ミナモザ「彼らの敵」

◎「敵」は自分のなかにいる
 堀切克洋

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「彼らの敵」公演チラシ

 ミナモザ(瀬戸山美咲主宰)のホームページに、2013年7月に上演された『彼らの敵』の舞台写真が掲載されている。
 ご覧いただけたであろうか。掲載写真は、実に120枚近くにも及んでいる。おそらく、劇団ホームページに掲載されている一公演の写真の点数としては異例の数であろう。これらの写真を撮影した写真家の名前は、服部貴康。本作の主人公のモティーフになった人物である。

パキスタン早大生誘拐事件

 ミナモザの第14回公演『彼らの敵』は、1991年春に起こった「パキスタン早大生誘拐事件」を題材にとった作品だ。いまから20年以上も前のことだから、観客の記憶にはほとんど残っていない事件だろう。しかし、事件によってバッシングを受けた当人たちは、社会の陰で苦しみながら生きてきたのかもしれない。服部貴康氏は、そのうちの一人である。

 1991年3月18日、パキスタンのインダス川で川下りをしていた早大生3名が強盗団に誘拐される事件が発生した。この一帯には当時、身代金目的の誘拐事件が多発していたが、現地の日本大使館は詳細な治安状況を把握できていなかった。早大のラフティング・サークルに所属していた3名の学生は「万全の準備」をもって臨んだにもかかわらず、武装集団による誘拐・監禁という憂き目に遭ってしまったのである。

 しかし、44日間の監禁生活の果てに解放されて帰国した彼らを待っていたのは、苛酷な「バッシング」であった。ジャーナリズムの餌となった3名は、この否定的な論調に抗うことができず、堪えがたきを堪えてきたのである。ミナモザの劇作家・演出家である瀬戸山もまた、服部氏と長年のつきあいであったにもかかわらず、ごく最近までこの事実を知らなかったという。ここから瀬戸山の服部氏に対する「取材」がはじまり、完成した戯曲が『彼らの敵』だ。

 瀬戸山の取材による『彼らの敵』のプロットで明かされる最大の事実は、「バッシング」の最大要因となった週刊誌の記事が、事実誤認と虚偽の報告によってつくられたものであったということだ。その記事とは、『週刊文春』1991年4月18日号に掲載された「私は見た!早大生三人の甘えと無知 同宿した女性ジャーナリストが証言」である。作中では週刊誌の名前は明かされているが、渦中のルポライターの名前(浜なつ子)については明かされていない。

 ルポライターがパキスタンの首都イスラマバードで3名の早大生と同じ宿に泊まっていたのはおそらく事実であるにせよ、この記事に書かれている内容は「明らかな事実誤認」であるというのが、『彼らの敵』の主人公・坂本(西尾友樹)の主張だ。作品の後半で、坂本はともに監禁されていた後藤(山森大輔)、当時の在パキスタン日本大使館職員(中田顕史郎)とともに、『週刊文春』の担当編集者(大原研二)と渦中のルポライター(菊池佳南)と会う機会を得る。

【写真は「彼らの敵」公演から。撮影=服部貴康 提供=ミナモザ 禁無断転載】
【写真は「彼らの敵」公演から。撮影=服部貴康 提供=ミナモザ 禁無断転載】

 一貫して虚偽を認めようとしないルポライター、そして記事の内容の真偽に関しては責任を負えないという担当編集者を前にして、坂本や後藤は憤りを隠すことができないが、しかし事態は何も変わらない。「大人たち」の誠意のない理不尽な対応に、やり場のない怒りを覚える坂本を演じていた西尾友樹(劇団チョコレートケーキ)の演技が実に印象に残る場面だった。

 坂本は、たんなる「悲劇の主人公」ではない。どこか弱々しく、情けなく、幼い人物として描かれ、そして演じられている。別の角度から言うなら、瀬戸山は別に週刊誌の記事を書いたライターや編集者を「糾弾」しようとしているわけではない。むしろ「20年」という時間を経て、このような「理不尽な出来事に対して、個人がどのように決着をつけるべきなのか」という答えなき問いに答えようとしているのである。

1991年——「パンサル」の時代

 本稿を書くにあたって国立国会図書館のデジタル・アーカイヴで『週刊文春』の過去の記事を調べていると、思いがけない記事に出会った。それはちょうど「早大生誘拐事件」に関する問題の記事の1週間前に掲載されていたものだ。記事のタイトルは「留年明大生よ、パンツぐらいはけ!」。折しも同年4月上旬に『パンツをはいたサル』を上梓したばかりの経済人類学者・栗本慎一郎による記事である。

 「パキスタン早大生誘拐事件」が起きたのと同じ1991年3月には、明治大学法学部で大量の留年者を生むという「事件」が起こっている(明大では91年に「替え玉事件」も起こっている)。「1024人いた卒業予定者のうち257人が留年した」という「明治大学法学部大量留年事件」(wikipediaより)
に対して、同大学教授の職にあった栗本はかなり苛烈な口調で——「米国は落第即ベトナム行き」であると——記事を書いていた(ちなみに栗本は同年7月に「大学の腐敗と学生の怠惰に抗議」して明大教授を辞任している)。

 バブル経済は1991年2月に実質的に「崩壊」してはいたものの、まだ好景気の余韻が社会に蔓延している時期であった。格安航空券の流通拡大によって、1986年には550万人ほどであった海外旅行者が1990年には1000万人を突破している。実際に、「早大生誘拐事件」をめぐる別の記事は、このような海外旅行の拡大を発端として次のように書かれてもいる。

一時期、どん底の低迷期を迎えていた大学探検部は、最近、部員数が増え再び活気を取り戻している。かつては「冒険家の植村直己に憧れて」探検部の扉をたたく学生も多かったが、部員に入部の動機を聞いてみると、「テレビ番組で世界を歩く椎名誠に憧れて」という返事が戻ってくるほどにブームの質が様変わりしている(白根全「秘境に向かう冒険ブームが早大生の誘拐事件を招いた」『朝日ジャーナル』1991年4月19日号、84頁)。

 いまだ就職は売手市場のなか、レジャーランド化した大学に通う学生の起こした事件に、当時の社会は冷淡だったと言わざるをえない。『週刊文春』に掲載された「早大生三人の甘えと無知」という記事は、このような状況のなかで書かれていたのである。

カメラという「武器」

 もちろん、このような事情を知らなくても『彼らの敵』は十分に楽しむことができる作品だ。とりわけ、瀬戸山の劇作術で特徴的なのは「フラッシュバック」による場面転換だろう。演じられる場面は「パキスタンでの監禁生活」「帰国直後のバッシング」「就職後の生活」の3つの場面に分類できるが、これらが時系列にではなく、必要に応じて呼び戻される「記憶」として織り交ぜられ、巧みに配置されている。

 同時に、坂本役の西尾を除く5人の俳優たちはひとりで何役もこなさなければならない。俳優の数が6人であるのに対して、役の数は25を数える。小劇場系の演劇ではけっしてめずらしいことではないかもしれないが、俳優たちはつねに何らかのかたちで舞台上にいることが多い。演出家としての瀬戸山は、俳優たちの体を休ませることのないサディスティックな性格の持ち主のようだ。こと西尾に関して言えば、2時間の上演中ほとんど舞台に出突っ張りである。

 おそらく瀬戸山自身がライターとしての経験をもっていることとも重ね合わせられているのだろう、『彼らの敵』における坂本が就職したのは、自分を「餌」としていたはずの週刊誌のカメラマン枠であった。武装集団に銃口を突きつけられる監禁生活から解放された坂本が、帰国後に突きつけられたのはカメラという「武器」だったが、今度は坂本自身がその「武器」を手にとって新しい生活をはじめたのである。

 傍から見れば、坂本はカメラという「武器」をもって、自分の生活を壊した(事件を起こした不注意と無知に対する叱責は執拗なまでにつづき、被害は家族にまで及んだ)社会に対して復讐を企てているかのようでもある。

 週刊誌専属のカメラマンとして、潜入取材や張り込みなどをしてスクープを狙っている坂本は、ある日偶然女子マラソンの五輪代表候補選手の「パンチラ写真」の撮影に成功してしまう。現像された写真はすでに茶封筒に入れられているが、坂本は上司に引き渡す決断ができずにいる。これを世に出したら読者や会社は喜ぶかもしれないが、自分のなかでは「何か」を失ってしまうような気がしているからだ。

 カメラというものは、ファインダーを覗き込み、シャッターを押して現実の一場面を切り取らなければならない。それは現実の一部であることに変わりはないが、しかし現実そのものに置き換わることはどうしたってできない。というよりも、切り取られた現実には多くの部分において、切り取った人間の「欲望」が否応なく反映されている。それはインターネットの検索機能によって私たちが、欲望に合致するものを選択的に選びとっていることにも似ている。

 カメラマンという職業に就いた坂本は、かつて誇張と捏造をもって自分たちをバッシングしたルポライターが、「1991年」という時点における読者の「欲望」を見事に代弁していたということを知っているのだろう。だからこそ、一度は撮影して現像までした「お宝写真」をみずからが勤務する会社に提出できずにいるのだ。もちろん、それが「専属カメラマン」であることに真っ向から反逆するような行為であることを知りながら。

 しかし最終的に、この問題写真は上司に見つかってしまう。写真を取り戻そうとする坂本は、上司に蹴り飛ばされながらも、クビと引き替えに写真を返してもらうよう頼み込む。上司は、坂本がどうしてそこまで1枚の写真にこだわるのかが理解できない(もちろん、坂本の個人的な葛藤など知る由もない)が、坂本にとって、その写真はメフィストに魂を売るかどうかの瀬戸際の1枚だったのである。

 こうした坂本の葛藤に対して「触媒」のような存在を果していたのが、本作に登場する女性をすべてひとりで演じ切った菊池佳南(青年団)である。菊池は例の記事に関与したルポライターの女性・矢田を演じる一方で、坂本の会社に出入りするフリーのライター・川瀬を演じていた。また、ある場面でパキスタンから帰国後の坂本の家に送りつけられた罵詈雑言に満ちた手紙を代読するのも菊池の仕事であった。

【写真は「彼らの敵」公演から。撮影=服部貴康 提供=ミナモザ 禁無断転載】
【写真は「彼らの敵」公演から。撮影=服部貴康 提供=ミナモザ 禁無断転載】

 興味深いのは、これらの女性がみな何らかのかたちで坂本の「甘さと無知」を批判するようなポジションにいるという点だ。

 坂本のどこか言い訳めいた生き方、あるいはパキスタンで誘拐・監禁されたことによる「特権意識」のようなものは、ことごとく菊池演じる女性たちによって批判されることになる。とくにフリーのライターである川瀬は、生活のために書きたくもない中高年男性向けの記事を書いて生活をしている人物だからこそ、坂本の「甘え」が許せない。上司のデスクに坂本の「パンチラ写真」をこっそりと置いたのも川瀬の仕業であった。

むすびに

 オレオレ詐欺を題材にした『エモーショナルレイバー』(2009年初演、2011年再演)や東日本大震災直後の「私」の生活を取材した『ホットパーティクル』(2011年)、震災後の東京に生きる若者の生活を描いた短編集『国民の生活』(2012年)など、劇作家・瀬戸山美咲の好奇心は「現実の出来事」に即しつつも、「社会の構造」を焙り出そうとする野心に満ちあふれている。

 ただし、劇作を通じて瀬戸山が焙り出そうとしている「社会の構造」とは、どこかに抽象的に存在している冷徹なシステムのことではなく、何らかの事件や出来事に巻き込まれた「私」のなかに渦巻いている「熱い何か」のことである。

 『ホットパーティクル』という作品の着想をめぐって、瀬戸山はこのようなことを語っていた。「みんなから嫌われている原発を見て、これは私だと思った」のだと。社会の重荷になっているもの、人々を苦しめているものは、自分の外側にあるのではない。自分自身なのだという。こんなおかしなことを言う劇作家は、なかなか見つからない。解決すべき社会的問題は、すべて「自分の中」にある——と瀬戸山は考えているかのようだ。このあたりがミナモザの面白いところなのである。

【筆者略歴】
 堀切克洋
 1983年福島市生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程在籍。専攻はフランス語圏舞台芸術・表象文化論。共訳に『ヤン・ファーブルの世界』(論創社)、分担執筆に『北欧の舞台芸術』(三元社)。「翻訳(不)可能な文化をめぐる旅——ジャン=ミシェル・ブリュエール『たった一人の中庭』」にて第17回シアターアーツ大賞受賞。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ha/horikiri-katsuhiro/

【上演記録】
ミナモザ「彼らの敵」
東京公演:こまばアゴラ劇場 (2013年7月24日‐8月4日)
京都公演:元・立誠小学校 (2013年8月10日‐11日)

作・演出:瀬戸山美咲
出演:西尾友樹(劇団チョコレートケーキ)、大原研二(DULL-COLORED POP)、浅倉洋介、山森大輔(文学座)、菊池佳南(青年団)、中田顕史郎

照明:上川真由美
音響:前田規寛
音響操作:太田智子・中野千弘
舞台美術:原田愛
舞台監督:伊藤智史
演出助手:佐藤幸子(mizhen)
ドラマターグ:中田顕史郎
宣伝写真:須田俊哉
宣伝デザイン:郡司龍彦
制作:斎藤努
当日運営:藤井良一(江古田のガールズ)、加藤恵梨花
京都制作協力:おさださちえ(みきかせworks/みきかせプロジェクト)
提携:(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場、立誠・文化のまち運営委員会
企画・製作:ミナモザ

ポストパフォーマンストークゲスト:服部貴康、谷岡健彦(東京工業大学外国語研究教育センター教授)、三原由起子(歌人)、松田修(現代美術家)

チケット料金
東京公演
一般 前売:3,300円 当日:3,800円
初日割 前売:2,500円 当日:3,000円
前半割 前売:3,000円 当日:3,500円
25歳以下 前売:2,500円 当日:3,000円
高校生以下 前売:1,500円 当日:2,000円

京都公演
一般 前売:3,300円 当日:3,500円
25歳以下:2,500円
高校生以下:1,500円


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