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自転車キンクリートSTORE「富士見町アパートメント」

◎演出家の責任と手柄のありか。
徳永京子

「富士見町アパートメント」公演チラシ観客にとってメリットの多い上演形態ほど、制作サイドの負担は膨らむ。4人の人気劇作家の新作をまとめて観られる、1編が約1時間だから気軽、同じアパートを舞台にしているからセットの違いも見比べられるなど、ちょっとしたお祭り気分さえ感じる企画で注目を集めた自転車キンクリートSTORE『富士見町アパートメント』は、だからさまざまなリスクを抱えていたはずだ。

ひとつの例に、15分という短い休憩時間ごとにセットを完全転換する美術スタッフの労力があるが、最たるものは何といっても、全作を演出した鈴木裕美にかかるダブルバインドのリスクだったと思う。この公演は-鈴木自身が選んで声をかけたにも関わらず-、彼女がどの劇作家と相性がよく、またよくないかをはっきりと露呈させる構造を持っている。そして同時に、もし相性の善し悪しを考えないとするなら、どの劇作家が、もしくはどの役者がよかったかに話は収束してしまい、鈴木の演出力の評価は宙に浮いてしまう。下手を打てば演出家のせい、上手く行けば劇作家か(と)役者の手柄になるのだ。よほど完璧な形に仕上がらない限り、演出家の旨みは少ないと言える。

だが鈴木は、そんなことは百も承知でこの企画を立ち上げたのだと思う。すでに演出家として高い評価を得ている現状を考えれば、リスクを犯してまで実行する自身のプレゼンではない。キャストの顔ぶれから、ジテキンそのもののプレゼンでないこともわかる。だとすれば「こんな企画があったらお客さんは楽しいはずだ」といった極めてシンプルな動機から、この公演を動かしていったのではないかと予想される。「自分が一緒に芝居をつくりたい劇作家と、もしかしたら合わないかもしれない」「劇作家の腕比べに評価が終始してしまうかもしれない」、そんな小事よりも、単純に「おもしろそう、観たい」と観客に思わせることに腹を括ったのだと理解できる。そして「おもしろそう」という原初的な期待は、「おもしろかった/つまらなかった」という原初的な感想と直結する。

だからこう書いていいと思う。あいにく私は、4本を見終えた時点で両方を感じてしまった。つまり、楽しめなかった作品に対しては、劇作家と鈴木の相性の悪さに理由を探し、楽しめた作品については、劇作家と役者を称えたくなったのだ。具体的には、蓬莱竜太の『魔女の夜』と赤堀雅秋の『海へ』に、戯曲と演出の埋められない溝を。鄭義信の『リバウンド』は出演者、マキノノゾミの『ポン助先生』はマキノと出演者の“いい仕事ぶり”を。それぞれ強く感じたのである。

箇条書きのようになってしまうが、そう思わざるを得なかった理由を1作ずつ書く。まず『魔女の夜』だが、タレントとマネージャーという特殊な力関係にいるふたりの女の心理的シーソーゲームを書いた蓬莱は、かつて鈴木が演出して好評を得た『第32海進丸』(06年)のようなストレートな青春ものを書いていた蓬莱とは、すでに離れたところにいる。そのタイムラグに直面した鈴木の戸惑いが、この作品の緩急なしで緊張感をひたすら積み重ねるスクエアな印象を醸し出したのではないか。『海へ』の感想もそれに近い。数日前に自殺した男のアパートに集まった中年男3人の、痛々しくも緩慢、繊細過ぎて笑うしかないひと晩を扱うには、鈴木の演出は健康的過ぎた。擦り減った人生を淡々と生きる冴えない男がラストに言う「さらばチン毛……海へ……海へ……くだらねぇ」という空っぽなひとりごとを、舞台の中央で、笑顔で、スポットを当てて、という見せ方にしてしまったのが象徴的だ。『リバウンド』は、登場人物が抱える問題がステレオタイプではあるものの、平田敦子、池谷のぶえ、星野園美という達者な役者、特に、孤独を身体に染み込ませた平田と池谷の動きがせりふに奥行きを与え、物語が凡庸な印象になるのを食い止めた。

「魔女の夜」
「海へ」
「リバウンド」

「ポン助先生」
【写真は自転車キンクリートSTORE【富士見町アパートメント】「魔女の夜」「海へ」「リバウンド」 「ポン助先生」公演から。撮影=野口博 提供=自転車キンクリーツカンパニー 禁無断転載】

そして飛び抜けておもしろかったのが『ポン助先生』だ。私はこれまでマキノ作品に感じ入る機会を持たなかったが、この作品で見せた書き過ぎない上手さと、意外にもビビッドな感性に驚いた。漫画家という特殊な職業を扱いながら、専門用語を詳しく説明することもせず、だが連載のサイクルと漫画家人生のサイクルを観客に伝える。と同時に、仕事の成功と挫折を通した青年の成長、プロだからこそ抱える仕事への屈折した愛情という普遍を、テンポよく描き出した。また、仕事と恋愛を当たり前に同居させ、かつ、それぞれのモードをなめらかに使い分け、何ら分離することのない現代の働く女をさらりと書き上げた点にも驚いた。マキノは50代男性なのである。4作競作の企画にならって他と比較するならば、今回の『富士見町~』には偶然にも全作に、舞台上に登場しないひとりのキーパーソンが描かれているのだが、『ポン助先生』のそれに当たる「編集長」が最も魅力的だった。どうでもいいようなエピソードの中に小さく存在していた「編集長」が、ラストで見せるまさかの働き。それを知った時、観客はなぜ彼が「編集長」なのかを心底理解するのである。さらに、なぜポン助先生が「先生」なのかを、瞬時にして悟るのだ。

新人漫画家・杉森を演じた黄川田将也、その担当編集者で恋人の佐緒里役の西尾まり、杉森の名前と絵を借りてある企てを実行するベテラン漫画家ポン助先生の山路和弘と、3人の役者はいずれも戯曲をよく咀嚼していい演技を見せていたが、圧倒的なのは山路だった。人生の中で1度でも輝く時間を経験したことのある人間独特の華やかさ、「天才」と呼ばれた者だけが許される甘えを、オーバーアクションぎりぎりの愛嬌で体現。わがままで強引だが憎めないポン助先生を、富士見町アパートメントの一室に見事に出現させた。新劇出身の二枚目俳優の年の取り方は難しいとよく感じる(ルックスも感性も時代とズレているのである)が、山路はうまくそこを切り抜けた貴重な例だと思う。

それにしても、こうした企画における演出家の役割はどう考えればいいのか。少なくとも私は今、同様の企画と比較して答えを出したいというのが本音だ。『富士見町アパートメント2』が観たい、というのは、あまりにも勝手だろうか。
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド第185号、2010年4月7日発行[まぐまぐ!, melma!]。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
徳永京子(とくなが・きょうこ)
1962年、東京都生まれ。演劇ジャーナリスト。小劇場から大劇場まで幅広く足を運び、朝日新聞劇評のほか、『シアターガイド』『FIGARO』『花椿』などの雑誌、公演パンフレットを中心に原稿を執筆。東京芸術劇場運営委員および企画選考委員。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ta/tokunaga-kyoko/

【上演記録】
自転車キンクリートSTORE『富士見町アパートメント
座・高円寺1(2010年2月27日-3月14日)
演出:鈴木裕美

【Aプログラム】
『魔女の夜』作:蓬莱竜太 出演:山口紗弥加 明星真由美
『海へ』作:赤堀雅秋 出演:井之上隆志 入江雅人 清水宏 遠藤留奈 久保酎吉
【Bプログラム】
『リバウンド』作:鄭義信 出演:平田敦子 池谷のぶえ 星野園美
『ポン助先生』作:マキノノゾミ 出演:黄川田将也 西尾まり 山路和弘

料金 A、Bプログラム各5000円 A+Bセット券8000円(全席指定・消費税込み)

スタッフ
舞台美術:奥村泰彦
照明:中川隆一
音響:井上正弘
衣裳:関けいこ
ヘアメイク:河村陽子
舞台監督:藤井伸彦
演出助手:山田美紀、相田剛志
写真:野口博
宣伝美術:鳥井和昌

企画:鈴木裕美
制作:須藤千代子、村田明美、大槻志保
提携:座・高円寺/NPO法人劇場創造ネットワーク
後援:杉並区、杉並区文化協会
助成:芸術文化振興基金
製作:自転車キンクリーツカンパニー