忘れられない一冊、伝えたい一冊 第17回

◎「the good, the bad, the average…and unique―奈良美智写真集」(奈良美智 リトルモア 2003年)
  田口アヤコ

奈良美智写真集 表紙
「奈良美智写真集」表紙

 どこで手に入れたのだったか、それがいつだったのか、自分でどこかで購入したのだが、まったく記憶にない。ただ、いま、わたしの手元にいつもあり、旅先や、本番に入ってからの劇場にも携行していくことがある。ぱらぱらとめくって、精神安定剤のような、ギターのチューナーのような、音叉のような、ミネラルウォーターのような、いつもする1時間ほどのストレッチのような、自分の精神と身体と、「世界と、」の距離の調整をするために使っている。(ということは、「演出家/劇作家」としては、この本を利用していないのだな、「俳優」として利用しているのだな、と、自覚。。。) いちど、旅行カバンの中で擦れてしまい、アイボリーのざらりとした布張の表紙には、ぎりっと一本の傷が付いている。

 この本のことを他人に話すのは、これがはじめてだ。「奈良美智さん、好きなんですぅ、」なあんて、ちょっとばかりメイジャーに寄りすぎている、照れくさい。記録を調べてみると、2004年の原美術館での個展、『From the Depth of My Drawer』が、奈良美智さんに引き寄せられたきっかけのようである。奈良さんの、いつも作品制作をおこなう机まわりを再現したインスタレーション作品、『My Drawing Room』は、いまでも原美術館にコレクションされているはずだ。落書き、画材、スクラップされたいろいろ、ほんとうに雑多なモノたちで構成された3畳ほどのコックピットだった。2012年のいまでは、制作現場を再現したインスタレーション作品などはかなりの頻度で観られるが、その当時は、平面&立体の作品展示とともに、まざまざと「アーティストとしての生」をみせられたような気がして、興奮しながら歩いて帰ったのを覚えている。

 東京に上京して来たばかりの頃は、印象に残った展覧会の図録はできるだけ購入するようにしていた。旅先のパリなどで購入したものもある。記憶にのこしておきたい、と思った作品のその衝撃、図録を見ればそのときの衝撃がよみがえるだろう、と考えたからだ。しかし、「購入しても、わたしはその後、それを、まったく開かない」ということがわかってしまい、最近は買わない。先日ゆえ有って転居したが、懐かしの図録たちは前の家に置いたままである。それでなんとも困らない。そして、いまは美術展などへ行っても、観たものその衝撃は、わざと、忘却の流れるままにしようとしている。残るものは、残る、とわかったからだ。観劇もまた同じ。

 この本のタイトルはとてもいい。『the good, the bad, the average…and unique』、『よいもの、わるいもの、ふつうのもの、そしてユニークなもの。』 この羅列は、とてもシンプルな、世界そのものではないか? 手のひらに乗る地球儀のような。ほんとうに世界がシンプルな要素で構成されていたらいいのに、と思う。

 『よいもの、わるいもの、ふつうのもの、そしてユニークなもの。』
 『よいもの、わるいもの、ふつうのもの、そしてユニークなもの。』
 『よいもの、わるいもの、ふつうのもの、そしてユニークなもの。』

 いや、ほんとうは世界はシンプルなのかもしれない。気づいていないだけで。身体の体験する、快と不快、快/不快に分け切れないもの、そして、ぶさっと身に突き刺さって残るもの。そんなシンプルな要素で構成された演劇をつくりたい。

【著者略歴】
田口アヤコ(たぐち・あやこ)

田口アヤコさん
田口アヤコさん

 COLLOL 代表、演出家/劇作家/女優。岩手県盛岡市出身、1975年11月12日生まれ。東京大学美学藝術学専修課程卒。劇団山の手事情社・指輪ホテル等での俳優活動を経て1999年、演劇ユニットCOLLOLを設立。2005年より劇作家 岸井大輔氏に師事。お散歩演劇「ポタライブ(potalive)」の劇作活動を並行する。(財)舞台芸術財団演劇人会議会員。2010年には韓国・コチャン國際演劇祭に正式招待されるなど、各地で活動を展開中。
 近作:2012『消費と暴力、そのあと』@早稲田LIFT、2011『フリキル』@恵比寿site、2010『このままでそのままであのままでかみさま』@西麻布SuperDeluxe & @横浜BankART Studio NYK / NYKホール。twitter:@taguchiayako
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ta/taguchi-ayako/

「忘れられない一冊、伝えたい一冊 第17回」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 薙野信喜

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