DULL-COLORED POP 「セシウムベリー・ジャム」

◎使いも来ない「ゴドー待ち」 チェルノブイリ近郊の村で
西村博子(アリスフェスティバル・プロデューサー)

「セシウムベリー・ジャム」公演チラシ見たかった回が満席とのことでその次の回まで待った。出てきた二人の友だちにどうだった?と聞いたら、とても面白かったというのと、ウ~ン長すぎ、詰めすぎみたいというのと。
私はさてどっちだろう? 友だちの鑑賞眼チェック(失礼!)も含めて期待は倍加。そしてその結果は-文句なく前者だった。

チェルノブイリだけでなくイラクでもパレスチナでもアフガニスタンでもアフリカでも東南アジアでも、その他世界のあらゆるところに、知っていて知らない悲惨が山ほどある。そうあって欲しくない祈りとそれをどうすることも出来ないことへの絶望が、劇全体の構造となり、今では滅多に見られないほんものの〝土〟の舞台となり、その土の斜め長方形を取り囲む俳優たちが、代わる代わる出てきてある村を順次提示していくという演出となっていた。ほんものの土とその背後に時が変わるごとに映されるセピア色の写真から伝わってくる、何か忘れていたものを想いだすような懐かしさと、そこでの出来事に関わることができない、しなかったことへの距離感との、絶妙な組み合わせであった。アンケートに「さりげない実験が、たまらなくよかった」と書いて出てきた。

舞台はウクライナのチェルノブイリから60キロ離れているというある村。原発事故から5年後の1991年に初めて訪れた日本人の写真家が、それから93年、95年(だったと思う)と訪れるたびに村が変わっていく様子を描くクロニクル。今は日本にいる写真家が昔撮った写真を机上のスタンドにかざすたびにその写真が舞台奥に大きく写るという仕組みなのだが、ある一軒の農家を中心に、初め幸せそうだった村人たちが年を追うごとに体が弱ったり家族が欠けたり、森の生き物たちや果物にも異変が起こって、果てはみんな死んでしまい誰もいなくなるまで。題名のセシウムベリージャムは、6本指の少年がいつも舐めていた手作りジャム。おいしいけどセシウム入りだったというわけだ。

「Caesiumberry Jam」公演1
「Caesiumberry Jam」公演2

「Caesiumberry Jam」公演3
【写真は「Caesiumberry Jam」公演から。 提供=DULL-COLORED POP 禁無断転載】

終わり近く、一人残った寡婦が86年4月の事故当時を回顧し、何も知らされずに村から原発事故に派遣された消防夫の夫との日々を再現するシーンもあった。帰ってきた夫との再会の喜びから夫の髪が抜け身体中腫れ上がり死んでしまうまで、できるだけポイントのみに絞ろうとする描き方ではあったが、ここが長いと感じさせた理由かも知れない、と思った。遠くの悲惨は頭で分かっても自分自身のこととしては決して体験できないという作・演出の方法からここだけが逸脱していたからである。

そして終幕。最後に訪れてから10年後と言っていたから、ほとんど2007年の現在、なのであろう。また村を訪れた写真家と、何も知らずにその、無人の農家に住みついていた女性と、二人が言葉もなく立ち尽くすところで芝居は終わった。

女性の手にはその家にかつて住んでいた村人の書き残した手紙もあるが、女性には何のことが書いてあるか全く理解できない。ちょうど今の私たちと同じように。そしてこの二人のところには羊飼いの少年さえやって来ないのだった。劇の途中、放射能に汚染された動物や鳥を撃ち殺すために地区委員会に雇われた狩人の兄エストラゴンと、農家の娘に惚れて婿入りした弟ウラジミールが、村を調査し補助金を出してくれるかも知れない地区委員の来訪を待って待って待ち暮らしていたときには、少年が現れ、今日は委員は来ないと告げたのに、である。そう、これはゴドーの使いさえやって来ない「ゴドーを待ちながら」でもあった。

こう書いてくるといやにマジメ、肩の凝りそうな芝居と思われそうだが、それがそうでなく、先に逸脱と言ったシーンくらいをちょっと除いてほとんど、とても楽しく面白く見ていられたから不思議だ。エストラゴンがロシア原産のハーブだということは知っていたが、そういえばレーニンをはじめウラジミールというのはロシア人の名だったと気づいて、ここに二人が現れてもちっともヘンでなかったと、作演・谷賢一の素敵な発想飛びにひとりでクスクス。

もう一つは俳優たち。とくに、ジャムの大好きな6本指の少年や、この村に通ってきたため奇形児を産んでしまうボランティア教師やその生徒たちなど女優陣が、ロシア人を演じたりするのでなく自由闊達にふるまい、それぞれの魅力を精一杯発揮してくれたのが快かった。悲惨なはずの村の日常が彼女たちの、予想をエッと裏切る言動の可笑しさ可愛ゆさにどんなに救われ、まただからこそどんなに見るものの遠い地への想像を刺激したことだろう。

俳優たちを出し入れする演出のテンポリズム感の良さは今さら言うまでもない。こういうマジメでしかし面白い芝居を、見てくれるお客さんが今後もさらに一杯いっぱい増えますようにと祈りたいのだが……観劇界にゴドーは居るのかしらん?(2007.10.14)
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド第69号、2007年11月21日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
西村博子(にしむら・ひろこ)
NPO ARC(同時代演劇の研究と創造を結ぶアクティビティ)理事長。小劇場タイニイアリス代表取締役兼アリスフェスティバル・プロデューサー。大阪南船場にアリス零番舘-ISTもオープン(2004.10)。日本近代演劇史研究会(日本演劇学会分科)代表。早稲田大学文学博士。著書は『実存への旅立ち-三好十郎のドラマトゥルギー』、『蚕娘の繊絲-日本近代劇のドラマトゥルギー』I, II など-とは、実は世を忍ぶ仮の姿。その実体は自称「美少年探検隊長」。
・wonderland掲載劇評一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/na/nishimura-hiroko/

【上演記録】
DULL-COLORED POP vol.5『セシウムベリー・ジャム』
新宿・タイニィアリス(2007年10月12日-10月15日)
作・演出:谷賢一

出演:
堀奈津美(DULL-COLORED POP)
清水那保(DULL-COLORED POP)
太田守信(劇団ギリギリエリンギ)
菅野貴夫
危村武志(巌鉄)
滝井麻美
ハマカワフミエ(3WD)
待村朋子(第弐牡丹)
和知龍範(fool-fish)
片山響子
澁谷美香(騒動舎)

日替わりゲスト:
12日(金) 玉置玲央(柿喰う客)
13日(土) 富所浩一
14日(日) 猫道(猫道一家党首)
15日(月) 吉田ミサイル(吉田ミサイルの世界)

スタッフ:
作・演出 谷賢一
舞台監督 甲賀亮
照明 松本大介(enjin-light)
音響 長谷川ふな蔵
演出助手 永岡一馬
宣伝美術・舞台美術 鮫島あゆ&グラマラスキャッツ
役者顔写真撮影 秦達夫
映像 荻原かやの
制作 黒澤ナホ&クレイジービーンズ

チケット
前売:2000円 当日:2300円

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