タテヨコ企画「ムラムラギッチョンチョン」

◎複雑な状況を乗り越えることこそ修行 心満たされる舞台に
扇田拓也(ヒンドゥー五千回代表)

「ムラムラギッチョンチョン」公演チラシタテヨコ企画「ムラムラギッチョンチョン」を下北沢・駅前劇場にて観た。
作品を通して描かれている人間臭さが実に心地よい、優れた作品だったと思う。私はタテヨコ企画の観劇が初めてだったが、観終わって深く感じたのは「人間とは、許す生き物なのかも知れない」ということだった。
生きてゆく上で人は過ちを犯し、その犯した過ちを自ら許し、成長しながらもまた過ちをくり返す。人間とはそういうものなのかも知れない、そんなことを思ったのだ。

修行僧シリーズ第三弾と銘打たれた今作品。舞台は日本。どこともつかない田舎の集落の外れに、二人姉妹の住む家がある。そこへやって来たのは五人の修行僧。彼らが、失踪して三ヶ月になる仲間を迎えに来たところから話は始まる。

お目当ての男は出かけていてまだ帰らない。男を待つあいだ、姉妹のいないところで砕けた態度をとる修行僧たち。丸めた頭と姿形は立派なものだが、どこかしら不真面目に見える。対照的に神経質な態度をとる姉妹。

その居方の違いが暗示していたかのように、五人の修行僧は次々に訪れる村人たちの持ち込む理不尽な状況に巻き込まれ、困惑してゆく。

失踪した修行僧を置いている姉妹、その家に住み着くムジナと呼ばれている怪しげな男、姉妹の持つ山を売り村の再開発を狙うヤクザ、その家の妹と不倫関係を持つ男、その妻、そしてすっかり修行僧の面影をなくしてしまった失踪した男。

登場人物それぞれが主張する思惑や都合が絡み合うことで、一筋縄で行かない関係性がさらなる混乱を引き起こしていく。やがて隠されていた真実は明らかになり状況は悪化を止めない。しかし終盤、各々はひとまずの終着点を悟り始めてゆくことになる。

まるで、こういった複雑な状況を乗り越えることこそが人にとっての修行であると告げられているようでもあり、ひいては、出家して俗世間から離れて暮らすことなど本来の意味で修行とは呼べないのだ、そう提示されてようでもあった。

とても印象的だったのは、修行僧たちが部屋を出入りする際、必ず両手を合わせてお辞儀をしていたということ。その約束は、例え部屋に自分しか居ないとあっても破られることがなかった。

どんなに柄の悪く人間的な修行僧であっても、これだけは守る。そこには人間の二面性のようなものが見て取れた。自分の卑しさを許すのと引き換えに、守るべきルールを自ら課しているような。人間とはそういうものかも知れない。

「ムラムラギッチョンチョン」公演
「ムラムラギッチョンチョン」公演

「ムラムラギッチョンチョン」公演
【写真撮影=平地みどり 提供=タテヨコ企画 禁無断転載】

家族を大切としない代わりに仕事にはこだわる者、仕事は出来ないが家族愛にあふれている者、また家族も仕事も大切とするがどこか幸せを感じていなかったり、人間とは様々だ。

全体を通してとても見応えのある場面が数多くあり、終演後の心はとても満たされていた。奥行きのある舞台美術も味があって良かったし、俳優陣の演技にも説得力があった。

特に、失踪した男の兄でもある修行僧”雅宏”を演じた藤崎成益、尼僧”光衆”を演じた中尾祥絵の柔らかい演技がいい。また、古株の修行僧”青龍”を演じた客演の小高仁、ヤクザ北島を演じた劇団上田の地獄谷三番地、この二人の醸し出すいかがわしい力強さも魅力的だった。

さて、タイトルになっている「ムラムラギッチョンチョン」
これに関しては、公演チラシや当日パンフレットにも解説が載っていたわけでもなかったので、個人的に考えてみることにした。

ムラムラ。これは「ムラムラする、ムラムラしてきた」などのように使うあの「ムラムラ」でいいのか。ギッチョンチョン。これは「ところがどっこいギッチョンチョン」などのように昔使うのが流行っていた、あの「ギッチョンチョン」のことでいいのか。ムラムラはとりあえず良しとして、しかし「ギッチョンチョン」とは果たして何だろう。そこで少し詳しく調べてみることにする。

すると、1919年にアメリカ民謡を元にして『東京節』という歌が作られていたことが分かり、その中で「♪ラメチャンタラギッチョンチョンでパイノパイノパイ」という歌詞があるのを知った。詞をつけたのは演歌師の添田さつき。どうやら当時一世を風靡したようで、あのドリフターズもこの曲をカバーして歌っていたらしい。そういえば子供の頃、どこかで聴いたことがあるような気もする。

ちなみに「ラメチャン」の「ラメ」は「デタラメ」の「ラメ」のことで、当時デタラメばかり言う人のことを「ラメちゃん」と呼んだのだそう。

しかし、印度の留学生か亡命者が唄ったのを皆が真似した、という説もある。その説では、この歌詩がサンスクリット語で「おめでたい歌詞」なんだとか。かなり怪しい説ではあるが、この説から引っ張ってくると「ギッチョンチョン」という言葉が何だか「仏教用語」に聞こえてきて面白い。

結局「ムラムラギッチョンチョン」というタイトルの意味するところを自力で解明することは出来なかった。機会があれば、名づけた作者にたずねてみたい。

何にせよ、タテヨコ企画「ムラムラギッチョンチョン」が優れた作品であったことが変わることはない。次回作にもぜひ足を運びたいと思う。

最後に。「ムラムラギッチョンチョン」の開演直前、主宰者の一人でもある作・演出の横田修氏が客席と舞台の間に立ち、観客に向けて非常に丁寧な挨拶をしていた。その挨拶にはとても品性が感じられたのだ。この挨拶が、開演を前にして身構えがちな観客をやさしく、温かく演劇の世界に誘導していたという事実を私は高く評価したい。
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド第49号 2007年7月4日発行。購読は登録ページから)

【筆者紹介】
扇田拓也(せんだ・たくや)
1976年12月、東京生まれ。日本大学芸術学部演劇学科理評コース中退。ヒンドゥー五千回代表、演出家、俳優。

【上演記録】
タテヨコ企画第14回公演『ムラムラギッチョンチョン』-宇宙ノ正体シリーズ・その3
下北沢・駅前劇場(2007年6月6日-12日)
桜美林大学・PRUNUS HALL(2007年6月17日-18日)

●作・演出
横田修

●キャスト
舘智子 藤崎成益 好宮温太郎 青木柳葉魚 中尾祥絵 工藤治彦 青木亜希子 市橋朝子 服部健太郎 (以上、劇団員)
太田善也(散歩道楽) 小高仁 佐野陽一(サスペンデッズ) 地獄谷三番地(劇団上田) 代田正彦(北区つかこうへい劇団) ムラコ(サミットクラブ)

●スタッフ
舞台監督/田中翼 照明/鈴村淳
舞台美術/濱崎賢二(六尺堂)
宣伝美術/京
チラシイラスト/糠谷貴使
写真撮影/平地みどり
演出助手/藤田貴大
制作/タテヨコ企画制作部+森佑介
製作/タテヨコ企画
協力/劇団上田 北区つかこうへい劇団 サスペンデッズ 散歩道楽
演劇表現専門番組「theatre plateaux」 (株)ケーアッププロモーション
JVCエンタテインメントネットワークス(株) 建長寺

●関連リンク
・劇団上田 http://www.uedarland.com/
・北区つかこうへい劇団 http://www.tsuka.co.jp/
・散歩道楽 http://www.sanpodouraku.com/
・『テアプラ』Webサイト http://www.t-px.com/
・六尺堂 http://www.rokushakudo.org/
・kyo.designworks(京のHP) http://www.kyodesignworks.com/
・midori絵日記(平地みどりのブログ http://blogs.dion.ne.jp/mido/


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