吾妻橋ダンスクロッシング

◎規範をすり抜ける遊戯の内にダンス的な何か(「面白い」瞬間)がある
木村覚

吾妻橋ダンスクロッシング一時の暗転の後、どこの誰か分からない十人弱の一団(買い物かごを持った主婦?)が瞬時に舞台に上がると、一斉に白い棒をひたすら振りまわし互いの体をぶっ叩きはじめた。「白い棒」はよく見れば長ネギだった。三十秒ほどで一団が消え去った後に取り残され呆然とする満場の観客のなかでぼくは、裂けて飛び散り揮発して空気に入り交じったネギの汁のせいで涙が止まらず、まさにイチモクサンといった勢いで出口となるエレベーターに飛び乗ったのだった。

二時間強の公演のラストのラスト、出演したダンサーや役者たちが我に返った表情で挨拶をした後のおまけのようなものだったのでどうかとは思う。けれども正直なところ、観客としては迷惑でもあったこの「アクシデント」こそ、むしろぼくにとって間違いなく今回の「吾妻橋ダンスクロッシング」(以下「吾妻橋」)のハイライトなのだった。それは、これまでの「吾妻橋」の雰囲気からすれば異質とも言える、例外的で冴えた「悪臭」だった。

「吾妻橋」は、桜井圭介がオーガナイズする「ザッツ・コンポラ・ダンスショー」(=コンテンポラリー・ダンスをショー形式で見るイベント)で、2004年にはじまり今回が五回目にあたる。毎回八組ほどが出演、ひと組10分ほどの演目を10数本見せる、いわば桜井が選ぶダンスの「コンピレーション・アルバム」といった体裁のものだ。ここには、このイベントのはじまる前年あたりから自身の批評文において展開していた「コドモ身体」「ダメ身体」なるキーワードを舞台上に具現化しようとする狙いが桜井の胸中にあったことは容易に推測できる。あからさまにそうした振る舞いはしてこなかったとはいえ、ダンス批評という肩書を棚に上げてまでこの企画に専念してきたのには、桜井が見出しまた理想的だと考えるダンスのありさまを「吾妻橋」を通してまるで菌をばらまくように浸透させたいという強い思いがあったことは、疑いを挟む余地はない(注1)

それは、いわば桜井的センスを世に蔓延させる企みであるはずだ。とはいえ観客として接するぼくの側から見る限り、正確にまた常にそのセンスに向けてピントが絞り込まれているとはこれまで思えないでいた。コンピはバラエティを豊かにするが、その分一貫したものが受け取りにくくもなる。自ずと観客は「色々見られてお得な企画」と解釈しがちになる。確かに、リッチなのは紛れもない事実。それに短い出演時間な分、必然的に「作品」というより「ネタ」(ワン・アイディア)を披露することになるが、それが観客をリラックスさせまた濃度の高い得意技にパフォーマーが集中するといった双方の利点を引き出したのも収穫だ。ただし、ピントが曖昧になるとその分漂い出す、多幸症的でお気楽な雰囲気は問題ではないかと感じていた。

とくに、前回の「吾妻橋」(今年3月)を見終わったとき、その不安は強かった。前回のポイントは、康本雅子と岡本真理子のコラボ、同じく康本と常樂泰(身体表現サークル)のコラボなど、意外な組み合わせで作品を作ったところにあった。ただし「康本と岡本のコラボ」を「意外」と思うのは、熱心なダンス・ファンのみなのであって、その他大勢には関係ないしひょっとしたらなかにはそこに内輪の閉塞を感じるひともいたかも知れない。「学芸会」(岡崎乾二郎)というべきか学園祭というべきか。この頃は、株価が一万六千円台にまで回復し、景気の上昇ムードが高まった時期でもあった。ぼくは拙ブログでこの「吾妻橋」の感想として「いま、日本に蔓延している気分そのものが、多幸症的になりつつある。そこで、では「クロッシング」は何をするべきなのか。ズッコケるだけでは、観客の気分を揺らすこと(批評性を持つこと)が出来ないとすれば」と書いている。小泉自民党長期政権下での「改革」へ向けて多くの国民が寄せていた理由なき信頼が景気の回復と相まってなんとなく裏づけられた気にさせられていた時期に、舞台上のユルくて軽いダンスは、そんな気分と同期しているようにさえ思えたのだった。

そもそも「コドモ身体」「ダメ身体」というキーワードには、実はコドモ=大人がなくした無垢な心を持っている存在とか、ダメ=何も出来ないことあるいはひとなど、それらの言葉を聞いてオートマティックに連想するイメージは含意されていない。だが、そう誤解するひとはどうも多い。すでに複数の雑誌で書いたのでここでこれらの説明は避けるけれど(注2)、この誤解も先の問題と不可分ではない。桜井的センスがその内に秘めている批評性(批判精神)は、およそ不十分にしか受容されていないのだ。

今回の「吾妻橋」に戻ろう。チラシにこの二つの文章がクロスしていた。「つまらないダンスより面白い□▽○」「ツマラナイ□▽○より面白いダンス」。今回の特徴は、演劇系の三組(鉄割アルバトロスケット、シベリア少女鉄道、地点)とダンス系の五組(岩渕貞太、「休もうと雅子」名義の康本雅子、ボクデス、砂連尾理、yummydance)と二つのジャンルが競合したこと。それによって両者の違いが際だつこととなった。端的に言えば、演劇系は「ネタ」の起爆力に集中する一方で、ダンス系は「作品」を見せようとする傾向が目立った。そのなかで康本は異質だった。闇の中で自分の手にする懐中電灯だけで自分の身体(ダンス)を見せる。この術策は観客(の見たいという欲望)との関係に見せる/見せないというスリルある境界を引く。とはいえその批評的感覚が過度にアート的な振る舞いと化すダサさを避け、優れたエンタテインメントへと康本はその術策を昇華させていた。

こうしたワン・アイディア(「ネタ」)を転がす力量は、演劇系の三組の方が上手だった。しかもシベ少も地点も、セリフを話すという演劇的制約がむしろ身体を自由にしまた表情豊かにしているように見えた。地点独特の語りの間(言葉の句切り)や抑揚は、「吾妻橋」の舞台では、理論よりセンスを感じさせることに成功していた。シベ少は、優勝インタビューの通訳者がヒルマン監督の発言とは無関係な内容を「訳す(騙る)」というネタ(二人コント)を用意し、そのなかに、通訳者の妄想や暴走、監督の戸惑いや失望が言葉を発する時の案外無防備な身体の無意識的で故に自由な「ブラブラ」を呼び込んでいた。どちらも「敵」(=既存の演劇、一般的イメージとしてのあるいはぼくたちの観念を縛る演劇なるもの)がはっきりしているからこそクリアーだったし批評的だったのではないか。規範をすり抜ける遊戯の内にこそダンス的な何か(「面白い」瞬間)があることを再認した。

さて、ここで冒頭の光景へ。ネギで互いをぶっ叩き合い、気化したネギ汁を会場に充満させたのは、鉄割アルバトロスケットの仕業だった。彼らはどの組より出演回数が多く、今回の「吾妻橋」をあたかも占拠しているかのようだった。苦笑を誘うショートコントの小気味よい連続。ただし、登場する人物たちがどれもギリギリアウトなキャラばかり。アル中、ヤク中あるいは精神異常者の如き様子のひとたち。この「アウト」なキャラたちの意味不明な会話や歌や踊りは、見る者を不穏な気持ちにさせる。所在なくフラフラとした足取りは、ひとをひたすらノーマライズする管理社会の圧力を無視しあるいは踏みつぶす。健全な社会(?)に対する怪物の如き彼らの振る舞いは、前回の「吾妻橋」で感じた閉じ気味の多幸感を追い払い、桜井的センスが含み持っている批評精神の形を思い出させることになった(注3)

いや、こう書きながら疑問もわく。鉄割はやはり「吾妻橋」にとってもギリギリアウトな存在だったのかも。吾妻橋的なものの新しい相貌を予感させたとよく言えば言えるけれど、今回たまたま「吾妻橋」を彩った徒花と言うのが正確なところか、多分。でもそうであってもいいのだ、ぼくとしてはあの争乱的光景が見られて本当に痛快だったのだ。「アウト」なひとたちの暴れる空間に巻き込まれた観客の身体が、ウイルスに感染して新しいダンスを踊りはじめることになるのか、それとも鼻をつまんで逃げ出すだけなのかはまだ分からないけれど。

(注1) この点については、ぼくとの対談が掲載されている『舞台芸術』(08号、月曜社、2005年、222頁)で桜井は「ウイルス伝播」という言葉を用いて、自らのダンスへ向けた希望を述べている。
(注2) 『美術手帖』(12月号、美術出版社、2005年)での「コドモ身体」についてのコラムを参照のこと。
(注3) もちろん鉄割はジャンルとしてはダンスではなく、「コドモ身体」「ダメ身体」の概念とは必ずしも一致しない。

【筆者紹介】
木村覚(きむら・さとる)
1971年5月千葉県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻(美学藝術学専門分野)単位取得満期退学。現在は国士舘大学文学部等の非常勤講師。美学研究者、ダンスを中心とした批評。

【公演記録】
吾妻橋ダンスクロッシング
アサヒ・アートスクエア(2006/10/13-10/14 )

▼企画・構成
桜井圭介

出演
岩渕貞太、小浜正寛(ボクデス)、シベリア少女鉄道、砂連尾理(砂連尾理+寺田みさこ)、地点、鉄割アルバトロスケット、休もうと雅子、yummydance

▼DJ / VJ
DJ RYU KONNO(Super Deluxe/Come on people)
VJ 稲葉まり

企画協力 紫牟田伸子
舞台監督 原口佳子(officeモリブデン)
照明 森規幸(balance,Inc.DESIGN)
音響 木下真紀
デザイン 東泉一郎
ウェブ ALLIANCE PORT
制作 奥野将徳、中村茜
制作協力 プリコグ
主催 吾妻橋ダンスクロッシング実行委員会
助成 アサヒビール文化財団 芸術文化振興基金 セゾン文化財団
協賛 アサヒビール株式会社 トヨタ自動車株式会社
協力 ドリル 株式会社 竹尾

【関連情報】
・吾妻橋ダンスクロッシングって、なに??
http://azumabashi-dx.net/about.html

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください