「クロストーク150分 最前線の演劇知」(前・後期)

◎熱く語った150分!×8
 伊藤昌男

「クロストーク150分 最前線の演劇知」(後期)チラシ 昨年の4月、東日本大震災の1か月後に始まった徳永京子プロデュース『クロストーク150分 最前線の演劇知』。前期と後期を合わせ、最前線で活躍する8人の劇作家・演出家の話を聞いた。
 それぞれが、確固とした信念と実績に裏打ちされた貴重な話をされ、演劇界に対する思い入れも当然ながら真剣なものであつた。トークは毎回一人のゲストに対し、演劇ジャーナリストの徳永京子さんがインタビユーするという形式で行われた。
徳永京子プロデュース『クロストーク150分 最前線の演劇知』
・前期(2011年4月~2011年7月)岩松 了、長塚圭史、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、野田秀樹
・後期(2011年12月~2012年2月)宮沢章夫、松尾スズキ、鵜山 仁、いのうえひでのり

【岩松了】
 最近テレビ・映画などで岩松了をよく見かける。俳優としても大いに活躍しているその素顔は“シャイなおじさん”といった印象。「世の中には、愛する人と愛される人がいる。舞台は愛される立場であるべき…」と、ロマンチストな面も。
 しかし「嘘を見せるのが舞台」。「はっきり解る嘘ではなくうすうす気づく嘘が必要」とも話す。なるほど、芝居は“虚構”なのだ。人生は騙しあいかも知れない。それを見せるのが芝居という主張には納得がいく。本当のことは、法律の世界にまかせておこう。それにしても彼の作品は過激だ。最初に観た『センター街』(95年)は渋谷センター街の寂れた喫茶店が舞台。そこに出入りするさまざまな人々。それぞれ事情を抱えながらもトラブルを起こし、彼の女性に対しての偏見が目についた作品と記憶する。かなり過激な作品を作るものだと思った。その後、最近まで岩松作品に触れる機会がなかった。『箱の中の女』(08年)を観たのは、奇抜なチラシと主演が“一青窈”ということで観劇。波止場に野積みされた木箱の中から、女(一青窈)が出てきた時は驚いた。今回のトークを聞いてこれらの作品を思い返すと“嘘”で固められた芝居を、巧妙な仕掛けで見せていたのだと腑に落ちた。やはり“虚構”は巧妙に作り上げてこそ作品になるのだ。
 「良い演出とは、ある世界観をもつこと」。岩松ワールドを感じた150分だった。

【長塚圭史】
 『ウィー・トーマス』(06年)を観たとき「残酷な芝居を作る男だ!」と感じた。血まみれのシーンあり、逆さ釣り・銃の乱射シーンありで、かなり暴力的な作品の印象を持った。トークに現れた彼は大きな体を少し屈めながら、2か月前の東日本大震災と演劇の関わりを話しはじめた。「震災後ロンドンから帰り、仙台に駆けつけ地元の演劇人と交流をしている」。「震災は、作品づくりに影響を与えている」と語る。優しい語り口から「見えないものの存在を許す」長塚の心根が見える。優しさが滲む好人物なのだ。

 今製作中の『荒野に立つ』では、目を失った少女がその“目”をさがす旅に出る話。芝居づくりには「100%のものを作り上げるが、50%を引いて提供」「50%は観客がプラスすることで完成」と話す。観客を常に意識した作品づくりなのだ。暴力的な作品が不評? と問われると「いまは、そうでもないもの? も作るようにしている(笑)」と。人気が出てきて観客動員も増えると、忙しくなる。しかし彼は「常に新しいものを求められるのは疲れる…。長いスパンでじっくり作品を作りたい」と。まだまだ、将来が期待できる有望な劇作家・演出家だ。応援の気持ちを強くした。

【ケラリーノ・サンドロヴィッチ】
 「喜劇」と言うものを熱く深く語った150分だった。「ワライは、生きていくための武器・活力」と話すその一言に、KERAの演劇のスタンスが見えた。古今東西、演劇人は“悲劇・喜劇”を追求している。もっとも“悲劇と喜劇”は微妙な関係にあるが…。「喜劇」を解りやすい「ワライ」のジャンルで語るKERAの演劇表現法は、観客にも大いに参考に。
 ナイロン100℃の芝居『SLAPSTICKS』(93年)を観たその印象は、喜劇映画研究会のリアルなフイルム上映と1920年代風のノスタルジックで上品なワライ。「ワライは距離感が大切だ。近づきすぎるとワラエない」。「女には男に出来ないワライがとれる役者が多く、女はいいコメディアンになれる」には、感心して唸ったほど。『喜劇・箸の行方』(94年)親族代表の『THE LIVE「3」』(06年)を観て、多彩なワライの面白さにはまった。「ワライは、その出来事が“冗談”にできるか出来ないかが分かれ道」と話すその裏には、震災後の演劇活動の難しさが感じられた。
*話を聞いて「ワライ」と表記したが、私の受け止めた印象です。

【野田秀樹】
 「今回の震災では、情報に対する信頼性が失われた」。
 野田は、震災後の「情報」の在り方に思い悩んでいた。「洒落が洒落でなくなる世の中に不安が」とも話す。演劇は、虚構の世界。言ってみれば「洒落」を塗した世界を見せている。現実が、その世界を追い越そうとしているのだろうか。野田は今の演劇界にも厳しい目を注ぐ。
 「戯曲」は文学である必要はないが、いま「漫画の吹き出しのような戯曲が多くなっている」。芝居の作り方にも「脱力系の芝居が目立つ。役者は身体努力を怠っている」と話す。しかし、なぜ演劇かと尋ねられ、その魅力を語った野田はまさに最前線の演劇人といった貫禄。
 「芝居が立ち上がり、世界が創られる瞬間に立ち会えるのは最高だ!」。
 そう語った一言に演劇の魅力が凝縮していた。

【宮沢章夫】
 一般に「芝居」は劇的な部分を見せる。しかし宮沢は「劇的な部分を省略し、残った何もない部分をみせる」と話す。この部分をいかに「劇」にするかを、楽しそうに語る。宮沢は、初期作品より「笑い(オモシロイ)」を追求した手法をとっている。
 初期ではないが、私が最初に観た遊園地再生事業団『ヒネミ』(92年)は、消滅してしまった町の地図を作る物語。異空間で交わされる会話のすれ違いが妙にリアルでオモシロかった。『砂に沈む月』(99年)では、砂漠に隣接された基地にいる7人の隊員の日常風景をコントのようなやり取りで見せていた。「難しい作品を“笑い”として、舞台で伝える」と、唐十郎や佐藤信の作品の例を引く。「笑い」もさまざまであるが「フザケルことは、おもしろがること。その道化的なフザケがいい」とまとめたことに納得がいく。
 戯曲より小説を書くのが好きという宮沢は「ある出来事を左右からじっくりと眺め、新しい発見に出会う」その刺激がたまらないと言う。『トーキョー/不在/ハムレット』(05年)はその成果なのか、観客にも刺激的な舞台だ。映像と生身の演技が交錯し、同じセリフをずらして輪唱のようにしたり、動きはそのままで違う役のせりふを言ったり。「調べ好き」の宮沢らしい、今も記憶に残る作品である。

【松尾スズキ】
 スーツ・ネクタイ姿で現れた松尾スズキは「みんなで一斉にやる学校の体育が嫌いだった」と話しはじめた。「自室で一人遊ぶ子供だった」と語る松尾は、いたずらっ子のような目をしていた。幼少より「漫画」が好きで、今でも漫画原作者として活躍している。「不良っぽい臭いがするもの」が好きとのこと。不良っぽさは、背伸びしようとする若者が取りつかれる麻薬に似ている。彼の作品には、大いにその傾向が投影されており、ブラックなギャグと残酷さが散りばめられている。しかし「財津一郎・吉本新喜劇が好き」という一面もあり、そのまぜこぜ感が「大人計画」の舞台なのかも知れない。『インスタントジャパニーズ』(92年)の強烈なブラックギャグ(笑い)の根底には、生々しい現実に対する風刺が潜んでいる。『愛の罰』(94年)、『嘘は罪』(94年)でも、毒気のある悪意と狂気を含んだ作品に驚いた。『ドライブイン・カリフォルニア』(96年)では、島の人たちがみんな死んでしまう=ハッピーエンドではない! そのストーリーに、脳を揺さぶられ、魂を抉られた。劇画やマンガなど、ビジュアルにこだわったはなしを熱心に話す松尾は「ダサさの中のカッコ好さ」を探し続ける“少年”のようであった。

【鵜山 仁】
 「だから、何なんだ?」。
 謎かけのようなフレーズが印象に残った。鵜山は、80年代から文学座の演出を手がけ、多様な演出技法で多くの作品の魅力を引出し舞台に上げてきた。「完璧な芝居というものはない。観客もすべてを受け入れるのではなく、時に反問すべき」「『だから何なんだ?』と、常に疑問を持って観劇すべき」。なるほど、このような作り手と観客のキャッチボールが「演劇」を磨き、進化させていくのだ。このキャッチボールは、役者同士でも大切、「(相手が)何を言っているのか聞き取るタイミング」が大切と話す。当たり前のようであるが腑におちた言葉である。また、彼の口癖なのだろうか「三つのことで言える」という話を多用する。
 例えば台詞を受ける場合には「プラスの反応で受ける・マイナスの反応で受ける・ニュートラルで受ける」の三つ、リアクションなら三段階に「言われた→受け止める→反応する」など、その解説はユニークで具体的。なるほどと思いながら、思わず身を乗り出して聞き入った。

【いのうえひでのり】
 彼のトークからは「オモシロイが最高!」という演劇づくりのポリシーが醸し出されていた。「がきデカ」「トムとジェリー」「筒井康隆」「1・2の三四郎」「梶原一騎」「ダウンタウン」「ビートたけし」…は今でも「オモシロイ」と話す。バラエティに富む幅広い娯楽路線には、いまでも異端(カブキモノ)でいたいという意気込みを感じる。
 「おとながいなくなった。であれば、なんでも面白がる『コドモ』でいたい」。
 劇団☆新感線は、エンターティンメント性に優れたわかりやすい芝居である。メイクや衣装・舞台装置のギラギラな派手さに驚いたが、早いテンポの芝居を大いに楽しんだ『銀河一発伝説‐ゴローにおまかせ』(92年)。ヘビメタの音楽にも驚きとともに、異次元の楽しさを覚えた「オモシロイ」芝居だった。

【前期・後期を聞き終わって】
 「喜劇」「ワライ」「オモシロイ」など、“面白くて、愉しいものを、創ってやる!”という情熱と、意気込みを感じたトークだった。自分たちが「良い作品を作れば」多くの人に見てもらえる。演劇の将来に対し、誰もが悲観的ではなく「演劇という総合芸術」は「生きていくための活力」(KERA)なのだと話す。
 考えてみれば誰も“演劇に関わることによる苦労話”をしていない。今は、世間にも認知され成功を収めている最前線の演劇人が、ここまで来る道のりには相当な不安・葛藤・苦労もあったのではないかと推察される。その苦労話も聞いてみたかった。しかし、誰もがサラッと過去の出来事を語るだけで、話の中心は「演劇」に関わることの楽しさであり、これからの創作のことであった。たぶん、過去・現在の“苦労”は、ものを作り出すための当然の“肥料”として変わったのだろう。
 演劇は“総合芸術”とはよく言われる。音楽・映画・文学・絵画等と比べて言われるのだが“総合芸術”の宿命として作品の評価にはより厳しい目が注がれる。戯曲・演出・照明・音響・美術・役者など、多くのパーツが組み合わさって作り上げられる演劇は、言ってみれば精緻に作り上げられた人工衛星のようなもの。人工衛星が、一本のボルトの緩みによって失敗となるように、演劇もパーツの一部にほころびがあると厳しい評価が下される。しかし、人工衛星のボルトの緩みと違うのは、演劇は人が関わる“芸術”だということ。多くの人々が関わった演劇には、そのほころびを補って余りある“観客の価値観を揺さぶる”作品を作り出せるということ。演劇はよほど魅力的な“芸術”なのだろう。演劇最前線で活躍する方々の話を聞いて、ますます演劇の奥深い魅力に引き込まれた。熱く語る演劇人に、人生の活力を感じ生きる喜びをもらった。

【筆者略歴】
伊藤昌男(いとう・まさお)
 1946年函館市生まれ。東京労働局(非常勤職員)。(社)企業福祉・共済総合研究所専任講師。座・セーヌ(演劇鑑賞団体)代表。

【開催記録】
◎徳永京子プロデュース クロストーク150分「最前線の演劇知」(前期
日程・講師:
4月16日(土) 14:00-16:30 岩松 了(劇作家、演出家、俳優)
5月14日(土) 14:00-16:30 長塚圭史(劇作家、演出家、俳優)
6月04日(土) 14:00-16:30 ケラリーノ・サンドロヴィッチ(劇作家、演出家、ナイロン100℃主宰)
7月09日(土) 14:00-16:30 野田秀樹(劇作家、演出家、俳優)
7月30日(土) 14:00-16:30 徳永京子(演劇ジャーナリスト) トーク&討論「4人の話から考える、演劇の可能性」

定員:50人
受講料:一括(全5回)1万円、各回(1回)3000円
会場:水天宮ピット(東京舞台芸術活動支援センター)サロン(2階)
主催:ワンダーランド(小劇場レビューマガジン )
共催:東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団)
協力:鈍牛倶楽部、ゴーチ・ブラザーズ、キューブ、NODA・MAP

◎徳永京子プロデュース クロストーク150分「最前線の演劇知」(後期
日程・講師
1) 2011年12月10日(土)14:00-16:30  宮沢章夫(遊園地再生事業団)
2) 2012年01月14日(土)14:00-16:30  松尾スズキ(大人計画)
3) 2012年01月28日(土)14:00-16:30  鵜山仁(文学座、前・新国立劇場芸術監督)*
4) 2012年02月04日(土)14:00-16:30  いのうえひでのり(劇団☆新感線)
5) 2012年02月11日(土)14:00-16:30  徳永京子(演劇ジャーナリスト)

定員:50人
受講料:通し(全5回)1万2000円、各回(1回)3000円
会場:水天宮ピット(東京舞台芸術活動支援センター)
* 第3回(2012年01月28日)会場:としまアートステーション「Z」 → 東京芸術劇場リニューアル準備室会議室(アートステーション隣)に変更。
主催:ワンダーランド(小劇場レビューマガジン )
共催:東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団)
協力:遊園地再生事業団、大人計画、劇団☆新感線、(株)ヴィレッヂ

「「クロストーク150分 最前線の演劇知」(前・後期)」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 薙野信喜

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