JACROW「明けない夜 完全版」(クロスレビュー挑戦編第13回)

 この作品の初演(2009年)は評価が高く、演劇ユニットJACROWの代表作といわれます。今回は「本編」と「外伝」に分けた初演の内容を一つに集約した「完全版」。「裕福な家庭の娘が誘拐されたことで浮き彫りになる、家族や刑事たちの内面を描いた人間ドラマ」(劇団HP)だそうです。「大人の小劇場」をコンセプトに活動するJACROWの舞台はどうだったのでしょう。レビューは★印による5段階評価と400字コメント。掲載は到着順です。(編集部)


「明けない夜 完全版」公演チラシ
「明けない夜 完全版」公演チラシ

高木登(演劇ユニット鵺的主宰)
 ★★★★
  初演に比して残念だったのは、回想シーンに紗幕が張られる演出が失われたことと、誘拐された女児の死亡を伝える刑事の声がふいに聞こえなくなる演出がわかりづらくなっていたことである。前者は劇場の構造上しかたないのかもしれないが、後者はぜひとも初演以上にエッジを効かせて見せてほしかったと思う。
  『斑点シャドー』以来JACROWを見ているが、『紅き野良犬』以降の作品で本作がいちばんの力作であることはまちがいなく、されど『斑点シャドー』にはあった中村暢明の私的な感慨、彼ならではの視点が見られなくなってしまったのは寂しい。近作の器の大きさで、中村にしか見えないもの、語れない世界が描かれたら何が起こるのか。どのような作品になるのか。次に見たいのはそれである。☆ひとつはそのときまで取っておく。(敬称略)
(8月27日14:30の回)

水牛健太郎(ワンダーランド)
 ★★
 疑問の多い公演だった。なぜ昭和三十年代末設定の話なのか。元ネタがあるのかもしれないがよくわからない。リアルを売り物にしているのにリアリティが甘い。犯行の日の事態の推移は、時間的なつじつまはあっているが、心理的なリアリティが薄い。一番顕著なのは女性の行動で、あれだけの行動を大きな心理的葛藤と戦いながら二時間でするのは無理がありすぎる。行って帰って二時間とかそういう話じゃないだろう。最後の父親の決断は、捜査の手を自ら招き寄せているわけで、とても愚かに見えるのだが、「非情」とかそういう別の文脈になっていないだろうか。「本庁と所轄」の話はもういい。何か別の工夫をしてほしい。音響の使い方が安易すぎる。それから、自白したからといって、逮捕状もないのに手錠をかけてはいけない。
(8月27日14:30の回)

木俣冬(フリーライター)
 ★★★
 昭和のお金持ちの家庭で起こった誘拐事件の顛末は極めてオーソドックス。作者はその時間軸をいじることで事件に関わる様々な人々の姿にフォーカスしようとするが、時間軸より人間の内面描写にひねりがほしい。娘を誘拐されてしまった和田夫婦、その家の従業員たち、事件を調べる警察(警視庁VS所轄)、皆、どストレートにとげとげしく、彼らの欲望の形も作り込んだ家の装置のごとく絵に描いたよう。警官のべらんめえ調も浮いていた。社長の家にやってきた愛人である女性社員が靴を靴箱にしまう行為は後の展開上必要な段取りとはいえ家に来ていることを隠す配慮にも見えておもしろいし、坊主頭の従業員役・谷仲恵輔の居ずまいには労働者の悲哀が漂ってきて良い。可能性を感じたのが仕事中にけがを負った従業員と好きな女を社長に奪われる従業員の描写。搾取されるばかりの彼らが何かに救いを求め傷をなめあう姿は苦さばかりが残るが、ここをもっと突き詰めるとググーーッと飛距離が出るのではないか。
(8月25日19:30の回)

都留由子(ワンダーランド)
 ★★
 今どき珍しい、舞台一杯に組んだリアルな装置。社長の小学生の娘が誘拐され、従業員への事情聴取で、だんだん事件の全容が明らかになる。犯人が判ったと思われた後、本当のからくりが示される仕掛け。社長との愛人関係がバレて馘首になり今は「トルコ風呂」に勤めている元女子社員とか、すぐに大声で怒鳴る熱血刑事とか、高飛車な社長夫人とか、保身のために捜査にブレーキをかけようとする課長とか、誰よりも娘のことを心配する家政婦とか、TVの二時間ドラマみたいにお約束通りの登場人物。
 役者も達者で、面白くないわけではなかったのだが、娘を殺されたのに、誘拐事件をでっち上げてそのことを隠蔽しようとする社長の行動と、脅迫電話を聞いた4人の刑事と社長の妻が、直接犯人と話しているのに犯人だと気づかないこと、お約束通りのキャラクターはカリカチュアだと思っていたのだけど、どうもそうではないらしいことの三つがちょっと納得行かなかったので、★ひとつ減。
(8月27日14:30の回)

大泉尚子(ワンダーランド)
 ★★☆(2.5)
 チラシには、全出演者13名の子供の頃の、当パンには現在の写真が載っている。俳優たちの年代層は幅広いので、その間に流れている年月は、ほんの数年から、もしかしたら約半世紀なんていうこともあるのかもしれない。そしてこの芝居では、時間が執拗といってもいいくらいの頻度で現れる。舞台上手の縦に細長いスペースに、その時演じられている場面の日時が、字幕の形で映し出されるのだが、それが、かなりな勢いで行きつ戻りするのだ。演技も音楽も装置も、特に奇をてらったところはない。この作品の下敷きになっているという吉展ちゃん事件が起きたのが昭和38年。最初に流れる曲、坂本九「見上げてごらん夜の星を」は、実際にこの年にレコーディングされたものだし、一戸建ての家の玄関・応接間・階段といったしつらえもかなり具象的で、この時代らしいものばかり。
 こうして「時間」は影の主役といっても過言ではないほど重要な位置を占め、それを軸に、錯綜したストーリーが丁寧に紡ぎ出される。ただ、誘拐事件での時間のデジタル表示とか、それに搦めて浮かび上がる意外な真相というのは、映画やTVドラマで見過ぎていることも確か。その延長線上の距離の大きさではなく、その既視感をむしろ手玉にとってお膳をひっくり返すようなものが見せてほしかった。
(8月25日19:30の回)

徳永京子(演劇ジャーナリスト)
 ★★
 登場人物に「剛」と「柔」の役割を振り分けることがドラマなのではない。ひとりの人間の内にある「剛」と「柔」を追うことがドラマだ。
 本作が、誘拐事件の謎解きよりも、人の心の闇を描くことを主眼にしているのは明らかなのに、ドラマとして一向に膨らまなかったのはその点が大きく出遅れていたからだろう。ラストで被害者の父親の意外な行動が描かれるが、それは、作品内部に生み出せなかったものを外側からくっつけようとする、劇作家の強引な手さばきに見えた。
 作・演出の中村暢明はおそらく無意識に気付いていたと思うが、最初から着手されなければならなかったのはまさにラスト。身勝手な男の論理が、よくある不倫のもつれから我が子を犠牲にする犯罪へと変質していく、その経緯の描写こそが、観客に提示されるべきこの作品の価値、醍醐味だったはず。刑事達の飴と鞭のキャラクター分け、熱血刑事の悲しい過去は、既視感があり過ぎる。
(8月27日14:30の回)

北嶋孝(ワンダーランド)
 ★★
 この舞台は(工場従業員数人らしい零細企業?)社長の幼い娘が誘拐される発端から、やがて犯人が絞り込まれ、事件の謎が明らかになる。舞台処理の難しいミステリ仕立てとどんでん返しの趣向は、意欲とエネルギーにあふれた集団でなければ挑戦出来ないだろう。
 しかし残念ながら、謎解きのプロセスや犯行の動機に、想像力を働かせる余地はほとんどない。社長と女性従業員の「痴情のもつれ」と、片思い男の「純情」に閉じ込められているからだ。登場人物は物語の展開に奉仕する「キャラ」止まり。それぞれの「内面」が独自に存在を浮上させることはない。1960年代前半の時代設定だからといって、あまりに単純すぎないだろうか。
 この種の誘拐事件では警察署に捜査本部が作られ、大勢の警察官が投入される。なのに、わずか数人の警察官しか捜査していないように見えるのも興をそいでいる。また家族がいる被害者宅の居間で、ときに大声を上げて関係者を尋問する。日本家屋だと、みんな筒抜けですよ。自白しただけで手錠をかけてしまう「暴挙」といい、誘拐事件を扱った黒澤明の「天国と地獄」ほどの誇大妄想的スケールと偏執的リアリズムがあれば、と惜しまれる。
(8月27日14:30の回)

【上演記録】
JACROW#15『明けない夜・完全版』
世田谷・シアタートラム(2,011年8月25日-28日)
脚本・演出 中村暢明

【出演】
前田剛(BQMAP)
今里真
川本裕之
菅野貴夫(時間堂)
ハマカワフミエ
岡本篤(劇団チョコレートケーキ)
浅井伸治
谷仲恵輔
秋澤弥里
峯岸のり子
仗桐安(RONNIE ROCKET)
蒻崎今日子(JACROW)
吉水雪乃(芝居屋風雷紡)

【スタッフ】
舞台美術 青木拓也
照  明 清水朋久
音  響 岡田 悠(One-Space)
衣  装 セオキョウコ(アトリエ picardie)
宣伝美術 川本裕之
舞台写真 鈴木淳
舞台監督 井関景太(るうと工房)
演 出 補  井原謙太郎
演出助手 メトロ=サスケ(ポリタン煉瓦亭) 西山由希宏
制  作 黒田朋子 吉水恭子(芝居屋風雷紡) ますこ(芝居屋風雷紡)
製  作 JACROW
協  力 (株)アルデル・ジロー きんかん屋 スターダス・21 (株)ファザーズコーポレーション フォセット・コンシェルジュ ヘリンボーン 六尺堂

【料金】(日時指定・全席指定)
●一 般 前売3500円 当日3800円▼四十割引(40歳以上)前売3200円 当日3500円

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