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演劇集団円「ロンサム・ウェスト」(マーティン・マクドナー作、芦沢みどり訳)

◎「骨肉相食む魂の西部劇」をみて「場外劇場」の主役をさらう
佐々木眞

演劇集団円の「ロンサム・ウェスト」(マーティン・マクドナー作・芦沢みどり訳)を観て、いま帰ってきたところです。
マーティン・マクドナーは1970年生まれというから弱冠36歳の英国の劇作家。ロンドン在住だけど、祖父母や両親の故郷であるアイルランドのリーナン地方やアラン島を舞台にした作品を次々に発表しているらしい。おいらは2004年にこの人の「ビューティクィーン・オブ・リーナン」を観て、いたく感銘を受けちゃった。

この「ロンサム・ウェスト」も、リーナンという寂しい僻地を舞台にしたロンリーな人々の欲望と憎悪をむき出しにした、まあそのお、アイルランド版「骨肉相食む魂の西部劇」ってとこかなあ。

幕が開くと、そこは人間よりもどっちか言うと羊ちゃんが多いようなこのロンリーな寒村のロンリーハウス、とくらあ。
心寂しい男兄弟と酒飲みの神父&見かけは超軽くても結構純情きらりなCanCamギャルが順繰りに出てきて、わずか4人の登場人物だけで“人間と世界の4つの原点”が屹立しているかのような神話的ストーリーを、面白おかしく、ブラックヒューモアー満載で、でも突然150席超満員の聴衆を“お約束”で泣かせたりしつつ、見事につむぎあげまっせ。

固い契りの男兄弟は、「オレのウイスキーをお前が飲んだろ」とか、「オレのポテトチップを無断で食べた」とか、もうほんの些細なことで本気で憎みあい、取っ組み合いの格闘技を繰り広げ、(役者は大変。ご苦労さん!)ついにはお互いが凶器をばしっかりと握り締め、生きるか死ぬか、食うか食われるか、の無制限一本勝負デスマッチにいたるのであーる。(ここが本編のハイライト、お見逃しなく!)

演劇集団円「ロンサム・ウェスト」公演から
【写真撮影=宮内勝、提供=演劇集団円】

そしてこの宿敵兄弟を一命を賭しても仲直りさせようと、懸命の詮無き努力をするのが泣き虫の神父さん(好演!)。
この神父さん、どこか「人は世界中の人が世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」と、宣言したわが国の詩的宗教家を思い起こさせます。んで、弱いくせに強い神父に、ほのかな恋ごころを抱く乙女がまた切ない。

なのでお客さんは、ハラハラ、ドキドキ、ワハハ、シューンの2時間半。退屈する瞬間は10分間の休憩だけさ。
ひと頃の映画で「愛と憎しみのなんたらかんたら」というタイトルがはやったが、ああいう軽薄タイプじゃなくて、超々マジな神聖悲喜劇なんだよ。

ところでジョナサン・スウィフトといい、オスカー・ワイルドといい、ジェームス・ジョイスといい、W.B.イエーツといい、バーナード・ショウといいサミュエル・ベケットといい、ジョン・フォードといい、U2のボノといい、総じてアイルランド系てのは、どおしてみーんなこんなに濃いのだろうか?

さらに憶測をたくましゅうすると、古来アイランダーは、けちくさくって、野卑で、情熱的かつ因業で、本能むき出しで、サビシンボウで、時々にっこり笑うけれど、次の瞬間に人を殺して、すぐに自殺しちゃうのではないだろうか?
僕が好きなフルート奏者のジェームズ・ゴールウエイはモーツアルトの協奏曲でとても典雅な演奏をするんだけど、この人だってもしかするとかつてベルファストまで出かけてプラスチック爆弾なんかぼんぼん投げていたのではないだろうか?
「ロンサム・ウェスト」を観てると、どーもそーゆう気分に傾いていくのです。

すると作者のマクドナーちゃんは、「クラシックのことは僕わかんないけど、意外とそうかもよ。だってしょせんにんげんってそーゆうもんだろ? あんただってもう少しで人を殺しそうになったことがあるだろ」って、こっそりおいらにささやくのだった。

そう言われてみれば、おいらにも確かに思い当たる節がある。

あるとき少年時代のおいらは、まことに言うも愚かな成り行きで、弟に向かって至近距離で石を投げつけたことがあった。(「ロンサム・ウェスト」とまったく同じ話だ!)
そのときアベルを殺したカインのような殺意はなかったけれど、僕は一瞬の躊躇の後でかなり大きくて硬い石を力いっぱい弟の顔の真ん中に投げつけた。
石は鈍い音を立てて彼の額にぶつかり、裂けた右の額がみるみる腫れあがり、鮮血が滴り落ちた。
弟は大ケガをしてその傷は彼が受けた心の傷と一緒にいまも残っている。(弟よ、どうか許してくれ。)

幸いにも弟は死にはしなかったけれど、ほんとうは僕は一瞬の狂気に引きずられて、ほとんど未必の故意の殺人を犯していた、ことになる。
ゲラゲラ馬鹿笑いしながら観劇していた僕は、若き日に実際にわが身が引き起こした、この最低に愚かな事件を思い出して、慙愧に耐えなかった。

そうだ。邪悪な殺人も、神聖な自己犠牲も、まったくおんなじ普通の人間が理由もなしに起こすものなんだ。世間ではもうミミタコの、「人は見かけによらない」という不気味な真実を、このお芝居は改めてまざまざと見せつけてくれる。

おいらの話はまだ終んないよ。

雨の初日にこの「ロンサム・ウェスト」を見終わった後、おいらが駅から最終バスに乗ったら超満員だった。もう乗り切らない狭いバスに、なおも乗客が乗り込んでくるので、短気なお客が隣の客に向かって「もっと詰めろ、バカ。お前がもっと詰めねえから、後がつっかえてるんだ」と怒鳴っていた。

耳元で大声で怒鳴られたその客が「うるさいねえ、私はこうやって詰めてるじゃないか」と反撃した。すると、京急バスの車掌さんが飛んできて、「お客様、恐れ入りますがもう少しだけお繰り合わせください。どうかお願いいたします」と、にわかに突発した大騒動を調停しようと躍起になっていた。なのでおいらは、これじゃあまるで「ロンサム・ウェスト」の再現じゃないか、と思わず笑ってしまった。

ところが、最初に怒鳴った客は、蒼白な顔をして冷や汗垂らし、三白眼を吊り上げながら、なおも大声でわめきたて、乗客の顰蹙を買っていた。

と、その時である。突然「うるせえばかやろ、静かにするのはおめえのほうだ。おとなしく黙ってろ!」というドスの効いた“第3の男”のバリトンが、その直前まで繰り広げられている醜い口喧嘩を唐突に断ち切った。
そして我ながらなんともかんとも驚いたことに、その大迫力の罵声は、無意識においらのノドから搾り出されたものだったのさ。
するてーと、超満員のお客は、全員さーと30センチほど身を引いて、みんながおいらの顔を見たんだね。その瞬間、おいらは小劇場の主役になってしまったというわけさ(笑)。

三白眼の狂気の目をしたその男は、想定外のおいらの怒号に気を呑まれて、おとなしくおいらより先にバスを降りてくれたからよかったものの、もしも彼奴がなおもおいらに絡んできたら、おいらは本気でヤツと「殺ってやる気」だったんだ。

ああ、ブッシュとフセインじゃあるまいし、どうしてこうも軽々しく「殺ってやる」なんて凶悪な言葉が、わが胸の奥から突如湧いて出るんだか、おいらは自分で自分がわからんかった。
でもそれは、毎日のように起こっている巷の殺傷事件の原因と同じ根っこの何かであることだけは確かだった…。

さあて皆の衆、そのときだったぜ。おいらが「芝居はくだらねえヒョーロンなんかするもんじゃねえ。たとえ三文芝居でも、やっぱてめえで演じるのが一番だ」と、悟ったのは。
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド第11号、10月11日発行。購読は登録ページからお願いします)

【筆者紹介】
佐々木眞(ささき・まこと)
1944年京都府生まれ。早稲田大学文学部卒。ライター、文化服装学院非常勤講師。

【公演記録】
演劇集団円「ロンサム・ウェスト」
ステージ円(10月5日-18日)
http://www.en21.co.jp/lonesomewest.html

作 マーティン・マクドナー
訳 芦沢みどり
演出 森新太郎

キャスト
石住昭彦、上杉陽一、吉見一豊、冠野智美

スタッフ
美術:伊藤雅子
照明:佐々木真喜子
音響:藤田赤目
衣裳:koco
舞台監督:田中伸幸
演出助手:林紗由香
宣伝美術:坂本志保
イラストレーション:キムスネイク
制作:桃井よし子、川部景子

後援:アイルランド大使館
写真提供:アイルランド政府観光庁

【関連情報】
・演劇集団 円「ビューティークイーン・オブ・リーナン」(佐々木眞)
http://www.wonderlands.jp/archives/11767/
・“ブラックな”快感 演劇集団円 「ロンサム・ウェスト」(読売新聞10月4日)
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/stage/theater/20061004et04.htm
・演劇集団円『ロンサム・ウェスト』10/05-18ステージ円(しのぶの演劇レビュー)
http://www.shinobu-review.jp/mt/archives/2006/1008183831.html
・「ロンサム・ウエスト」を観る。(オトナニナリタイ)
http://blog.livedoor.jp/hideaki_141/archives/50735417.html
・ロンサム・ウエスト日記 (Kankan Diary)
http://blog.drecom.jp/kan1223/

・「ロンサム・ウェスト」マーティン・マクドナー/芦沢みどり訳」(悲劇喜劇2006年11月号)
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/730611.html

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