忘れられない一冊、伝えたい一冊 第31回

◎「巨匠に学ぶ構図の基本—名画はなぜ名画なのか?」(内田広由紀著 視覚デザイン研究所)
 山田宏平

「巨匠に学ぶ構図の基本」表紙
「巨匠に学ぶ構図の基本」表紙

 演じるときも、演技を指導するときも、誰かの上演を観るときも、いつも関係性について考えながら演劇に接している気がする。演劇は、時間や事件を経て変わりゆく関係性と、その中で変わってゆく人々の状態を味わうものだと、個人的に思っているからだと思う。

 関係性は、基本的に空間と身体の使い方で表わせるものだと思う。空間は言い換えると距離や配置で、身体は視線と姿勢と言い換えたくなる。
 僕は演劇に関わるとき、距離と配置と視線と姿勢の変化を楽しんだり工夫したりしているのだと思う(ここに速度と熱量、呼吸と動作を足したくなる)。

 距離と配置と視線と姿勢。これらの変化が楽しめるのは演劇だけではない。スポーツの試合にも、ライブで熱狂する観客にも、駅の向かいのホームで目にする人々にも、音楽や小説にも、これらの要素の絶妙な変化で僕の心を動かすものがある。そういったものも僕にとっては「素敵な演劇たち」だ(だから、わが心の「素敵な演劇ライブラリー」はいろいろなものでごちゃごちゃしていて、とても人に見せられない)。

 自分が演じたりつくったりするときには、こういった「素敵な演劇たち」に負けないために、関係性について考え続け、あれこれ試す。まあところが稽古場ではしょっちゅう煮詰まる。そんなとき、本棚から取り出しパラパラめくるのが「巨匠に学ぶ構図の基本」(視覚デザイン研究所)という本だ。

 この本では、古今東西の50以上の名画と、その画を「間違い探し」のように距離とか配置とか角度とかだけ変えた画を並べて見比べさせ、構図の基本について解説してくれる。

 正解とされる名画と並んで載せられた、わざと描かれた間違いの画たちが面白い。常識的な波高で描かれたために迫力に欠ける「冨嶽三十六景」(葛飾北斎)や、振り返らない「見返り美人図」(菱川師宣)、スペースが無いせいで誰がキリストかわからない「最後の晩餐」(レオナルド・ダ・ヴィンチ)、アップになりすぎてなんだか元気な「落ち穂拾い」(ミレー)、距離が近すぎて楽しく遊んでるみたいな「風神雷神図」(俵屋宗達)、小首を傾げてしまうだけでいまどきのアイドルみたいになってしまうラファエロの聖母の画。同じバレリーナが増殖しているドガの踊り子に至ってはもうTシャツにしたいくらいおかしなものになってしまっている。

 これらを眺めながら自分のその日のうまくいかなかった演技を振り返ると、何らかの理由で配置や姿勢がずれていたことに思い至る。ほんとうにちょっとのことで、印象はまったく変わってしまうのだということを改めて胸に刻み、心を入れ替えて次の日の稽古や授業に臨むことができる。

 正しい画よりも、間違いの画に惹かれる日もある。バランスが崩れているからこそ興味を惹いたり心を動かされることもあるし、正しさが退屈だったり鼻についたりすることもある。演劇も正しきゃいいわけじゃないな、なんて当たり前のことを忘れているときに、間違いの画に助けられ、ちょっと外した演技を取り入れる勇気をもらったりする。

 解説には断定口調が多く、必ずしも納得できなかったり、間違いの画があまりにも作為的すぎて疑問に感じたりするところもある本だが、僕にとって大事な一冊だ。

 構図と同じくらい考え抜くのが、台本に書かれている言葉やできごとが必然か偶然かということだ。太陽が眩しかったから人を殺したという「異邦人」の主人公ムルソーの言葉は、僕には決して空々しくは響かない。僕らは普段、反射や無意識でいろいろな行動を「たまたま」選択し、言葉を「深く考えないで」発したりする。それがまた誰かの「たまたま(=偶然)」と相まって、悲劇が生まれたりハッピーな出来事が生まれたりする。
 演劇で描かれる世界だって、必然ばかりじゃなく必然と偶然が折り重なって動いていくほうが面白い。そう思っている。

 台本に書かれた行動や言葉は、「絶対そうしたかったこと」なのか。「他にも選択肢があったけどそうしたこと」なのか。「何故そうしたのか自分でもわからないこと」なのか。一見その人物にとって迷いのない行動に見えることが、角度を変えて読み込んでみると、深い考えなしにたまたまそうしたことだと思えるときがある。そしてそう演じることで、シーンの前後の通りがスッとよくなったりする。

 そんなことをしっかり考えるようになったきっかけが、ガルシア・マルケスの小説「予告された殺人の記録」(新潮文庫)だ。南米のある村で起こったひとつの「予告された殺人事件」を、その事件に「たまたま」関わったあらゆる人たちへの取材を通して明らかにしていく、ドキュメンタリーのような不思議な形式のこの本は、僕には「あらゆる偶然のカタログ」のように思える。こちらは掛け値なしの名著。そして絶妙な構図で関係性と身体の変化が味わえる、僕にとっての「すてきな演劇」の作品。人物名が整理しにくく、ちょっと読みにくいが、心から伝えたい一冊だ。

367_book_yamada【筆者略歴】
山田宏平(やまだ・こうへい)
 演劇家。1969年東京都生まれ。安田雅弘に師事し、俳優として山の手事情社の中核を担う。近年は劇団活動を離れて独自の活動を開始。現代口語演劇からミュージカル・即興演劇まで国内外の作家の作品に幅広く出演。俳優に留まらず、演技トレーナー、ワークショップファシリテーター、演出など様々なスタンスで演劇と関わっているため、演劇家と名乗っている。洗足学園音楽大学ミュージカルコース講師。ブログ:「山田宏平の今とこれから


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