MU「いつも心だけが追いつかない」(クロスレビュー挑戦編)

「いつも心だけが追いつかない」公演チラシ

 MUは「短編」をコンセプトに2007年から活動してきた珍しい演劇ユニット。劇作家、演出家、プロデューサーなど多面的に活躍する主宰のハセガワアユムは、「テーマは< not "no Message" >(「メッセージがいらないなんていらない」)」という。そのMUの今公演は、バーやカフェなどで定期的に開く「少人数による会話劇」第二弾。「ぶっ壊れた学園モノ系」だそうです。さて、どんな舞台だったのでしょうか。★印と400字コメントのクロスレビューをご覧ください。掲載は到着順。レビュー末尾の丸括弧内は観劇日時です。(編集部)

佐々木敦(批評家)
 ★★★☆(3.5)
 これまでに観たMUの公演では、もっともうまくいっている気がした。ハセガワアユムは本質的には劇作家だと思う。ベタなドラマ設定を敢て選びつつ、いつもそこに唖然とさせられるようなキワモノぽさや変態性を直球でまぶしてきて、オイオイと思っていると、問題の解決とはまた別のオチがちゃんとつく。不思議な個性がある。今回もよくある高校もののようでいて、途中から失笑を禁じ得ないドイヒーな展開となる。だがラスト、女子高生が発する一言によって、収拾不能に思えた物語がキュッと締まって、ほとんど爽やかと呼んでもいいようなエンディングを迎える。よく考えるとそんなことはないのだが笑。上演時間は70分だが、ほとんど短篇に思えるほどの軽やかさとスピード感がある。次はこの感触をうまく拡張させていって、複数のエピソードを組み合わせて、いかがわしくも愛すべきキャラクターを増やしていけば、遠からず魅力的な長篇が作れることだろう。
(10月7日 14:00の回)

齋藤理一郎(会社員 個人ブログ:Rclub Annex
 ★★★☆(3.5)
 作品全体としてのメリハリがしたたかに機能していた。最初のシーンのロール達にはシリアスさの温度差がありつつ、でも場に置かれた噛み合わないものは同じトーンで束ねられて観る側に置かれて。続く場面での教師たちの姿もそこを訪れる生徒たちの風情も暫くはステレオタイプな職員室の空気に染められている。しかし、展開に導かれた役者達の絶妙にバイアスのかかった表現の重なりに、観る側が無意識に抱いていた常識のトーンを掻き消すように物語が膨らみだすと俄然面白くなる。
 冒頭の「秘密厳守カード」の存在や処女を捨てる相談も、盗難にかかわるドタバタも、教師達の確執や抱えるものも、女装も、生徒の風情や出前の顛末までもがルーズに絡まりあい、観る側が無意識に抱いていた作品上のモラルのボーダーをどこかコミカルに瓦解させ、建前の内側に納められていた個々のキャラクターが抱く内心のあからさまな風景までも事実とともに次々に解き放って。
 作品の行き着くところまで描きつくした感に圧倒されつつ、ラストシーンに浮かび上がる冒頭には埋もれていた女生徒のピュアな心情に深く浸潤される。そこにはこの作り手でなければ描きえないナチュラルな想いの質感が生まれていた。
(10月5日 19:30の回)

高木登(脚本家・演劇ユニット鵺的主宰)
 ★★★★
 変態! 変態! 変態! だが変態すぎない。過度に露悪的にならず、後味が悪くもなく、どこか清心な印象すら受ける幕切れは、ハセガワアユムの絶妙なバランス感覚ゆえである。どこの世界に女子生徒の体操着を着る趣味のある美術教師にシンパシーを感じる観客がいるというのか。ところがいつのまにか観客はこの男に寄り添っている。心動かされている。マイノリティへの共感とやさしさは彼の劇作には常にあるもので、今回はそれが優れて良いかたちで表現された。くわえて教育の現場の描き方が良い。デフォルメはされている。だがここには嘘がない。過度な悪も過度な善も登場せず、罪のない打算や愚かしさが渦を巻く世界は、われわれの現実そのものである。生徒同士のセックスも、教師と生徒の恋愛も、教師の女装趣味も、この世界ではささやかな過剰として許されている。だからこそ観客は救われた気分になる。異物としての自分もまた許された気になるからである。
(10月8日 14:00の回)

小泉雅則(会社員)
 ★★★
 「愛」は幻覚なのか。「好き」という気持ちは、それがもたらす妄想なのか。
 女子高生・岬は、自分の像を美しく描く美術教師・安田に特別なときめきを抱く。それは「愛」なのか。
 それとも、小さい頃から、ずっと一緒で優しい幼なじみ・誠と積み重ねてきた「時間」が「愛」なのか。一つ一つハードルを越えて来た気持ちは、次第に目標が高くなるにつれて、やがて踏み出せなくなる。
 同じく安田に思いを寄せる音楽教師・飯倉は、安田の絵を高額で買っているが、彼女は、安田を愛しているから安田の絵が好きなのか、安田の絵が好きだから安田を愛しているのか。
 そして、安田の性癖がカミングアウトされて安田への愛が壊れる時、飯倉は、そして岬は、それでも安田の絵が好きだと言えるのか。それとも、愛もろともその作品への共感も崩れてしまうのか。
 「愛」というものは、紡いでは行き詰まるし、落ちては醒めるのだ。
(10月8日19:00 の回)

大泉尚子(ワンダーランド)
 ★★
 打ちっぱなしの天井には剥き出しの黒い太いパイプが張り巡らされ、ドアはレトロな木製というお洒落なバーが会場。真ん中に寄せられた机とシンプルな応接セットで、個性派俳優たちが丁々発止とセリフを交し合えば、たちまちそこには学校空間が立ち上がる。いきなり「処女をもらってください!」から始まる個別相談も、話したい先生にカードを渡すというシステムらしい。生徒も生徒なら、手を使えないくらいの怪我をしているのに、休みをとらずピアノも弾くという音楽教師(実は他の理由もあったのだけど…)をはじめ、先生もエキセントリックだったりしてそれぞれにかなり変。それらを含めての“いまどきっぷり”とビミョーな“ねじれっぷり”がハンパなく面白い。
 ただ、離婚調停中の教師が女装にハマったのは、寂しさを紛らわし温もりを求めてといった帰結の仕方が、やや当たり前に過ぎ、詰めの甘さを感じた。クローゼットの服を着尽くしたので次を求めるというのも、ちょっと腑に落ちにくい。ああ言えばこう言うを際限なく畳み掛けてきた物語のうねりを最後まで貫いて、すんでのところで「追いつけ」ずにかわされることを、一観客としては望んでいるのだ。
(10月8日 19:30の回)

落 雅季子(会社員)
★★★☆(3.5)
 ハセガワアユムは、物語の濃度を自在に操る劇作家だと思う。70分の作品で、無駄な間延びなく、きっちり描ききる力量は確かだ。
 劇場ではない対面の舞台で、俳優との距離も極めて近い空間では、俳優たちのやや過剰にも見えるアクトをはぎ取るほうが空間に合うように思われた。今後、MU本公演と、BOOTLEGシリーズの差別化のひとつとして考えてもいいかもしれない。
 感情の振れ幅の大きいキャラクタたちの中にありながら、教員としての“生活”と、画家としての“理想”の狭間で揺れる主人公の機微が垣間見え、コメディの底に哀切を潜ませるハセガワに、してやられたと思った瞬間がいくつもあった。女生徒の自意識と、美術教師の性癖の告白のモノローグが重なるシーンには緊張の糸がしっかり張られていて思わず息をのんだ。
 女子の体操服に身を包んだ教師の姿は、滑稽だった。それゆえに、ひどく物悲しかった。出て行った妻の残り香に魅入られて、クローゼットの服をまとってしまう。女装癖の変態性よりも、そのせつなさが胸に迫る回であった。
(10月6日 19:00の回)

都留由子(ワンダーランド)
 ★★★★
 つき合っている男子がいるのに、美術教師に「先生に処女をもらってほしい」という女子高生。その美術教師は、女装癖があり離婚調停中かつ個展準備中。他に、普通じゃないとまでは言えないけど、ちょっとヘンな3人の教師が登場する職員室が舞台。生徒からの相談、教師たちの思惑や打算や保身、思春期女子の微妙な気分、「したい」に暴走する思春期男子などが描かれる。美術教師が女装癖をカミングアウトする理由(好感度を下げるため)がちょっと強引な気はしたが、ひとつひとつの台詞が丁寧で、最終的には「ヘン」なところまで行ってしまうし、冷静に考えればあり得ない展開にもかかわらず、途中で嘘くささに白けることなく、最後まで連れて行ってくれる脚本・役者ともによかったと思う。
 狭い会場で全力で演技されると、見ている側としてはあまりの迫力にちょっと腰が引けてしまったのだが、それはないものねだりかもしれない。
(10月6日 14:00の回)

北嶋孝(ワンダーランド)
 ★★★
 MUの作品は短編が多いのに起承転結の筋立てがよく出来ている。冒頭で観客を舞台に引き込もうと、せりふも演出もとびきりの場面を用意する。今回は高校の職員室が舞台。女生徒が個人面接でいきなり「処女を捨てたい」と、担任役の美術教師に迫る場面から始まる。男でなくても、ちょいとたじろぐような、その先をのぞいてみたいような気にさせるではないか。その教師には女装癖があり、女生徒が忘れた体育着を失敬したことからひと騒動が持ち上がる…。
 事件も仕掛けもたっぷり用意されているMUの舞台は、だから物語も演技もどこか過剰気味。しかし今回はドラマチックな結論を用意して観客を誘導するようなことはない。物事も関係も一瞬休止し、余韻を残したままフッと薄闇に消える終幕。愛と恋、困惑と失意が交錯して、想像力がじんわり立ち上る時間と空間になった。「静かな舞台」にも接続できる、MUの新しいステージを予感させる。
(10月6日 14:00の回)

【上演記録】
MU bootleg vol.2「いつも心だけが追いつかない
Theater&Company COREDO(10月1日-2日、5日-8日)

脚本・演出:ハセガワアユム(MU)
配役・出演:
 安田洋司(40)美術教師、2年A組の副担任… 村上航(猫のホテル/表現・さわやか)
 飯倉まりあ(34)音楽教師。B組担任… 渡辺まの(MU)
 茂木兼人(36)体育教師。C組担任… 杉木隆幸
 古橋美枝子(36)英語教師。D組担任… 古市海見子
 岬美希(17)A組の生徒… 小園茉奈(ナイロン100°C)
 岡山田誠(17)スポーツ特待生… 岡山誠(ブルドッキングヘッドロック)
※上演時間は約70分。

スタッフ:
ハセガワアユム、渡辺まの、古屋敷悠、磯田浩一、和田垣幸生、大下康子

キャスティングプロデューサー:渡辺まの
演出助手:磯田浩一
制作:和田垣幸生/大下康子
小道具作成:古屋敷悠/磯田浩一
宣伝写真・舞台写真:石澤知絵子
SPECIAL THANKS:菊池明明/高橋ゆきえ/塩田友克/鈴木由里/藤田侑加/三木麻郁(美術制作)/白坂英晃(はらぺこペンギン)
協力:アスタリスク/CUBE/大沢事務所/下北沢商店街のみなさま/ポスター・フライヤーを置いてくださった各店舗のみなさま/Theater&Company COREDO(各所属劇団・敬称略)
主催・制作 MU

[TICKET]
前売自由席:3000円(電子書籍シナリオ付)
前売指定席:3300円(電子書籍シナリオ+MIX CD付)
当日券:3300円(電子書籍シナリオ付)

「MU「いつも心だけが追いつかない」(クロスレビュー挑戦編)」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: ayumumumu

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