ピーチャム・カンパニー「復活」

◎地霊が呼び寄せた野外劇
 芦沢みどり

「復活」公演チラシ(表)
「復活」公演チラシ(表)

 観劇の夜(10月31日)、友人二人と御成門駅の出口で待ち合わせ、会場の芝公園23号地を目指して歩き始めて道に迷った。三人が揃いもそろって方向音痴だったわけだが、そのお陰でこの作品が依拠したという中沢新一の『アースダイバー』の世界を部分的ながら実地検分することができた。本の中で東京タワーは「死霊の王国跡」に建てられた電波塔と位置づけられている。増上寺と東京プリンスホテルの間の細くて薄暗い道へと迷い込んだわたしたちは、水子地蔵が立ち並ぶ墓地を横目で見ながらそこを足早に通り抜け、ライトアップされた東京タワーに導かれるようにしてようやく会場に辿り着いたのだった。明るい塔の周辺は、思いのほかひっそりと闇に沈んでいる。芝東照宮のすぐ近くには前方後円墳跡があり、芝丘陵一帯は東京大空襲で一面の焼け野原になったという。中沢は東京タワーを「死のなかに復活の萌芽をふくんだタナトスの鉄塔」と呼んでいる。

 会場の23号地は小学校の運動場よりやや広いくらいの空き地だった。そこに立ってみると、こんもり茂った木立に下半分を隠された塔が、燦然と輝きながら天を突き刺しているように見える。たしかに塔は男性器の直喩でもあり、再生のシンボルにもなり得る。客席は塔と対面する形でしつらえてあったので、座席に着いた観客は嫌でも塔を見上げながら開演の時を待つことになる。それにしてもなんとタワーのきらびやかなこと! 3.11以降の節電モードのライトアップ中止はいつ解禁になったのかしらんとなどと思っているうちに、劇は観客の意表を突く形で始まった。

「復活」公演チラシ(裏)
「復活」公演チラシ(裏)

 正面の木立に小さな開口部があって、そこから日本国旗を持った一団が広場に向かって走り出て来ると、スピーカーから「君が代」が聞こえて来たではないか。いきなり国旗と国歌である。あっけにとられて見ていると、和太鼓を積んだ軽トラックが走り込んで来て、劇団名と同じピーチャム・カンパニーという会社が<東京タワー復活祭>を始める。まずは社長のあいさつがある。それによると―日本の国土は2011年以降放射能の汚染で住めない土地となり、日本人は大好きなアメリカにこぞって集団移住した。だが長い年月を経て放射能もかなり減ったので、日本民族は故郷復興のために東京へ戻って来た。この時東京タワーは復興のシンボルとなる。なぜならこの電波塔は遠い昔の敗戦時も復興のシンボルだったからだ。遺跡と化したタワーにふたたび灯りがともったことに祝福の拍手が送られ、続いてあいさつに立った日本州知事の石橋健太郎は、野犬が跋扈する荒廃した日本州の治安をピーチャム・カンパニーに委託すると発表する。なんと日本はアメリカの州になっているのか! しかもこの州知事のネーミング、現職都知事の名前を二文字入れ替えただけである。この作品がフェスティバル/トーキョーの公募プログラムに選ばれ、その主催者に東京都も入っていることを思うと、大胆不敵というかあっぱれというか。こんなふうに奇想天外なアイデアと卓抜な皮肉をあちらこちらにちりばめて、野外劇は始まる。そして観客がこれは日本社会の現状を政治的に皮肉った未来劇かと思い始めた頃、劇はまったく別の方向へ向けて走り出す。広場の隅に階段状に積まれた複数のTV画面に2011の文字。時は2011年に戻っているのだ。

 タワーの方向から犬のほえ声が聞こえてくると、カンパニーの面々は式典を中断して一斉にそちらへ向かって走って行ってしまう。そこへ白衣を着た保健所員三人が自転車を暴走させて登場する。彼らは野犬捕獲の職員だが、なぜかこの犬たち、声はすれども姿は見えずで捕まえることができない。すると修学旅行の生徒を引率して東京タワーへやって来た女教師三人が木立から走り出て来て、あの犬のほえ声は生徒たちのはしゃぐ声だと言い、1975年のTVアニメ「フランダースの犬」のテーマソングを歌いながら輪になって踊り始める。この三人、じつは犬と人間の中間にいるメディエーターのような役割が振られていて、このあと劇の展開に絡みつつ、それを見守る存在になってゆく。彼女たちに侮られてなるものかと、保健所員たちは野犬捕獲の人間秘密兵器・メッキー・メッサーという奥の手を使うことにする。そこへ女を大八車に乗せた男が客席の裏から登場する。女の名前はネロで、男はパトラッシュ。二人は飲み屋で知り合ったらしく、ネロはかなり酔っ払っている。酒を飲まずにいられない事情があるようだ。と、そこへ一台のおんぼろセダンがかなりのスピードで広場に走り込んで来て、砂塵を巻き上げ急停車する。ハリウッド映画というか昔の日活アクション映画さながらのアンチ・ヒーローの登場だ。車の中から噂のメッキー・メッサーが降り立つ。

 広場を全力疾走する俳優たち、暴走する自転車、そしてハラハラするほどスピードを上げて走り回る車。野外の劇空間をダイナミックに使ったフィジカルなスピード感は、じつは劇を展開させてゆく想像力とも関係している。このあと劇は2011年の夏を福島でともに過ごしたネロとメッキーの再会と別れの物語になって行くのだが、その主筋を支える脇筋の参照項は、上述したTVアニメやブレヒト劇の登場人物に始まり、南極に置き去りにされたカラフト犬、はとバスツアー、東京タワーの蝋人形館のイエス・キリスト、今流行りのCMソング、原子力空母と、目もくらむほど矢継ぎ早に乱反射するイメージを劇に送りこんで来る。だが主筋の男女の激しくも切ない愛の物語を進展させて行くのはフランダースの犬でもカラフト犬でもなく「フクシマの犬」である。

 ネロがメッキーと出会ったのは福島へ向かうタクシーの中だった。彼女は地デジ化する前のアナログ放送で、3.11の原発事故後に避難を余議なくされた飼い主に置き去りにされた犬の映像を見て、安楽死させてやろうとナイフを手にタクシーに飛び乗った。その時の運転手がメッキー・メッサーだった。結局、犬を殺すことができなかったネロの代わりに彼がナイフを握り、二人は犬殺しの狂乱のひと夏を福島で過ごして東京へ戻った。その後ネロは福島の思い出から逃れるために酒に溺れ、メッキーは福島の犬たちに取り憑かれたかのように東京でも犬殺しを続けた。福島の犬と東京の犬のどこに線引ができるのかと言って。東京の治安を守るピーチャム・カンパニーにとって、メッキーは厄介な存在だ。会社は「メッキー捕獲」にあの手この手を繰り出すがすべて失敗し、半ば犬と化したメッキーに皆殺しにされてしまう。最後に二人きりになったネロとメッキーは究極の愛の行為を交わす。というのはネロはメッキーのナイフを胸に受けて彼からナイフを奪って息絶え、彼の手には彼女が渡した東京タワーの土産物が残る。それはミニチュアのタワーを閉じ込めた小さな蝋燭だ。

 「タナトスの塔」である東京タワーが福島で死んだ犬を呼び寄せるという発想は卓抜であり、福島の犬が3.11の犠牲者の寓喩であると思ってほぼ間違いないだろう。最後の殺戮の場面では血が吹き出る仕掛けが使われていたが、それはこの土地が過去に大量の血を吸い込んだ歴史と重なって見え、背筋が寒くなった。ナイフと交換する形でメッキーに手渡される蝋燭には、震災で亡くなった犠牲者とともに空襲で亡くなった人々への鎮魂の思いが込められていたと思う。それは地霊に呼び寄せられたような行為に見えた。

 だがこの作品に問題がないわけではない。F/Tの公募プログラムに応募した時点の構想を3.11が変えてしまったことに由来すると思われる難点である。彼らは最初、東京タワーが主力電波塔の役割をスカイツリーに譲ることを東京タワーの死と捉え、それを『アースダイバー』の東京タワーは「死のなかに復活の萌芽をふくんだタナトスの鉄塔」というテーゼに重ねて、東京という街の死生観を描き出そうとしていたらしい。そこへ3.11が起きた。もはや東京タワーを東京の死生観の中心と位置づけることはできなくなった。なぜなら東京の、いや東京を含む日本全体の死生観の中心はフクシマという地方に移ってしまったからだ。にもかかわらず東京タワーが主力電波塔としての役割を終えることを東京タワーの死と捉える考え方は残した。死にかけている塔が死者を呼び寄せるのだと説明できなくもないが、東京タワーはすでに「死霊の王国跡」に立地しているわけで、この塔が主力電波塔の地位をスカイツリーに空け渡そうがどうしようが、3.11以降はどうでもいいことになったのではないだろうか? だとするとこれは主筋を無駄に複雑化して分かりにくくしただけのような気がする。

 とはいえ未曽有の災害と真正面から取り組んで構想を立てなおした勇気と、それを一つの劇作品に仕上げた力技には惜しみない拍手を送りたい。「復活」は3.11を愚直なほどベタに扱った野外劇として記憶されるだろう。

【筆者略歴】
 芦沢みどり(あしざわ・みどり)
 1945年、天津(中国)生まれ。演劇集団円所属。戯曲翻訳。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/category/a/ashizawa-midori/

【上演記録】
ピーチャム・カンパニー「復活」(urban theatre series #3、フェスティバル/トーキョー11 公募プログラム 参加作品)
都立芝公園 集会広場(23号地)(2011年10月29日-11月4日)
上演時間 :約100分(予定)全日程英語字幕による補助解説つき

脚本:清末浩平
演出:川口典成
出演
堂下勝気 八重柏泰士 岩崎雄大、平川直大 (以上、ピーチャム・カンパニー)
日ヶ久保香、小野千鶴、金崎敬江(miel)、古市海見子、ワダタワー(クロカミショウネン18)、浅倉洋介、神保良介、飯塚克之、本多菊雄、中里順子(黒色綺譚カナリア派)、羽田真
永濱佑子、丸房君子、松永明子、杉亜由子、中坪俊、山内一生、如月せいいちろー
スタッフ
美術:水谷雄司(王様美術)
照明:須賀谷沙木子(colore)
音響:筧良太
映像:浦島啓(puredust)
衣裳:竹内陽子
小道具:辻本直樹(Nichecraft)
振付:金崎敬江(miel)
劇中歌作曲:ダニースミス・プロジェクト
歌唱指導:名村徹真
演出助手:永濱佑子、伊東祥宏、小田島創志
舞台監督:西廣奏

宣伝美術:中居義勝(中居でざいん企画制作室)
プリンティングディレクション:青山功
制作:岩間麻衣子、塩田友克
プロデューサー:森澤友一朗

主催:ピーチャム・カンパニー
共催:フェスティバル/トーキョー
後援:港区
宣伝協力:有限会社ネビュラエクストラサポート
協力:クロカミショウネン18、黒色綺譚カナリア派、miel、青年座映画放送株式会社、スターダス21、藤プロダクション、サムライプロモーション、青山小劇場

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください