忘れられない1冊、伝えたい1冊 第8回

◎「死せる『芸術』=『新劇』に寄す」(菅孝行著、書肆深夜叢書、1967)
 西川泰功

「死せる『芸術』=『新劇』に寄す」表紙 宮崎駿監督(1941~)のアニメ映画『もののけ姫』(1997)に、タタラ場という製鉄を産業とした村が出てきます。村を治める頭はエボシという女です。宮崎はエボシについて、あるインタビューで「もの凄く深い傷を負いながら、それに負けない人間がいるとしたら、彼女のようになるだろうと思った」と語っています(ⅰ)。彼女は、理想の国を築くため、その地域を支配するシシ神と呼ばれる神を、自らの手で殺そうとするのです。他の登場人物たちは怖じ気づいて逃げ出してしまうのに。ぼくはここに、理想を実現する人物の根源にある苦悩を感じます。いきなりこんな話をするのは、この苦悩が、理想を芸術として実現するときにも生じるものだと考えるからです。

 評論家の菅孝行(1939~)著『死せる「芸術」=「新劇」に寄す』(1967)を紹介したいと思います。筆者は書名にもなっている表題の論考で新劇という名の「神」の首を刈りに行きました。標的は、執筆された1962年当時(ⅱ)、新劇を代表する演劇人であった演出家・千田是也(1904~1994)です。今日では俳優座の創設者として、また狭小な社会主義リアリズムが浸透した新劇界にブレヒト経由の許容力を導入した演出家として、歴史上の人物になった感のある千田ですが、戦前から久保栄(1900~1958)や村山知義(1901~1977)に匹敵する左翼系演劇人の筆頭であり、60年頃はまだ絶大な影響力を保っていました。筆者は大学在学中に俳優座養成所に4ヶ月だけ籍を置いたことがあるらしいのですが、千田との親密な関係があったわけではないようです(ⅲ)。この論考では、新劇人会議のパンフレットに掲載された千田の発言に、23歳の筆者が喰らいついています。「掛値なしに千田死すべしと私は思った」と書くほど、批判は激しい調子。運動の演劇であるはずの新劇が空虚化しているという見立てをもとに、組織運営についてまで考察がおよびます。

 ぼくが注目したいのは、筆者が千田の批判を通じて、あるべき現代演劇の姿を模索しているということです。この論考を読むと、筆者が個人的な実感から激怒し、問題を掘り起こしているスタイルがよく伝わるのですが、現在から振り返れば、その個人的な憤怒が次の時代に光を当てる効果を発揮したと考えることができます。1960年の安保闘争を通過し、戦後以来の国家の矛盾や考え方の対立が若者たちに意識されていきます。唐十郎の状況劇場、鈴木忠志と別役実の新劇団自由舞台の旗揚げが62年ですから、執筆と同時期です。唐も大学で学んだスタニスラフスキーの演技方法を身につけながら違和感を持ったようですし(ⅳ)、菅の言葉を借りればそれが「糞リアリズム」だという感触は、ソ連共産党の偏狭な方針と相俟って、鋭敏な若者たちの心に共通していたのでしょう。鈴木の早稲田小劇場が66年、寺山修司の天井桟敷が67年、後に黒テントとなる演劇センター68/69、蜷川幸雄と清水邦夫の現代人劇場がともに69年に結成されています。筆者が激怒したのは、いわゆる「アングラ演劇」の胎動期でした。

 千田を激しく批判したという一面だけ紹介すると、誤解されるかもしれません。というのは、筆者はまた千田を正当に評価してもいるからです。2007年に刊行された憂い漂う渾身の評論『戦う演劇人』を待つまでもなく、すでに『死せる「芸術」』に収められている「戦後新劇略史」からも明らかです(ⅴ)。千田を新劇の立役者として評価しながら、一方で激しく批判しているわけです。後世へ受けつぐべきところと否定すべきところを、吟味している。こういった物の見方には大いに刺激されます。

 現在、現代演劇において、若い演劇人が苦痛に感じるほどの拘束力を持つ様式はないと思います。ましてや時代と呼吸を揃えて表現を更新するような気運はないでしょう。もっとも「和製スタニスラフスキーシステム」の弊害こそ、筆者が今日まで警笛をならしてきた様式上の問題点ですから、そのように考えること自体、徹頭徹尾、現在の申し子としての自分の立ち位置を表明せざるをえません。今なお共通の「神」がいれば他にやりようがあったのにと、本著の意図とはおそらく反して、願ってしまうくらいが正直なところなのです。しかし、筆者がこの論考で挑戦した態度は、現在でも参考になると思います。なぜなら、別の見方をすれば、筆者は批判の標的である千田と疑似的な師弟関係を結んだと言えるからです。この個人的な関係に注目すれば、現在でも応用が可能です。

 ぼくの想像はシンプルです。演劇を学びたいなら、「この人はすごい」と思える演劇人のもとで学べばいい。そして、師匠を徹底的に批判すればいい。そういった「神殺し」から練られた表現が出てくる可能性があると思います。例えばそれは、平田オリザの青年団から多数の若手作家が登場しているという状況を想像しても、そう思うのです。ある規範を身につけたうえで、それを乗り越えること。作家の方法論のみならず人間性も含めて、なんと泥臭い、いい面も悪い面もとっくと見て、心酔もすれば猜疑心も持つ、そんな集団を媒介として創造に挑戦するジャンルが演劇の他にあるでしょうか。その特権的な嫌悪と憤怒から創造のものさしを探すこと。自らの手で「神」を殺せる者だけに見える世界があるのかもしれません。そこに社会と世界を想像力から変革する演劇の内容面での公共性が宿る気がしています。この本を紹介するのは、そんな思いからです。

(ⅰ)http://www.youtube.com/watch?v=zJLBED-6M8I
最終確認2012年7月5日。7分5秒あたりの質問に対する解答。なお宮崎を引き合いに出すのは、1)筆者と同世代であり、2)筆者が活発に評論活動を開始する80年代に宮崎も映画監督として名を馳せ、3)現在まで最も影響力を持つ作家であること、また、4)エボシは天皇の書状を裏づけにシシ神殺しの傭兵たちを集めているのであり、ミリタリーオタクとしての宮崎の気質を考慮しても、反天連の指導者の一人である筆者とは思想的立ち位置が違うこと、5)上記4点の交差を試みたかったからである。
(ⅱ)書名評論の初出は吉本隆明、谷川雁、村上一郎の同人誌『試行』6号(1962)
(ⅲ)菅孝行著『戦う演劇人』(而立書房、2007)111頁
(ⅳ)岡室美奈子、梅山いつき編『六〇年代演劇再考』(水声社、2012)25頁
(ⅴ)菅孝行著『死せる「芸術」=「新劇」に寄す』(書肆深夜叢書、1967)79頁

西川泰功さん
【著者略歴】
 西川泰功(にしかわ・やすのり)
 1986年山口県生まれ。2009年より静岡県在住。ライター。静岡アート郷土史プロジェクト 芸術批評誌「DARA DA MONDE(だらだもんで)」編集代表(オルタナティブスペース・スノドカフェ発行)。ライフワークとして創作に従事し、「西河真功」名義で書いた小説『懐妊祝い』で第23回早稲田文学新人賞最終候補。ブログ「妊婦/忍者」をたまに更新します。


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