劇団ヘルベチカスタンダード「夢幻地獄~青春は少女の唇でトケル!~」(クロスレビュー挑戦編第20回)

 劇団ヘルベチカスタンダードは2010年2月に京都大学と京都造形芸術大学の学生らで結成された。番外を含むと今回が8回目の公演。「不条理と言葉遊びに溢れた幻想的な世界観が売り」(公式サイト)という劇団は人気急上昇中。「作品がわかりにくいとよく言われるが、30年後には誰にでもわかるデイズニー作品のような舞台を作ることを目指して」いるともいう。今回の舞台はどうだったのか。★印による5段階評価と400字のコメントでレビューします。掲載は到着順。(編集部)


水牛健太郎(ワンダーランド)
 ★★★

「夢幻地獄」公演チラシ
「夢幻地獄」公演チラシ(表)

 言葉遊びを駆使したダブル・ミーニングの面白さ、華のある俳優陣、運動量の多いエネルギッシュな表現、美大生スタッフによる衣装や舞台美術の美しさなど、前作「星降る夜」で感じた魅力は健在。劇団としてのポテンシャルの高さを見せつけた。ただ今回は、武器である豊かなイメージの乱反射をぐいっと一つにまとめるダイナミズムが作れなかったように感じる。二つの恋愛模様が並行して描かれるが、相互の関係が薄く、分裂した印象を与えた。「恋愛もの」を堂々とうたったが、観念的・抽象的な方向に流れがちで、誰もが経験する恋愛というものの普遍性に到達することができず、何か難しい話になってしまった。「ほんと、そうだよなあ」としみじみ思える場面があと三つ四つあれば、全体の印象はだいぶ違っただろう。あと、単純に西部講堂が「寒すぎる」ということも作品作りに影響したのでは。演劇は難しい。
(12月24日18:00の回)

嶋田研志郎(京都大学学生)
 ★★★★
 むげん、ムゲン、Mugen、夢幻、無限。我々の操る日本語が音を中心に発展してきたならば、この言葉遊びにも意味があるだろう。夢幻=無限と置き換えているように、本作ではテンポよく、韻を踏むようにセリフが展開されていく。さながら、日本語ラップの世界に放り込まれたようだ。だが、そのやり取りが惰性的に続いていくのではない。80年代のポストモダン以降、我々に提示されている「現実・妄想・夢」に2011年に生きる我々のあるべき態度にも思いがいく。
 私のお気に入り、オープニングのミュージカルシーンはじめ、身体表現を存分に使った舞台は娯楽としても楽しめる。だが、それだけではもったいない。是非、ヒップホップのサンプリングで生まれるようなリズム感で流れるセリフを楽しみ、友人や恋人とあーだこーだと異質な意見をぶつかり合わせてほしい。そうして初めて「いたくない妄想」ではなく「いたい現実」に「しずむ」ことが出来るのだ。
(12月23日13:00の回)

根本コースケ(「ベビー・ピー」主宰)
 ★★★☆(3.5)
 遊眠社の影響を色濃く滲ませる、今日日めずらしいとも言える作風の劇団で、今回も芥川や夢野久作を題材に、若者たちの偏執が交錯するドラマを言葉遊びやギミックを駆使して描く。若く荒けずりだが気骨のある役者たちの真っ向勝負が、極寒の西部講堂の空間と不思議に響きあい、単なる懐古趣味を越えた香気を放っていた。変な言い方だが、役者としてうまい/魅力的な人たちというより、人間として芯のある/魅力的な役者たちが多いように見え、決してスマートではないが、ある凛々しさと清らかさがあった。これはこの集団の大きなポテンシャルだと思う。パンフレットに、公演を続けることが「報われない恋」のようであると書いていたが、まだまだもっ ともっと焦がれて見失って彷徨って何度も何度も転んで恥かいて、その痛みが、単なる憧れを越えた「世界」の手触りとなるのではないか。きっとまだまだ脱皮する、今後も注目していきたい劇団である。
(12月23日13:00の回)

小泉亜紀(公務員)
 ★★★★

「夢幻地獄」公演チラシ
「夢幻地獄」公演チラシ(裏)

 初めて観た演劇が「夢の遊眠社」だった人間には、懐かしく思える作品。だからこそ、今の時代には珍しい。彼らは、一本の糸から染め上げ幾重にも織り込み、着物を創り上げていくような職人達の集団。多彩で多才な感性と知性が、化学反応ではなく、流体力学や相対性理論に思いを馳せる物理現象で展開される舞台。遊び遊ばれる言葉達が雨霰と降り注ぎ、舞台という時空間を波飛沫のように弾け、芸術という母なる海へと流れ込む。
 相反する事象の境界線を問いながら、本当は宇宙のどこででも起こる恋のお話。何十と鏤められた言葉遊びに、笑い考え少し泣きそうになり、観終わってあれこれ思い出し気になって、もう一回観たくなるのです。心と脳の準備をして、いざ次回作へDASH & RUN!!
(12月24日18:00、25日13:00の回)

西尾孔志(映画監督、京都造形芸大講師)
 ★★☆(2.5)
 まずテクストが独特。台詞の5・6割が文学や風俗からの引用による言葉遊び・駄洒落の数珠つなぎで出来ている。それへの量的な「よくもまぁ」という驚きは好印象に繋がった。でも、故に「伝わりにくさ」「感情移入しにくさ」、つまり物語と芝居の問題に直面する。どうするか? 例えば柴幸男氏なら音楽劇のように音とリズムに言葉を乗せ、ダンスする事で観客の感情に訴えかける。だが小泉智裕氏の演出は、役者の熱演で押し通そうとするのみで、台詞に合った身体表現や時間を探る事をしてない様に見えた。この問題はこの台本を書いた時点で自明であるはずだ。または潔く「伝達」や「感情移入」など切り捨てるラジカルな態度を取っても良かった。だって既に武器なのだ、小泉氏のテクストは。あと「箱庭」等の重要な言葉を舞台装置に活かせてないと思った。扉の奥に裸電球の女部屋があるのは面白いが、ルールが分からない。例えば扉の上部に陰核のような赤い電球を置いて、男を部屋に入れるかどうかを問題にするとか、ルールが欲しかった。
(12月24日13:00の回)

中西理(演劇批評誌「act」編集長、演劇舞踊批評、ブログ「中西理の大阪日記」)
 ★★
 言葉遊びとモノローグによる語りの多用。野田秀樹(しかも夢の遊眠社時代)の影響が濃厚だ。雰囲気は遊眠社よりもさらに昔のアングラ演劇を彷彿とさせる部分もある。分からないのはなぜ今こうしたスタイルで芝居をするのかということだ。古き良き時代への懐古趣味(ノスタルジア)なのか? 冒頭近くのダンスシーンでかかる曲がチェッカーズとキャンディーズなのだ。作・演出は現役の大学生のようだから、どう考えても生まれる前の曲じゃないか…。なにをソースにしてこういう世界を描くのかと疑問に思う。そこがよく分からない。
 作家の妄想的なイメージを紡ぎだして舞台作品に仕立て上げる。舞台にもそういうやり方はある。野田の舞台もある意味そういうものではあったが、あの時代の彼の舞台は確かに時代を切りとっていたと思う。この舞台からは「いま・ここ」にある世界と切り結んでひりひりしたリアルを感じ取るのは難しかった。
(12月24日13:00の回)

【上演記録】
劇団ヘルベチカスタンダード第4回公演「夢幻地獄~青春は少女の唇でトケル!~」
京都大学内西部講堂(2011年12月23日-25日)
作・演出:小泉智裕

出演:
豊島勇士、柳沢友里亜、伊藤大輝(ひげプロ企画)、前田郁恵、富田正人、江頭一馬(演劇集団Q/ひげプロ企画)、チェサン、小西啓介、橋本謙人(劇団立命芸術劇場)、小泉智裕、鈴木翠、澤木まふゆ、伊藤瑛利子(劇団立命芸術劇場)

スタッフ:
【舞台監督】平林肇
【制作】山本志保、山中麻里絵、チェサン、杉山英里
【照明】吉田一弥
【音響】富田正人、ジェシカ・エインゲルマン
【衣装】大和屋市子、梶原歩
【舞台美術】槌屋輔八(劇団ZTON)、天野裕介
【小道具】澤木まふゆ
【振り付け】やまちゅう
【宣伝美術】鈴木翠、柳沢友里亜
【映像】鈴木翠
【Web】豊島勇士、柳沢友里亜


「劇団ヘルベチカスタンダード「夢幻地獄~青春は少女の唇でトケル!~」(クロスレビュー挑戦編第20回)」への9件のフィードバック

  1. ピンバック: 西尾孔志
  2. ピンバック: イトウモトハル
  3. ピンバック: イトウモトハル/伊藤元晴
  4. ピンバック: 西尾孔志
  5. ピンバック: 水牛健太郎
  6. ピンバック: 根本 コースケ
  7. ピンバック: まふゆ
  8. ピンバック: 朝扉

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