東京芸術劇場「20年安泰。」(芸劇eyes番外編)

◎二十分と二日間と
 水牛健太郎

「20年安泰。」公演チラシ
「20年安泰。」公演チラシ

 そう言や水天宮ってどんな神社だろう。東京に住んでいた時には考えたこともなかったそんなことが気にかかり、劇場に行く前に立ち寄ってみれば、妊婦さんや、無事に生まれた赤ん坊を連れたお礼参りの家族の姿、折からの雨にけぶっていた。水天宮はつまり安産の神社で、祭神は安徳帝。「なみのそこにもみやこがさぶらふぞ」。なるほど水天宮とは水底の宮城の意味に違いあるまい。にしても壇ノ浦、祖母に抱かれて海中に没した悲劇の幼帝が安産の神様とは。
 きらきらおべべの六歳児が、サンゴきらめく海の中、赤ん坊の手を引き引き泳ぐ様子が目に浮かぶ。母の内なる羊水の海を、あの世からこの世へ赤ん坊を引率する。頼りになるお兄ちゃんぶり。「こんな骨折り仕事を千年も続けちゃ、さすがのおれっちも肩が凝る」と言ったとか言わぬとか。紛れもない惨劇の被害者に安産をお願いする人間の図々しさ、いや強さ。

 芸劇eyes番外編「20年安泰。」は若手五団体による短編ショーケース企画。
 口火を切ったロロ「夏が!」が水難者と人魚の話だったのは、水天宮と関係あるのだろうか。残念ながら若干散漫な出来であった。この企画は一団体二十五分の枠だという。この長さではあまり複雑なことは表現できず、基本的にワン・アイディアで作らざるを得ない。つまり、ある一つのイメージなりコンセプトをいかに鮮明に表現するかがポイントになる。「夏が!」は出演者が五人と少ない割に、登場人物の関係が意図的にあいまいにされており、もやもやした感じが残る。一時間以上あればもやもやも一定の強度を持つかもしれないが、この長さでは印象が薄くなるだけだ。

 ロロ公演から
【写真は、芸劇eyes番外編「20年安泰。」 ロロ公演から。撮影=田中亜紀 提供
(主催)=東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団) 禁無断転載】

 範宙遊泳「うさ子のいえ」は同名の芝居のアフタートークという設定で、モデルにされたウサギ一家と劇団側の対立を描いた。それこそワン・アイディアを俳優の技術、衣装の鮮やかさ、観音開きで見せた野外をワン・ボックスカーで走り回る楽しさで多彩に彩った。劇中劇がベタベタにしょうもないのは考えどころ。単に「くだらない劇」という設定なら時間を割き過ぎ。あの長さなら劇中劇自体を「くだらないながらも面白い」ものにしなければ、間が持たない。

範宙遊泳公演から
【写真は、芸劇eyes番外編「20年安泰。」 範宙遊泳公演から。撮影=田中亜紀 提供
(主催)=東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団) 禁無断転載】

 ジエン社「私たちの考えた移動のできなさ」は三組の会話が同時並行する作品。大震災を思わせる異常事態を背景にしているが、描かれているのは対話が成り立たない行き詰まりの状況。発話は他人に対する「アピール」か、他人をコントロールしようという隠された権力意識の表現に過ぎない。自分のメッセージは相手に届けたいが、人のメッセージを受け取る気はない。

 東京へ向かうデモ隊を阻止すべく配置された二人のガードマン。中年の方は何度も「コミュニケーション!」と口にし、「おれ、バンドやってんすよ」とうっとうしい自己アピールを繰り返す若い方にイライラをぶつける。しかし彼が繰り出す「おれも昔…」といった言葉は受け取られず、虚しく空を切るばかり。日常にもしばしば見られるこうした会話を重ねて、閉塞感を色濃く漂わせた。秀逸な会話劇。それだけにラストの「光」が、「機械仕掛けの神」のようで、納得できなかった。苦しくてもそこは我慢すべきだろう。

ジエン社公演から
【写真は、芸劇eyes番外編「20年安泰。」 ジエン社公演から。撮影=田中亜紀 提供
(主催)=東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団) 禁無断転載】

 バナナ学園純情乙女組「バナ学eyes★芸劇大大大大大作戦」。この団体のパフォーマンスを見るのは初めてだったが、たいそうクレバーなものであった。五十一人もの大軍団で一糸乱れぬ進行。表現面でやりたいことをやり切り、はちゃめちゃで傍若無人に見せながら、安全に気を配り、観客の寛容の限度をも見極めて細かく保険を掛ける。インテリ向けに、深読みの余地もたっぷり残す。最後の「撤収!」まで掃除の様子もショー化して一瞬の緩みもない。計算しつくされた熱狂。要するにパフォーマンスとして質が高く、手間も暇もかかっているので、ある意味受けて当然、成功して当然というものだ。

 だから(大変酷な言い方になるけれども)、実は見た目ほどスリリングなものではないという印象を受けた。たとえて言うと「ブルーマンショー」みたいだ。「ブルーマンショー」は世界中で上演されているビッグビジネス。しかしもともとは数人の創意工夫で生み出されたものだ。たぶんバナナ学園のパフォーマンスもあんな風にフォーマット化して量産可能だろう。そして結構受けるんじゃないか? 要するに、「ブルーマンショー」みたいというのは大変な褒め言葉なわけで、どう転んだって大したプロの仕事には違いない。どっちを行くか。選ぶのは本人だ。お金のある人生も楽しいかもよ。知らないけど、私は。

バナナ学園純情乙女組公演から
【写真は、芸劇eyes番外編「20年安泰。」 バナナ学園純情乙女組公演から。撮影=田中亜紀 提供
(主催)=東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団) 禁無断転載】

 マームとジプシー「帰りの合図、」はある交差点ですれ違う四人の登場人物の過去と現在を交錯させて描いていく。時間は夕方。四人のうち三人はどうやらきょうだいで、姉は数年前にその町を離れ、いまバスに乗って帰ってきてその交差点を通り過ぎているのだが、ほかの二人はバスの中にいた女性が姉に似ていたと思っているだけ。しかし再会の時は数分後に迫っている。きょうだいじゃないあとの一人は「自分探し」をしている女性で、富士山に登って帰ってきたところだが、ブチ切れ気味のこの女性がアクセントとしてとてもいい味を出し、作品を外に開いている。この作品はだれの人生にもある一瞬の詩をすくいあげ、巧みな構成とリフレインでうたいあげた。高度な様式性と独自の抒情性が互いに支えあって、紛れもない本物の才能の証しとなっていた。

 

マームとジプシー公演から
【写真は、芸劇eyes番外編「20年安泰。」 マームとジプシー公演から。撮影=田中亜紀 提供
(主催)=東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団) 禁無断転載】

 最後に企画タイトルについて。「20年安泰。」というタイトルは結構物議を醸したようだ。

 二十年というのは人智を超えた長さだ。ちょうど二十年前、一九九一年の七月に私はY新聞の新人。入社三か月にして早くも記者稼業がいやになり、どうもおれには記者が向いてない、月末あたりで辞めようと決意を固めつつあった。今も忘れない七月十九日、車を運転していた私はカーブで前をいく車の後部ドアに突っ込んでしまい、保険すら掛けていない愚か者、人を傷つけなかったのは幸いだが、十九万円の賠償となった。金がなく、相談した温顔の支局長、「僕のポケットマネーから貸してやるよ、返済は冬のボーナスでいいよ、これからは気をつけるんだね」と言った。ありがたく思いながら心中、七月末の辞表を大急ぎで引っ込めたのは言うまでもない。結局この会社には八年あまり勤めた。

 まあつまり、一寸先も見通せない未来のことについて何か言うのは難しい。そこを言い切ったところがこのタイトルのみそだが、特に「20年」と時間が特定されていることで、何やら呪縛めいた力まで生じてしまった。今回の参加者は二〇三一年にこのイベントのことを思い出すだろうし、その時に「『20年安泰。』などと言われたおれが、わたしが、今は」と失望する人もいるだろう。罪なことをするものだ。

 当の本人たちにとっても、この言葉の強さは嬉しいとばかりは言えないものだったようで、作品内でこの言葉をもじって、解毒しようという試みが見られた。一つはジエン社「私たちの考えた移動のできなさ」で、公共施設の職員が避難している人たちに対し「ここは二日間は安泰なんですけど」と繰り返す場面。これはただのもじりではなくて、「20年安泰。」というタイトルに対する明確な異議を見てとるべきだろう。

 鮮やかだったのはマームとジプシーで、作品自体を「二十分」のドラマにした。上演時間自体は二十五分なので、駅から家までかかる時間を「二十分」として登場人物に何度も言及させたのは、企画タイトルへの応答と見ることができる。主宰の藤田貴大は、そのわずかな「二十分」の間に普遍性のあるドラマを描き出すことによって、「20年」という長い時間を見事に相対化してしまった。こうしたこと一つ取っても、この人は一頭地を抜いているのだった。

【著者略歴】
水牛健太郎(みずうし・けんたろう)
 ワンダーランド編集長。1967年12月静岡県清水市(現静岡市)生まれ。高校卒業まで福井県で育つ。大学卒業後、新聞社勤務、米国留学(経済学修士号取得)を経て、2005 年、村上春樹論が第48回群像新人文学賞評論部門優秀作となり、文芸評論家としてデビュー。演劇評論は2007年から。2011年4月より京都在住。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/category/ma/mizuushi-kentaro/

【上演記録】
東京芸術劇場「20年安泰。」(芸劇eyes番外編)
水天宮ピット大スタジオ(2011年6月24日-27日)
スタッフ
舞台監督:井関景太(るうと工房)
照明:工藤雅弘(Fantasista?ish.)
音響:佐藤こうじ(Sugar Sound)
宣伝美術:雨堤千砂子(WAGON)
コーディネーター:徳永京子
制作:栗原千波、樺澤 良
主催:東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団)、東京都/公益財団法人東京都歴史文化財団
チケット料金 前売2,000円/当日2,500円/高校生1,000円

【出演団体/作品タイトル】
▽ロロvol.5.6「夏が!」
 作・演出:三浦直之
出演
 亀島一徳、篠崎大悟、望月綾乃、島田桃子、多賀麻美
スタッフ
 宣伝美術:玉利樹貴
 制作助手:幡野萌
 制作:坂本もも
 演出助手:中村未希、山口千晴
 協力:範宙遊泳
スペシャルサンクス:崎浜純、Knocks、森本華

▽範宙遊泳「うさ子のいえ」
 脚本・演出:山本卓卓
出演
 熊川ふみ、埜本幸良(以上、範宙遊泳)、大橋一輝(さいたまネクストシアター)、板橋駿谷(ロロ)、川口聡、金丸慎太郎(贅沢な妥協策)、高木健(タイタニックゴジラ)、竹中香子、田中美希恵(贅沢な妥協策)、戸谷絵里、永島敬三(柿喰う客)、福原冠

スタッフ
 衣装・美術:たかくらかずき
 テキスタイルデザイン:井上綾
 演出助手:菅原和恵
 制作助手:金子文
 制作:坂本もも
協力:ロロ、贅沢な妥協策、タイタニックゴジラ、柿喰う客、ブリッシマ
スペシャルサンクス:李漢強、澁澤萌

▽The end of companyジエン社「私たちの考えた移動のできなさ」
作・演出:作者本介
出演
 伊神忠聡、岡野康弘(Mrs.fictions)、片飛鳥、清水穂奈美、山本美緒、横山翔一、善積元
スタッフ
 音効:田中亮大
 演出助手:吉田麻美
 制作:大矢文
スペシャルサンクス:Mrs.fictions、青山小劇場

▽バナナ学園純情乙女組「バナ学eyes★芸劇大大大大大作戦」
総司令官:二階堂瞳子
出演
 二階堂瞳子、加藤真砂美、野田裕貴、前園あかり(以上、バナナ学園純情乙女組)。浅川千絵(50年絶望。)、粟野友晶(劇団てあとろ50’)、石井舞、いせひなた(HARU☆HINA)、井上みなみ(青年団)、櫟原将宏(Amusement Theater劇鱗/Dact party)、今野雄仁、岩倉頌磨(劇団活劇工房)、内田悠一、大森美里(劇団大森美里)、梶井咲希、神岡磨奈、蒲生みずき、久保晶子、高麗哲也、紺野タイキ(FLIPLIP)、斉藤マッチュ(劇団銀石)、榊菜津美、佐藤幸樹(劇団てあとろ50’)、島田真吾(あんかけフラミンゴ)、鈴木麻美(Seiren Musical Project)、関根理紗、高村枝里、だてあずみ。(TRAPPER/MinamiProduce)、千葉さとみ、つくにうらら、内藤彩加、中井康世(Supreme Sunders)、西田未希、信國輝彦、長谷川雅也(BOX101)、服部由衣、原田優理子(トリのマーク(通称))、引野早津希、日高愛美、古木将也、堀内萌、堀田創、町山優士、松島拓朗、丸石彩乃、宮嶋美子、山邉健介(レゴプラ)、湯舟すぴか、吉原あおい、吉原小百合、竜史
スタッフ
 総指揮官助手:瀧澤玲衣(blu-01 produce)、廣瀬皓太郎
 爆音指揮官:ミ世六メノ道理(体験)
 戦闘服裁縫指揮官:山内彩瑚
 戦闘服考案指揮官:浅利ねこ(劇団銀石)
 銀幕指揮官:矢口龍汰(ウィルチンソン)
 制作指揮官:塩田友克

▽マームとジプシー「帰りの合図、」
作・演出:藤田貴大
出演
 萩原綾、尾野鳥慎太朗、成田亜佑美、召田実子

スタッフ
 制作:林香菜
スペシャルサンクス:加藤弓奈、佐藤泰紀、細川浩伸、宮武亜季


「東京芸術劇場「20年安泰。」(芸劇eyes番外編)」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: ねぎ

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