松岡綾葉「D.D. Digital Dust」

◎のどごしを求めない、おいしさ。
  安達真実

福岡ダンスフリンジフェスティバル チラシ

 この人たちのダンスときたら、まさに門外漢には(門外漢である、と自らを規定した者には)どうでもいいような無意味なディテールに溢れかえっているのだ。一方で、どうでもよくないような何かが、いい加減にほったらかされているように思える。それがかえって、どうにもクセになる感じなのだ。というのは、その愚直さが筆者の目には誠実さと映るからであって、もし、納得という“のどごし”の良さを求めてみるなら、はっきり言って気持ち悪いことだらけ、ということにもなり得るだろう。

 しかし、“のどごし”などというものを、私たちはまだ求めているのか。少なくとも、この人たちは然して気に留めていないようである。そして何だか実に、気持ちが良さそうなのだ。

 冒頭、電子音が刻む中、陰鬱気にコートを羽織りヴィヴィッドカラーのカツラをつけた男女(ゲッツ、松岡綾葉)が、コンタクトしながらコマ送りのアニメーションのようにうごめく。暗転・明転を活用しながらのよく計算された動きで、無機質なポーズの刹那に映えるフォルムも美しい。そんな、多分とってもクールなシーンではあるのだが、何となくそれだけでは済まない予感がして、落ち着かない。

 曲が変わりシーンが転じると、予感は的中する。ご機嫌なビートに乗ってコートの裾をたくし上げ、脱ぎ去ってゆくと、隠れていた尻の部分に「フリ・ンジ」(本フェスティバルの名称より)「ST・AR」等の文字をあしらった衣装。それも手作り感溢れる衣装で2人が並んで腰を振ると、もうこれは完全に、欽ちゃんの仮装大賞の世界である。2人がユニゾンで繰り出す妙にロックの効いたムーヴメントも、ディスコ風の照明の下でテラテラと光る安っぽい衣装も、総じて“がんばって”いて、それでいて垢抜けない。しかしこうした様々な要素を動員することで、彼らは決して私たちを笑わせようとしているわけではない。当人は大真面目だからこそ笑える、というたまらなさに、こちらは興じるほかないのである。

 そうして暫し懸命に、いわば“リズムダンス”していた2人を舞台上に残して、冒頭の電子音が流れてくる。すると再びコートを羽織った2人が、今度は少しばかり感傷的なムードで、自らの上着や相手の上着の中に顔を埋めるモチーフを繰り返しつつ、やや激しく縺れ合う。ラスト。互いに身体をもたれ合った2人が重たそうに踵を返すと、尻に「DU・ST」の文字をつけた後姿が浮かび、哀れっぽく、とぼとぼと遠ざかってゆく。“ウィー アー くず人間”といったところか。

 「タイトルのD.D. Digital Dustとは、ネット上に大量に放出された虚構の言葉、虚栄、消費、繁栄、栄誉…そういったものでしょうか。甘い言葉をつぶやいてたくさんのフォロワーにかしずかれるネット世界のスター。生み出された大量の虚構の言葉はサイバースペースのなかでうごめくデジタルダスト。しかし現実のわたくしはとても地味で矮小で、虚構の世界ほどすんなり思いも伝わらないし、意見は合わないし、もう顔さえも隠したい。どうか現実を見ないでください。きらめくごみくずがわたくしの存在証明。」

 上演後松岡が、筆者に個人的に聞かせてくれたコメントである。ちなみに筆者にそのようなメッセージが伝わったかと問われれば、正直なところ答えはノーだ。むしろ、そんなことはどうでもよく感じられてしまうところにこそ、本作の好ましさがあるように思われた。こんな解説で合点がいってしまったら、陳腐そのものではないか。これで「何とかして腑に落ちてほしい」という気持ちが見透かされ、凄味が8割抹殺されてしまうというものだ。

 そんなことより、マイケル・ジャクソンに心酔する松岡の独特な振付・演出センス。男女がぴったりと腰を寄せ合いくねくねと揺れながら、これっぽっちもセクシャルな印象を与えない不思議な身体性。そうした本人が意識こそすれ、大方制御し得ないようなディテールが混じり合い溢れかえって、このように世にも珍しい事態を生んでしまっている事実に、ただ呆気にとられていたいのだ。

 福岡ダンスフリンジフェスティバルはNPO法人コデックス(Co.D.Ex.)が主催し、今回で6回目を数えるダンスイベントである。福岡からすれば東京より近いソウルの2つのフェスティバル(ソウル国際舞台芸術祭、ソウル国際振付フェスティバル)と連携することで、開催地の地域色を出している。また国内のカンパニーやダンサーについても、他のフェスティバルに比べ、福岡をはじめ九州からの参加が目立つことも特徴といえるだろう。

 松岡綾葉はお茶の水女子大学、Codarts,Rotterdam Dance Academyにダンスを学び、ソロ活動の他、大学の同期で結成されたダンスカンパニー「プロジェクト大山」に2009年より参加している。彼女が福岡出身であることは、本フェスティバルのキャスティングの傾向からみて、おそらく1つのフックとなったものと思われる。またそのことは、彼女がこの日の「観客賞」を受賞したことにも関係しているかもしれない(本人談)。しかし、そんなことはまったくどうでもよい抜群の可笑しみがそこにあったことを、筆者は是非とも証言しておきたいと思うのだ。

 どうでもよくないような何かをいい加減にほったらかし、わき目も振らずに踊り散らかす。そこに現れるどうでもいいような無意味なディテールの妙な美しさを、味わいたいならただ1つ。納得を求めないことだ。ただ納得がしたくて、あるいはしてほしくて、何かしらの方法でそれが叶っても、その“のどごし”を追いかけてやってくるのは、鼻につく凡人臭ではないか。劇場に集う人たちはきっと、他人のあてつけがましい湿っぽさや暑苦しさに対してお金を出すほど、寛大ではない。そう思う。

 やる方もみる方も、納得という“のどごし”を求めないときにだけ味わえる“おいしさ”がある。そんな思いが舌に残る福岡の舞台だった。

【著者略歴】
 安達真実(あだち・まみ)
 福岡県生まれ。お茶の水女子大学大学院 人間文化研究科 人文学専攻舞踊・表現行動学コース 博士前期(修士)課程修了。舞踊学会会員。 2004年『「脱ぐ」身体表現の位相―ストリップにおける踊り子の表現意識を巡って―』で新風舎出版賞ノンフィクション部門奨励賞受賞。「TH(トーキングヘッズ)」等の雑誌に原稿を執筆。アダチマミとして2000年よりソロ活動を始め、2005年に立ち上げた「アダチマミ×無所属ペルリ」で振付・演出・構成を手がける。2005年『トランポリンの上で殴り合い』で【ダンスがみたい!7新人シリーズ3】批評家賞を受賞。ほかに『まな板の泳ぎ方』『大衆セルフ』『一見後領置(イッケンゴリョウチ)』等の作品がある。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/a/adachi-mami/

【上演記録】
松岡綾葉『D.D. Digital Dust』(【福岡ダンスフリンジフェスティバル~ダンスの発火点~vol.6】)
大博多ホール(2012年2月3日)
振付:松岡綾葉
出演:松岡綾葉,ゲッツ
主催:NPO法人コデックス Co.D.Ex、(公財)福岡市文化芸術振興財団、福岡市
助成:九州地区舞台芸術運営協同組合
協力:JAPAN DANCE PLUG、Seoul Performing Arts Festival(SPAF)、Seoul International Choreography Festival、International Performing Arts Project
テクニカルディレクター・舞台監督:内田 正信(アクトワン)
照明:出口 豊、上野 あずみ、大島 英祐、横山 剛志(アクトワン)
中村 京(SCN、早野 緑(SLI)
加藤 香、佐藤 翔吾(九州舞台)
町田 優花(福岡スクールオブミュージック専門学校)
松村 美希(フリー)
音響:原野 孝幸(アクトワン)、前田 哲平(SCN)
Translator:文 芝瑛、祁 秋夢、三枝 眞希、美里(いきもんずでざいん)
Special Thanks:総合学園ヒューマンアカデミー、アートマネージメントセンター福岡、NPO法人コデックスの事業を支援してくださっている皆さん


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