ペンギンプルペイルパイルズ「審判員は来なかった」

◎これこそ小劇場演劇豪華版!
高木龍尋

「審判員は来なかった」公演チラシ 「今注目の劇団!」とか「人気劇団!」とか言われると、観に行こうという気が失せてゆくのは私の性格がひねているからだろうか。観ようと思ったらかなり前からチケットの予約をし、行ってみたらその劇団のファンで超満員、オチの前に笑う客、おかしなタイミングで泣く客……まず劇場にいるだけで居たたまれなくなる。それで、作品はというと……「木戸銭返せ!」とは言わないまでも、「半額返せ!」とは言いたくなることもある。〈遠くの大劇場で人気劇団もしくは人気演出家で高額チケット〉―これが落胆する場合に最悪なパターンである。

その逆もある。名も知られている、作品も良い、役者もいい、けどチケットも前日で大丈夫だったり、自由席でもすんなり座れたり、客数も観る側が申し訳なくなってくるほど少なくもなく、息苦しいほど多くもなく、というのが最高である。

さて、今回の公演だが、人気のある劇団である。大劇場ではないものの、座席の両脇に肘掛けがついている、立派な劇場(? ホール?)である。ただし、本はおそらく良いのではないか、役者も良いのではないか…… と、少々賭けを含みながら観に行った。そして、「木戸銭返せ」とも「半額返せ」とも言わずに済んだ。

パリエロという独立したばかりの国。その国の4箇所が舞台となる。大統領府では元テニスプレーヤーのまだ若い大統領が首相や秘書たちと、まだ小国でしかないパリエロを存続させるための方策を練っている。農家では国が独立したことで初めて農地を持ち、パリアンという果物の栽培で財をなした家族に、経済的な状況の変化が家族関係の変化になって現れてくる。教会では今ひとつ増えない信者をどう増やすかあれこれ考えてみるが大司教も司教も適当なので良い案は浮かばない。そして、競技場では新しい国に新しい競技を開発して国技とし、それを海外に広めて強豪国として世界に自分の国を知らしめようという、負けず嫌いな大統領の発想から出た国技開発委員会が、ハンティングボールという危険かつ面白くもない競技を続けながら揉めている。

この4箇所を廻り舞台で、しかも7人の役者で22人の登場人物をこなしていったところがこの作品の醍醐味と言えるだろう。しかも、廻り舞台は4面あるわけではなく3面で教会と競技場はそれぞれ角度を少し変えながら、という具合である。廻り舞台という機構はある程度の大きさのある劇場でしか持てない。その機構があったとしても、AパターンとBパターンしかないとなったら大きな装置の転換のためにしか働かないのだが、今回はそうではない。3面を4箇所に使いながら、それぞれの場所の人びとを増殖させる、つまり、物語の構成を複雑にし、それぞれを絡ませることで綿密な世界をつくるために機構が使われているのだ。廻り舞台などとても置くことができない小劇場であれば、照明であったり幕であったりで場面転換を想像力で行うのだろう。だが、実際に廻り舞台を使えて装置ごと場面転換ができるとしたら、作品の構成にもどのように機構を活かせるのか、と考えられたところが舞台の世界を膨らませる原因になっている。おかしな言い方になるかも知れないが、狭い空間から芝居をつくってきた人たちのもったいない精神と言おうか、良い意味での貧乏性が、中劇場や大劇場の演劇ではなく、より豪華になった小劇場演劇をみせてくれたのではないだろうか。

さて、作品の展開としては、国家、民衆、宗教が独立してみてそれぞれに初めてわかった問題と混乱を、パリエロがまたマリムに併合されることが決まるまでの期間で、それぞれを伏線として絡ませながら描かれている。それぞれに画策したことが行き詰まり停滞している中、国技開発委員会だけは伝説の審判・ジックの舵取りによってハンティングボールを着実に発展させ、海外普及させるまでに漕ぎつける。この展開をみていて思い出されたのは井上ひさしの『國語元年』である。『國語元年』では誕生したばかりの明治政府にあって日本国民誰もがわかる〈全国共通話しことば〉を策定することを命じられた南郷清之輔が家族や家に出入りするさまざまな土地の出身の人びとを巻き込みながら悪戦苦闘する作品である。結局のところは南郷の血の滲むような努力も報われず、〈全国共通話しことば〉の完成目前に職を解かれてしまう。〈言葉〉と〈スポーツ〉、失敗と成功の差はあるものの、新しく国家が踏み出すためには政治的、経済的な起爆剤が必要であると同時に、国民の意識を集中させる何ものかが必要である。それは政治機構や経済活動とは別の文化的な何ものかである。『國語元年』の場合は〈言葉〉という生活に密着したものであるが、それは教育の場によって文化的な統制を図る新政府には必要であった。そして、パリエロにとってはハンティングボールが対外的にパリエロという新国家を認めさせる手段であった。このふたつのものがドタバタの発端となるのだが、ともに規則が関わるものだからである。規則を決めるまでの制作者たちの思惑、実施してみてのクレーム、改善に伴うせめぎ合い……それが真剣であればあるほど、何かねじが外れたとき、それを傍観するとおかしくてならない。

人気が出て実入りが良くなった小劇場の劇団が、中劇場に進出したり装置に金をかけられたりするようになると、見た目の派手さやウケだけを狙った作品になったり、舞台の幅や装置の大きさにスピード感が消されてしまう作品が多く、幻滅したりそれなら小劇場でやってくれた方が……と思ったりことも多々ある。折角の機会というのはなかなか活かせないものなのだが、今回はそうではなかった。機会を活かしきれた作品というのは、幸福な作品といえるのではないだろうか。
(2008年7月27日夜公演 大阪・リサイタルホール)
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド 第105号、2008年9月17日発行。購読は登録ページから)

【著者紹介】
高木龍尋(たかぎ・たつひろ)
1977年岐阜県生まれ。高校教員。大阪芸術大学大学院芸術文化研究科博士課程修了(文芸学)。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ta/takagi-tatsuhiro/

【上演記録】
ペンギンプルペイルパイルズ#13「審判員は来なかった
東京・三軒茶屋シアタートラム(2007.7.10-20)
大阪リサイタルホール(2007.7.27)
福岡・西鉄ホール(2007.8.2-3)

作・演出 倉持裕
出演 小林高鹿/ぼくもとさきこ/玉置孝匡/近藤智行/吉川純広/安藤聖/片桐仁
スタッフ
舞台監督:橋本加奈子(SING KEN KEN)
舞台美術:中根聡子
照明:清水利恭(日高照明)
音響:高塩顕
衣装:今村あずさ(SING KEN KEN)
音楽:野村田中と風林火山【田中馨(サケロック)、野村卓史(グッドラックヘイワ)】
宣伝美術:坂村健次(C2デザイン)
チラシイラスト:横山裕一
宣伝写真:相澤心也
宣伝ヘアメイク:山本絵里子、浅沼靖
舞台写真:引地信彦
制作:土井さや佳

協力:トゥイクル・コーポレーション 西田圭吾 クリオネ ダックスープ
特別協力:アタリ・パフォーマンス
助成:セゾン文化財団 芸術文化振興基金
後援:TBSラジオ&コミュニケーションズ 世田谷区
提携:世田谷パブリックシアター
主催:ペンギンプルペイルパイルズ

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