青年団リンク 二騎の会「五月の桜」

◎ありふれた言葉で凝縮された関係を描く
小畑明日香(慶応大、wonderland執筆メンバー)

「五月の桜」公演チラシ脚本の設定のことから話すのがいいだろうか。
脚本家の処女作を大幅改訂しての上演である。北海道のある場所、花が散った後の桜がぽつぽつと生える場所が舞台になる。客席との段差なし。
中央奥に大きな灰色の柱があって、その奥は墓地に続いていることになっている。
家族を扱った話は多いが、『五月の桜』に登場する「家族」はなんと言うか、密度が濃い。嫁姑、再婚、連れ子二人の交流、昔の男と今の男の三角関係、失踪した妹と姉の再会、これが一つの家族の物語として織り込まれている。

題材だけ並べると昼ドラみたいである。一時間半の中にこれら全部が込められていて、どの話も尻切れトンボにならない。まずは状況設定の勝利だと思う。

簡単な台詞である。ありふれた言葉、と言ってもいい。
当日パンフの演出家の言葉に
「数少ない『台詞』を書ける作家宮森さつき」
という一節があって、自分の言うことを取られた感じがひどくした。そうです。そんな感じ。
ありふれた言葉で、凝縮された人間関係を描いている。
そうだ、「描いている」という表現がこれほどしっくりくる作品は初めてだ。

前回のメルマガに寄稿されていた谷賢一さんが、平田オリザの戯曲を油絵に例えて表現されていたのを読んだことがあるが、これもやっぱり油絵、だろうか。
腐った沼の表面みたいな、どろどろの暗緑色の人間関係の上に桜の花びらをぽつぽつ、無数に降らせたような作品。
物語に登場するのは北海道にしかないという蝦夷島桜なのに、夜の満開のソメイヨシノの静けさを感じながら見ていた。
「静かだった。雪でも降っているみたいだった。」
という和希のせりふに触発されたのかもしれない。
思い返してみると、これが唯一私的な、芝居臭い台詞だったように思う。『五月の桜』の登場人物は当たり前のことしか言わない。当たり前のこと、どこかで誰かが言いそうなこと、それだけで状況を描写していくのがどれほど難しく、手間がかかることだろう。
そういえば「それでも明日は来ちゃうんだよ」という言葉もあった。
単独で聞いたら失笑ものだったと思うが、今書いていて思い出したぐらい、自然に馴染んでいる。
言葉を扱うことをしていると、ここまでありきたりな言葉を書くのは勇気がいる、と思う。役者を信頼して書いた一言かもしれない。

「五月の桜」公演
【写真は「五月の桜」公演から。 提供=二騎の会 禁無断転載】

書き手がしゃしゃり出ない作品は好きだ。父が死んで、母が再婚して、義弟と主人公が心中の約束を昔していた、そんな背景なのに見ていて暑苦しくない。
ところどころで観客から笑いが起きた。納得した。観客によってこの芝居の感想はひどく変わるだろう。
へたに語ると、語り手の抱えているトラウマを露呈させてしまうような怖さをこの話は持っている。私? 私はだから、語らない。
このお芝居の誰に感情移入したか、どこで泣きそうになったか、それは私だけの秘密にしておこう。

演出にも触れておく必要がある。
島桜を挟んで立つ人々は、全体を通してほとんど自分の立った場所から動かない。主人公を中心に姉、友人、母、義弟がそれぞれ出てきては立ち止まり、動かないまま台詞の距離だけで場面を作り出す。
互いの関係性や、それぞれの思いが非常に象徴的に表れていて、それが一つの家族の話を普遍的なものとして見せていた。
やっぱりこれも、作り手がでしゃばってない印象を強く受ける。
職人的な手のかけ方だ。あくまでしっとりしていて、昔の日本人みたいでいやらしい。で、私好みである、

最初、桜吹雪を降らせて、最後に葉桜だろうか、緑色の照明で舞台を照らすという場面の挿入も好きだった。
この最初と最後のシーンには役者は一切登場しない。
人々を見守る桜、は、日本人は無視できないのかもしれないなー。

ご馳走様でした。
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド第73号、2007年12月19日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
小畑明日香(おばた・あすか)
1987年横浜市生。慶大文学部在学中、国文学専攻。売文屋、役者。『中学校創作脚本集 (2)』(晩成書房)に脚本収録。2007年10月Uフィールド+テアトルフォンテ主催『孤独な老婦人に気をつけて-砂漠・愛・国境-』(マテイ・ヴィスニユック作)に出演。wonderland執筆メンバー。
・wonderland寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/a/obata-asuka/

【上演記録】
《文学座+青年団自主企画交流シリーズ》
青年団リンク 二騎の会『五月の桜
駒場アゴラ劇場(2007年12月5日-9日)
作:宮森さつき 演出:多田淳之介

キャスト=永井秀樹(s) 天明瑠璃子(s) 長野 海(s) 佐山和泉(s) 桜町 元(s) 征矢かおる(b) 東谷毬子(客演)
(b=文学座 s=青年団)
スタッフ=照明/岩木保 舞台美術/鈴木健介 装置/濱崎賢二 宣伝美術/京
制作/二騎の会 総合プロデューサー/平田オリザ
企画制作/青年団 (有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場
主催:(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場
共催:文学座/青年団
協力:舞台美術研究工房 六尺堂

文学座+青年団交流トーク
5日(水)19:30の回終演後
『リアル交流トーク』 多田淳之介(青年団)×所奏(文学座)
6日(木)19:30の回終演後
『交流企画とは何か?トーク』多田淳之介 ゲスト:松井周(サンプル)・添田園子(文学座)
7日(金)19:30の回終演後
『女優による交流トーク』

予約・当日 3,000円 シニア(65歳以上)・学生 2,000円 平日マチネ 2,000円
平成十九年度文化庁芸術拠点事業

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください