studio salt「八OO中心」

◎演劇的一期一会-今夜からの隣り人
 宮本起代子(因幡屋通信発行人)

「八OO中心」 公演チラシ
「八OO中心」 公演チラシ

 タイトルは「はちまるまるちゅうしん」と読む。
 椎名泉水を座付作家・演出家とし、横浜を拠点に活動するstudio salt(以下ソルト)が最新作の会場に選んだのは、ずばり八OO中心という名のビル最上階だ。中華街の延平門から歩いて数分のところにある。「横浜中華街より世界へ向けて、表現でのコミュニケーションをはかるべく始動したシェアオフィス」(公式サイトより)として、昨年2月にオープンした。この風変わりな名は無限の数を表す「八百万」「∞」に由来し、さまざまなものが集まって円を描くようにつながり、世界に向かって発信したいという願いがこめられている。
 観光客がいっぱいのにぎやかな中華街の一角で、ソルトは週末3日間の上演を4週間行った。

 八OO中心の最上階は、ミーティングやライブ、展示会などが行われる共用スペースだ。窓側が演技エリアになっており、客席はそこを2方向から挟む形にぎりぎりまで近づく。開演20分前、すでに3人の女性が演技エリアに待機しており、お芝居はゆるやかにはじまる。家族や彼氏についての他愛ない会話、化粧品のサンプルを配っては「気に入ったら連絡して」とセールストークも聞こえる。やがて「誰それが違う事務所にうつった」などという台詞から、ここが芸能事務所の一室であるらしいことが伝わってくる。彼女たちに加え、そこに続々とやってきたのはその名も八OOエンターテインメント所属の俳優なのであった。今日はじめてやってきた若い女優を合わせて7名が顔をそろえる。

 彼らを集めたのは若社長の八十重成(東俊樹)だ。父親である先代社長はドラゴンボート(注:中国に由来する細長く龍の頭と尾で装飾された船のこと。本作では毎年初夏に山下公演前の海上で行われる横浜ドラゴンボートレースを指すと思われる)の練習中に急逝した。

 若社長いわく、さる有名映画監督が「新作映画に無名で無評価でポテンシャルの低い俳優を起用したい」と希望しており、そのオーディションに出す俳優1名をこの7名のなかから決めるという。

「八OO中心」公演の写真1
「八OO中心」公演の写真2
【写真は、「八OO中心」公演から。提供=studio salt 禁無断転載】

 太ってしまったモデルのレナ(環ゆら)、大道芸人のモップ後藤(東享司)、子役出身の青山大祐(山ノ井史)、ぽっと出であとは泣かず飛ばずの鬼形礼(麻生〇児)、のんびりしたおばあさん女優の浜りく(勝碕若子)、前述の若い女優羽生かおる(岩井花子)は劇団の養成所を出たばかりだ。プロの俳優としてどうやら一人立ちしているのは星野川美月(森由果)のみ、それとてバラエティ番組の再現ドラマの常連女優だ。あとのメンバーは保険代理店や化粧品のセールス、結婚式の司会などで糊口をしのぐ。
 かつて経営コンサルタントだったという若社長は「あなたたちはAKB48の神セブンならぬ、ゴミセブンだ」と冷酷に言い放つ。

 若社長の毒舌が俳優たちに火をつけた。
 彼らはいっけん和気あいあいとしていながら、その奥底には強烈なライバル意識を秘めている。たとえばバイトをせずに俳優業だけで生活していることが星野川美月の自尊心の拠りどころであり、年齢の近いレナに対しても優越感をもっているが、それは「再現ドラマなんて、自分でなければできない仕事ではない」というやっかいな劣等感とないまぜだ。

 ゴミセブンとひとくくりにされた時点ですでにプライドは傷ついており、たとえオーディションに出る1人になったとしても、「無名で無評価」はまだしも、「ポテンシャルが低い」ことが認められるのは手ばなしで喜べることではない。それにすら選ばれないとなれば、屈辱はさらにねじくれたものになる。売れない俳優どうしが傷口を舐めあうような生ぬるい関係に甘んじながら、「わたしはあなたとは違う」というプライドと「どうせ似たりよったり」と自虐する気持ちがせめぎあっているのだ。

 どうしてもチャンスを得たい。幼いときからの夢、過去の辛い体験、家族のことなど、7人はそれぞれの思いを熱く語りだす。自分が俳優であることを認めてほしい。ゴミセブンと呼ばれた俳優たちの叫びである。

 最後は自分の「エナジー」をアピールしようと、各自がとっておきの一芸を披露する。劇団の入団試験やオーディションの最後に自分の熱意を審査員に表明するためのものらしく、タップダンスや歌、宴会芸のようなものもある。
 羽生かおるは熱気に圧倒されたのか、ここで戦線を離脱する。

 結果は後日となって解散、若社長は羽生かおるだけを部屋に残し、そこで明かされるまさかの話。数日たってドラゴンボートの練習後、レース本番に向けてのにぎやかな飲み会がはじまった。おもてに花火があがり、みなが窓からそれをみつめて芝居は終わる。八OO中心の一室だけで描かれる1時間45分の物語である。

「八OO中心」公演の写真3
「八OO中心」公演の写真4
【写真は、「八OO中心」公演から。提供=studio salt 禁無断転載】

 しっくりしない場面にぶつかった。俳優たちが思いを語るところだ。
 おっとりした風貌の浜りくに、ふたりの娘にまつわる痛ましい体験があったことには驚いたものの、あとの5人の話は想像の範囲内である。そこへきて鬼形礼が「母親ががんで入院している。有名監督の映画に出演して安心させたい」と訴えたのである。

 それもことばにつまったりくどくなったり、せっぱつまった状況なら立て板に水よりも真実味があるのかもしれないが、演出家の指示によるものとしても中途半端な印象だ。それまでの6人は内容こそ平凡であっても俳優の演技としてしっかりと観客に訴える力があったからなおさらである。

 ところが自分の抱いた印象を受けとめ、やんわりと打ち返す人物がいた。
 新参の羽生かおるだ。彼女は鬼形礼の話がほんとうかと疑い、「家族の事情ではなく、俳優としての実力で勝負するべきではないか」と言いにくそうに主張したのだ。

 ここで「何といやな女か」という嫌悪よりも「よくぞ言ってくれた」と同調する気持ちのほうが強かった。一生に一度あるかないかのビッグチャンスを前にして家族の事情を理由にするところに鬼形礼の俳優としてのポテンシャルの低さが露呈しており、それを訴えることばもしどろもどろ、これこそが若社長から「ゴミセブン」と唾棄されるゆえんではないか。

 同時に羽生かおるはメンバーのなかで俳優としての意識がもっとも高い異質な存在であることが控えめに示されており、この台詞にいたる彼女の言動を裏づけ、終盤のまさかの展開への伏線になっているのである。

 たとえば劇の前半、羽生が「名優座」の養成所を出たことを知った星野川美月は、自分もかつて同じところで学んだと言い、「あなたも本科に上がれなかったの?」と少し嬉しそうに問いかける。羽生は「自分の意志で敢えて上にはいかなかったのだ」と切り返す。無邪気にふるまいながら、「あなたといっしょにしないで」とさりげなく釘を刺したのだ。

 こうしたふるまいのなかに女優という職業ゆえのしたたかな計算や下ごころだけでなく、終盤に明かされる若社長と共謀の計画まで潜ませているわけで、鼻もちならない嫌な小娘になりかねないが、演じる若井花子は服装やヘアスタイルが垢抜けないせいか、その手前で踏みとどまっている。実は羽生かおるも実力不足で養成所から本科に上がれなかったクチであり、彼女は彼女で女優を続けるのは困難ではないかと思わせる。

 また若社長とふたりになったとき、「あの人たち(筆者注:自分以外のゴミセブンのこと)可愛いっていうか、かわいそう」とつぶやく様子には、若者の奢りよりも繊細な感覚や心の柔らかさがにじむ。なかなかに複雑でむずかしい造形が要求される役どころだ。

 観客が舞台に対していつのまにか抱く違和感や、自己に内在する悪意を代弁する存在として、羽生かおるは舞台と観客をつなぐ水路の役割を果たした。しかもそのありようが劇作家の筆や俳優の技巧を強く押し出すものではない点が好ましい。

 終盤の若社長と羽生かおるの会話で、ふたりが実はきょうだいであり、新作映画のオーディションは、俳優たちに本音を語らせるための作り話であることなどが明かされる。羽生かおるもそれに加担していたのだ。これをほかのメンバーにどう知らせるのか、秘密にしておくのか。上演時間があと少ししかないのに、このような事情が明かされてどうなるのか。思わず前のめりになる。

 しかし椎名泉水の示した終幕は前述の通りであり、自分の思いは退けられてしまった。作りようによってはここからが劇のクライマックスになるにもかかわらず、詰めが甘い、ありきたりなハッピーエンドの予定調和だと評される可能性もあるだろう。

 若社長がほんとうのことを告げたのか、やる気を出した俳優たちの思いをどう収めたのかを舞台から読みとることはできなかった。みながお揃いの赤いTシャツを着て乾杯するすがたに不自然なところはなく、とても楽しそうだ。若社長ともぐっと打ち解け、信頼関係ができつつあるらしい。

 辛辣な若社長や若さを武器に言いたい放題の羽生かおるは、これまでのソルトの舞台にほとんど登場しなかったタイプの人物である。ひょっとしたら彼らが物語を大きく展開させるのではないかとひそかに期待したが、椎名泉水は彼らを絶対的な強者にはしなかったのだ。清々しく心地よい肩すかし。涙や怒り、失望の修羅場があったかもしれないが、それらをすべて知ろうとするよりも、いま目の前の人々の笑顔を受けとめたい。この実感がソルトの最新作『八OO中心』の確かな手ごたえであった。

 公演の当日リーフレットに掲載された椎名泉水の挨拶文に、「10年後に無名で無評価であってもやっぱり演劇は続けているような気がします。根拠は全くないですが。それが幸せな事なのかどうかもわかりませんが」とある。

 『八OO中心』の人々は、もうしばらく俳優を続けるのではなかろうか。それこそ根拠はまったくなく、彼らにとって幸せかどうかもわからない。わかるのは彼らが俳優であり、いま目の前で笑っていることである。一人ひとりの心の奥底を少しだけ知ってしまった客席の自分は、1時間45分前とは違う距離感をもって彼らをみることができるのだ。

 お芝居に登場する人々とは今夜が初対面で、もう二度と会うことはない。まさに一期一会だ。それなのにずっと前から見知っていたかのような親しみをもって、隣り人のごとくみぢかに感じられる。演劇における一期一会はこのように少々複雑で世離れして、たびたびあるものではないのだが、椎名泉水とソルトの劇世界は、ときにその一期一会を可能にするのである。

 自分のソルト歴における最高傑作は、飼育を放棄された犬の殺傷処分や里親斡旋を行う管理センターで働く男たちの日常を描いた第7回公演の『7』(なな)である。

 劇世界が発する問いかけや訴えを自分が受けとめるのではなく、客席にいる自分にわきおこったさまざまな思いを、虚構である劇世界が受けとめてくれたという稀有な経験は『7』以外に記憶がない。

 今回の『八○○中心』は俳優を主人公に据え、演劇にたずさわるみずからの内面に迫りながら、生きること、働くことが人生にもたらす希望と失望を『7』とは異なる視点から描いたものであり、これからの椎名泉水とソルトの劇世界を新しい方向へ導くエポックメイキングな作品として記憶にとどめておきたい。

【著者略歴】1964年山口県生まれ。明治大学文学部演劇学専攻卒。1998年晩秋、劇評かわら版「因幡屋通信」を創刊、2005年初夏、「因幡屋ぶろぐ」を開設。

【上演記録】
studio salt 第17回公演「八◯◯中心
横浜中華街・八◯◯中心 (ハチマルマルチュウシン) (2012年5月4日-27日の金土日曜日、全19ステージ)作・演出 椎名泉水
*出演
 レナ・・・環ゆら(SPINNERS)
 星野川美月・・・森由果
 浜りく・・・勝碕若子(劇団よこはま壱座)
 羽生かおる・・・岩井花子
 鬼形礼・・・麻生〇児
 モップ後藤・・・東享司
 八十重成・・・東俊樹(SPINNERS)
 青山大祐・・・山ノ井史

*スタッフ
 WEB/山本麻季
 記録ビデオ撮影/藤本忠生・原島倫昭
 記録スチール撮影/木下智巳
制作協力/鷲尾良太郎・藤本忠生
 協力/入居者の方々 八OO中心運営委員会
企画・制作・主催/studio salt

*八○○中心公式サイト:http://blog.800ccc.jp/
*2012年5月4日~27日 (金土日の3日間のみ)横浜中華街・八OO中心
*前売/当日共2000円 4~6日早期割引前売/当日共1800円


“studio salt「八OO中心」” への 2 件のフィードバック

  1. ピンバック: 薙野信喜
  2. ピンバック: hanaco.i

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