龍昇企画「モグラ町」

◎待ったなしで台詞が飛んでくる 「間」は徹底して削がれて
小畑明日香(慶応大生)

あーおもしろかった。圧倒されるんじゃなく、笑いたいとこで笑えて、終始伸び伸びとした気分で見られた。こういう演目があるから芝居はやめられない。

汚物の多いストーリーである。
独身の五人兄弟がいる。兄弟の母が死んだ後に来た義母と、義母が産んだ高校生の義妹がいる。父親は寝たきり、だがまだ義母とセックスしているらしい。義母と義妹は「あの兄弟全員童貞だったりして」「やめてよ気持ち悪い」と話す。兄弟は平均年齢四十代。スロット狂いだったり出会い系にはまってたりしてる。血がどろーっと濃い。流れるときも糸を引きそうだ。

木箱を場面ごとに役者が組み合わせて演じる形式や、極端に間を詰めた台詞回しがあるからエンターテイメントとして見られる。『モグラ町』という題だが町を思わせる具象を少しでも残していたら爽快感はなかっただろう。濃い上に不純物の混ざりやすい血縁関係を描くために、町の風景や台詞の間は徹底して削がれていて、それはすなわち思い入れを削いだということなのだと思う。兄弟の幼なじみのよっちゃんや、兄弟の一人が惚れる吉岡さんが登場するのもいい。義妹は高校卒業と同時によっちゃんと駆け落ちして、吉岡さんは付き合う前に嫁にされそうになって、状況は結構、待ったなしで変わっていく。変わらないもんもある、が、いいもん、ではない。

『モグラ町』の思い出は澱んでいる。澱んだ思い出に足をとられながら生きる兄弟がいる。
「俺はさ、あのときからずっと、ずーっと!」
「やめられないんだよ。痴漢。」
待ったなしで台詞が飛んでくる。次々状況が変わる一方で、誤解を訂正できないまま何十年も立ち止まっているところもある、そういう、ある町の、ある家族の物語だ。

「モグラ町」公演

「モグラ町」公演
【写真は「モグラ町」公演から。撮影=亀澤俊臣 提供=龍昇企画 禁無断転載】

言葉を音として捉える演出家なのかなと思う。
音響ブースを舞台下手隅に設け、かつ全部を生音演奏でやる、という手法からも思ったけど、同時に役者がしゃべって台詞が重なる場面が何回かあった。

「あれ、台本には普通にだーっと書いてある。そことそことそこで入って!って言われてしゃべるの。」

あのシーン、台本はどうなってるんですか?と公演後に役者の一人に伺ったらこんなことを話してくれた。(小林千里さんありがとうございました)もうみんなこんな感じだったけどねえ、と前のめりになって見せてくれたが、
「こことこことここで台詞入って!はい行くよ!」
という演出家は指揮者みたい、な気がした。最初から台本を二段組で書く平田オリザよりももっと即興的で柔軟な、楽団の生演奏みたいな作り方。そういえばカーテンコールは役者全員が生バンドに合わせて太鼓やトライアングルを叩く演出だったのだ。舞台装置の木箱は一カ所に積まれて、役者はみんな木箱の上にのっかる。走る船のように見えた、けど他の人には違って見えたかもしれない。説明はされない。的確だなー。「演劇でしかできないこと」を分かっているから、演劇も映画も小説もがっちりできるんだろう。
媒体の違うものに進出している人は強い。強いっていうか、違う。下世話なものをさっぱり描くのは本当に技術が要ることだ。
ごちそうさまでした。
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド 第87号、2008年3月26日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
小畑明日香(おばた・あすか)
1987年横浜市生。慶大文学部在学中、国文学専攻。売文屋、役者。『中学校創作脚本集 (2)』(晩成書房)に脚本収録。2007年10月Uフィールド+テアトルフォンテ主催『孤独な老婦人に気をつけて-砂漠・愛・国境-』(マテイ・ヴィスニユック作)に出演。wonderland執筆メンバー。
・wonderland掲載劇評一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ta/takagi-noboru/

【上演記録】
龍昇企画「モグラ町」
神楽坂 theatre iwato(2008/3/6-10 7ステージ)

作・演出:前川麻子
照明:千田実(CHDA OFFICE)
音楽:渡辺禎史
舞台監督:杣谷昌洋
演出助手:小形知巳
衣装:西篠正晃
宣伝写真:亀澤俊臣
宣伝美術:木曽慎一郎
制作:畑中由紀子
プロデューサー:龍昇
助成:日本芸術文化振興会・舞台芸術振興事業

出演:
龍昇   :平井家の長男・昇司(ショウジ 54)
塩野谷正幸:同 次男・将司(マサシ 52) [流山児★事務所]
山本政保 :同 三男・勝也(カツヤ 50)
稲増文  :同 四男・文太(ブンタ 42)
吉岡睦雄 :同 五男・欽也(キンヤ 33)

吉田重幸 :昇司と将司の幼なじみ・福田善男(55)
小林千里 :藤次郎の後妻・智子(サトコ 55) [U・フィールド]
津田牧子 :藤次郎と智子の娘・敦子(アツコ 18)
渡辺真起子:S区土竜特別出張所職員・下山由美子(40)

音楽:
ワイトロックベイビーズ 山中洋史(ギター、ウクレレ)+フジッ子(パーカッション)

前売3300円 当日3700円 学生3000円

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