ロンドン演劇日和-シアターゴアー、芝居の都を行く(全7回)

 第1回 ロンドンで演劇チケット代を考える
 今井克佳(東洋学園大教授)

 四月からロンドンで暮らしています。勤務先の大学から一年間の「在外研究期間」をいただき、ロンドン大学に客員研究員として所属、中心部から地下鉄で30分ほどの郊外のフラットを借り、一人暮らしをしています。研究の課題として「現代演劇における日英文化交流」という題目をたてているので、本来は、過去の記録データなどを掘り起こしながら考察をまとめていくことが仕事なのですが、やはりシアターゴアーとしての血が騒ぎ、こちらの演劇環境を肌で知ることも大切、と東京にいるときに負けず劣らず、いや時間が自由なことをいいことにそれ以上に芝居通いを続けている毎日です。

 もともとは日本近代文学が専攻であり、趣味が高じて演劇批評にシフトしてきたため、英語の能力もそれほどではなく、イギリスの演劇史や演劇状況にも詳しいわけでもない自分が、ロンドンを中心としたこちらでの上演作品や演劇状況を正確に分析できるはずもないのですが、日本での一人の芝居好きが、ロンドンでの芝居通いをするなかで、一般観客の目線で、感じることをつれづれに何回か続けて報告したいと思っています。それゆえ間違った思い込みや偏見がまぎれこむこともあると思います。その場合はどうか暖かくご指摘いただければ幸いです。
 また、それと同時に印象に残った個々の芝居や劇場、日本の皆様が気になっていると思われる上演なども適宜記事にしたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。< /p>

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 イギリス経済は、ここ数年加熱した金融、不動産バブルがいよいよ崩壊の一途をたどり始めたようだが、いまのところ物価はすべてにおいて高い。特に私のように日本の大学から「円」で給与や研究費をもらっている身には、1ポンド210円前後のレート自体が辛い。現地の生活実感としてはむしろ「1ポンド=日本での100円」の感覚で暮らして行かないと気持ちが持たないくらいである。VAT(消費税)の基本は17.5パーセント。日本の物価上昇など申し訳ないがたかがしれている。

 6月から7月にかけて、野田秀樹のThe DiverがSoho Theatreで上演された。日本公演が直前なので内容には触れないが、チケットはプレビュー期間が10ポンド(2100円。1ポンド=210円、以下便宜上このレートで計算。)、本公演期間が17.5ポンド(3675円)から最終週は22.5ポンド(4725円)。The Diverの日本公演(シアタートラム)が、6500円、NODA・MAP公演であれば9500円なのだから、安いと感じるかもしれないが、Soho Theatreは座席数が150席に満たない小劇場。しかも公演はすべて自由席である。建物自体はもう少し立派だが、下北沢駅前劇場や、こまばアゴラ劇場などのレベルと考えてよい。

 こちらのエンターテイメント情報誌 Time Out London(日本の「ぴあ」を連想してもらえばよい)の劇場の紹介欄では、West End、Off-West End、Fringe という区分が現在つけられている。必ずしもWest End地区にあるということではなく、規模や、劇場として評価の度合い、どのようなタイプの作品をかけるか、といったことを総合したおおまかなレベル分けと考えている。SohoTheatreはそれでもOff-west Endの項に所属している。

 渡英したばかりの頃、まずはわかりやすいミュージカルを、と出かけたSound of Music。地区としてのWest End、Theatre Landともいわれる地区にある、The Lonodn Palladium劇場。この演目のトッププライスは55ポンド(11550円)。このあたりの人気ミュージカルのトッププライスはもう少し高くて60-70ポンドが多い。劇団四季や東宝ミュージカルのトッププライスと比べてもほぼ同額と考えてよいだろう。Fringeクラスの劇場にはまだ縁がなく行ったことがない。

 その他、国立劇場であるRoyal Opera Houseのバレエとオペラ、RoyalNational Theatreの三つの劇場での演劇上演にも出かけたが、どれも、現在のレートでいえば、日本の新国立劇場のチケット代とそう変わるものではなかった。もちろん、イギリスの劇場(オペラ、バレエ)などが来日公演を行う場合は、渡航コスト分が上乗せされるのだろうから、それはまた別問題である。

 こう考えると、チケット代自体は日本とあまり変わることがない、安いとも言えず、高いともいえないということになるか。しかし、総じて物価が日本の2倍近いと考えればそのなかでのチケット代は相対的には割安ということになる。6月に封切りでみた映画「インディージョーンズ クリスタルスカルの伝説」の指定席トッププライスが19ポンドだった(レスタースクエア Leicester Square のオデオンという大映画館にて)ことと比較すればまた気持ちは違う。ただ、今の物価高はロンドン市民でさえ苦労していると聞くし、はてさて判断は難しいところである。結局日本と同じように、高いなあ、と思い、大劇場の最安値の席をとることもあれば、こりゃ安いと小劇場の自由席に座ることもある。

 ではどこが違うのか。
 まずは、大劇場などでの指定席の値段付けの細かさであろう。Stall(一階席)とCircle(二階席)の値段が違うのはもちろんだが、それぞれの中でも、舞台の見やすさによって、三段階以上の値段のレベルがあるのが普通である。それも、近すぎて見にくい、とか柱があって見にくいとか、いわゆるRestrictViewの席はそこが一席だけでも安くなっている。最前列を高い値段でとったのに舞台全体が見えず姿勢も辛くて楽しめなかった、などということがない。高い席は見やすい。安い席は見にくい。非常にリーズナブルである。(余談だが、Royal Opera Houseのバレエ公演で、7ポンドの席というのがあり、行ってみたらAmphitheatreという最上階の横の席で、深い谷底の舞台を横から覗き込むような具合で、高所恐怖の私は途中でリタイアせざるを得なかった。)

 ウェストエンドのミュージカルなら当日安売りの座席がある。レスタースクエアにある公式ハーフプライスチケット売り場に行けば、当日のトッププライスチケットが余っている時に限って、半額のチケットが買える。実はSoundof Musicはここで30ポンドのチケットを買って入った。前から4列目ど真ん中だった。ウェストエンドには多くのロングラン商業劇場があるので週末の人気演目でなければここで半額チケットが買える場合が多い。周囲にもたくさん安売りチケット屋はあるが、結局は手数料などで劇場で買うのとそう変わらない額になってしまうこともある。

 National TheatreにはTravelexという両替会社が提供する10ポンドチケットの制度がある。これは早割チケットのようなものですべての公演にあるわけではなく、新国立劇場の当日Z席とはちょっと違う制度であるが、割り当てられる座席は端や最前列になるようだ。

 その他、劇場には、さまざまな割引制度がある。高齢者割引(ロンドンの劇場にはお年寄りがとてもよく来ている)、身体障害者割引、学生割引、ユース割引。ユースといっても26才以下というのもあり、若者にはありがたいだろう。無職者の割引なんていうのも見かけた(これはエジンバラの劇場だったかもしれない)。自分はいつもAdult Standard。最高値である(ため息)。

 チケット代についてはやはり値付けのレベルのリーズナブルさがこちらに来て一番感心したことだ。映画館でさえ指定座席によって値段のレベルがある。このへんは日本の劇場も見習ってくれないだろうか。

 さて続いて、チケットの取りやすさ、取りにくさについて書き進もうと思ったが、長くなったので次回以降にしたいと思う。
(初出:マガジン・ワンダーランド 第103号、2008年9月3日発行)
(この連載は2008年9月から翌2009年3月の半年余り、小劇場レビューマガジン「ワンダーランド」メールマガジン版に7回にわたって掲載されました)

【連載目次】
 第1回 ロンドンで演劇チケット代を考える
 第2回 26歳以下、観劇無料!計画 英国文化省が2009年から >>
 第3回 評判作品を厳選して上演 ダブリン演劇祭の楽しみ >>
 第4回 新しい世代の映像・身体・演劇 コンプリシテとロンドン演劇 >>
 第5回 年末年始に多い子ども向け企画 想像力を信頼してばっちり見せる >>
 第6回 街と劇場の小景点描 >>
 第7回 新聞批評と観客に乖離 「春琴」のロンドン初演状況(最終回) >>

【筆者略歴】
 今井克佳(いまい・かつよし)
 1961年生まれ、埼玉県出身。東洋学園大学教授。2008年度はロンドン大学SOAS客員研究員としてロンドンに滞在。専攻は日本近代文学。ロンドン報告はブログ「ロンドン日和」にも掲載。
・wonderland 寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/a/imai-katsuyoshi/

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