OKT/ビリニュス・シティ・シアター「夏の夜の夢」(W.シェイクスピア作)

◎長い髪が物語る傲慢、滑稽、いじらしさ 客席の空気が艶めくときも
吉岡ゆき(翻訳家)

「Shizuoka 春の芸術祭2007」パンフレット静岡県舞台芸術公園は静岡駅から路線バスで20分余り、日本平の中腹に総面積21ヘクタールの緑深い敷地を誇っている。野外劇場「有度」は公演場所として使われている三つの建物のうちの一つ。舞台後方にはお茶の木を植えた花道、そして高さ20メートルはあろうかというブナを始めとした高い木々。座席の勾配がかなり急に感じられることとも相まって、舞台に近い席に座ると枝と緑が覆いかぶさってくるような、高いところの席に座ると体が宙に浮くような感覚に襲われる、それだけでかなり非日常の空間だ。

日中は爽やかに晴れて富士山が間近に望めた6月2日の「夜の帳が落ちた」19時半、「アテネとその近郊の森」が舞台の、まさに「夏の夜の夢」が始まった。原作のあらすじを圧縮すると……アテネの大公とアマゾンの女王の結婚式までの数日間の、人間のカップル3組プラス妖精の王と女王の、恋の駆け引きと行き違いと、大公の結婚式で芝居を上演することを命じられた職人たちのてんやわんやの騒ぎ、そして大団円の物語。オスカラス・コルスノヴァスの休憩なし2時間の演出は、ストーリー展開を大きく変えたものではなかった。そこで、プロットの説明は抜きにして、見ている時は心躍る、見終わってから一カ月たった今も、高揚感とともに思い出される夢の時間だったこの舞台の特徴を説明してみたい。

幕が明けて、観客の目に飛び込んでくるのは、リズミカルに動く、5枚、10枚、もしかすると15枚の、人の全身大の木の板。俳優一人一人が抱えて動いているのだ。舞台装置は最後までこの板だけ、俳優たちに抱えられ、支えられたまま、アテネ郊外の森の木々になり、水辺になり、そして娘たちが水浴びをする水そのものになる。また、恋する主人公たちが相手を探し求めて、あるいは相手から逃げて森の中をさまよう場面では、男優たちが布団をかぶるように各々の板に敷かれて横になった上を、小道を抜けるように主役たちが駆けていく。立てた1枚の板を間において、主人公たちが対話するときは、開いたり閉じたりの「心の扉」になったり、どちらか一方が板によじ登ると、見上げる/見下ろすの関係が作り出される。

衣装は男女の俳優ともに、素足にオーバーオール。穏やかな色合いのチェックや細かい柄、無地のやわらかそうな布でできている。男優は素肌に、女優たちはTシャツの上から着ている。妖精パックだけが、黒タイツに黒装束。髪型は、男優たちは「自然体」。例えば、ライサンダーは性格同様に頼りなげな、もじゃもじゃ髪、勘違い男のディミートリアスはつるつるのスキンヘッド。女優たちは、恋をしている2人の娘、ハーミアとヘレナは長い髪を垂らしている場面が多かったが、それ以外の女優たち(往々にして、人間舞台装置と化す)は、たいがいの場面では「ひっつめ髪」。オーバーオールは男女同じデザインとしか見えないし、職人の半数は女優が演じているので、幕開けから少しの間は、男女の別なく板を抱えて動き回る、ユニセックスに陽気な舞台が続くのかしら、と思った。だが、「舞台装置」と化していた感のある女優たちが、月光に姿が浮かび上がる妖精たちになる場面が来ると… オーバーオールの肩ひもをはずして、胸当てが腰の厚みで止まるままにする。肉色のぴったりとしたTシャツに包まれた上半身が露になる。まとめていた長い髪をさっと解く。ただそれだけなのに、客席の空気までが艶めいた!

「夏の夜の夢」公演

「夏の夜の夢」公演
【写真撮影=橋本武彦 提供=静岡県舞台芸術センター 禁無断転載】

シェイクスピアの原作では、役名のある登場人物だけで21人、これに家臣や侍女たち、妖精たちが加わる。もちろん、こういった古典的な「大所帯戯曲」を馬鹿正直に一人一役で演じさせる演出の方が今ではむしろ珍しいのだが、この舞台の出演俳優は16名。はっきりとした一人一役は、若い恋人たち-ハーミア、ヘレナ、ライサンダー、ディミートリアス-とパックだけ。シーシュス(アテネの公爵)とオーベロン(妖精の王)、ヒポリタ(アマゾンの女王)とタイテーニア(妖精の女王)はそれぞれ一人二役。今そこでライトを浴びているのは人間界の統治者なのか、妖精界の王(女王)なのか時折分らなくなったが、恋は駆け引きと割り切りたい御仁の代表なのだから、納得がいく。

舞台の基調色は、照明で板が「染まる」月光の蒼と夜の草木の深い緑、人の肌色(男たちはしばしばもろ肌を脱ぐ)、そして塊で見るとアースカラーに感じられる衣装(オーバーオール)。その中で強い存在感を示すのが、女たちの髪だ。ヒポリタ/タイテーニアの絵のような長い金髪、片思いに苦しんでいるのに(いるから?)道化的な役回りのヘレナは赤毛、そしてハーミアは一見ありきたりのダーク・ブラウン。「垂らしただけの髪」が、ヒロインたちの傲慢さと滑稽さ(ヒポリタ/タイテーニア)、いじらしさと勝気さ(ヘレナ、ハーミア)を物語る様は印象深かった。

印象的な場面をもう一つ。タイテーニアが、白地に淡い緑と赤の花柄の、くるぶしまでのワンピースで登場する場面。妖精パックのいたずらで、頭をロバに変えられた職人のボトムに一目惚れしてしまっている。このときは4枚の板が、タイテーニアの服と同じ花柄を客席に向けて並んで立てられる。まるで部屋に馴染んだ壁紙のようだ。タイテーニアは板の後ろにいる俳優たちに持ち上げられて支えられているのであろう、立てられた「板」のてっぺんに片肘をついて寝そべるようなポーズをとる。妖精の女王、長い金髪を垂らして、花を纏い「花の褥」に横たわる、の図。この場面で、ボトムは板の後ろに立ち、タイテーニアの腿のあたりから観客に向かって顔を突き出して、彼女に「いい子いい子」される。頭がロバに変えられたことは、頭のてっぺんに突き立てられた両の掌で分かる仕組みだ。

この舞台には、はっきりとしたメロディーを持つという意味での音楽はない。セリフ以外で舞台から聞こえるのは、クレジットにあるとおり、「音の構成」-鳥のさえずり、流れる、そして流れ落ちる水の音、鋸で板を挽くような、槌音のような、そう、職人たちが作業をしながらたてるような音。ちなみに、メンデルスゾーンのあの「結婚行進曲」は、出演者が一度だけ口ずさむ、というギャグに近い登場だった。

ほぼ等身大の「板」を、パック以外の全員が持つという、約束事に大いに依拠している演出の場合、30分か1時間もすれば、それが鼻についてくるものだが、まったくの杞憂だった。
舞台終盤、恋人たちの仲も、妖精王と女王の夫婦仲も、納まるところに納まって、公爵とアマゾンの女王の婚姻を祝う芝居上演の場となる。舞台には「板」が7,8枚立てられて、「壁」(原作では、芝居に出演する職人のうちの一人の「役名」)が出現する。

職人スナウトによる口上が、不意に日本語で始まる(それまではリトアニア語の上演に日本語字幕付き)。演じるのは、ややがっちりとした体つきの女優。物覚えの悪そうな職人が視線を宙に泳がせて、たどたどしく棒読み調子で口上を諳んじる。ときおり黙ってしまう。1センテンスを言い終えると、確認するように最後の言葉を繰り返したりする。最初は笑っていた観客は次第に、「とちるな! ヘンに考え込むな! やり通すのだ!」と真剣に応援しだす。口上が無事終わると、我がことのように喜ぶ満場の拍手で、「夏の夜の夢」は終わった。

*

演出家のオスカラス・コルスノヴァス(実際の発音は「コルシュノヴァス」に近い)は1969年にリトアニアの首都ヴィリニュスに生まれた。劇団名のOKTは Oskaras Korsunovas Theatreの略で、今回が初来日。「夏の夜の夢」の初演は1999年。

リトアニアは、バルト海に面する人口340万人の共和国。キリスト教が国教になったのは1386年と、ヨーロッパでは一番遅く、「ヨーロッパ最後の異教徒たち」と呼ばれることもある。1990年にソ連からの独立を宣言(ソ連自体は1991年12月に解体)。首都ヴィリニュスは人口50万人余り、国内最大の都市である。コルスノヴァスはヴィリニュスのリトアニア音楽院の演劇学部演出科卒。同院は音楽と舞台芸術、そして映像(映画とテレビ)の国立大学で、ソ連時代からジャズと民族音楽を本格的に教えており、学生たちによる反政府的色彩の強いアクションなどでも有名だった。

コルスノヴァスは音楽院在学中の1990年から作品を発表している。とりあげたのは、1930年代のロシアで不条理劇を書いた2人の作家、ハルムスとヴヴェジェンスキー。1980年代後半までは、本国ソ連では刊行さえされていなかった作品群で、当時は何人もの演出家・劇団がとりあげていたが、国際的にも注目されたのはコルスノヴァスの演出だった。彼は1990年代半ばからは、アヴィニヨン、エディンバラをはじめとする国際演劇祭にもひんぱんに招聘されるようになった。

1999年にOKTを設立。彼が取り上げる作品の主流は、同世代の作者たちの世界的な話題作(ラヴェンヒル “Shopping&Fucking”、マイエンブルグ「火の顔」、「パラサイトたち」、「冷たい子ども」、サラ・ケイン「渇望」、”Cleansed”など)と、古典的名作(シェイクスピア「夏の夜の夢」、「ロミオとジュリエット」、ソフォクレス「オイディプス王」など)の二本立てになっている。ワルシャワ、オスロ、ストックホルムを始めとした各国の劇団での演出も多数あり、ハムスン、イプセン、ストリンドベリの作品などを手がけている。母校の音楽院(2004年に「音楽・演劇アカデミー」と改称)ではすでに長年教鞭をとっているし、2004年と2005年には、リトアニアで開催される国際演劇祭「セイレン」のまとめ役となった。

本拠地ヴィリニュスでの最新作は、ギンタラス・ソディエカ(「夏の夜の夢」を含めて、1990年からコルスノヴァスの演出作品のほぼすべての音楽を担当)作曲の室内オペラ “Vinter (Vilnius)”。ノルウェーの現代作家Jon Fosseの同名の戯曲を題材にしている。2006年に市内の教会で初演された。
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド第53号、2007年8月1日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
吉岡ゆき(よしおか・ゆき)
1959年生まれ。東京外国語大卒。ロシア語通訳、翻訳家。東京外語大非常勤講師(ロシア・東欧地域文化論)。訳書にペトルシェフスカヤ著 「時は夜」(群像社)、イリーナ・ジェーネシキナ著「恋をしたら、ぜんぶ欲しい! 」(草思社)、ガリーナ・ドゥトゥキナ著「ミステリー・モスクワ」(新潮社)など。
・吉岡ゆきさんの訳書一覧(amazon.co.jp)

【上演記録】
OKT/ビリニュス・シティ・シアター「夏の夜の夢」(ウィリアム・シェイクスピア作)
Shizuoka 春の芸術祭2007
舞台芸術公園 野外劇場「有度」(2007年6月2日)
リトアニア語での上演、日本語字幕付き
4,000円

【スタッフ】
演出・振付・衣裳 オスカラス・コルスノヴァス
音響プラン ギンタラス・ソディエカ
デザイン助手 マルタ・ヴォシルゥテ
振付助手 ヴェスタ・グラブシュタイテ
照明 エゥゲニョス・サバラオスカス
音響 ヴィロス・ヴェロティス
衣裳 マルヴェナ・マティツキアニェ
舞台監督 ゲディミナス・オシャツカス
字幕 アクヴィレ・メルクゥナイテ
制作 アゥドローニェ・ジョケイティテ

【キャスト】
シーシュース/オーベロン ミンドゥガス・ルンゲス
ヒポリタ/タイテーニアⅠ アリナ・ズゥイテ
イージーアス/フルート/芥子の種(妖精) ネリウス・ガウデウスカス
ハーミア アイエリダ・ギンタオタイテ
ヘレナ ラサ・サモゥリテ
ライサンダー ダルス・グマウスカス
ディミートリアス リテス・サラジオス
フィロストレート/クインス ギントゥタス・リーリシュキス
スナウト ソナタ・ヴィソツカイテ
スターヴリング ジヴィレ・シンキエニェ
スナッグ/タイテーニアⅡ アグレ・ヴァリタ
ボトム  アルギルダス・ダラダウスカス
タイテーニアⅢ カリーナ・メトゥリキーテ
妖精 ラサ・クリテ
パック クリスティーナ・ヤコボゥスカイテ
小さな妖精 ダイバ・スゥルブリィテ

【関連情報】
・Shizuoka 春の芸術祭2007 関連劇評
ピッポ・デルボノ・カンパニー「戦争」「沈黙」(芦沢みどり)
http://www.wonderlands.jp/archives/12285/

ピッポ・デルボノ・カンパニー「戦争」「沈黙」


ラ・スフルリー劇団「綿畑の孤独の中で」(大岡淳)
http://www.wonderlands.jp/archives/12287/


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です