少年王者舘「夢+夜~ゆめたすよる~」

◎「ノーベル精神分裂症」が漱石を砕く
杵渕里果

「夢+夜~ゆめたすよる~」公演チラシ名古屋が拠点の少年王者舘が今年も下北沢にやってきた。作・演出の天野天街を中心に八十二年に旗揚げした劇団である。
『夢十夜』、といえば漱石と思いきや、『夢+夜』、「+」は足し算の符号だった。
〈ゆめたすよる〉、よくみると振り仮名もある。夏目漱石、との記載はないから、これは私の不注意だ。漱石を期待したのですこし残念に思う。

舞台には古い木造の駅の待合室が造りこまれ、中央の柱に丸い時計が架かっている。文字盤に針がない。間の抜けた不気味な時計だ。
漱石の『夢十夜』も、そういえば時間感覚が揺すられる小説である。
「第一夜」では百年のときが経ち、「第二夜」では深夜の時計の音が夢に侵入し、「第三夜」では「文化五年」という古い年号が指定される。これらの仕掛けにより、次第に夢らしさが深まってゆく。
規則的な時間を喪失する感覚が、『夢十夜』と『夢+夜』、似ている気もする。
しかし風俗や事物には、漱石作品からの引用は無い。舞台にのぼるのは大戦中や高度成長期といった、漱石没後の“昭和”を連想させる事物ばかりだ。
戦中、と思うのは登場する若い恋人が、男は軍需企業の会社員で、女は看護婦で負傷兵を担当してみえるからだ。
戦後、と思うのは彼らが注文するクリームソーダにストローが二本刺さっているからだ。カップルでソーダを吸おうなど戦中ではありえまい。
明治四十一年、朝日新聞に『夢十夜』が連載されたのは日露戦争が終わってまだ間がない。してみると空気の不穏さに両者相通じるところがありそうだ。
とはいえこのカップル、落ち合うのに携帯電話を用いる。舞台には“現代”も割り込んでくる。
男は技術者なのか、携帯を改造してみたり、小さい「UFO」をこさえて披露する場面まであるのだから、“近未来SF”も混じる。いや、いまどき「UFO」は流行らないから“近過去SF”かもしれない。
この舞台には、さまざまな時代状況を示す事物がごった返している。昭和・平成、戦前の茶碗からSFグッズまで、骨董から不用品、忘れられたものをなんでも扱う古道具屋のようだ。あるいは映画撮影所の道具部屋のようだ。
少年王者舘はじめ天野演出の舞台を、この四、五年観てきた。『真夜中の弥次さん喜多さん』、『美藝公』、『シフォン』、『浮世混浴鼠小僧次郎吉』…時代屋的な好みは毎度のことである。

やがてカップルの男のほうが、誤って人を殺してしまう。
木造の駅にたむろしていたチンピラが男を取り囲み、殺さずに済ますための“やり直し”をもちかける。男は同意する。
チンピラのひとりが客席後方のスタッフにキューを送る。
と、客電が明るくなる。「携帯電話の電源をお切りください」のアナウンスが入り再び暗転、同じ舞台が、文字通り最初から「リプレイ」される。
二度目の「リプレイ」は多少つづめられ、クリームソーダもピーチソーダに変わっている。だが、男はやはり殺してしまう。前回と別の人間だ。
再びチンピラに囲まれる。
三度目の「リプレイ」がはじまる。
私は眠くなる。
飽きたのではない。気が遠くなるのだ。夏なので疲れも溜まっている。しかし眠くなるのは少年王者舘の場合よい傾向だ、と思おう。舞台に同調した結果の、いわば「グッド・トリップ」である。
目を覚ます。たいして話は進んでいない。というか進展したのかよくわからない。男は、しまいに恋人の女を殺してしまう。愕然とする男。チンピラは「学ばないヤツだ」と罵りを浴びせる。
そしてまた、「リプレイ」がはじまる。

天野天街は、反復に取り憑かれている。
会話の堂々巡り、ワン・シーンまるごとの繰り返しが幾度もあった。
しかし開演冒頭からの完全な「リプレイ」は、これが初めてである。なにか至極満足を感ずる。
少年王者舘にはぜひ開演部分からの繰り返しを求めていた、といま気づいた。そんな欲求が、リピーターである私には知らず培われていたのである。
いっそクリームソーダはクリームソーダのまま、殺されるのも毎度同じ人間のまま、えんえん、何度でも、まったく同じに繰り返してほしいとさえ思う。変化があるので飽きはこないが、どうせならもっと執拗に反復し、必要以上にうんざりさせられてみたい気もする。

夏目漱石『夢十夜』では臨終の女がこんなことづてをする。
「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。―赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、―あなた、待っていられますか」
じぶんが蘇るまで百年待ってほしいと言う。女の語るとおり太陽が鞠のように上下してくれるなら、わりあい簡単に待てそうな気もする。漱石はわずか五つの文章で、読者に錯覚を生じさせ、時間感覚を惑わすのだ。
天野天街は、頁の上の活字ではなく、二十人ものキャストを指図して狭い舞台に猛烈な勢いで反復劇を展開してくる。これは、文学に比べれば麻薬のように効く。感覚や尺度が痺れ、まったくもって眠くなる。

天野天街の特徴は、「リプレイ」と、あともう一つある。
主人公の、男の名前は「一郎」である。
女は一郎に、「私をあなたのショクミンチにして」と囁く。「ショク・ミンチ?!」、一郎は聞きとがめる。二人の上に、《食 肉》という二文字がスライドで映写される。
これは“食・ミンチ(肉)”という回りくどい駄洒落なのだが、天野天街は各所の台詞にこうした駄洒落や映像をかしけ、矢継ぎ早に本義を換骨奪胎する。
「まんじゅう食べたい」は「満州食べたい」、《ヘラヘラヘラヘラ》という擬態語は、上下が繋がって《今今今》という漢字に。
「一郎」という名前については、最初は「鳩山一郎」、次は「小沢一郎」で揶揄される。さいごの「リプレイ」では、「ノーベル賞の‥」「何の賞?」「ノーベル精神分裂症!」、と返される。
客席から笑いがもれる。「精神分裂症」を感じさせる舞台だもの。漱石はノイローゼを患ったというが、天野天街と彼を支える劇団員は、分裂症的だ。

それにしても、「満州食いたい」「植民地にして」は駄洒落にしては不気味である。
おそらく「満州」「植民地」といった単語、また侵略への欲望そのものが、いまある国語、日本社会が抑圧したい語彙と史実だからだ。
が、植民地への欲望を、白日のもとに共有した時代がかつてあった。漱石の時代である。当時も漱石は“国民的作家”だろうか。「満州」は消えたが「漱石」はいまも流通している。漱石とその作品は、いまも非常に価値あるものと共有され、共有の作法が求められる。
『夢+夜~ゆめたすよる~』は、この国民的作家・漱石作品の舞台化としての作法に違反する作品だ。その反対、作法それ自体に、いま多くの人に共有される通念や価値観に亀裂を入れたい演劇である。この文芸作品に非常な価値を置くわれわれの信念集合を撓ませて、「ノーベル精神分裂症」的な風景を押し出してくる。

少年王者舘をみると、私はぐらぐらする。
スズナリを出ると西日が強い。どの店でもセールをしている。閉店セールの看板もある。折り込みに再開発反対のビラもあった。劇場も街も長くない。戦争はなくとも見えない蠢きに周囲が襲われている。金銭感覚もだいぶ崩されており、買いすぎて帰った。
(初出:マガジン・ワンダーランド第158号[まぐまぐ!, melma!]、2009年9月23日発行。購読は登録ページから)

【筆者紹介】
杵渕里果(きねふち・りか)保険業
1974年生れ。都内の演劇フリーぺーパー『テオロス』に演劇批評を書き始める。『シアターアーツ』も掲載あり。いまのところ好きな劇団:三条会、少年王者舘。好きな俳優:山村崇子(青年団)、稲荷卓央(唐組)。復活してほしい劇団:劇団八時半
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/kinefuchi-rika/

【筆者略歴】
杵渕里果(きねふち・りか)
1974年生まれ。保険業。都内の演劇フリーぺーパー『テオロス』に演劇批評を書き始める。『シアターアーツ』も掲載あり。いまのところ好きな劇団:三条会、少年王者舘。好きな俳優:山村崇子(青年団)、稲荷卓央(唐組)。復活してほしい劇団:劇団八時半

【上演記録】
少年王者舘第33回本公演 『夢+夜~ゆめたすよる~
作・演出:天野天街
▽名古屋◎七ツ寺共同スタジオ(2009年7月23日-27日)
▽京都◎アートコンプレックス1928(2009年8月6日-9日)
▽東京◎下北沢ザ・スズナリ(2009年8月19日-8月25日)

CAST:
夕沈
白鴎文子
中村榮美子
丹羽純子
黒宮万理
雪港
ひのみもく
☆之
水元汽色
小林夢二
宮璃アリ
水柊
池田遼
PECO
まえださち

井村昂
珠水

小林七緒(流山児★事務所)
石橋和也(ハレのヒ)
落合孝裕
竹内大介

STAFF:
作・演出:天野天街
舞台美術:水谷雄司
映像:浜嶋将裕
照明:小木曽千倉
音響:岩野直人
舞台監督:中村公彦(イリスパンシブルティ)
音楽:珠水 FUMICO
小道具:丹羽純子
振付:夕沈+夢+夜☆ダンス部
写真:羽鳥直志
宣伝美術:アマノテンガイ
制作:西杢比野茉実 PECO
制作協力:吉田和睦 藤田晶久
協力:山崎のりあき うにたもみいち モッチィ&コージィ サカイユウゴ 金子達郎 がんば 村瀬満佐夫 吉永美和子 ノボル ヨーロッパ企画
杉浦胎兒 カシワナオミ 虎馬鯨 松宮陽子 山本亜手子 サカエミホ 日与津十子 蓮子正和 水谷ノブ 安達彩
チケット:
▽名古屋 前売・予約3,000円 当日3,500円
▽京都 前売・予約3,300円 当日3,800円
▽東京 前売・予約3,500円 当日4,000円

芸術文化振興基金助成事業


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