忘れられない一冊、伝えたい一冊 第26回

◎「空気の底」(手塚治虫 秋田文庫・手塚治虫文庫全集)
  鈴木ユキオ

「空気の底」の表紙
「空気の底」表紙

 手塚治虫さんの短編集、「空気の底」を選びました。

 他にもいくつか好きな本がありますし、手塚治虫さんの作品でも他にも推薦したい本があるのですが、今回何を選ぼうかなと思いをめぐらした時に、ふっと頭に浮かんだのがこの本です。さっそく本棚をさがしたのですが、そういえば友達に貸したままになっていました。だからかな、よけいに心の中で印象が強くなっているのかもしれません。

 さっそく、また調達して久しぶりに読み返してみました。
 一つ一つはとても短い作品ですぐに読めてしまうのですが、その一つ一つがとても重い―。
 私たちが住んでいる地球、地上、人間社会、人間そのもの、そんな事を考えさせる話ばかりが詰まっています。
人間の業というものが、これでもかと見せつけられ胸が締め付けられる感覚、それと同時に、人間の美しさ、こういう中で生きて行くものだという諦めというか、それでも生きて行くということ。そんなことを感じさせる作品群です。

 そして私はダンス、身体のことを扱っているからかもしれませんが、「空気の底」という言葉自体の魅力にも取り憑かれています。かなり前になりますが、このタイトルで作品を作った事もあります。
宇宙、体内宇宙などという言葉はイメージをしていましたし、身体を追求していく上で宇宙という事象や言葉に突き当たることは自分にとっては必然なことだったのですが、同時になんとなく「宇宙」という言葉は少し自分の実体験からは遠く感じていることなんですね。
そのとき「空気の底」という言葉に出会い衝撃をうけました、自分が言おうとしていること、そのすべてをこの言葉が言い表しているように感じたのです。

 「空気の底」=「宇宙」にもつながっていて、広い宇宙のその底にあるという感覚、私たちは空気の底に生きているんだと感じた瞬間、身体の感覚がぞわっと広がった気がしました。

 最後の短編「ふたりは空気の底に」は、そのタイトルの一部が作品集の名前にもなっているのですが、全編を通して「ここはまさに空気の底だな」と、納得してしまいます。

 私たちはこの広い世界の塵のようなものかもしれない―、でもそこにいろいろなドラマが生まれている。けっして綺麗な事ばかりではないけれど、ここで、それぞれが生きる証をのこしているんだなと感じます。

 登場人物のジョウがみどりに語りかける言葉が印象的です。

 今度生まれるなら…こんなにごった空気の底じゃなくて あのひろい星の世界のどこかに住みたいねぇ。

鈴木ユキオ
photo by Hiraku Ikeda

【筆者略歴】
鈴木ユキオ(すずき・ゆきお)
 1972年5月静岡県生まれ。ダンサー・振付家。ダンスカンパニー金魚主宰。しなやかで繊細に、且つ空間からはみだすような強靭な身体・ダンスで、多くの観客を魅了する。国内外、屋内外を問わず、積極的に公演・WSを行い、’08年トヨタコレオグラフィーアワードでは「次代を担う振付家賞(グランプリ)」を、’12年フランス・パリ市立劇場「Danse Elargie」では10組のファイナリストに選ばれた。著書にzine「言葉ノ足跡」


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