阿佐ヶ谷スパイダース「失われた時間を求めて」(クロスレビュー)

「失われた時間を求めて」公演チラシ5月のクロスレビューは、阿佐ヶ谷スパイダースの新作公演「失われた時間を求めて」を取り上げます。雑誌のインタビューで主宰の長塚圭史自らが「これまでのスパイダースファンが見たら戸惑うだろう」と語っている「不条理劇」(「シアターガイド」6月号)。「今秋から1年間日本を離れる」と話しているので、劇団の新作公演はしばらく見られないようです。作・演出は長塚圭史。出演するのは長塚のほか中山祐一朗、伊達 暁に、奥菜恵が加わります。ベニサン・ピットで5月8日から27日までのロングランでした。チケットは即日完売といいますから人気ぶりが分かります。しばしその「不条理」な舞台の多様な映り方をお確かめください。(掲載は到着順)

▽山下治城(プロデューサー・「プチクリ」編集部・個人ブログ「haruharuy劇場」主宰
★★★★
いままでの阿佐ヶ谷スパイダースファンの期待をいろんな意味で裏切った公演となった。 一筋縄ではいかない構造と実験精神に溢れた舞台は、ただ単に楽しみに来たという観客を拒絶する。その潔さが、阿佐ヶ谷スパイダースの三人の俳優から発案されたことがまず驚かされる。「記憶と時間」ということをテーマにして舞台は創作されている。観客はそこの部分をきちんと意識して舞台に向き合うということが求められる。そこから何を見るのかは観客それぞれに委ねられる。
見ていて、ベケットの「ゴドーを待ちながら」を思い出す。そう、この舞台にはベケット的なるものが確かに存在する。待ち人は決して来ないように、本作では猫を延々と探しているのだが見つからない。本当にその猫はいたのかというような気持ちになる。長塚の発する台詞の端々から村上春樹的な言葉を感じる。論理的な言葉を使いながら不思議なものごとを語りやすい言葉なのかも知れない。空から降ってくる枯葉は、地球温暖化のモチーフなのか?

▽香取英敏(演劇レビュアー)
★★★
まだまだ「不条理」もやってみるもんだなぁ。
別役の電柱とベンチ、ベケット風の待っている男、オールビー「動物園物語」の引用と不条理演劇の定番要素をトレースしつつも、舞台の空間の上品さが最後まで破綻しないのは感心した。
男たちが閉じた円環の世界の中で意味を追い求め、二者択一の隘路に落ち込んでいる中で、一人女性だけが世界を作り出そうとする意志にたどりつくというのに、ありがちな絶望とディスコミュニケーションとの泥仕合に陥らない工夫があり、ポイントが高かった。
スパイダースの男優たちはあえて個性を押さえ気味に典型に退き、奥菜恵をくっきり造形しようとしているのは好感が持てた。
あえて今の不条理演劇ではあったが、派手さはなくても、好感が持てる出来だった。
いつもは気になる奥菜のキンキン声が今回は、芝居の中で、「安定」に対する「ノイズ」的な役割として、きっちりとはまっているのがミソであった(笑)。

▽水牛健太郎(評論家)
★★
抽象劇の面白さとは何だろう。
意味ありげな言葉で観客の深読みを誘うのはむしろ簡単。抽象劇の面白さとは、日常的な設定や物語に制約されずに、舞台に流れる時間やその空間、人物の間の関係性そのものを楽しめるということではないか。「ゴドー」のヴラジミールとエストラゴン、「エンドゲーム」のハムとクロヴ、抽象劇ではないがこの芝居が下敷きにしている「動物園物語」のピーターとジェリーの関係は、日常的でこそないが、手に取るように生々しく、ネコの体のように伸び縮みする。
一方、この芝居の登場人物間の関係性は単調で、それは奥菜恵演じる女性と男性三人との関係が常に一定の距離を保ち、ほとんど伸び縮みしないからだ。数少ない男性どうしの場面になると、急に舞台が生き生きする。奥菜の技術的な限界もあると思うが、やはり作演の責任だろう。あんなに綺麗な女性が目の前にいるのに、ちっとも魅力的に見えてこないのは残念だった。
・wonderland寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ma/mizuushi-kentaro/

▽小林重幸(放送エンジニア)
★★★
この芝居において、いわゆる「物語」は舞台上ではほとんど語られない。提示される言葉は会話とすら言い難いもの。にもかかわらず、登場人物たちが問題を抱えているであろうことなど、「舞台の外側の空気」を感じられることが、この芝居を大きく特徴付ける。
「動物園物語」を知っている観客は、それを基に状況理解を試みるかもしれない。「動物園」を観たことがない人は、また別の印象を持つだろう。つまり、何をベースとして芝居を読み解こうとしたかによりイメージに差が出るであろうことは、おそらく織り込み済みに違いあるまい。提示される情景だけでなく、その解釈という演劇構造自体に「外部」を持ち込んだのは面白い。
抽象度の高さが普遍的な何かを提示するには至らなかったような気がするのは残念である。今回の実験の成果により、次作以降の物語がより深いものになることを期待したい。
・wonderland寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/kobayashi-shigeyuki/

▽田中綾乃(東京女子大学非常勤講師)
★★★
長塚圭史の最近の作風のターニング・ポイントは、2005年の三好十郎の『胎内』(演出:鈴木勝秀)の出演だったと考えている。その後、長塚作品は主に外部演出を含めて徐々に変化していった。今回はその『胎内』での共演者と中山が加わっての4人芝居。まさに「胎内」とも言うべき閉ざされた空間(公園)の中で、4人の内的で抽象的な“記憶”と“時間”を巡る物語が淡々と描かれる。「不条理」と言うよりは「不条理的」な作品。不条理劇ほど洗練はされていない。 だが、長塚の、出演者たちの演劇創作への試行錯誤は感じられる。その 実験的な試みが、今回の作品には程よくマッチしていたように思う。
ラスト、それまでの枯葉とは異なる一枚の緑の葉が舞い落ちる。(作品の終わり方としてのこの手法は嫌いだが)この緑の葉は、「胎内」 としての自分の内的な世界だけでもがいていた4人が外界へと出 て行くことを暗示させる。と同時に、今後の「阿佐スパ」の「誕生」を 予感させる。今回の試みが、今後の長塚作品にどう変化をもたらすのか 期待したい。
・wonderland寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ta/tanaka-ayano/

▽徳永 京子(演劇ライター)
★★★☆
その過程に、どんなに高尚な苦悩、長期に渡る取材が含まれていたとしても、戯曲をこう定義することを私はためらわない。すなわち、戯曲とは劇作家の思考の排泄物なのだ。
だから、垂れ流されれば顔をしかめたくなるし、上品ぶられても白けてしまう。では、いい排泄物とはどんな戯曲かと言えば、ある種の生産性、再生性が含まれていることだと思う。排泄物から萌芽するたくましい生命体にこそ、私は信頼を寄せられる。
『失われた時間を求めて』は、語られる「虚無」や「不確か」の下から、前向きさが湧きだしていた。ラストで登場人物達は、地面の枯葉を「必要なもの」「不要なもの」「どちらかわからないもの」に分ける。その枯葉が原稿用紙に見えたのは私だけではないだろう。書き散らかした原稿の中に、残すべきものを見い出す。その自己肯定が素直に受け入れられたのは、長塚圭史が排泄の苦しさと恥ずかしさを隠さなかったからだ。『ウィー・トーマス』(作:マーティン・マクドナー)が彼の演出家宣言だとすれば、この作品は長塚の劇作家宣言ではないだろうか。
・wonderland寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ta/tokunaga-kyoko/

▽北嶋孝(本誌編集長)
★★★
公園、ベンチ、出入り口、兄弟、女、男、犬…。いずれも正体不明の存在で、それぞれの関係も定かではない。しかしキーワードははっきりしている。「探す」。失ったり壊したり、取り戻せない記憶や時間を求めて登場人物はさまよっている。
特異なキャラクターが暴走して芝居を駆動する展開ではない。舞台は「脳内劇」と言われかねないほど内向きに仕立てられ、外周ににあつらえられた溝は現在と隔てられた意識の境界という趣がある。その溝の先、舞台奥から浮かび上がる「外」の風景は意外に穏やかで、黄昏時の静謐な未来を先取りしているかのようでもある。珍しい破調の展開が結局、突然空から舞い落ちる一葉に託されて終幕を迎えるのと平仄は合っている。
変わっていそうで変わらない。変わらないように見えつつ変わり始めている。どちらなのだろうか。長塚は活動を休止し、来年は海外で過ごすというから、事実はその後の楽しみに取り置かれているらしい。
・wonderland執筆一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/kitajima-takashi/
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド 第96号、2008年5月28日発行。徳永京子さん(演劇ライター)の項を追加。購読は登録ページから)

【上演記録】
阿佐ヶ谷スパイダースPRESENTS『失われた時間を求めて
ベニサン・ピット(2008年5月8日-27日)

作・演出:長塚圭史
出演:中山祐一朗 伊達 暁 長塚圭史 奥菜 恵

美術:加藤ちか
照明:佐藤啓
音響:加藤温
衣裳:伊賀大介
演出助手:下村はるか
舞台監督:福澤諭志

美術助手:片平圭衣子
照明操作:溝口由利子
衣裳進行:高木阿友子
演出部:秦 真祐子 津江健太(至福団) 城野 健
演出部協力:大久保遼 根岸みさき 福本朝子(至福団)
今井絵理 鈴木春奈 小田切千絵 佐々木洋子 矢作春香

稽古場代役:佐藤皓
小道具:高津映画装飾
大道具:C-COM舞台装置 テルミック
特殊効果:特効
稽古場:ベニサンスタジオ

宣伝・パンフレットデザイン:Coa Graphics
宣伝写真:Satoru Takayanagi
パンフレット写真:野村佐紀子(人物) 米倉裕貴(物)
パンフレット衣裳:伊賀大介
パンフレットヘアメイク:河村陽子
パンフレット取材:岩城京子 尾上そら
パンフレット進行:山岡まゆみ
パンフレット進行助手:井手江夢
パンフレット編集協力:広正 舞 森下織絵 宇神宙貴
村田和歌子 大野志穂子 MIB
パンフレット編集:pond publishing
パンフレット印刷・製本:深雪印刷
パンフレット製作 有限会社ゴーチ・ブラザーズ

宣伝美術:Coa Graphics + 中山祐一朗
票券:西川悦代
広報:吉田プロモーション
Web製作:新藤 健
制作助手:山岡まゆみ 大野志穂子
稽古場進行:辻 未央
制作:伊藤達哉

助成:芸術文化振興基金
主催:ゴーチ・ブラザーズ
企画・製作:阿佐ヶ谷スパイダース

チケット料金:前売5,500円/当日6,000円(全席指定・税込)

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