パラダイス一座「続々・オールドバンチ~カルメン戦場に帰る~」(最終公演)

◎『オールド・バンチ』-記憶のバレエ
杵渕里果(保険業)

「続々・オールドバンチ~カルメン戦場に帰る~」公演チラシパラダイス一座の『オールド・バンチ』が終わった。
でもカーテンコール、演出の流山児祥は「さよならは言いません」と言っていたから、「最終公演」と銘打っても、また二年くらいしたら「再結成」で「復活」しそうな雰囲気はあった。


パラダイス一座は、2006年冬、「三年間期間限定旗揚げ公演」をした「平均年齢79歳」の超高齢劇団。以下が演目。
06年冬『オールド・バンチ 男たちの挽歌』山元清多脚本
07年冬『続オールド・バンチ 復讐のヒットパレード!』佃典彦脚本
09年冬『続々オールド・バンチ カルメン戦場に帰る』山元脚本

再結成されたら、見たいかな。どうだろう。
私は、岩淵達治が出るなら見たい。
岩淵達治といえばブレヒトの詳細な翻訳で知られるドイツ文学者。『オールド・バンチ』主演老優七人衆のうち、彼だけは映像出演で、毎度、映像の中で女の子と一曲歌って消える役回りだ。私は、この81歳になる老先生が地元でひっそり行っている演劇ビデオの鑑賞会に出入りがあり、「『オールド・バンチ』、見ましたよ」と先生をひやかすのが楽しい。
ほかに『オールド・バンチ』の楽しみといえば、御年92歳の戌井市郎という文学座演出家の出演である。三年前の旗揚げ公演では、負荷を避けるためだろう、車椅子で登場し、台詞も短く、どちらかといえば脇の俳優だった。ところが今年は主役も主役、ゲイ・バー「つばき」のママ役で登場し、ロングスカートでしゃんとした立ち姿をみせてくれた。台詞の量もふえ、それでいて、舞台でウトウト、いかにもコウレイシャらしく眠ってみせてもくれ、虚実皮膜。「老人力」、いやこれぞ「俳優力」であろう。
あと、本多一夫。これも貴重な俳優で、というか俳優ではなく、本多劇場はじめ下北沢の劇場グループの社長である。初演の舞台ではいささか照れた感じもあったのが、もともと映画俳優を志して上京した人でもあり、いまや台詞もアクションを楽しそうにみえる。パラダイス一座を経験した本多一夫は、本多劇場の下に「楽園」という劇場までこしらえたそうだ。スバラシイ。「平均年齢79歳」は劇場を孕ませた。

しかし、なのである。
『オールド・バンチ』のパンフレットをみると、岩淵達治は、じつは映像作品としては、ベケットの『クラップ氏最後のテープ』を模して『ブチ氏の最後の8ミリ』をやってみたいんですよ、と話している。彼は、「へんてこな歌を歌っては消えるお爺さん」がぜひ演りたいのではないらしい。なのに、「岩淵先生、みましたよ」と、毎年毎年、私をはじめ幾人もの人々に楽しくひやかされるというのも、なんかなぁ、と思う。
なにしろ『オールド・バンチ』、銀行強盗やコロシヤ一味といった物騒な老人たちが登場するが、小一時間もすると各人がカラオケを聞かすオタノシミタイムに切り替わり、観客は手拍子で応じて時を忘れましょう、というサム・ペキンパーもびっくりの、地方の温泉での老人会行事といった風合いの舞台なのだ。これがブレヒティアン岩淵の、また、文学座!の創立メンバーという戌井市郎の、さいごの花道、というのも、なんかなぁ、と感ずる。
「平均年齢79歳」が旗揚げ。とはいえ、企画をし、率先して一座の俳優をリクルートしていったのは流山児祥・当時59歳で、脚本家の山元清多は67歳、二作目脚本の佃典彦だと43歳。つまりこの一座、エンジンのほうで計算すれば「平均年齢56歳」なのだ。いや、山元清多は、流山児からの脚本の依頼に「え、ボクが書くの?」と目が泳ぎ、「流山児はボクが知らない間に凄げえプロデューサーになっていたのだ」と感心しいて、佃はというと「二作目を書く依頼をうけていたので…名古屋から新幹線に乗って(旗揚げを)見に来ました」というのだから、流山児祥ひとりをこそ「パラダイス一座のエンジン」と呼ぶべきであろう。エンジンは還暦。どうりで元気だ。

さて、流山児祥の口上を読もう。パンフレットを持つ手がぽかぽかするくらいアツい。
「二一世紀の小劇場運動の新展開を目指し、実験性の中に大衆性を備え」「本来演劇の持つ遊戯性」「実験的でそして何よりも大衆的な「えんげきの原点」」「お祭り一揆」「えんげきのかくめい」などなど。
この「大衆性」の一環なのだろうか。われわれ観客は、開演前に若いスタッフから、「劇中、これこれの合図で客電が付きますから、この歌をみなさん一緒に歌ってください」と指示うけ、なるほど劇場入り口で渡された栞には「青い山脈」「お座敷小唄」「椰子の実」の歌詞が刷られており、その場面になれば、とりあえず客席の半分以上は声を出すなり手拍子するなり調子をあわせる。もちろん、客はシラフ。いっそ、アルコールの配布があってもよいと思う。
しかしなんだって「お座敷小唄」の合唱が、「志と生きざま」の演劇で「『商品』として『流通』=消費蕩尽される演劇ではなく、『人間』がそこに『いる』演劇が生まれた」ことになるんだかは、よくはわからず、おそらく気分の問題なのだろうけど、舞台にいるのは、どちらかというと文化を牽引する側で半世紀立ち回っていた都会の爺さんがたなのだ。客席にいるのも、これまた新宿のコマ(もうなくなったけど)にも映画街にも行かず、小田急線や京王線を乗り継いで下北沢で五千円の芝居を観てやろういった、若干インケンな趣味傾向がみこまれる客層だったりする。
なのに、「青い山脈」「お座敷小唄」「椰子の実」。
なんだか必要以上に「大衆の楽しみ」や「日本人の共同体」のステレオタイプを真似て下世話がっているような、みょうないやったらしさがなくもなく、楽しいから「つい歌ってしまう」よりは「つきあいで歌う」ような、なんとなしの苦味を客席にいて感ずる。そして俳優陣も、カラオケタイムに「ぜひ歌いたい」という押し付けがましさはなく、どちらかというと「つきあいで巻き込まれた」ヒヤヒヤな表情も垣間見え、それでも戌井市郎となると「新内をひとつ」、ふじたあさやだと「ならば講談を」と、さすがは演劇人といった変化球の芸が披露され、そこに、まさに『オールド・バンチ』の<救い>がある。

これは、たとえば高校などで、退職する校長先生のお別れ会を、生徒会が派手に大げさに企画して、主役の校長先生も生徒一同も半ばタジタジしながら、そのタジタジ感を共有してくれた繊細な校長先生が、生徒一同はますます好きになった、というのと似ている。生徒会はお疲れ様だったけど、でももうちょっとなんとかしてよ、という気持ちを、私は流山児に抱いてしまうのだ。この演出家は、「大衆的」であることに教条的で、「大衆ソノイチ」である私としては「これがおまえの見たいものだ」と杓子定規に決め付けられる感じがしてタジタジしてしまう。

だけど『オールド・バンチ』。
脚本、山元清多→佃典彦→山元、のリレーこそ、解散するのが惜しい気持ちにさせるのだ。シリーズとしての進展がこの先まだまだありそうだ。
このホン、たいへんだろうと思う。
なにしろ、アテガキの相手は七~八人の高齢者(うち後期高齢者四人!)。加齢具合によって台詞分量の多少に配慮する。
そのうえ、大先輩の演出家や劇場主が俳優なので、「いくらお前たちが戦争を知らないといっても、お前のお爺さんが放射能にやられてるかもしれない」と、これは瓜生正美の台詞だが、どうしてもいっときたいことを織り込んだり、「老人を子供扱いするな」と言わせてスッとさせたり、気を遣っている。
そしてまた観客向けには、コウレイシャらしい身勝手さや、マイペースさ、記憶が飛んだり取り違えといった、いわば、高齢俳優による高齢ネタ、をいたるところに用意している。
稽古中、咳き込むシーンの戌井は、「入れ歯を飛ばしたこともありましたよね」「あれはね、自分ではアリだと思った」、すかさず82歳の瓜生が「もし本番でそのようなことあがれあば近くにいる僕が拾って差し上げますよ」。パンフレットのインタビューからは、なにが図か地かわからないような、和気藹々にして壮絶な稽古場が伺えるのだが、この枠組みを用意したのは、まずは流山児、でも脚本家の仕組んだ世界観の影響も、大きいように思える。

作品としてはしかし、『オールド・バンチ』『続オールド・バンチ』は、芝居の骨格、ドラマがイマイチだった。
一作目、山元脚本『オールド・バンチ 男たちの挽歌』は、銀行強盗一味。仲間をだまして土地を奪った銀行に、意趣返しに強盗に入った。強盗先で「あの戦争は、あったんだ」と説教を始め、団塊世代の悪徳支店長が、「こっちは戦争が終わってから生まれた」と言い張るのを倫理的にやりこめる。でも、経済犯罪に対して「戦争」を持ち出すのは、いくらなんでも言いがかりで、支店長が気の毒だった。
二作目は佃脚本『続オールド・バンチ 復讐のヒットパレード!』。一味は、日本暗殺者協会(演出家協会のパロディ)の老スナイパー。いまは廃業した銭湯を改造して作られた福祉施設にいる要介護老人。でも風呂桶から、東京オリンピックの冷戦当時の記憶と仲間が蘇って彼らを奮起させる。(この廃業した銭湯での時空の連環は、佐藤信『浮世混浴鼠小僧次郎吉』のパロディだろう。その年、天野天街演出で、流山児祥が主演していた)。
このモト暗殺者たちは、「老いてはケアマネに従え」と諭そうとする福祉施設の女性ワーカーに、「とりあえずメアド教えろよ」と老いてますます盛んなところをみせ、「フガフガ、フガフガ」しか台詞のないその他老人(若い俳優が演ずる)と自分たちとの差異を際立たせていた。終盤、暗殺者協会はお互いの結束と達者さを再確認し、「次はビルマでも行くか」と義賊としての次なる活躍を夢見るのだが、よそさまの軍事政権と戦うより、まず国内の同世代の福祉状況をなんとかされては、と思わずにおれなかった。「天下国家」「世界情勢」を論じながら、まるっきり足元をみないオヤジの放談のオールド・バージョンといった具合で、ほんと、まるっきり共感できない。
(蛇足だが、流山児祥は、「パラダイス一座」に先んじる十年前、「楽塾」(45歳以上の地域の人々とはじめた演劇集団)を始動し、「フツーのおばさんたちとのあくなき戦いを私はメチャクチャ楽しんでいる」と『オールド・バンチ』のパンフにも記す人なのだから、「オールド・バンチ」が福祉施設のワーカーを、老人扱い失礼千万と単純に揶揄して捨て去るのは、多くのフツーのおばさんがたに失礼で、活動上よろしくないと思う。)

このように『オールド・バンチ』『続オールド・バンチ』は、モト兵隊やモト暗殺者、要は、殺人経験こそが水戸黄門の印籠という、いわば、タチの悪いマッチョだけど先が短いからショウガナイ、というトホホ感がかなり高い芝居なのだった。

でも三作目、『続々オールド・バンチ カルメン戦場に帰る』は、違っていた。
なにしろ、戌井演ずるゲイのママ、弁天ローズは、出征ですっかり「自分のなかのオトコってものにつくづく愛想がつきた」ので、戦後、ゲイになって銀座に店を構えた人。ビルマ戦線での彼の部隊の面々は、「そのケのあったもの、あんましなかったもの、途中で別の道に進んだものもいる」が、「あたしたちゃあ、おっかさんの心意気に感じてゲイになった」のである。
これは、二作目を締めくくった「それじゃあビルマにでも行くか」に対する、山元清多の応答だろう。

旗揚げ公演では、出征経験を印籠にする、ニトロや拳銃をいじる高齢者銀行強盗を山元は描いたが、三作目『続々~』で、日本が蹂躙した東南アジアに目を転じるや、すっかりシュリンクしたのだろうか、全員、ゲイになってしまった。弁天ローズの道楽は、カンボジアやネパールに学校を作ることで、この慈善道楽で店が傾いた設定。仲間の一人、布袋(肝付兼太)は、いまはビルマ料理店に勤めており、日本政府の難民への対応の酷さを訴えながら、ビルマ人の若い娘のために発砲も辞さない。
マッチョをやめた「オールド・バンチ」一同は、芝居の半ば、こぞって女装で再登場する。加齢で体型が小さく丸くなるのだろうか、ふじたあさやなど髭を生やしたままなのに、遠目に女性に見えてしまう。不思議だ。「平均年齢79歳」とは、マッチョでもオカマでも、正義を標榜できればどっちでもよかったのか!。老境、とはこうしたものか。
高齢なのに、元気(物語は弁天ローズの葬式の、偽装から始まる)。オトコなのに、オンナ。
ここまで自明性が崩れると、あとはなんでもあり、だった。
福寿(岩淵達治)は、タイからビデオメールを送ってきて、「タイから安全にビルマへ入るルート見つけたからねーっ」と、東南アジアらしい衣装のかわいい女の子と歌を歌う。「彼女の名前はジャスミン・水島!。水島上等兵の孫娘なのよ!」。水島は坊さんじゃないのか、と思うのも束の間、弁天ローズ一同は、ゲイ・バー「つばき」の売却金を元手に、さいご、ビルマへと向かう。旅路のテーマソングは、『椰子の実』。女装高齢者たちは日傘をさしながら、背景スクリーンに大写しされた海岸線へと歩みよる。
もちろん、タイとビルマの国境超えは海岸よりは通常陸路だし、「安全」に入りたいなら観光ビザで現地入りすればよいし、水島上等兵の妻帯問題もあるし、悩めばきりがない物語なのだが、いいの。たぶん、ボケてるんだから。このおたちたちは、なんか良心がうずいてて、いろんな記憶が走馬灯のようにつながっちゃって、でもなんか言っときたい、そんな状態なの。と、鑑賞するしかなかった。
『続々オールド・バンチ カルメン戦場に帰る』は、真面目に考えれば支離滅裂なストーリーだ。
でも、こんなふうに観劇を楽しんでいるずっと遠く、ビルマには確かに軍事政権がある、という現実も、そうとうに支離滅裂な感じがする。
そして、弁天ローズたちが忘れられないのだと訴える大戦の記憶と、それを抹消していった戦後という、時間的な遠近をみても、支離滅裂に感ずる。時間も空間も、ちょっと先をみようとすると、なにやら、世界の破裂を感じてしまう。
こうした世界の破裂感に、「バンチ」一味、高齢俳優によるコウレイシャ的無茶苦茶な論理破壊が、リンクしたのだと思う。
いや、この無茶さ、もっと世代的な感情かもしれない。
『続々~』、副題のソース、映画『カルメン故郷に帰る』を想起するなら、それは高峰秀子演ずる、アタマの打ち所の悪かったヌード・ダンサー、カルメンの、突飛な活躍が楽しい一種のピカレスクだった。日本初の総天然色映画がこれ。戦後という時代の、いかにも底抜けに明るい幕開けだ。監督は、木下恵介。戦争がいやでいやでしょうがないという映画をよく撮った(『二十四の瞳』『笛吹き川』)。
こうした戦後の気分こそ、「バンチ」世代が共有した感覚で、単に「コウレイシャ的」というと、すこし違うのかもしれない。

今後、『オールド・バンチ』はどう展開するのだろう。
『オールド・バンチ』、のタイトル自体は、もちろんサム・ペキンパーの映画『ワイルド・バンチ』へのオマージュだ。蜂の巣どころか手でも足でも飛び散っていく壮絶な銃撃戦のある西部劇で、「血のバレエ」とさえ呼ばれた。だからこそ、演劇『オールド・バンチ』シリーズでも、主人公の高齢者たちの、大戦の記憶(山元脚本)、冷戦下のスナイパーの記憶(佃脚本)、つまり、「血の記憶」を語ったのだろう。
でも、「血の記憶」といっても、戌井、瓜生のほかは、だれも学徒出陣ともかぶらない「戦場は知らない」高齢者で、それなのに彼らが「俺たちの血の記憶」を語るというのは、どうもチグハグだった。むしろ、「戦争を知る世代」にアタマが上がらなかった世代、「パラダイス一座」企画者や脚本側の、オブセッションに思われた。
流山児祥は、「さよならは言いません」と言い置いたけど、いったいいつまで、どの高齢者に「戦場」を語らせるつもりなのか。旗揚げから「三年間期間限定」と銘打ったのは、「平均年齢79歳」に不安があるからだろう。それなのに、「だれが養老院なんか行くもんか! あんなジジイとババアばっかりのところ」。老人たちは、いきまいてみせる。それはそれで面白いのだけど、うそ寒さくもあった。もしかして「オールド・バンチ」一味は、「戦場」や「殺人」より、「要介護」や「痴呆」のほうが、よっぽどコワイように思える。「死」より、その一歩手前の状態を、なるべく視界から追いやりたいように見える。
今後、『オールド・バンチ』が継続するとしたら、いま七十代の俳優が中心になっていくのだろう。すると「大戦の記憶」よりは、「冷戦」や「ビルマの軍事政権」など、いわば、「遠い国の戦争」に重心するのだろうか。「兵隊」ではなく、「スナイパー」のような特殊な設定で、その「血の記憶」にコミットするのだろうか。
それって、なんかなぁ。
「ビルマに行くか」の無責任なかんじが、シリーズでリフレインされるって、なんかナァ。しかも、毎度カラオケ聞かすんでしょ?。『オールド・バンチ』っていうのは、<男の高齢者が、血の記憶があるかのように騙りながらカラオケを聞かかすシリーズ>なのでしょうか。はぁ。
私の好みとしては、『男たちの挽歌』よりは『カルメン故郷に帰る』系のピカレスクで、「血の(騙りの)バレエ」よりは「血の(記憶の)バレエ」のほうで、シリーズしてくれたら、うれしいんだけどナ。

※『続オールド・バンチ』の、「それじゃあ、ビルマでもいくか」という台詞は、パンフレット掲載台本にはありません。私の観劇記憶です。(しかし『続々~』との呼応として確認できます。)
(初出:マガジン・ワンダーランド第131号、2009年3月18日発行。購読無料。手続きは登録ページから)

【筆者略歴】
杵渕里果(きねふち・りか)
1974年東京生まれ。演劇交友フリーぺーパー『テオロス』より、演劇批評を書き始める。ほか『シアターアーツ』にも掲載あり。保険のテレアポ。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/kinefuchi-rika/

【上演記録】
▽パラダイス一座「続々・オールドバンチ~カルメン戦場に帰る~」(最終公演)
ザ・スズナリ(2009年2月8日15日)

【作 】山元清多(黒テント)
【演出】流山児祥
【音楽】林光
【美術】妹尾河童
【出演】戌井市郎 瓜生正美 肝付兼太 中村哮夫 本多一夫  ふじたあさや 二瓶鮫一 藤井びん 町田マリー(毛皮族) 谷宗和 坂井香奈美 石井澄 阿萬由美 村井一帆/流山児祥 山下直哉 鈴木麻理
【映像出演】岩淵達治・大路恵美
★アフタートーク「ライフ イズ ミラクル」★
8日(日)15:00の回 岩淵達治 林光 山元清多
9日(月)15:00の回 瓜生正美 中村哮夫 本多一夫 肝付兼太
11日(水)15:00の回 戌井市郎 岩淵達治 二瓶鮫一
12日(木)15:00の回 妹尾河童 ふじたあさや (水谷雄司)
STAFF
【照明】沖野隆一
【音響】島猛
【舞台監督】中村眞理 森下紀彦
【映像】工藤真路
【衣裳】胡桃澤真理
【美術補】水谷雄司
【照明操作】 野中千絵
【音響操作】大久保友紀
【演出助手】畝部七歩
【舞台監督助手】諏訪創 山下直哉 鈴木麻理
【大道具】王様美術
【舞台写真】飯田研紀
【イラスト】山中桃子
【協力】文学座 青年劇場 劇団21世紀FOX 本多劇場 林光事務所 コスモプロジェクト ワンダー・プロ 橋本真知事務所 ゴーチ・ブラザーズ 毛皮族 RYU CONNECTION ステージオフィス AaT Room
【制作協力】ネルケブレインズアンドハーツ
【制作】岡島哲也 米山恭子
【主催】流山児★事務所
【宣伝写真+題字】荒木経惟
【宣伝美術】鈴木一誌
平成20年度文化庁芸術創造活動重点支援事業

▽パラダイス一座「続・オールド・バンチ-復讐のヒットパレード
ザ・スズナリ(2007年12月12日-21日)

【脚本】佃 典彦
【演出】流山児祥
【美術】妹尾河童
【出演】 戌井市郎 瓜生正美 肝付兼太 中村哮夫 本多一夫
藤井びん 町田マリー(毛皮族) 谷宗和 坂井香奈美 石井澄 藤村一成 武田智弘 諏訪創
【映像出演】岩淵達治・李麗仙・若杉宏二・阿萬由美/流山児祥

★=アフタートーク「ライフ・イズ・ミラクル//トークゲスト
13日(木)19時 瓜生正美  流山児祥 肝付兼太
14日(金)15時 戌井市郎 中村哮夫  流山児祥
17日(月)19時 岩淵達治 佃典彦  流山児祥
18日(火)15時 本多一夫 肝付兼太 流山児祥
20日(木)15時 妹尾河童 水谷雄司 山元清多 流山児祥+ALL CAST
STAFF
【照明】沖野隆一
【音響】藤田赤目
【舞台監督】中村真理 森下紀彦
【映像】工藤真路
【衣裳】大野典子
【美術補】水谷雄司
【演出助手】畝部七歩
【舞台監督助手】熊谷清正 阿萬由美
【宣伝写真+題字】荒木経惟
【宣伝美術】鈴木一誌 鈴木朋子
【協力】文学座 青年劇場 劇団21世紀FOX 本多劇場 ワンダー・プロ 毛皮族 B級遊撃隊 RYU CONNECTION  AaT Room
【制作協力】ネルケプランニング
【制作】岡島哲也 青山恵理子 米山恭子
【主催】流山児★事務所
平成19年度文化庁芸術創造活動重点支援事業

▽パラダイス一座「オールド・バンチ-男たちの挽歌
ザ・スズナリ(2006年12月6日-13日)
作 /山元清多
音楽/高橋悠治
美術/妹尾河童
演出/流山児祥
【出演】戌井市郎 90歳 瓜生正美 82歳 肝付兼太 71歳 高橋悠治 68歳 中村哮夫 75歳 本多一夫 72歳
藤井びん  塩野谷正幸  谷宗和 坂井香奈美 (新人) 石井澄(新人)
【映像出演】岩淵達治 79歳 観世榮夫 79歳 町田マリー(毛皮族)
★アフタートーク「ライフ・イズ・ミラクル」開催
12月 7日(木)19:00 岩淵達治 本多一夫 流山児祥
12月 8日(金)15:00 瓜生正美 中村哮夫 流山児祥
12月 9日(土)15:00 岩淵達治 肝付兼太 流山児祥
12月10日(日)15:00 妹尾河童 岩淵達治 流山児祥 ほか
12月11日(月)15:00 妹尾河童 戌井市郎 高橋悠治 流山児祥 ほか
司会進行:岡島哲也(ネルケプランニング)
STAFF
【照明】沖野隆一
【音響】松本昭
【舞台監督】森下紀彦 中村真理
【演出助手】畝部七歩
【協力】文学座 青年劇場 劇団21世紀FOX 本多劇場 ワンダー・プロ フレンドスリー RYU CONNECTION 音スタ AaT Room  毛皮族
【制作協力】ネルケプランニング
【制作】岡島哲也 米山恭子
【主催】流山児★事務所
平成18年度文化庁芸術創造活動重点支援事業


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