SHIMADA STUDIO 「EYES もつれた視線の彼方の夢は?」

◎リアル過ぎるバックステージ群像劇
 木俣冬

「EYES もつれた視線の彼方の夢は?」公演チラシ
「EYES」公演チラシ

 開演時間、数分前に突如「稽古開始○分前です」という声が劇場に響く。この作品の演出家であり、劇中の演出家も演じる石丸さち子の声だ。本番じゃなくて稽古? 稽古を見にきちゃったの? なんてあせる人はワンダーランド読者にはいないだろうが、ふだん演劇を見ない人なら、油断してたら不意打ちされた気持ちだろう。ここから既に芝居ははじまっている。

 「EYS もつれた視線の彼方の夢は?」は、シェイクスピアの「夏の夜の夢」をミュージカルにして上演する、その舞台稽古のもようを描いたミュージカル。劇中劇ならぬミュージカル中ミュージカルが展開していく。

 出演者オーディションで選ばれた俳優たちが、本番直前まで役を競い合い、舞台稽古のこの日ようやくキャストが決定することになる。たったひとりが選ばれるのか、ダブルでやれるのか、選ばれなかったらコーラスになってしまう……そんな緊張感がマックスまで高まった一日の物語だ。

 「夏の夜の夢」は4人の男女のからまりまくった関係を描く喜劇。許嫁ディミートリアスとの結婚を拒み、恋人ライサンダーと駆け落ちしたハーミアと、ハーミアを追いかけるディミートリアスに片思いするヘレナが、森に迷い込む。そこで、妖精パックの魔法によって、ライサンダーとディミートリアスのふたりともがヘレナに恋をしてしまい、ドタバタ騒ぎに発展する。

 セットもできて、音楽家の生演奏も入り、仮の衣裳も身につけて、本番に近い環境となった中で、「夏の夜の夢」のいくつかの場面を候補者が代わる代わる演じる。ディミートリアス(梶雅人、岩田国大)、ハーミア(村上桃子、飛鳥井みや)、ヘレナ(菊池ゆみこ、舩山智香子)にふたりずつ候補がいて、ライサンダー(鎌田誠樹、溝渕俊介、川口大地)には3人候補がいる。その組み合わせによって、同じ役、同じ場面でも全然違う雰囲気になることがまざまざと見せつけられる。

 客席の後方から彼らの芝居を見ている演出家が、時々芝居を止めて舞台に上がり、俳優たちにアドバイス。「相手への思いが伝わってこない。それが君らしいんだけど」とか「なぜ、ひとりだけジャージをはいているの? やめて。ちゃんとしたスラックスをはいてきて」みたいな台詞によって、その俳優たちのキャラ(個性)がわかっていく。

 後の回想シーンで、オーディション時の面接の様子が描かれ、彼らの出自や抱えていることがはっきりする。あがってしまって3分すら間がもたない者、商社をやめて俳優になった者、東大卒の俳優、俳優のオーディションにも関わらず、とにかく選ばれたい一心で裏方もできます、とアピールしてしまう者。好きなミュージカルナンバーを歌ってみてと言われたがうまく歌えなくて、隣の人がつられて歌いだす……などなどいろいろな人がいる。舞台だけでは生活できない厳しい現実、どんなに遠くても夢に向かいたい希望などが歌になる。ここは、ミュージカル「コーラスライン」のオーディション場面を思わせる。ただ「コーラスライン」のほうが最初からコーラスのオーディションという過酷で切ないものである。

 わずか3分間の持ち時間での自己アピールで、本当の自分を審査員にわかってもらうことなんかできないと俳優たちは嘆くが、短くても案外、その人となりはわかってしまうものなのだなあと、客席からは思う。

 芝居上の役名が実際演じている俳優の名前と同じなため、俳優と役が重なって見えてくる。前述の、ひとりひとりの演技に注目できるような構成になっていることも手伝って、個人的には、石丸さち子以外ひとりも知った俳優がいなかったのだが、ひとりひとりの個性に興味をもって見ることができた。

 なによりそう感じたのは、キャスト全員が歌い踊るシーンだ。彼らは驚くほどバラバラに動く。歌詞に対して各々の思いを独自のやり方で表出しているのだ。当日パンフを見ると振付家クレジットはない。どうやら決められた振り付けがないようだ。が、この個有の動きがからまってこんがらがることなく、見事に絡み合い、強力なパワーとなって客席に押し寄せた。

 群像劇として普遍性のあるテキストだと感じるし、伊藤靖浩の楽曲が心を沸き立たせる。台本は石丸さち子。一部挿入台本をモスクワカヌが書いている。

 この世の大半を成す無名の人間たちを描いた演劇はたくさんあるが、この舞台のように、彼らひとりひとりをきちんと立たせようと心を砕いた演出には滅多に出会えない。そういう演出をするのは蜷川幸雄であるが、石丸さち子はニナガワ・スタジオで俳優活動を経て、長く蜷川の元で演出助手もやってきた人物だ。近年、演出家として独立して、市民ミュージカルの演出や自身の俳優私塾POLYPHONICを主宰して公演を行っている。私塾の名前に、彼女の目指すものが端的に現れているではないか。

 たくさんのライバルたちの中で自分を証明してみせようと歯を食いしばる俳優たちの中で、パック(井上陽子)だけがひとり早々にパック役を射止めていた。が、演出家はパック役のヨウコの演技が停滞していることを危惧して別の俳優に演じさせてみる。他の俳優たちはライバルがいることで刺激を得て成長していくことができるのに、彼女にはその相手がいなかったのだ。

 キャスティングが決まり、誰もいなくなった舞台の上でヨウコがぼんやりしていると、客席から声がする。幼い頃のヨウコだ。客席の階段にしゃがんだ9歳の自分(声は石丸さち子、姿は太田燦璃)と対話しながら、俳優を目指した初心を思い出すことで、だんだんと意識が覚醒していくヨウコ。

 誰とも違う個有の自分を求めながら、でもそれは、自分一人では生み出せるものではなく、他者と触れ合うことからしか生まれない。たくさんの人と並び、競い合い、あせり、落胆しながらも、その摩擦こそが、自分の形を彫り上げていく大切な彫刻刀だ。演劇とともに長いこと歩んできた者だからこそ描ける、ちょっと痛くて、それでも演劇が好きだという思いにあふれた、リアル過ぎるバックステージものだ。

もっとも、それだけだと少女的な感性で描かれた作品という思いもぬぐえないのだが、甘い感傷をドライにしているのが、俳優としてオーディションを受けながら、結局演出助手をやっているヤヨイ(中谷弥生)の存在だ。

 黒い服に身をつつみ舞台の端にしゃがんで、ずっと俳優たちを見つめているヤヨイの姿が印象的。彼女が最後にパックをやらせてもらって、いい芝居をして……なんていう逆転劇を途中、想像したが、そういうことはいっさい起こらず(そんなことになったらそれこそ少女漫画だ)、彼女は演出助手として静かにはけていく。

 実際、世の中はヤヨイのように、表舞台に立てない人のほうが多いのだ。彼女がはけていく時、床のバミリ(俳優の立ち位置や小道具の置き場所の印に、あらかじめ貼ってあるテープ)をチェックしながら、ちょっとだけ長く舞台に残っていたのは、演出家のまなざしだろうか。

 その演出家は最後まで客席に顔を向けない。客席階段に座って9歳のヨウコをやっている時も、彼女の顔がはっきり見えている観客はいないだろう。舞台上に9歳のヨウコが出てくる時は、実物の少女太田燦璃がやっている。観客は最後まで役者たちの顔だけに注視するようになっている。

 舞台の締めは「夏の夜の夢」からパックの名台詞〈われら役者は 影法師、 皆様がたの お目がもしお気に召さずば ただ夢を見たと思って お許しを〉だ。
 この舞台の「影法師」は観客の心に確かな印を残した。


【筆者略歴】
木俣 冬(きまた・ふゆ)
 フリーライター。著書に「挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ」(キネマ旬報社)、共著に「蜷川幸雄の稽古場から」(ポプラ社)、ノベライズに「マルモのおきて」「リッチマン、プアウーマン」などがある。個人ブログ「紙と波」。
・ワンダーランド寄稿一覧: http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/kimata-fuyu/

【上演記録】
SHIMADA STUDIO PRESENTS(島田スタジオ公演)「EYES もつれた視線の彼方の夢は?
日暮里・d-倉庫(2012年10月12日-14日)

台本・作詞・演出 石丸さち子
作曲 伊 藤 靖 浩
出演:
井上陽子
菊池ゆみこ
舩山智香子
村上桃子
飛鳥井みや
中谷弥生
鎌田雅樹
梶雅人
溝渕俊介
岩田国大
川口大地
太田燦璃
伊藤靖浩(Pf./Mb.)
米重美文子(Mb.)
石丸さち子

スタッフ:
企画/演出 石丸さち子
シェイクスピア作『夏の夜の夢」より
台本 石丸さち子・モスクワカヌ(挿入台本「月」)
作詞 石丸さち子
作曲 伊藤靖浩
音楽監督 島田久子
照明 山口明子
美術 トクマスヒロミ
宣伝美術 細見昌己
舞台監督 中原和樹
舞台監督助手 向笠真奈

入場料 3500円


「SHIMADA STUDIO 「EYES もつれた視線の彼方の夢は?」」への9件のフィードバック

  1. ピンバック: 薙野信喜
  2. ピンバック: 石丸さち子
  3. ピンバック: 伊藤 靖浩
  4. ピンバック: 伊藤 靖浩
  5. ピンバック: モスクワカヌ
  6. ピンバック: 菊池 ゆみこ
  7. ピンバック: 村上 桃子
  8. ピンバック: kazunari yonemitsu
  9. ピンバック: 比良坂

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