ロンドン演劇日和-シアターゴアー、芝居の都を行く(全7回)

 第6回 街と劇場の小景点描
 今井克佳(東洋学園大教授)

 2月になり、在外研究期間の終わりも迫って来た。バービカンではコンプリシテの「春琴」ロンドン公演が開幕している。これについてはまだはじまったばかりなのであらためて報告するとして、今回は、こちらで観劇していてのちょっと気になった思いつきのネタの落ち穂拾いとさせてほしい。イギリスをよく知る方には当たり前かもしれないが、新参者としてはこういうところにカルチャーショックを受けたりしている。

「雪」

 中華街も旧正月を迎えた2月1日の夜から2日にかけて、ロンドンは18年ぶりと言われる大雪に見舞われた。ロンドンは冬の気温こそ東京より5℃程度低い感があるものの、雪は東京以上に降らないと聞いていたが、18年ぶりである。いや、いろんなことが起こるものだ。

 20センチ近い積雪で、地下鉄は地上運行部分のある郊外で軒並み止まり、全市でバスの運行もなくなった。大学はむろん休校。人と会う約束はキャンセルし、家にこもって過ごした。実は、National Theatreの夜の芝居のチケットを持っていたのだが、こんな状態では出かけられない。ネットへの情報開示は早く、サイトを見ると2つの上演演目のうち、小劇場のCottesloeでのGethsemaneは上演中止。私の行く予定だった中劇場LytteltonのThe PitmanPaintersは上演するとのことだったが、来られない場合は連絡を入れれば、対処するとのことだった。

 ボックスオフィスに電話すると、次回、何か芝居を予約する時に今回のチケット代分を引きます、とのことだったので、その場で同じ演目の3月のチケットに振り替えてもらった。なかなかフレキシブルな対応である。ちなみにLondonTheatre Guideのサイトで確認したら、この夜は、ウェストエンドのミュージカル、National Theatreなどメジャーな演目のうち、中止となったのが28本、上演したのは12本だった。郵便局や図書館などでさえ、職員が足りないということで早めに閉じたところもあったようだからおして知るべしだろう。はなから仕事に行くのをあきらめて、学校が休みの子どもと雪だるま作りを楽しんでいる人も多かったのではないだろうか。しかしただでさえ、不況でディスカウントチケットをかなり出しているウェストエンドが、この雪でさらに追い打ちをかけられたことは憂慮すべき事実だろう。

「幕間」

 芝居の休憩時間をこちらではIntervalという。(アメリカではIntermissionだったと思う。)日本だと、一幕が終わり客電がつくとやれやれ、といった感じで、そそくさと席を立つのが普通だが、こちらでは必ず休憩前にも拍手が起こる。最初はびっくりして、こちらの観客は熱いのだな、とも思ったが、まあ、ただ習慣でそうなっているようである。が、これはなかなかいい感じだ。一幕目だけでもちゃんと楽しんでいるよ、と出演者に伝わるわけだし。逆にこちらのカンパニーが来日公演したら、幕間の前に拍手がないと、ちょっと心配になるだろうと思う。ちょっとした習慣の違いで、だからどうということではないのだが面白いと思う。

 終幕後はだいたい、カーテンコール2回というのが通例の感じで、客電がつけば拍手をやめるというのはここは日本とそれほど違わないが、素晴らしいと思えば、誰も立っていなくても立ちあがるし、つまらないと思えば上演中でも出て行くという傾向は日本よりも強いのはまあ誰でも予想がつくとおりである。

 昨年11月に、ダンスシアターとして有名なSadler’s Wellsで上演された「山海塾」の「金柑少年」では、開始早々、席を立つ人を何人かみかけたが、終演後のスタンディングオベーションも少なからず見られた。

「フード・アンド・ドリンク」

 開演前や、幕間の楽しみはワインとアイスクリームだ。日本ではワインが出るのは一部の大劇場くらいだろうが、こちらではワインとアイスはつきものである。こちらの劇場は必ずバー完備であり、オフウェストエンドやフリンジでは芝居の観客だけではなく、独立したバーやカフェとして、一般客向けにも開業している場合も多い。フリンジには、Pub TheatreとかTheatre Pubといって、Pubの一画や上階が小劇場になっているタイプのものもある。ちょっと飲みに入って、上では芝居をやっているから見てみるかということもありえるわけだ。

 ワイングラスはさすがに客席への持ち込みは禁止の場合が多いが、プラスティックのカップであれば持ち込めることが逆に多い。コーヒーなども同じである。飲み物だけではなく、カフェではちょっとした軽食が食べられる場合もあり、Young VicとかLyric Hammersmithはそんな感じだ。時間前について、ピザでも食べて、そのまま芝居に入れるのがありがたい。

 そして幕間のアイスクリームは、大きな劇場では売り子さんがそこここで販売してくれるし、ちょっと高いが、芝居で疲れた頭には甘いものがすごくありがたい。身体にはあまりよくないのかもしれないが、デザートが大きくて信じられないほど甘い、こちらの食文化から考えるとたいしたことないほうかもしれない。まずは喉とお腹を満足させてから、観劇というわけだ。

「椅子の名前」

 オフウェストエンドやフリンジのシアターの座席には、背もたれのどこかに、劇場への寄付者の名前がプレートで記されている場合が多い。もちろんすべて個人名であり、企業名などはない。こちらでは公園のベンチにもこうしたプレートがついていて、なくなった家族や友人の名前を入れていたりと、やはり文化的な習慣の一つなのだろう。劇場を多くの個人の思いで支えているということが目で見てわかるのがいい。その他、もちろん壁などにパトロンの名前も記されていることもあるが、これも個人名が多い。

 RichmondのOrange Tree Theatreはしばしば注目の演目をかけるフリンジタイプの劇場だが、ここのロビーには、パトロンだった人たちの写真や、サインの入った書類などが小さな額にかけて壁に飾ってあり、とても家庭的な雰囲気になっていて、居心地がよい。

 ああ、日本にはこういうのはないよな、と思ったのだけれど、神社の石の塀(なんていうのだ?)などに寄進者の名前が彫ってあったり、お寺の山門にお札が張ってあるのって似たような発想? いや、微妙に違うか、などと思いを巡らせてみるのである。

 閑話休題。以上はただ感想のみにとどまったこちらの劇場と日本の劇場の違いであり、深めて行けば、演劇文化がどれだけ根付いているか、という話になるのだろう。だが、ただイギリスは素晴らしい、日本はまだまだ、というだけでは違うのかもしれない。日本は日本の演劇文化をどう構築(あるいは再構築)して行くのか、その方策は独自の視点からも考えるべきだろう。

 ただ、これまた単純な思いとしていいたいことは、日本の劇場(小劇場)は様々な世代にとって、いろいろな意味でもう少し居心地のいい場所になってほしい、ということである。
(初出:マガジン・ワンダーランド 第128号、2009年2月26日)

【関連情報】
・National Theatre:
http://www.nationaltheatre.org.uk/
http://www.nationaltheatre.org.uk/gethsemane
http://www.nationaltheatre.org.uk/pitmen
・London Theatre Guide:http://www.londontheatre.co.uk/
・Sadler’s Wells:http://www.sadlerswells.com/
・Young Vic:http://www.sadlerswells.com/show/Sankai-Juku
・Lyric Hammersmith:http://www.lyric.co.uk/
・Orange Tree Theatre:http://www.orangetreetheatre.co.uk/

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