趣向「皇帝」

◎演劇的な魅力と批評性を兼備
水牛健太郎

趣向「皇帝」公演チラシ舞台の中央に、直径2-3メートル、高さ30-50センチほどの赤い円形の台が据えられている。それは色々な使われ方をするが、基本的に主人公である二人の皇女の御座所を示している。人々はその周辺に集まり、言葉を交わし、時に踊り、ぐるぐると周囲を歩き回ったりもする。皇女を巡る様々な人々-廷臣、SP、家庭教師、有識者、権力者、皇室にあまり関心のない一般人まで、それぞれの人がそれぞれの立場から発する言葉が交差し、まるで渦のように二人の皇女を巻き込んでいく。

物語は、とある国の皇帝が飛行機事故で崩御したという知らせから始まる。この国では皇帝は女系の女帝で、つまり母から娘、さらにその娘と代々引き継がれている。しかし亡帝の娘は廃嫡されており、その娘、つまり亡帝の二人の孫娘が後継者として浮上する。海外留学から急きょ帰国した美しい長女のタカオ(青木和美)と、皇帝の元で育てられ、美しくはないが亡帝に似ている次女のヨシノ(米沢絵美)。まだ十代の二人は、単に仲がいいというより、まるで一心同体のようだ。二人はご機嫌伺いに訪れた権力者・佐藤(初月祐維)をいきなり「お前」呼ばわりして翻弄する。以下は上演台本より。

タカオ お前、これからいいひととなる、わたしたちの佐藤さん。この呼ばれ方が気に入りませんか?
佐藤 お戯れはそのくらいになさってください
ヨシノ 戯れ?わたしたちがふざけている?それこそふざけていますわ、佐藤さん
タカオ わたしたちは真面目なのですよ。それも大真面目
ヨシノ 真面目にお前をお前と呼んでいるのですよ、佐藤さん
佐藤 私はお二人がお腹立ちになるようなことを申したのでしょうか
タカオ ちがいますわ、お前
ヨシノ お前にはきっと不遜に聞えるのでしょうけど
佐藤 とんでもない。そんな皇女様方に――
タカオ しかし、これがわたしたちの辿りついた二人称の行方

「皇帝」
【写真は「皇帝」公演から。提供=趣向 禁無断転載】

彼女らによれば、「あなた」「そなた」は「彼方」「其方」を意味し、相手との距離がある言葉であり、「君」はまさに皇帝その人を指す言葉なので、皇族にとっては「お前」が最も適当な二人称なのだという。二人はしかし、佐藤を「いいひと」とも呼んで、自分たちの運命を握る権力者に奇妙な愛想を示す。 こうした奇怪な論理と言葉を弄び周囲の人々を愚弄する皇女たち。亡帝が愛した蜘蛛を殺すよう亡帝を慕う廷臣に命じたり、若い男性の廷臣・田中を誘惑しながら冷たく拒絶したりと、「恐るべき子供たち」ぶりを発揮する。だが、皇位継承を巡る人々の思惑は、否応なく二人を変えていく。亡帝の葬儀に参列する二人を見る国民たちのセリフ(上演台本から)。

小林 かわいそう
渡辺 かわいそうだ。まだ子どもなのに
鈴木 タカオ様、かわいいなぁ
田中 僕とそう年も変わらないのに
山本 この子が皇帝になるのか
小林 かわいそう
中村 ……
鈴木 かわいい、ワンピース
渡辺 つまり、おばーちゃんが死んじゃったんだよ
斉藤 事故で
佐藤 本当に?
田中 ああ、また泣いてる
高橋 歴史に残る
鈴木 喪服か、これ
伊藤 カメラ、こっちの子ばっかり写してる
山本 どうなんだろうね、こんな子どもで
高橋 皇帝になる。すばらしい
佐藤 本当に
中村 いつなんの、皇帝
田中 ずっと泣いてる
小林 知らないよ、そんなの
斉藤 皇位の第一継承権はタカオ様にあります
伊藤 仕方ないわよね。この子の方が
中村 かわいい
小林 ええ?
渡辺 かわいそうだ
加藤 皇帝はもうもどらない
佐藤 本当に?
鈴木 ヨシノ様、やっぱ皇帝に似てるー
中村 かわいいじゃん。上の子、普通に
小林 そういうことしか見えないわけ?
田中 まだ泣いてる……
渡辺 おばーちゃん、好きだったんだなぁ
伊藤 母親がいないのよね
高橋 この子が皇帝になる。タカオ様が
山本 大丈夫なの
中村 別に興味ないけど
高橋 歴史に残る。場合によっては。今世紀の記憶されるべき一瞬に!

皇女たちに同情したり、その外見をあげつらったり、比較したり、無関心を表明したり。関心の度合いや方向性の異なるこれらのセリフが赤い台を囲む国民役の俳優たちから次々に吐かれ、「かわいい」「かわいそう」といった言葉の響き合いもあって、皇女たちを取り巻く情念のうねりを表現する。

当初人々の支持はアイドル的な魅力を持つタカオに集まり、佐藤の友人の高橋はタカオを「清純派」のアイドルのように「マーケティング」すべきだとメディア戦略を主張する。しかしその後、タカオが母親と愛人の俳優との間の不倫の子であるとのうわさが流れ、「庶民的」とされるヨシノの人気が急上昇する。悩む佐藤は結局、原則を押し通してタカオを即位させる。佐藤は軽薄な高橋を宮中から排除し、タカオの地位を脅かすヨシノを留学させることに決める。しかし佐藤は、即位式で、皇女らに翻弄された怒りからテロリストと化した田中の凶弾に倒れる。その瞬間、皇女たちの視線は佐藤に排除されていた高橋をとらえ、「お前が、新しいいいひと?」と尋ねるのだった。

赤い円形の台を囲んで皇位継承を主題にした劇をやるのだから、寓意はあからさまなものがある。事実、セーラー服姿のタカオがアイドル歌謡を口パクで歌い、人々がその周囲で踊るシーンなど、メディアの発達による皇室の「セレブ化」を揶揄していると見られる場面は多い。また、「どうして女系でなければならないか」を巡り廷臣たちが激論を交わす場面も皮肉たっぷりだ(上演台本より)。

田中 どうして女性なんですか。男ではいけないんですか。男女平等社会でしょうが。皇帝には弟宮様がいらっしゃる。今からでも男性の皇帝を認めれば―
高橋 あー、でも今までずっと女性でやってきたからねぇ
伊藤 女性で、女系でやってきましたものね。皇帝のお母さまは皇帝で、そのまたお母さまも皇帝。血統を辿れば一人の偉大なる母、皇帝の始祖、それこそ始皇帝にいきつきますわ
田中 それがなんですか
伊藤 伝統というものを重んじた方がいいわ
田中 歴代に何人か男性の皇帝もいたと聞いています
伊藤 「いらっしゃった」です。言葉にはお気をつけあそばせ
田中 なんでもいいんだよ、そんなことは!
伊藤 男性の皇帝ね、いらっしゃいましたとも。けれどそれは皇帝であった方が亡くなられ、そのお子もまだ幼くて、間をつなぐためにその夫が即位しただけの一時しのぎ。後に皇帝の座は彼の娘でもある先代の皇帝の娘に譲られました。女から女へ、女でつないでいるんですわ。このインペリアルハウスは
田中 だからなんですか
渡辺 だからすごいんですよ。だからえらいんです、皇帝は
田中 大昔のカリスマの血が一滴含まれているというだけで?
伊藤 あなた、どこの犬の子?
田中 は?
伊藤 だから、どこの……ああ、豚の子?
田中 あんたなぁ!
伊藤 皇帝はあなたとは違うんです。あなたとは違うのよ。その血統は保たれている、女でつなぐことによってね
田中 そこに少しでも、男が介在したらいけないのですか
伊藤 それはダメよ。だって男の人より女のほうが確実でしょう?
田中 なにが
伊藤 確実に子どもは自分の子でしょう?

この劇は、こうしたジャーナリスティックな見どころを豊富に持っている。どこかで憎みあい、不信の念を抱きながらお互いを利用しあって生きている王権と国民との普遍的な関係を表現してもいる。しかし演劇としての一番の魅力は何といっても、「身分」というものが持っている演劇的な面白さを再発見したところにあるだろう。言うまでもないが現代の日本には(それこそ皇室を除けば)身分というものはなく、それに基づく言葉づかいや所作も、日常的にはまず見られないものとなっている。

しかし、本来何の根拠もないのにある人間を他の人間よりも高いものとみなし、お互いにそれを前提とした言葉づかいや所作が交わされる「身分」という制度が、いかに演劇的なものか。その当然の帰結として演劇にいかに豊かな想像力と表現をもたらしてきたかは、ギリシャ悲劇やシェークスピアから日本の古典劇に至るまで、身分社会を前提にしたあらゆる演劇に明らかだ。こうした身分制度の表現上の面白さ、豊かさは、(致し方ないことながら)現代の演劇からは失われている。演劇という表現方法にとっては、身分社会の方が明らかに創造的な環境なのである。

この劇に登場する二人の皇女は誇り高く、廷臣たちを「お前」呼ばわりし、時に冷たく見下ろして「お下がり」と命じる。はるかに年上の男性である権力者を十代の皇女たちが自由自在に弄ぶ。「身分の違い」を前提として操られる言葉に込められた悪意。そこにはまぎれもなく、かつての演劇にあふれていた「身分」の面白さがある。

しかし、現代である以上、その身分そのもののが、メディアを通じた国民の支持の上に成り立っている。皇女たちが守っている誇りも、国民の視線との絶えざる緊張関係の中にある。それはこの劇では駆除しても駆除しても皇居に入り込んでくる蜘蛛として表現されている。また、前述のように国民役の俳優たちが発するばらばらの声のうねりとして形を与えられている。このようにして「皇帝」は演劇的な面白さと批評性をともに備えた作品となった。STスポットで行われた公演は評判を呼び、最終日に急きょ追加公演も行われた。

「趣向」は神奈川県出身の女性劇作家・演出家オノマリコ(オノマが姓)の個人ユニット。オノマリコはこれまでにも別名義での脚本の提供や別ユニット名での作・演出があるが、「趣向」としては今回の「皇帝」が第一作となる。オノマは筆者とは数年前からの友人で、以前からその才能には注目していたが、今回評価すべき成果を上げ、紹介することができてとても嬉しく思っている。今後の一層の活躍に期待したい。
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド第185号、2010年4月7日発行[まぐまぐ!, melma!]。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
水牛健太郎(みずうし・けんたろう)
ワンダーランド編集長。1967年12月静岡県清水市(現静岡市)生まれ。高校卒業まで福井県で育つ。大学卒業後、新聞社勤務、米国留学(経済学修士号取得)を経て、2005 年、村上春樹論が第48回群像新人文学賞評論部門優秀作となり、文芸評論家としてデビュー。演劇評論は2007年から。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ma/mizuushi-kentaro/

【上演記録】
趣向皇帝
STスポット横浜(2010年3月12日-16日)

戯曲・演出 オノマリコ
キャスト
青木和美 米沢絵美 初月佑維(劇団天下布舞) 鈴木愛 藤川省吾 巣山孝幸 齋藤定彦 紺乃千鶴 三田村和美 斎藤敏 関野順子(劇団河童座) 真田和沙 岩井晶子

スタッフ
照明 和田秀憲
音響 広田靖幸 東野奈緒
宣伝美術 杉岡壮一
舞台美術 佐々木啓成
WEB 羽豆幸子(オフィス薫)
制作協力 日高妙子
制作 趣向

入場料2000円(16日マチネ割1500円)


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