞き知っていた大雑把な概要とはかなり違っていて驚いた。
とりわけショックだったのは、女が鬼ではないことだ。

確かに都で女が興じる首遊びは
首が腐乱して白骨化しても繰り返されるような鬼気迫るものだし、
「鬼だ。この女は鬼だ」という山賊の台詞もある。

しかしそこは桜の森の真下なのである。
そこを通過する旅人は気が違ってしまうという満開の桜の下で、
山賊の台詞が真実なのかどうかは分からない。
あるいは彼にとっては我が身を滅ぼす鬼だったのかもしれないが、

山賊に背負われて、眠っているかのように四肢と首を垂らした女は、
死ぬ瞬間も死んだ後も鬼に変貌することは無い。
殺してしまった瞬間に山賊は愕然として泣き叫び、

そして二人の姿は「花に吸われて」掻き消えてしまう。
正気と狂気の境目を描いた作品は少なからず見てきたが、
いかにも思わせぶりな所が無い分、ラストシーンは衝撃的だった。
生演奏と歌、語りの中で繰り広げられる一連のドラマに

古典の凄さを初めて体感したように思う。
腐乱する首と首遊びの物語の内容もそうだったけど、
自然に暗喩が幾重にも重なっていった作品が私はとても好きだ。
妙に奇をてらっていないところがすがすがしいと思う。

到着が遅れて舞台の正面で見られなかったのが非常に悔やまれるところで、
舞台奥の壁にあたる場所には暗幕が張られており

そこが音も無く舞う桜の花びらを映しだしていたのだ。
役者の背後に舞う花びらを、是非とも正面から見たかった。
これからもっと早く劇場に行くことにしよう。

千賀ゆう子企画公演
「桜の森の満開の下」

坂口安吾生誕百年記念事業
岸田理生作品連続上演2006参加作品

原作  坂口安吾
脚本  岸田理生
演出  金亜羅

出演   千賀ゆう子
     鶴山欣也(舞踏家)
     ヒグチケイコ(voice)
     楽士・竹田賢一([エレクトリック大正琴] voice含む)
ビジュアリスト  choi57(Jongbum choi)

照明   奥田賢太
音響   りは
宣伝美術 武富健治
舞台監督 国井聡
製作   木舘愛乃

【新潟公演】

日時 2006年 6月 16日(金) 19:00開演
料金 \3,500-(前売)
\4,000-(当日)
会場 りゅーとぴあ能舞台
企画・制作 千賀ゆう子企画
共催 財団法人 新潟市芸術文化振興財団
後援 駐日韓国大使館 韓国文化院(http://www.koreanculture.jp)
新潟日報社
協力 新潟市
新井淳一
仲井征勝
蓑崎昭子
問い合わせ 坂口安吾生誕百年記念『桜の森の満開の下』上演実行委員会
シネ・ウインド 電話025-243-5530

【東京公演】

日時 2006年 6月 22日(木) 14:00開演/19:30開演
 2006年 6月 23日(金) 19:30開演
料金 \3,500-(前売)
\3,800-(当日)
\2,500-(学割)
会場 こまばアゴラ劇場
企画・制作 千賀ゆう子企画


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