流山児★事務所+楽塾「寺山修司の『女の平和』~不思議な国のエロス~」

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「寺山修司の『女の平和』~不思議な国のエロス~」公演チラシ

◎おばさまたちの「女の平和」
 北野雅弘
  
 流山児★事務所と、流山児が塾頭を務める「楽塾」の合同公演、『寺山修司の『女の平和』~不思議な国のエロス~』を見た。小屋は彼らの本拠であるSpace早稲田だ。「楽塾」は流山児が1998年に、同世代の普通の人々と一緒に演劇を作りたくなって、地域の人々に呼びかけて作った劇団で、今回は平均年齢六十代の「楽塾」の「普通のおばさん女優」(パンフ)たちに流山児★事務所の俳優たちが絡む。
 
 『女の平和』は、紀元前411年、スパルタとのペロポネソス戦争の末期に、多くの犠牲者を出し、敗北の予感が立ちこめていたアテネでアリストファネスが上演した喜劇だ。そこでは戦争を止めさせたい女たちが、アクロポリスの城壁内に立てこもり、セックスストライキをする。男たちは城壁への突撃を試み、また、女たちの説得のために手だてを尽くすが、結局は性欲に打ち勝てず、女たちの要求をのみ、最後はスパルタとの和平と平和の祝祭で終わる。
 アリストファネスには、ペロポネソス戦争を題材にした作品がいくつもあり、たとえば、『アカルナイの人々』では、勝手に和平条約を結び、隣人たちが戦死し傷を受けるなか、一人平和と繁栄を享受する男を主人公に戦争の不毛さを描き出した。『女の平和』もそうした反戦喜劇の一つだ。現実には、アリストファネスの願望もむなしく、アテネは紀元前404年、スパルタに対する決定的な敗北を喫する。
 
 この上演は、1965年に寺山修司が日生劇場のために書いたが上演されなかった寺山版の『女の平和』である『不思議な国のエロス』に基づいている。寺山版とアリストファネスの原作との大きな違いは、戦争を煽動する武器商人と葬儀屋の役を作ったこと、男を求めて逃げ出そうとする仲間を引き留めるために、女たちが「理想的男性」を雇ったこと、平和を前にしてスパルタの使者に討たれるアテネの若者アイアスと、立てこもる女たちの一人クロエとの悲恋を加えたことだ。最後、平和を喜ぶ女たちの中、一人クロエが悲しみを歌う場面はこの作品が作られた時代を感じさせる。女たちに雇われる「理想的男性」が「毛糸編みから料理まで」こなしたり、女たちの中にレズビアンが戯画化されずに存在したりと、結構現代的な視点もあって、このあたりは寺山の先見性だ。
 

【写真は流山児★事務所+楽塾 「寺山修司の『女の平和』~不思議な国のエロス~」公演から 撮影=横田敦史 提供=流山児★事務所 禁無断転載】
【写真は流山児★事務所+楽塾 「寺山修司の『女の平和』~不思議な国のエロス~」公演から 撮影=横田敦史 提供=流山児★事務所 禁無断転載】

 流山児たちは、さらに、舞台を日本に移し、山城の東国と西国の戦争に仕立て、最後に武器商人たちによる唐突なバッド・エンドを加えた。日本にしたのは構わないのだけれど、男たちを市民ではなく武人である「侍」にしてしまったのは違和感が大きい。直接民主制の社会であるアテネでは、男性市民は軍事でも政治でも平等の権利を持っていた。だからこそ政治的権利を持たない女たちがアクロポリスに立てこもり、男たちを動かそうとすることに意味がある。領主を持つ封建的なシステムの武人の場合、同じ理屈は成り立たない。
 
 舞台は前舞台と小さな奥舞台に分かれるが、それ以外に装置はほぼ何もなく、縦に桟が入り蜘蛛の巣の張った四枚の門扉を自在に動かして様々な空間のしきいを示す。立てこもった城山からこっそりと抜け出そうとする女たちを阻むゲートにもなれば、スパイが覗き込む隙間にもなる。扉を動かすことで、同じ空間が、殆ど間を置かずに、立てこもる女たちの神域内部にも、攻め込もうとする男たちの外側の空間にもなり、ときに両者が混じり合うことさえあるのが面白い(美術:小林岳郎)。
 

【写真は流山児★事務所+楽塾 「寺山修司の『女の平和』~不思議な国のエロス~」公演から 撮影=横田敦史 提供=流山児★事務所 禁無断転載】
【写真は流山児★事務所+楽塾 「寺山修司の『女の平和』~不思議な国のエロス~」公演から 撮影=横田敦史 提供=流山児★事務所 禁無断転載】

 上演についてまず感じたのは、寺山のテキストがとても上品なことだ。これは当時のアリストファネスの日本語訳がかなり上品だったことによるのだろう。アリストファネスの原作は卑語が頻出するのだけれど、そのテキストの猥雑さをそのまま活かした翻訳がなされるようになったのは英語圏でも比較的最近のことだし、日本ではまだ少ない(『ベスト・プレイズ』(論創社)の戸部順一訳はその試みの一つだ)。このことは上演スタイルにも影響し、最後のスパルタとの平和会談の場面は、古代でも、また現代ギリシアの上演でも、巨大なファルスの模型を腰につけて演じられるのがわりと普通なのだけれど、この寺山版にはそんな小道具は似合わないし、この上演でも使われていない。寺山自身、後に、本作をもとにした『ブラブラ男爵』ではもっと激しい表現を試みている。

 
 その代わり、六十代のおばさまたちが演じる女たちがグロテスクな喜劇風味を出している。ミュージカル仕立てで、曲はシャンソン、ダーク・ダックスからAKBまで、彼女たちの生きてきた時代を振り返る数々のメロディの替え歌だ。ダンスなど、結構動きの速い箇所もあるが、見事にそろっていて堪能した。演技も、流山児★事務所のベテランたちと絡むとさすがに同じレベルにまでは達していないものの、本職はだしの達者さを見せる。さらに、ベテランたち、特に将軍を演じたラビオリ土屋と西の国の侍大将役の流山児祥は、余裕を感じさせる演技で、楽塾中心の場面の持つ緊張感をほぐしていた。それが一転、将軍の息子小次郎(関口有子)を侍大将が討ち取ったことが判明する場面のシリアスさは見事。寺山によるトラジック・リリーフと言って良さそうな山吹(川本かず子)と小次郎の悲恋の場面の、大衆演劇のようなチープさも面白い。

【写真は流山児★事務所+楽塾 「寺山修司の『女の平和』~不思議な国のエロス~」公演から 撮影=横田敦史 提供=流山児★事務所 禁無断転載】
【写真は流山児★事務所+楽塾 「寺山修司の『女の平和』~不思議な国のエロス~」公演から 撮影=横田敦史 提供=流山児★事務所 禁無断転載】

 ただ、若い女性(役として)が中心の場面になってくると、特にこうした小さな劇場では、慣れるまでは観ていて辛いものがあるのも確かだ(最前列だったし。別の回を鑑賞した友人は「前半ややホラー風味」と言っていた。)この点、タイトルと女性がたくさん出てくるという点以外にはアリストファネス作品と何の共通点もない江本純子版「女の平和」(2011年 俳優座劇場)とは対照的だ。江本版では、デタラメな話にのせた半裸の若く美しい女性たちの跳ね出すようなエロチックなエネルギーに、目を回すほどの多幸感が得られた(終演後幸せな気持ちにならなかった観客はいないのではないかしら)が、今回、まずはややよどんだ空気に慣れなければならない。エロスは感じられない、というよりそれが楽塾という「不思議な国」のエロスなのか。
 
 正味八十分、勢いの良さは最後まで衰えず飽きさせることなく、空爆による唐突な全員の死で終わる。このバッド・エンドは、確かに、「武器商人と葬儀屋」の役割を浮き彫りにする役には立っているのだろうが、図式的すぎるのではないか。アリストファネスのアテネは戦争のただ中にあり、余計な厭世観など入る余地のない平和への素直で強い憧れを示すことは重要だった。寺山がそれに飽き足らず悲劇風味を加えたことは、直接の当事者ではなかったベトナム戦争の時代の表現として理解できる。でも、とってつけた結末には、解釈改憲へとひた走るかのような日本の状況についての危機感よりも、結局、当事者がどうあがこうと戦争を止めさせることなど出来ないのだ、世界は武器商人たちの思いのままなのだという、陰謀論にも通じる安易な虚無感が見えてしまう。それまでが面白かっただけに不満。

【筆者略歴】
北野雅弘(きたの・まさひろ)
 群馬県立女子大学文学部美学美術史学科教員。専攻は美学。「しんぶん赤旗」の劇評を月一度程度担当(2006年から)。ソフォクレス「オイディプス王」(『新版ベスト・プレイズ』論創社2011年所収)の翻訳あり〼。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/kitano-masahiro/

【上演記録】
流山児★事務所+楽塾 楽塾創立17周年記念公演 寺山修司没30年認定事業
寺山修司の『女の平和』~不思議な国のエロス~
Space早稲田(東京公演 2014年4月25日~5月4日)

【作】寺山修司(未上演戯曲・世界初演)
【原案】アリストパネス「女の平和」
【構成・演出】流山児祥
【出演】いそちゆき、川本かず子、桐原三枝、河内千春、小森昌子、阪口美由紀、杉山智子、関口有子、高野あっこ、内藤美津枝、二階堂まり、西川みち子、みかわななえ、宮沢智子、村田泉、めぐろあや/ラビオリ土屋、後藤英樹、柏倉太郎、五島三四郎、山下修吾/流山児祥 
【スタッフ】
音楽監督:関口有子  
照明:ROMI 
美術・舞台監督:小林岳郎 
音響:畝部七歩   
衣裳:堀内真紀子
振付・合唱指導:宮川安利 
演出助手:佐原由美   
舞台監督助手:艶嬢さとみ
宣伝美術:山中桃子+サワダミユキ 
ヘア・メイク:青木砂織 
制作:米山恭子・荒木理恵・楽塾

【東京チケット】日時指定 全席自由 
前売券3,200円 当日券3,500円 U25割引(25歳以下)2,200円 小中学生割引1,500円 RYU’S会員割引2,500円 公開ゲネプロ4/25のみ2,000円

仙台公演 エル・パーク仙台スタジオホール(2014年5月6日)
【仙台チケット】日時指定 全席自由
前売券2,500円 当日券2,800円 U25割引(25歳以下) 2,000円 小中学生割引1,000円 RYU’S会員割引2,000円


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