NEVER LOSE 「タバコトーク」

◎追憶を促すツールとしてのカフカ風変身か
山田ちよ(演劇ライター)

「タバコトーク」公演チラシ高校3年生の男子4人が登場、恋愛や性体験、就職や遊びなどの話から、この年ごろらしい、大人と子どもの混じり合う心が浮き彫りになる。内面の繊細さを感じさせるが、壊れやすいのでなく、前向きに考えるたくましさや明るさがある。話題があちこちに飛ぶ会話をスムーズに回した4人の演技には、仲間同士のきずなを大切にしようとする内面も表れていた。

大まかにはこんな印象だ。高校3年生の、1学期のある日の午後をスケッチした、と書きそうになったが、「スケッチ」では誤解を招く。カフカの「変身」を下敷きに、高校生がある朝、おじさんになっていた、という幻想的な展開が混じるからだ。

飾りのない舞台空間にいすが4脚、転がしてある。芝居は若い男2人が一人ずつ、この椅子に座り、タバコを吸うところから始まる。やがてここは、男女共学の高校の中の、あまり人目に付かない部屋らしいと分かる。男の一人はオガワ(戸枝政志)、バイトでDTP(コンピューターを使った印刷物のデザインなど)の仕事をしている。もう一人はツカダ(藤井義浩)。同じ高校の女子と付き合っていたが、最近、相手の事情で別れる羽目になり、落ち込んでいる。だが近く車の免許が取れる、という明るい話もある。

やがて同級生のヤマケン(富山晋吾)が来て、マサトシ(谷本進)が相談に来るからと告げて、いったん退場。入れ替わりに登場する男を、オガワとツカダは初め、制服を隠れみのに校内へ入り込んだ不審者と思い込むが、マサトシこそ、カフカ風変身により、おじさん顔になった男だ。

「タバコトーク」公演

「タバコトーク」公演
【写真は、07年6月公演「タバコトーク」から。撮影=ワタベマユミ 提供=NEVER LOSE】

後で劇団のサイトを見て分かったことだが、マサトシを演じた谷本は34歳。舞台正面下手から出てきた瞬間は、確かに高校生の制服(白いシャツに黒いズボン)の合わない、老けっぽい男が出てきたという印象だったが、オガワらにいきなり不審者に間違われるほど、強い違和感はない。オガワ役の戸枝は実年齢28歳、ほか2人は22歳。22歳なら、谷本より高校生に化けやすいと言えるが、谷本が混じると若さが目立つ、というほどでもない。この設定がしっくりこないのは、私が芝居を見慣れたせいで、実年齢とかけ離れた役を演じていても、気にしない癖が付いているからか。それとも、マサトシの変身を、何かのメタファーだと理解させるため、わざとらしいメークなどしないのだろうか。しかしこの後、そんな引っかかりを忘れさせるような、刺激的なやりとりが続いた。

マサトシの話では、両親は、世間体から変身した息子の登校に反対したが、学校では、担任に「世の中にはいろんな苦労をしている人がいるから、きみも頑張って」みたいなことを言われるだけで、騒ぎにはならない。さらに、経緯を聞いたオガワは「今、おれはバイトしたり、ツカダは免許を取ったりしているのに、なぜ、おまえだけ、そうなんだ」といった、不可抗力のマサトシに見当違いな理屈で責め立てる。「何でおまえだけ」と怒るせりふは、青春ドラマなどによく出てきそうなせりふだ。例えば、大会に向け一丸となって練習に励む高校野球部で、一人が家庭の事情で練習に参加できない、退部したい、などと言い出した時、誰かが「おまえのせいでチームの団結が壊れる。誰だって事情はある。何で踏ん張らないんだ」などと怒り出す場面が思い浮かぶ。この舞台で、オガワが突然、声を張り上げ、テンションが高くなるので、よけい青春ドラマのイメージが高まった。

4人が落ち着くと、マサトシが、脂っぽいものより魚が好きだ、とか、人妻をナンパしたい、などと言い、外見だけでなく中身も変化したことをほのめかす。変身は何かのメタファーかと思いながら見ていたら、ここでひっくり返された。かと言って、非現実的なことの不思議さ、奇妙さなどを強調するわけでもない。この変身は、悩む高校生とその仲間の心情を楽しく見せるための仕掛けとして、しっかり働いた。つまり、カフカなど知らなくても、すんなり味わえる内容だ。

その後、マサトシと、彼の好きな女子を結び付けようとする3人と、それを受けて彼女に告白した(告白の場面は見せない)ものの、何か踏み切れないマサトシを見せて終わる。マサトシのあいまいな態度の原因はおじさん顔と受け取ることもできるが、どんな男女にも起こりうること、例えば、意外にも簡単に承諾されたことへの不安といったもの、と察することもできた。全体に、真っ直ぐだが、こっけいだったり、理解しにくにい部分もある高校3年生の愛と性を、うまく織り込んだ、という特色もあった。

上演時間は約1時間。カーテンコールで作・演出の片山雄一が挨拶して、会場のアトリエ春風舎には、10年前に亡くなった作・演出家の金杉忠男との思い出がある、などと語った。「金杉」と聞いて、私は「ああ、そうか」と思った。中村座という劇団を長く率い、その後、金杉忠男アソシエーツという名で活動した金杉の舞台を、私は2~3本見た気がする。内容はほとんど忘れたが、いつも「追憶」が大きな要素となっていたことは覚えている。子ども時代の事件を回想する大人が登場し、その時に味わう懐かしさや苦さを客席に伝えたりした。「タバコトーク」には過去を思いやる大人は出てこないが、金杉の名から「追憶」というキーワードを連想した後、今見た舞台を振り返ると、新しい発見があった。

この劇は今の若者を描いている。携帯電話やメールが出てこなかったから、今より何年かさかのぼった時期の高校生かもしれない。携帯もDTPも無い昔に高校生だった私が、この舞台を見ながら自身の高校時代を思い出した。隠れてタバコを吸っていた同級生たちの顔が浮かび、彼らが喫煙しながらしていた会話はオガワとツカダの会話に似ていただろうか、などと思いを巡らした。

「タバコトーク」公演から
【写真は「タバコトーク」公演から。撮影=ワタベマユミ 提供=NEVER LOSE 禁無断転載】

個人的な過去を思い出させる舞台は、さほど珍しくない。ただ、追憶にこだわる金杉の弟子だった片山なら、観客に追憶を促すようなテクニックを備え、それをわざと、あるいは無意識に働かせたのかもしれない。そう仮定して、あれこれ思い返してみた。例えば、あの舞台は具体的にどこなのか。ふだん使われない特別教室か部室のようだが、よく分からなかった。見る人それぞれが、自分の通った学校に合わせて場所を想定することで、当時の体験を呼び出しやすくしたのではないか。また、携帯ばかりか、はやりものやアイドルの名など、時代を特定する固有名詞を避けていた。この手法が私には効いたようだ。

オガワとツカダが部屋から見える女子に「8点」「8.5」などと点数を付けて楽しむ場面がある。最初、何の数を言っているのか分からないので、観客を舞台に引き付ける効果があった。だが、ほかの効果も狙ったようにも見えてきた。彼らが言うのは点数だけで、顔はどうか、体型はどんなか、などのせりふは無い。どんな女の子を見ているのかは、観客が勝手に想像できる。ここで、それぞれの思い出に眠る女子高生がよみがえる余地は十分ある。

こうした考えは、マサトシの変身の意味を探る手がかりにもなった。高校3年生の心の動きに見る側を誘い込むには、それぞれの個人的な体験、あるいはこの世代を表現した作品の鑑賞体験などを思い出させるのが、一つの手だ。そうし向けるツールとして、カフカ風変身という、何か意味ありげで、いろいろ解釈できて、記憶を刺激しやすい設定を持ってきたのではないか、という気もした。(6月10日夜観劇)
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド第48号 2007年6月27日発行。購読は登録ページから)

【筆者紹介】
山田ちよ(やまだ・ちよ)
横浜市生まれ。フリーで、ジャンルを問わないライター業と並行して、「演劇ライター」の肩書きで劇評、俳優インタビューなどを手掛ける。神奈川県内の演劇動向の取材に力を入れ、神奈川新聞で「かながわの演劇時評」(毎月1回掲載)を担当。横浜SAAC実行委員。個人サイト「a uno a uno」

【上演記録】
NEVER LOSE vol.13「タバコトーク」
http://www.neverlose2007.info/
http://www.neverlose.jp/

アトリエ春風舎(板橋区向原)(2007年6月7日-10日)

作・演出:片山雄一
照明 : 池田圭子
音響 : 飯塚ひとみ
宣伝美術:オクマタモツ
撮影:ワタベマユミ
web制作:櫻井晋
制作:松丸琴子
制作助手:山本祥子
主催:NEVER LOSE

出演:
藤井義浩(P in uncH):ツカダ
戸枝政志(NEVER LOSE):オガワ
富山晋吾:ヤマケン
谷本進(NEVER LOSE):マサトシ

チケット(日時指定・全席自由)
前売・当日:一般2,000円 学生1,000円

【関連情報】
・NEVER LOSE vol.14「廃校/366.0[後日譚]」
作・演出:片山雄一
公演期間:2007年7月18日(水)- 22日(日)
会場: 東京芸術劇場 小ホール1
http://www.neverlose2007.info/
7/18(水)、7/19(木)、7/20(金)の公演は学生を無料招待(各ステージ50名限定)。詳細は次のページへ。http://www.neverlose2007.info/haikou/info.html#student

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