女魂女力「しじみちゃん」

◎告発し続ける「想像力の欠落」
高木登

女魂女力「しじみちゃん」公演チラシAVにさしたる興味もなく、したがって持田茜の存在も知らず、作・演出のニシオカ・ト・ニールがどのような才能かもわからず、ただ自分のところの次回公演に出演してくれる女優が出ているからという理由だけで観に行った女魂女力 其の壱『しじみちゃん』は本年最初の佳作だった。これを拾い物という。

事情に疎い人間であっても、及川奈央や蒼井そらなど、近年の突出したAV女優の多くが、かつてにくらべてルックスも格段に向上し、一般映画に出演しても遜色のない演技力を示しているのは知っている。持田茜もまたその潮流のなかにあり、過日見た亀井亨監督の『ヘクトパスカル』という作品では、出番は少ないながらも鮮烈な印象を残す演技を披露していた。本作はその持田茜がいかにしてAV女優となり、AV女優をやめ、「しじみ」と改名して一般女優になったかまでを持田本人の主演によって描く評伝劇である。多少の脚色は交えつつも、大方は作者のニシオカが持田に取材した事実に基づいているという。

冒頭、ひさびさに実家に帰省した持田が、ただならぬ様子でなにかを告白しようとする場面から本作は始まる。ここで舞台は暗転し、時をさかのぼって持田の地元での過去が描かれていくのだが、のちにこれは自身がAV女優である事を家族にカミングアウトしようとしているところであることがあきらかになる。このあたりのフックの掛け方、構成の妙は基本的とはいえ巧みである。小劇場演劇には常に素人臭さがつきまとうが、この作者にはその種の破綻が少ない。手腕が既にして成熟している感がある。

厳格な父親、優しい母と祖母、しっかり者の妹、このあたりのドラマは平凡である。だが平板ではない。あまりにも厳しく、ささいなバイトさえ許さない父に反発して持田は出奔、上京してAV女優となる。恋人の部屋で姉の出演ビデオを発見した妹は、家族にすべてが露見する前に姉に仕事をやめさせようとひとり東京に出る。ここで出会うのが橋本恵一郎演じるAV監督で、この男の複雑なキャラクターが本作に陰影と奥行きを与えている。通り一遍の倫理で姉の職業を難じる妹に監督は言う。
「君は一本のビデオ出すのにどれくらいの人が関わって、どれくらいのお金が動いてるかわかる? 企画練って、キャスト決めて流通決めてロケ場所決めて、どれくらいの時間費やしてるかわかる? 一年にどれくらいのビデオやDVDが出てるかわかる? その中で売れる作品なんて一握りで、人気出る女優だって一握りなの。確かにテキトーなやつもいるし金のためにやってる女もいるしクズな男優もいる。でも名作を作ろうとしてる人だっているんだよ、わかる?」
これに対して妹は返す言葉がない。

「しじみちゃん」

「しじみちゃん」
【写真は「しじみちゃん」公演から。撮影=ぶん 提供=女魂女力 禁無断転載】

本作でひたすら作者が告発しつづけるのは「想像力の欠落」である。父は娘の心情を理解しようとしない。妹は姉の職業の在り方に偏見以上のものを持つことができない。そして持田もまた家族の心情をすべて斟酌できているわけではない。持田は久しぶりに実家に帰る。ここで物語は冒頭にもどるのだが、かなりの覚悟で自身がAV女優であることを打ち明けたものの、家族はあっさりそれを「知っていた」という。父は言う。
「父さんから言わせてもらえばな、そんなもんは仕事とは認めたくない。最初聞いたときは、今すぐにでも東京に行って、島根に連れ戻そうと思った。でもな千秋(筆者注・作中の持田の本名)は一度決めたら絶対曲げない子だから、無理やり連れて帰ったらそれこそ二度と、この家には帰ってこなくなるだろう、だったら、遠くから、お前のことを、見守ろうって、母さんと、ばあちゃんで話し合って決めた。だから、肯定もしないけど、否定もしない」

ここで終わっていればただの良い話なのだが、作者の矛先は容赦を知らない。

持田はある日突然AVを引退する。島根県の名産だから、じめじめした山陰の女って感じのイメージでエロいから、という理由で「しじみ」と改名し、一般女優になるという。明るく語る持田に、良い事務所を紹介するかわりにプライベートビデオでハメ撮りさせろと監督は詰め寄り、持田は「そんなことして紹介してもらわなくても結構です」と拒否する。監督はさらに食い下がる。「逃げるなよ。逃げたって無駄だよ。芸名変えたって、結局君は持田茜なんだよ。持田茜という背景が無いと、何の価値も無いんだよ」

ここでのやりとりは、「しじみ」と改名後も「持田茜」の名前でキャバクラでバイトしていることを知った作者のニシオカが「なんだ、ぜんぜん良い話じゃねえじゃん」と怒りに駆られたことに端を発しているという。「セックスしてお金稼いでたくせに、辞めたとたんにAV否定?」「誰とやっても同じだって言ってたよね。あれは嘘だったの?」「アナタはさ、『しじみちゃん』として女優になるために居心地の良い『持田茜』を捨てたんでしょ? 何かちょっとおかしくない?」「いつまでも持田茜使うなよ。言ってることめちゃくちゃだぞ!」。これらはすべて監督に託された作者のニシオカの言葉であり、橋本恵一郎の熱演もあって本作の圧巻である。しかもこの言葉を投げかけられるのは、ほかならぬ持田茜本人なのだ。いま現在の、自分自身を取り巻く現実に想像力が追いついていない持田茜本人を、許すことなく作者は糾弾してみせる。

「しじみちゃん」

「しじみちゃん」
【写真は「しじみちゃん」公演から。撮影=ぶん 提供=女魂女力 禁無断転載】

ラスト、監督の言葉に追い立てられて、満員のゴールデン街劇場の客席をすり抜けながら、持田は劇場の外へ出る。キャメラをかまえた監督とADもその後を追う。舞台にしつらえられたスクリーンには、路上をどこかへ向かって歩いていく持田の後ろ姿が映し出される。そのさまは何かから逃げているようで、何かに立ち向かっていくようで、頼りなさげで力強く、滑稽でどこか哀しい。持田茜改めしじみの現在の姿そのままである。現実と表現がひとつになった、実に感動的な瞬間の顕現だった。(文中敬称略)
(初出:マガジン・ワンダーランド第180号、2010年3月3日発行[まぐまぐ!, melma!]。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
高木登(たかぎ・のぼる)
1968年7月、東京生まれ。放送大学卒。脚本家。テレビアニメ「TEXHNOLYZE」「地獄少女」「バッカーノ!」「デュラララ!!」などを手掛ける。2009年8月より演劇ユニット「鵺的(ぬえてき)」主宰。旗揚げ公演「暗黒地帯」を作・演出する。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ta/takagi-noboru/

【上演記録】
女魂女力 其の壱「しじみちゃん」
新宿ゴールデン街劇場(2010年1月7日-10日)

CAST:しじみ 松永恵 菊地未来 野田孝之輔 のもとあき 野村直生(欲棒仙人) 橋本恵一郎(欲棒仙人) 爆裂Q高見司 西岡知美

作演出:ニシオカ・ト・ニール
演出補佐:穂科エミ(はぶ談義)
舞台監督:喜久田吉蔵
舞台美術:野村久美子
照明:たなか一絵(あかりやん)
音響:源田和樹(KG project)
宣伝美術:ぶん
映像:橋爪知博
音楽:ソフテロ
制作:池田智哉(feblabo)
企画・製作:カミナリフラッシュバックス事務局

前売り2600円、当日3000円

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