ひょっとこ乱舞「うれしい悲鳴」

◎ネタ・シアターの限界と、戯曲の寿命(第1回)
 堤広志

●「ひょっとこ乱舞」は、常に“気がかり”な劇団だった

「うれしい悲鳴」公演チラシ
「うれしい悲鳴」公演チラシ
宣伝美術=山代政一

 ひょっとこ乱舞という劇団は、私にとって常に“気がかり”な存在だった。
 “気がかり”というのは、他の多くの若手小劇団に対して抱くような“心配”とはまた別種の懸念といっていいかもしれない。実際、小劇場演劇に接していると、将来を期待したくなるような才能が感じられず、突出した舞台成果も見受けられないために、「この人たちはこんなことをしていて大丈夫なのだろうか!?」「もっとこうした方が良いのではないだろうか?」といった老婆心が湧き起こることが往々にしてある。
 その一方で、このままそうした人たちの活動にオブザーバーとして付き合いながらも、無為に自分の人生の貴重な時間を浪費するような生活を送っていて、はたして割に合うのか、無駄なのではないかと思わされることも少なくない。

 もちろん、時間芸術であるパフォーミングアーツを対象に批評や取材の仕事をしているのだから、ライブな観劇のために多くの時間を充てなければならないことは百も承知していて、それゆえ真っ当な人生なぞ歩めるはずもないことは最初から覚悟して臨んでいる。無名の若手劇団の活動に対しても、一度きりではなく、最低三度(3作品)ぐらいは見届けながら粘り強く付き合わなければ、その才能は見極められないものと日々観劇に勤しんできた。
 しかし、そうした努力がそのまま仕事に直結するケースは皆無に等しく、非効率的であることには変わりない。いつ消えてなくなるかもしれない未熟な表現者たちの刹那的な自己満足や自己充足のために、人生を犠牲しなければならないのはどうしたものだろうかと自分の境遇を呪いたくなることも一度や二度ではないのである。

 しかし、ひょっとこ乱舞の場合、そうした憂鬱とはまったく無縁であった。主宰・広田淳一の劇作家・演出家しての才能や、劇団員(客演陣も含む)の演技のセンスやスキルに関しては、最初の出会いからして疑問を差し挟む余地がまったくなかったからである。

 ひょっとこ乱舞は、1998年東京大学に入学した広田が劇団Theatre Mercuryでの活動を経て、2001年に結成した劇団である。以後、広田の作・演出により、現代口語によるオリジナル戯曲と、ダンスやクラッピングなどの身体表現を取り入れたスピード感と脱力感とが共存する舞台を繰り広げてきた。演劇でしか成しえない「大嘘」を追求し、「現代日本を生きる観客の最上の娯楽」になることを目標として、精力的に公演活動を行ってきた。2005年には、日本演出家協会主催「若手演出家コンクール2004」に出品した『無題のム』で、広田は最優秀賞を受賞している。

「水」公演チラシ
「水」公演チラシ
宣伝美術=山代政一

 私が初めてひょっとこ乱舞の舞台を観たのは、その翌年の『水』(2006年初演)であるから、そう古くからの観客ではない。
 ただし、それ以前からシアタートラムでゴールデンウィークに行っていた市民開放企画「フリーステージ」に何度か参加していて「変な名前の劇団だな」という印象とともに興味は持っていた。日本演出者協会主催「若手演出家コンクール」の最終審査に残ったり、現在はキリコラージュで活躍する外山晴菜が当時振付で関わっていたりして、ずっと気になってはいたのである。ビギナーを勧誘する奇抜な企画や精力的な制作活動を展開していることも知り得ていたが、とんと観にいくチャンスがなかった。
 そんな折、他の公演の折り込みチラシの中に観劇無料を謳った「当たりチラシ」を発見したことから、「これは呼ばれているのかもしれない」 と思い、足を運んだのだった。

 当時は看板俳優だったチョウ・ソンハ(現・成河)や伊東沙保も出演していて、まだほとんど無名だったころの彼/彼女らのクオリティの高い演技に接する機会に恵まれたことは、今から振り返れば幸運だったといえるだろう。
 そして、広田の書く戯曲には独特な魅力があると感じざるを得なかった。繰り出される詩的な言葉づかいとリズミカルなフレーズの連なり、ユニークなキャラクター造型とそのセンシティブなメンタリティ、丁寧にシーンを紡ぎ出しながら端麗にして痛切なドラマへと収斂させていく手腕。セリフは現代口語であるが、“静かな演劇”(現代口語演劇)のように客観的視点を確保した写実的リアリズムの世界とは明らかに異なっていて、むしろ個人の主観から語られる文字通りの「物語」であり、ある種文学性さえ感じられた。

「水」公演の舞台写真
【写真は、「水」公演から。提供=アマヤドリ 禁無断転載】

 事実、『水』はボリス・ヴィアンの『うたかたの日々』を原作とした舞台であったのだが、そうした舞台化の難しい世界を演劇として再構築してしまえる広田の演出家としての力量も大したものと感心した。まだ過渡期にある若い劇団特有のバイタリティと旺盛な実験精神があり、私はそこに早稲田大学劇研のアンサンブルだったころの双数姉妹のイメージを重ね合わせて観ていたのだった。

 その次の公演『でも時々動いてるわ』(2006年)では、広田の劇作家としての関心が同時代の社会事象に向けられていることを確信できた。

「でも時々動いているわ」公演チラシ
「でも時々動いているわ」公演チラシ
宣伝美術=山代政一

 物語は、10代の女の子たちの間で「チョーキング・ゲーム(choking game!)」が流行っているという設定である。「枝」と呼ばれる遊具を使い、多人数でプレイするゲームで、クビ締めごっこのトリップ感を共有するリスキーな感覚はコックリさんに似ているという。「枝」が作り出す架空の場所は「箱庭」と呼ばれ、「落ち葉が雨のように降り注ぐ電線の上、枯山水の空中庭園」と説明される。また、ゲームの参加者は自分の代わりのキャラクター(アバター)を「箱庭」にエントリーさせ、チャットのような冗談めかした言動でコミュニケーションを取っていく。
 主人公の江口雅子はいい年をして、この「チョーキング・ゲーム」にハマっていて、派遣の仕事にも行かずにゲーム三昧の日々を送っている。しかし、それはかつてこのゲームで命を落とした仲良しの「河村みづき」の影を追って、ゲームの世界に引きこもってしまったためなのである。

 この作品の発表当時、韓国や中国で10代や20代の若者が寝食を忘れてオンラインゲーム(インターネットゲーム)に熱中するあまり、過労死してしまう事件が発生し、社会問題化していた(※1)。日本でも、オンラインゲーム依存症となって仕事や学校へも行かず、家の中で動く気力さえ失いながら、ゲームを介してしか他人とコミュニケーションすることができなくなった引きこもりやニートの存在が指摘されていた。舞台の作品名『でも時々動いてるわ』とはこれに由来したものであるが、その後そうした人たちは「ネトゲ廃人」と呼ばれるようにもなった(※2)

 また、インターネット上の仮想コミュニティ「セカンドライフ」のビューワがオープンソース化され、メディアなどで盛んに取り上げられたのが2007年、日本でも一時ブームになったのは2007~2008年である。
 そして、3D映像で話題となったジェームズ・キャメロン監督の映画『アバター』が公開され、「アバター」という概念が一般に定着したのが2009年であったことも考え合わせると、2006年の時点で「ネトゲ廃人」を主人公にドラマを描いた広田の創作がいかに先進的で同時代的なリアリティを追求していたかがわかるだろう。そして実際の舞台では、そのイタすぎる主人公を切実なリアリティとともに演じた伊東沙保の迫真に満ちた演技にただ圧倒され、感服するしかなかったのである。

「でも時々動いてるわ」公演の舞台写真
【写真は、「でも時々動いてるわ」公演から。
提供=アマヤドリ 禁無断転載】

 このように高得点をマークするひょっとこ乱舞だっただけに、私は2008年のシンポジウム「国際演劇交流セミナー2008ドイツ特集」(※3)で紹介することにした。ドイツから演出家・振付家のヘレーナ・ヴァルトマン(Helena Waldmann)、新進気鋭の演出家リズ・レヒ(Liz Rech)、ベルリン・ドイツ座ドラマトゥルクのローランド・コーベルク(Roland Koberg)の各氏を招き、シンポジウムのほかにそれぞれ講演やワークショップも行われた。
 ヴァルトマン氏が「労働と消費」を、レヒ氏が「アイデンティティ」をテーマにワークショップを行っていたこともあり、私はシンポジウムでは「ロスジェネなんて呼ばないで-00年代日本の小劇場シーンにみる労働観とアイデンティティ」と題して、日本の小劇場シーンで同時代的なリアリティを表現している劇団を紹介したのである。

 具体的に紹介したのは、以下の劇団と作品だった。
 派遣労働者の生き甲斐の時間を描いたチェルフィッチュの『フリータイム』(2008年)。低賃金労働者のメンタリティを自虐的に描いたピチチ5の『はてしないものがたり』(2005年)、『おさびし者』(2006年)、『吐くな!飲み込め! 甦れ!』(2007年)といった一連の作品。高度資本主義社会が家族を蝕む様を描いたサンプルの『家族の肖像』(2008年)。ニートの若者の視点から現代社会が逆照射される五反田団の『偉大なる生活の冒険』(2008年)。ニートの若者たちの非生産的な生態を描いたポツドールの『ANIMAL』(2004年)や『夢の城』(2006年)。ネット心中に集まった者たちの最期の宴を描いた東京デスロックの『再生』(2006年)。ヒッキー(ひきこもり)のサバイバルを描いたハイバイの『ヒッキー・カンクーントルネード』(2008年再演)や『コンビニュまたは謝罪について』(2008年)などである。

 就職氷河期世代が「ロストジェネレーション」と呼ばれ、日雇い派遣や二重派遣による違法な搾取があり、小林多喜二の『蟹工船』が再評価され、ニートやひきこもりが社会問題化する時代の中にあった。それで、ひょっとこ乱舞の『でも時々動いてるわ』も小劇場に現れた同時代的な作品として紹介したのである。
 こうした事例に接したドイツからの参加者たちは強い印象を持ったようである。コーベルク氏は「日本の劇作家たちが、これほど素早く同時代の題材をテーマに作品を作っているのには驚かされた」と感想を述べた。また、ヴァルトマン氏も、何も生産的なことをせず(できず)にただ消費するだけで資本主義の奴隷となっているニートたちを描いたポツドールの『夢の城』を高く評価して、「彼等が何もしていないということが面白い」と語ってくれ、「ロストジェネレーション」という言葉にも関心を持ったようだ(※4)

 その後、ポツドールはドイツの演劇フェスティバル「THEATER DER WELT2010」に参加し、『夢の城』をもって初の海外公演に挑むことになる。チェルフィッチュは、すでにベルギーの「クンステン・フェスティバル・デザール」に招聘された後で、世界ツアーを始めていた。五反田団も後を追うようにクンステンへ招聘される。サンプルの松井周は岸田國士戯曲賞を受賞する。東京デスロックの多田淳之介は富士見市民文化会館キラリ☆ふじみの芸術監督に就任した。ピチチ5の福原充則も大手プロデュース公演の作・演出をするようになった。ハイバイの『コンビニュまたは謝罪について』はNHKでテレビドラマ化された。

 若手の劇団が様々に評価されていくなかで、ひょっとこ乱舞だけがいつまでも決定的な評価を獲得できずにいた。つまり、この段階でもまだ私の“気がかり”が解消されることはなかったのである。
(続く)


[註]
※1)『Searchina』「オンラインゲーム依存症防止システムがまもなく開始」(2006/07/27)

※2)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「ゲーム依存症」の項目を参照。

※3)「演劇と社会」講演とシンポジウム(日本演出者協会主催・ドイツ文化センター共催)2008.11.15.@東京ドイツ文化センター・ホール。
ドイツ文化センター http://www.goethe.de/ins/jp/tok/kue/the/ja3602890v.htm

※4)国際交流基金『平和のための 文化イニシャティブの役割 ~日独からの提言~』(2009年5月)報告書

【筆者略歴】
堤広志(つつみ・ひろし)
1966年川崎市生まれ。文化学院文学科演劇コース卒。美術誌「art vision」、演劇誌「演劇ぶっく」、戯曲誌「せりふの時代」編集を経て、舞台評論家となる。編著にパフォーミングアーツマガジン「Bacchus」、「空飛ぶ雲の上団五郎一座『アチャラカ再誕生』」(論創社)、「現代ドイツのパフォーミングアーツ」(三元社)など。
・ワンダーランド寄稿一覧: http://www.wonderlands.jp/category/ta/tsutsumi-hiroshi/


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