マレビトの会「PARK CITY」

◎不可視の都市を「観光/感光」する
森山 直人

「PARK CITY」公演チラシ
これまで、松田正隆とマレビトの会の作品については、何度も論じたことがあるにもかかわらず、最新作『PARK CITY』について書こうとすると、まったく未知の演劇作家について、はじめて触れる錯覚に陥りそうになる。8月に山口情報芸術センター(YCAM)で初演され、10月に滋賀県のびわ湖ホールで再演されたこの作品を、実際に見ることのできた東京の観客は、おそらくそれほど多くはなかったかもしれない。マレビトの会の存在自体、東京で本格的に知られるようになったのが、おそらく今年3月にフェスティバル/トーキョー09春で上演された『声紋都市-父への手紙』(初演は伊丹アイホール)以降である、という事情もあるにせよ、それ以上に、この『PARK CITY』という舞台自体、ワンステージあたりの客席数が100席以下に限定された、かなり特殊な上演形態であったということも大きいと思われるからである。

そんな特殊な上演のなかでのなにより特筆すべき事件とは、観客の身体そのものが-誰もが知っている通り、舞台上の俳優やダンサーだけでなく、舞台芸術においては、「観客」もまた身体を持つ存在である-何か別のものに変容していくというプロセスである。たとえば、『声紋都市』にせよ、10月に東京と名古屋で再演された『クリプトグラフ』(2007年カイロ初演)にせよ、何かが生起するのは舞台上に限定されており、舞台と観客の関係性という意味では、ごくふつうのシアターであった。実のところ、『PARK CITY』もアクティング・エリアと観客席が対面型の構造をとっているという部分にかぎれば、見かけ上は、それほど大きく変わっているようにはみえないはずである。けれども、結果としてそこで実現されていく事柄は、これまでの作品とはかなり異なったものになっている。幾分誇張していえば、この作品において、実体のある登場人物と呼べるものがあるとすれば、それはまさに最後まで観客席に座っている私たち一人一人のみであって、その意味では、この作品が比較されるべきなのは、前作の『声紋都市』であるよりも、むしろ高山明の『個室都市・東京』などのほうがふさわしいかもしれない。PortBの「舞台芸術」が、観客が物理的に移動するツアー・パフォーマンスだとすれば、『PARK CITY』の場合、観客が移動しないツアー・パフォーマンスである、という言い方も可能だからである。

「PARK CITY」公演
【写真は「PARK CITY」公演から 撮影=丸尾隆一(YCAM InterLab) 提供=山口情報芸術センター(YCAM)/マレビトの会 禁無断転載】

ここで〈PARK CITY〉とよばれている city は、実際には広島のことであり、この「名称」は、広島出身の若手写真家・笹岡啓子のシリーズ写真のタイトルからきている。かねてから松田は、マレビトの会における演劇作品を写真になぞらえて語ることがしばしばあったが、山口とびわ湖の共同製作によるこのプロジェクトは、はじめて彼が本格的に写真家と共同作業をする現場として設定されている。すなわち、舞台作品『PARK CITY』の特殊性は、何よりも、写真という異ジャンルの先行作品を前提として成立しているという事情が決定的なのだが、松田が演出家として選択した方法は、先行作品を、演劇作家にとってのたんなる「インスピレーションの源」、などという曖昧な地位に勝手に祭り上げてしまうのではなく、『PARK CITY』というシリーズ写真をいまなお撮りつづけている笹岡啓子本人とその写真を、舞台上に、いわばそのままインスタレーションしてしまうという方法だった。事実、客電が消えた後、最初に舞台上に登場するのは写真家・笹岡啓子自身であり、観客に背を向けてアクティング・エリアのほぼ中央に座った彼女は、作品全体を通して、自分が撮影したシリーズ写真を舞台奥の巨大なスクリーンにプロジェクションしていく。その意味で、舞台作品『PARK CITY』とは、第一に、笹岡啓子の『PARK CITY』のスライドショーを見ることによって成立している作品であるということもできる。

「PARK CITY」公演
【写真は「PARK CITY」公演から 撮影=丸尾隆一(YCAM InterLab) 提供=山口情報芸術センター(YCAM)/マレビトの会 禁無断転載】

だが、先に述べた通り、この作品における決定的なファクターは、やはり観客の存在の扱いかたである。ここでは一応びわ湖ホールでの再演を例にとって、できるだけ手短にその概要を説明しよう。上演が行われたびわ湖ホールの大ホールは、収容人員約2000人の、オペラ用に建てられた大劇場である。『PARK CITY』では、その大空間の舞台上に、高さが6-7メートルはあろうかと思われる仮設客席をもうけ、本舞台のプロセニアムは緞帳で遮断してしまう、という使い方である。しかも、仮設客席の異様な高さは、客席最前列を、アクティング・エリアから最低6メートルくらいの高さに設置するためにかさ上げされたものなのであって、客席自体は大きな構造体の最上部分に3列ほどしかない。やや狭い客席には、小型の映像モニターが一つ一つに設置されていて、上演中は、はるか眼下で行われているパフォーマンスの一部がライブカメラで拡大されることもあれば、アクティング・エリアとは独立した別の映像が流れる場合もある。前方遠くには、先に述べたように、笹岡の写真のスライドショーのための白い巨大なスクリーンがある。仮設客席は、舞台上手側に設置されているので、左手方向に緞帳がおりたままのプロセニアムが見えるのだが、周知の通り、オペラ用の劇場は舞台上の天井部分が吊りものの隠しなどのために非常に高く、夥しい数のバトンやワイヤーでいっぱいになっており、プロセニアムの開口部がむしろあきれるくらい小さく見えるほどである。もしもそのプロセニアムの部分をカメラのファインダー部分に見立てるとすると、私たちはいわば巨大な機械=カメラ(=部屋)の内側に連れてこられたような錯覚を覚えるかもしれない。普段は通常のオペラや演劇が作られていく〈裏側〉のポジションに立って、眼下に広がる巨大な空間(それは〈公園〉のようにみえる)を見下ろしながら静かに開演を待っていると、しばらくして客席が暗くなり、一人の女性(笹岡啓子)がツカツカと背を向けて入ってくる…。


笹岡啓子の『PARK CITY』は、広島生まれの彼女が、現代の広島の日常的な風景を、さまざまな視点からフィルムに焼きつけたシリーズ写真である(ちなみに彼女は、いまでもデジカメは使っていないという)。1970年代生まれの彼女にとって、被爆都市=広島という現実は実質的には相当遠ざかっており、「原爆の悲惨」といったテーマは直接的には顔をのぞかせていない。彼女が敏感にとらえているのは、たとえば、一見どこにでもある都市の日常が、ひとたび広島の写真であることを知らされたとき、人々が注ぐ視線に奇妙なかまえや微細なこわばりが生じる瞬間である。いうまでもなくそうした瞬間は、個々の写真に写っている内容ではなく、それを見る観客の視点の側に生じる出来事である。笹岡は、広島は公園のやたらに多い街だという。もちろんその中心には、平和記念公園があり、丹下健三の設計になるあの原爆資料館と平和記念碑、原爆ドームといったモニュメントが一直線上に配列されている(そのことは、上演中、客席左の小型モニターで、観光ガイドのように映像を通じて説明される)。ことによると、PARK CITY という名は、ヒロシマと呼ばれることでたえず無意識の抑圧を受けつつある街の現実を浮上させるべく、笹岡が発明したもうひとつの名前なのかもしれない。およそそうした問題意識に貫かれているように思われるこのシリーズ写真は、舞台『PARK CITY』にとってのれっきとしたテクストにほかならず、事実、テクストの問題系に対して、演出家は自らの問題系を見事に伴走させることに成功している。たとえば、『PARK CITY』で笹岡自身が登場するという手法は、ただちに『声紋都市』の映像において、松田正隆自身が「作者」に扮して登場していたことを思い起こさせるだろう。ナガサキに生まれた松田自身が、ナガサキをテーマにした舞台作品で観客の前に登場することと、ヒロシマに生まれた写真家自身を、ヒロシマをテーマにした舞台作品で観客の前に登場させること(といっても、もちろん松田や笹岡の素顔を知らない観客にとっては、そんなことなど知らずに見ているわけなのだが)。けれども、注意しておくべきことは、いずれにせよ、そうした手法は、一種のセルフ=ドキュメンタリーを偽装しつつも、作品の焦点を笹岡個人や松田個人にはおいていないことである。作品の焦点は、あくまでも、どちらの作品のタイトルにも含まれている「都市」=「CITY」とその記憶にあり、松田にとっても笹岡にとっても、それぞれの関心の中心にあるのは、匿名の人々の記憶の集積が形成する「見えない都市」(カルヴィーノ)の地層なのだ。

「PARK CITY」公演
【写真は「PARK CITY」公演から 撮影=丸尾隆一(YCAM InterLab) 提供=山口情報芸術センター(YCAM)/マレビトの会 禁無断転載】


『PARK CITY』の観客となった私たちの目の前には、たえず二種類の映像の流れがある。ひとつは、スクリーンに投影される写真=静止画の流れであり、もうひとつは、手元に映し出される動画の流れである。こうした二種類の、一種の映像インスタレーション的な空間において、俳優が織りなすパフォーマンスは、あたかも、そうした空間の〈あいだ〉に挿入された寸劇の連鎖のように演じられる。たとえば、公園でデジカメを撮る人々や、観客席まで届きそうな風船をもった男、夜の公演で睦みあう男女と、それを排除しようとする警備員のこぜりあい、など。そのなかで、もっとも中心的なストーリー・ラインを形成しているのは、「島」という名前を名乗る一人の男の挿話である。

1945年8月6日の朝、エノラ・ゲイから投下された原子爆弾リトルボーイの爆心地の真下にあったのは、島外科という医者だった。「島」と名乗る男は、ジャーナリストらしき男にしきりに自分の名を名乗り、自分の祖父が、かつて被爆地ヒロシマで医療活動にあたったことがあることを告げる。「この私が、ヒロシマのシマなのです」とうわ言のように語る男の狂気は、明らかに茶番であり、彼は警備員らしき男たちの暴行を受け、公園の隅に捨てられる。

「PARK CITY」公演
【写真は「PARK CITY」公演から 撮影=丸尾隆一(YCAM InterLab) 提供=山口情報芸術センター(YCAM)/マレビトの会 禁無断転載】

おそらくこうした寸劇は、かりに通常の小劇場サイズで演じられたなら、たんなる見えすいたフェイクでしかありえないだろう。だが、それらはすべて、「架空の観光ツアー」というもうひとつの枠組みに入れられることによって、別の見え方を獲得することになるのである。もう一度作品の冒頭に戻ると、写真家が席につき、スライドショーをはじめた後で、ひとりの女性ツアーコンダクターの先導のもとに、こうした寸劇を演じる俳優たちは、匿名の観光客にも夢遊病者にも見える様子で登場する。拡声器から場内全体に虚ろに響きわたるツアコンの無表情な声に呼応しながら、手元の小型スクリーンには、本安川を遊覧するフェリーからの風景が流れ始め、私たちの身体は、しだいに「観光客」の身体、「傍観者」の視線へとつくりかえられていく。「見えない都市」である「公園」を、極端に高い客席から、はるか眼下に見下ろすことを要請されている私たちの視線は、いつしか生身の身体を置き去りにしたまま、巨大な空間を匿名のままさまよいはじめることになる。そのとき私たちの、つまり個々の観客の視線でしかなかった視線に、さまざまな複数の視線が、ゆっくりと重なって見えてくるのである。極端な俯瞰から「公園」を眺める、最初は「私たち」=「観客」のものであった視線は、緩やかな架空の観光ツアーが進んでいくにしたがって、あるときには、広島という都市を公園を軸に再開発しようとしたかつての都市計画者の視線が(象徴的にいえば、原爆資料館の設計者である丹下健三の視線、といってもよい)、別のときには、茶番劇を天井から撮るライブカメラに導かれた飛行士の視線が、あるいは広島の復興のシンボルとして70年代に建造された基町高層アパートの理想主義者の視線や、「笹岡啓子」が成立させている現代の広島に向ける視線が、次々に、いわば憑依してくるのである(アクティング・エリアだけでなく、手元の小型の映像モニターの存在によって、私たちの視線の揺らぎが効果的に実現されていくことになることは、あらためて強調しておいてよいだろう)。そうした複数の、いまここには存在しない見えない都市の居住者や訪問者の視線が交錯する先に生成されるものは、とりあえず「公園」と呼んでおくほかないような何物かだ。

「PARK CITY」公演
【写真は「PARK CITY」公演から 撮影=丸尾隆一(YCAM InterLab) 提供=山口情報芸術センター(YCAM)/マレビトの会 禁無断転載】

徹底した傍観者の座においやられ、あらゆる事態をはるか高みから見下ろすことしかできない観客に残されていることは、約1時間半の「ツアー」を通して、ひたすらこの「公園」を体感することだけである。いつでも、誰かによって見られ、ヒロシマと名付けられつづけることで成立している「見える都市」は、匿名の無数の視線が歴史的に織りなすことで形成されてきた「見えない都市」でもある、ということ。おそらくこのような体験を、現実の広島を訪れることで実感することは、きわめて難しいだろう。「劇場」というほとんど前時代的な遺物といっていいシステムが、「見えない都市」の相貌をとらえる感光装置として、いまでも有効ではないか、という松田とマレビトの会の提言は、「写真」というもう一つの感光装置と共同することによって、明らかにいま、あるひとつの到達点に達しようとしている。おそらく劇場と都市の現在を思考するすべての人々にとって、この『PARK CITY』という一本の舞台作品が、きわめて濃密な刺激となることを、私は信じて疑わない。
(初出:マガジン・ワンダーランド第167号、2009年11月258日発行[まぐまぐ!, melma!]。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
森山直人(もりやま・なおと)
1968年東京生まれ。京都造形芸術大学映像・舞台芸術学科准教授。専門は演劇批評、現代演劇論。現在同大学舞台芸術研究センター発行の演劇批評誌『舞台芸術』の編集委員。『ユリイカ』(青土社)、『PT』(世田谷パブリックシアター)などに寄稿。主な論考に、「過渡期としての舞台空間 小劇場演劇における昭和30年代」(「舞台芸術」連載)ほか。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ma/moriyama-naoto/

【上演記録】
マレビトの会PARK CITY』(09年度新作公演/山口情報芸術センター滞在制作作品)

作・演出:松田正隆
写真:笹岡啓子[photographers’ gallery]
出演:牛尾千聖、F.ジャパン、桐澤千晶、ごまのはえ、武田暁、西山真来、枡谷雄一郎、宮本統史、山口春美

<滋賀公演>
びわ湖ホール 大ホール舞台上舞台(2009年10月24日-25日)
チケット料金(全席自由):一般3,000円 青少年(25歳未満)2,000円 ※友の会会員は500円引き(青少年は除く)
<山口公演>
山口情報芸術センター スタジオA(2009年8月28日-30日)
料金(自由席):前売一般3,000円 当日一般3,300円 その他特別割引2,500円 25歳以下割引2,000円

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