リア・ロドリゲス「POROROCA」

◎混沌と獣性を振付ける-奔流する肉体の群れ
 高嶋慈

 今年第3回目を迎えるKYOTO EXPERIMENTは、昨年度より、ブラジルのダンス・フェスティバルPanoramaと提携関係を結んでいる。今年は提携プログラムの1つとして、Panoramaの創設者であるリア・ロドリゲスが振付けしたダンス作品『POROROCA(ポロロッカ)』が上演された。「POROROCA」とは、大潮によって大量の海水がアマゾン川に逆流する自然現象を指す言葉である。リア・ロドリゲスは、自身のカンパニーの拠点をリオデジャネイロの貧民街の1つであるマレ地区に置き、ワークショップなどの活動を通じてコミュニティと関わりを持ちながら創作活動を行っている。本作『POROROCA』では、近代的な個としての身体の輪郭が集団の中に溶け出し、混沌と生(性)のエネルギーに充満した場を創出させることで、ダンスは社会のリアリティに対してどのように対話できるのか、という問いかけがなされていた。その真摯な問いの実践としてのダンスは、ブラジルという地域性、歴史的・文化的・自然的特性だけに限定されるのではなく、普遍性を持って見る者の思考と身体に迫ってくる強度を備えていた。

 色とりどりのTシャツやタンクトップ、トレパンを身に付け、肌の色も様々な男女のダンサー計10名が、舞台の下手に立つ。椅子やテーブル、衣服や靴、カバンなど様々な日用品を手にしたまま、上手を真っ直ぐに見つめている。静止と静寂。と、突如その緊張感を破って、彼らは手にしたモノを放り投げ、床に激しく叩きつけ始める。日常生活を構成する様々なモノがゴミのように床に投げ捨てられ、無残に打ち砕かれる破壊の音。このように現代の物質文明との決別を示すかのような、あるいは集団での乱痴気騒ぎのような激しい身振りが提示された後、一切の装飾がないむき出しの空間は、次第に熱気と獣性を帯びていくダンサー達の身体で満たされていく。
 絶え間なく密接に交通し合い衝突を繰り返す個々の身体。そこでは様々な異質な動きが現れては、たちまち集団の渦の中に消えていく。友人や恋人同士が挨拶のキスを交わすような動き、抱きしめ合う/突き飛ばすといった愛情/反発の動き、ダンス的なリフトもあれば、ディスコで踊り狂う若者の媚びた仕草を思わせる動きもある。さらに痙攣するような肢体、腰を上下に動かし合ってあからさまに性的なニュアンスを含んだ動き、地を這う動物を模した四つん這いの姿勢…。単独で、ペアで、あるいは3、4人のグループを組み、次々とパートナーが入れ替わりながら、同時多発的に繰り出される様々なムーヴメント。個々の身体の輪郭は次第に集団の中へと溶け出し、集合と拡散、膨張と収縮を繰り返す1つの巨大な生命体であるかのようだ。音楽は使用されないが、交通し合う身体のリズミカルな動きや激しい息の音、打ちつけられる身体の立てる音が、揺れる炎や波の動きを思わせる、有機的なリズムを刻んでいく。
 この奔放なエネルギーに満ち溢れたカオスの渦は、全くの即興によってランダムに生成されたものなのだろうか? だがそんな疑問に反して彼らは、ある瞬間になるとぴたりと静止する。再び訪れる静止と静寂。上演の前半は、このカオティックに入り乱れる運動/静止が何度も反復され、動の中に際立つ静という、運動の持続とそれを区切る休止符が、もう一つのリズムを刻む。この一見無秩序に見える運動の全体は、実は周到かつ緻密に振付けられていたのだ。
 中盤、黒人に近い肌色の男性と白人に近い肌色の男性が、互いに慈しむような仕草を見せ、「和解」や「許容」を思わせるシーンや、ダンサー全員が座ってオレンジを食べて「休憩」するシーンが挿入された後、再び彼らは「振付けられた」混沌の渦を形成していく。

「POROROCA」公演から
【写真は、リア・ロドリゲス 「POROROCA」公演から。撮影=(c) Sammi Landweer 
提供=京都国際舞台芸術祭 禁無断転載】

 秩序と無秩序、愛の交歓と暴力。やがて彼らは四つん這いの姿勢になり、動物の群れのように固まって円になる。闇夜の訪れを思わせる暗転。夜明けとともに現れるのは、ヒツジやニワトリの鳴き声、獣の咆哮を雄叫びのように立てながら、四つん這いの相手に馬乗りになって行進する、動物化したダンサー達の群れである。本能のままに蠢き合うかのような彼らは、激しく身体をぶつけ合いながら舞台から転げ落ち、原始的な言葉とも動物の鳴き声ともつかない声を口々に立ててつかみ合いながら、沸き立つ波のように客席脇の通路を駆け上がり、姿を消した。

 こうして衝撃的な幕切れを迎える『POROROCA』と、昨年度のKYOTO EXPERIMENTで上演された同じくブラジルのマルセロ・エヴェリン振付けによる『マタドウロ(屠場)』とを比較した時、パフォーマーの身体の現前によって抵抗の身振りを示す、という戦略は共通していながらも、最終的に示されるベクトルは対照的である。『マタドウロ(屠場)』では、被り物や仮面で素顔を隠し、腕や背中にノコギリをくくり付けた全裸の男女のパフォーマーが、クラシック音楽の優雅な調べにのせて、舞台上を円になってひたすら走り続ける、というパフォーマンスが行われた。

 無防備で屈辱的、奴隷のような隷属状態に置かれた彼らは、西欧・近代に抑圧された他者を記号的に表すとともに、固有の顔貌を奪われ、動物化された者たちとして、観客の前に姿をさらけ出す。だが彼らの匿名性や、走りながらどこの街角でも見られるような日常的な仕草が挿入されることは、走り続ける、すなわち自らの身体に負荷をかけ続ける過酷な行為=労働と搾取のメタファーであり、巨大な収容所と化したグローバル化世界への告発と抵抗の身振りであることを示していた。そして最後にパフォーマー全員が被り物を取って素顔で観客と対峙することによって、観客の眼差しの政治性が暴かれるとともに、動物的な状態に置かれた彼らに人間性と固有の顔貌を取り戻すことが切実に希求されていた。

 一方、『POROROCA』の場合、ダンサー達の身体が、秩序と無秩序、集合と離散、親密さと反発、愛撫と暴力の境目を行き来しながら、近代的な個としての輪郭が集団の中に溶け出すとともに次第に野生状態に変貌していく様が、沸き立つ肉体のダンスとして表現されている。そのカオティックな祝祭の渦は、合理化や管理に抗う生(性)のエネルギーの解放であるとともに、秩序も倫理も欠如した欲望と暴力の渦巻く世界の描出でもある。ここでタイトルの「POROROCA」が喚起するイメージを重ね合わせるならば、逆流した海水が大河の水の領域を侵犯し、異質なもの同士が衝突し混じり合うように、異なる社会階層、人種、文化、歴史、価値観が対立あるいは融合する現代社会のメタファーとして読み解くことが可能だろう。それはかつて大西洋の向こう側からやってきた植民地化の歴史を呼び起こすとともに、今またグローバリゼーションの名の下に押し寄せる均質化の圧力と、それが引き起こす無数の差異や衝突の連鎖を思わせる。
 鍛錬された身体をベースにしつつ、技術を見せるのではなく、絶えずコンタクトを交わし合う身体の密度によって魅了する『POROROCA』は、ある1つの社会問題を表象として切り取るのではなく、社会そのものの摩擦や複雑さを包含しうる、稀有なダンス作品である。差異と衝突の渦巻く場、無秩序と混沌の果てに、欲望と闘争本能が肥大し動物化していく身体の描出。あるいは、私たちの生を均質化しつつ衝突と差異の渦の中に飲み込んでいく激流に拮抗する、強い意志を備えた身体表現。幕切れでは、ダンサーたちの身体はまさに奔流に押し流されるようにして舞台から姿を消した。いや、この光景をただ「見つめていた」私たち観客自身もまた、なす術もなく奔流に飲み込まれたのだ。

【筆者略歴】
高嶋慈(たかしま・めぐみ)
 1983年大阪府生まれ。京都大学大学院在籍。美学、美術批評。ウェブマガジン PEELER、『明倫art』(京都芸術センター発行紙)にて隔月で展評を執筆。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ta/takashima-megumi/

【上演記録】
KYOTO EXPERIMENT2012
リア・ロドリゲス『POROROCA
【創作】リア・ロドリゲス
【振付アシスタント】Jamil Cardoso
【ドラマトゥルク】Silvia Soter
【照明デザイン】Nicolas Boudier
【衣装】João Saldanha, Marcelo Braga
【クリエーションサポート】:Théâtre Jean-Vilar, soutenu par le Conseil régional d’Ile-de-France au titre de la permanence artistique et labellisé « França.Br 2009 » l’Année de la France au Brésil.
【共同製作】Théâtre Jean Vilar de Vitry-sur-Seine, Théâtre de la Ville et le Festival d’Automne à Paris,Centre National de danse contemporaine d’Angers et KUNSTENFESTIVALDESARTS, Bruxelles. Avec le partenariat de REDES de Desenvolvimento da Maré et le soutien de Espaço SESC ‒Rio de Janeiro-Brésil ainsi que la Fondation Prince Claus pour la Culture et le Développement Avec le soutien de la TAM Airlines et de l’ONDA
【後援】在日ブラジル大使館
【協力】ダンストリエンナーレトーキョー2012
【共催】京都府立府民ホール アルティ
【主催】KYOTO EXPERIMENT

場所:京都府立府民ホール アルティ
日時:2012年10 月 7日-8日
上演時間:60分
一般       前売 ¥3,500/当日 ¥4,000
ユース・学生   前売 ¥3,000/当日 ¥3,500
シニア      前売 ¥3,000/当日 ¥3,500
小・中・高校生  前売 ¥1,000/当日 ¥1,000
※ユースは25 歳以下、シニアは65 歳以上
※全席自由

東京公演(ダンストリエンナーレ トーキョー 2012)
青山円形劇場、2012年10月12日-14日

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