東京オレンジ「天国と地獄」

◎一寸先は闇か光か インプロプレイヤーたちの挑戦  葛西李奈(フリーライター)  うらやましいと思った。役者たちが本当にキラキラしていたからだ。彼らは頭と体と心を駆使し、五感…いや第六感までをも研ぎすませて舞台に立つ。こ … “東京オレンジ「天国と地獄」” の続きを読む

◎一寸先は闇か光か インプロプレイヤーたちの挑戦
 葛西李奈(フリーライター)

 うらやましいと思った。役者たちが本当にキラキラしていたからだ。彼らは頭と体と心を駆使し、五感…いや第六感までをも研ぎすませて舞台に立つ。この公演には、最低限の構成以外、あらかじめ決められた台本が用意されていない。それは、毎回どのように物語が展開するのか誰もわからないということだ。役者は仲間、自分自身、そして必ず物語がエンディングを迎えることを信じて観客の前に飛び出していく。どの瞬間も気を抜けないだろうし、相当な集中力が必要だと思う。それでいて精一杯、楽しそうに舞台を駆けめぐる姿に思わず胸を打たれた。わたしは一瞬をどれだけ真剣に生きているのかと思わされた。

 東京オレンジは毎年、インプロビゼーショナルシアターと呼ばれる公演を行っている。当日パンフレットによると「インプロ(即興)のメソッドを使い、出演者と客席が一体となって、その肉体とアイディアを駆使し、たった一度しかない(いま・ここ)=オンリーワンを創り上げる」コンセプトなのだそうだ。聞けば、なんでも今年で5年目なのだとか。

 インプロは、台本を持たず、その場でシーンを作っていく演劇形態である。発想力や構成力また対応力などが磨かれることから、アーティストの訓練方法としても用いられている。近年では、あらゆる効果が注目され、企業研修や幼児教育、大学の授業にまで取り入れられているという。演劇が持つ力が、社会に貢献している好例であると言えるだろう。

 今回はハロルドと呼ばれるロングフォームインプロのスタイルを取っていた。ロングフォームは、いくつかのシーンを創り出し、それらを結びつけてひとつの物語にする形態である。ハロルドでは、バラバラに演じられる3つのエピソードが最終的にまとまっていくとのこと。観客から与えられたお題をもとに、情報がスピーディに積み上げられていく様子は、まさに圧巻。役者は「お母さん」と言われれば瞬時にお母さんになるし、自ら「峰不二子です」と名乗れば峰不二子になるのだ。面白いのは、タグアウトと呼ばれる過去のシーンの挿入である。登場人物の過去のエピソードが演じられることで、観客の物語に対する見方が変わってくるのだ。

 たとえば、いじめられている男子Aを助けようとしている男子Bがいるとする。そこに過去のシーンが入り、第三者が男子Bに対し「あいつのこと好きなんだったら守ってやれよ」と告げる。すると現在に戻ったときには、男子Bは男子Aに片思いをしている少年として演じられることになるわけだ。つまりは登場人物の背景に関する情報が増えるのである。それによって役者の演技も物語の展開も変わるので、思わず笑ってしまうし目が離せない。ハラハラしながらも、それぞれのエピソードのつじつまが合ったときには身を乗り出して拍手してしまう。ライブゆえの空間全体の一体感。この盛り上がりは、インプロならではかもしれない。

 印象に残った役者は、米田弥央氏(カムカムミニキーナ)。チャーミングな容姿から繰り出される掛け言葉は、あらかじめ用意しておいたのでは?と思ってしまうような出来。朝比奈佑介氏は、自己紹介の時点では勢いで笑いにもっていくタイプなのか?と思わせる。しかし、大胆かつ堅実に物語の基盤を固める構成力がある役者だと思う。吉井俊輔氏は、スラリとした容姿から理知派の印象を受ける。実際、展開がスムーズになる優れた働きかけをしていた。それぞれが個性にあふれているが、その良さを生かし、お互いを支えあう姿勢に感銘を受けた。千秋楽のゲストは双数姉妹の小林至氏と今林久弥氏。さすがゲストというべきか、瞬時にエピソードをつなげていく様子は見事という他なかった。とある役者が今林氏の名前を間違えたのだが、そのミスを拾い上げ小林氏はオチのエピソードとして使用した。インプロでは、ハプニングも劇中に取り入れることが可能なのである。

 「どんなお芝居をやるの?」と聞いてから劇場へ向かうかどうかを決める人は多いだろう。そんな人にとって、インプロは未知の世界かもしれない。しかし、きっちりと訓練と経験を積んだ役者が創り上げていく舞台は、一見の価値アリである。先が見えないからこそ満ちあふれているスリルは、味わえば味わうほどクセになる。わたしはインプロの舞台に関しては、最前列で観ることをオススメしたい。役者と観客が共に物語を創り上げているという心地よさに、深く身を委ねることができるからだ。(2007.7.19)
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド第54号、2007年8月8日発行。購読は登録ページから)
・wonderland掲載劇評一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/kasai-rina/

【筆者紹介】
 葛西李奈(かさい・りな)
 1983年生まれ。日本大学芸術学部演劇学科劇作コース卒業。在学中より、演劇の持つ可能性を活かし『社会と演劇』の距離を近づけたいと考え、劇評とプレイバック・シアターというインプロの要素を含んだ心理劇の活動に携わる。現在はフリーライターとして活動中。wonderland 執筆メンバー。
・wonderland掲載劇評一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/kasai-rina/

【上演記録】
TOKYO ORANGE「天国と地獄」
インプロビゼーショナルシアターシリーズ#5
下北沢駅前劇場(2007年7月10日-7月17日)

構成・演出:横山仁一
出演:
金川周平
住友大気
黒川順子
朝比奈佑介
吉井俊輔
佐久間大器
阿部みゆき
石塚隆行
藤本真弓
舛田志津子
青木千佳
佐藤拓実
柏原直人
伊藤伸太朗(チャリT企画)
内山奈々(チャリT企画)
米田弥央(カムカムミニキーナ)
瀬戸口竜ノ介(伊トウ本式)
三枝貴志(バジリコ・F・バジオ)
横山 仁一

日替わりゲスト:
7/10 野口かおる(双数姉妹)
7/11 山田宏平(山の手事情社)
7/12 絹川友梨(インプロ・ワークス)
7/13 幸野友之(方南ぐみ)
7/14 シークレット
7/15 佐藤拓之(双数姉妹)
7/16 清水宏(石井光三オフィス)
7/17 小林至(双数姉妹)今林久弥(双数姉妹)

スタッフ:
即興ミュージシャン:長崎勉
照明・美術:関口裕二(balance,inc)、瀬戸あずさ
照明操作:井坂浩
音響:江村桂吾
選曲・音響オペ:三杉淳
舞台監督:吉田慎一(Y’s factory)
宣伝美術:nahooo(CREATIVE STUDIO VIEW inc.)
衣裳協力:小原敏博
スチール:田中亜紀
制作:牧山祐大、中島まどか
企画・製作:東京オレンジ

チケット(日時指定・全席自由)
一般前売:2,600円 当日:2,800円 リピーター(要予約。東京オレンジのみ取扱い):2,200円 高校生以下(要予約。東京オレンジのみ取扱い):2,000円
シアタースポーツ予選 前売・当日2,000円 決選 前売・当日2,200円
セットチケット(東京オレンジのみ取扱い。前売のみ)
天国と地獄通し券(7/10-7/17):17,000円
シアタースポーツ3日通し券(7/14(予選)・7/15(予選)・7/16(決勝)):5,500円
天国と地獄+シアタースポーツ予選日:4,300円
天国と地獄+シアタースポーツ決勝日:4,500円

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