スパンドレル/レンジ「おとなのいない国」

◎「おたく」の殻から抜け出した末に  小笠原幸介  会場に入ると、ポリ袋の中に入った女子高生たちが携帯でゲームをしているのが見える。そして客電が消えると音楽にあわせ、生気のない顔で彼女たちがパラパラを踊り始める…という導 … “スパンドレル/レンジ「おとなのいない国」” の続きを読む

◎「おたく」の殻から抜け出した末に
 小笠原幸介

 会場に入ると、ポリ袋の中に入った女子高生たちが携帯でゲームをしているのが見える。そして客電が消えると音楽にあわせ、生気のない顔で彼女たちがパラパラを踊り始める…という導入部にまず惹かれた。

 女子高生はゾンビみたいな化粧をしているし、中には何人か女装した男もまぎれているようだ。以前からパラパラというのは、音楽は軽快な曲なのに踊り手は無表情な点が奇妙だと思っていたが、そのゾンビメイクと相まって一層異様な感じが際立つ。この劇団の作品を観るのは2度目で、初めて観た作品が非常にストレートな会話劇だったので、ちょっと意表をつかれるシーンだった。しかし本題に入るとやはり会話を主体に展開していく。

 30過ぎて童貞の男(秋葉原では“妖精”と呼ばれるらしい)とガンダムおたくのその友人。2人の前に現れた、態度も口も凶暴な(猟奇的な?)女。兄である妖精君のだらだらとした生活を責めながらも、実はメイド喫茶(風俗?)で働いている実の妹。この4人の関係性から見えてくるのは、やはり立場の逆転した現代の男と女の関係性だ。

 おたくの2人は猟奇的な彼女に殴られ、なじられながらも、彼女をアニメに出てくるような女性戦士(!)として崇拝している。強くなる女性と大人になりきれない男性。これは取り上げるテーマとしてはさほど新しいものではないが、言葉のダブルミーニング等の演出を使って、魅力的に描かれていると感じた。

 例えば妹の「お兄ちゃん」という呼びかけが、メイド喫茶の店員が客に対して言っている台詞なのか、実際の妹が兄に対して言っている台詞なのか分からなくなるシーンなど、特に面白い。また男の「ミキオ」という名前を「ミッキーマウス」と取り違えるシーンなどもあり、前作でも思ったのだが、言葉のダブルミーニングを上手く使う劇団だと感じた。

 もう一つこの劇団で特徴的なのは、「痛み」というキーワードだろうか。今作では例えば猟奇的な彼女が、いきなりハンマーを空の缶ビールに打ち付ける…というシーンがある。また復讐に狂ったフィギュアおたくの男が、振り上げる金属バットや、段ボールに突き刺す包丁は全て本物だ。これらの「危険物」を使った演技は、観る者に直接的な恐怖や痛みの感情を否応無しに引き出すものだ。観念的ではなく、直接目の前で行われる恐怖や痛みに訴えることによって、登場人物の狂気が表現されている。

 前作では場所の制限もあり、危険な演出はなかったが、それでも眼帯をした女が「傘で眼を突かれた」ためと語るシーンなどがあり、直接的にではないが生々しい「痛み」を感じさせる場面があった。聞く所によると以前の作品はチェーンソーを使ったシーンもあったという。会話だけでなく身体的に訴えるこの演出によって、狂気の部分が強く、印象的に表現されていると思う。

 さて、ポリ袋に入れられたゾンビ女子高生たちは、今ではもう古くなり役立たずになった女性像だった。言ってみればそれは90年代の象徴のようなものだろうか。しかしその後に出て来て、今現在も存在しているおたくも、猟奇的な彼女も、メイドたちも、不思議なことに、私にはもはや過去のものに見えてしまった。次から次へと新しい価値観が登場する現代では、ある概念は一つの定着したイメージを持つことが不可能なのかもしれない。

 妖精君は最後に、過去に存在したという「革命戦士」の意を継ぎ、ダイナマイトを腰に巻いてディズニーランドに自爆テロをしかける。妖精君は「平和な」日常から、彼は自分の中にある今まで向き合うことのなかった狂気を発見し、最後にはテロリストに成ってしまう。しかし、それは彼にとってみれば「おたく」という殻から抜け出し、自分を見つめ、他者とコミュニケーションを図ろうとした結果、つまり成長しようと考えた結果なのである。そこに自爆テロという選択肢しかないという点に現代の悲劇があるのだと感じた。

【筆者紹介】
 小笠原幸介(おがさわら・こうすけ)
 1976年横浜市生まれ。武蔵野美術大学卒。デザイナー。小劇場のレビュー紙「CutIn」を編集する傍ら、パフォーマンス活動にも参加。

【公演記録】
スパンドレル/レンジ第2回公演「おとなのいない国」
~みなさん滅んでくれてアリガトウ、これからはボクたちが王様です。~
池袋シアターグリーン(8月25日-29日)シアターグリーン演劇祭夏vol.2参加

作・演出…松本淳市

〈出演〉
さとりさとる/佐々木べん/篠原里枝子/松浦玉恵/北島佐和子/
宇鉄菊三(tsumazuki no ishi)/恩田香(かもねぎショット)/
小林葉子(Dotoo!)/恩田眞美/ミハル@オパス/
滝川はる奈/今野将志/粟野岳人

〈スタッフ〉
照明…野中千絵(RYUCONNECTION)
音響…畑圭
美術…ART-PINE
Webデザイン…東ヨーコ
宣伝美術…和智茜/東ヨーコ
舞台監督…松木淳三郎
制作…大津幸子

〈協力〉
tsumazuki no ishi/かもねぎショット/Dotoo!/ひよこ組

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