高嶺格「ジャパン・シンドローム~step3.“球の外側”」
ティナ・サッター/ハーフ・ストラドル「House of Dance」

◎物語をいかに生成しないか――KYOTO EXPERIMENT 2014報告(第1回)
 水牛健太郎

 今年は秋の訪れが早い。京都も9月末にしてすっかり秋模様。抜けるような青い空に京都タワーがそびえたつ。条件さえ合えばすぐさま、絵ハガキもかくやという景色を見せる、腕利きエンターテイナーのようなこの街に、今年も帰ってきた。今回から4週にわたり、公式プログラムを中心に京都国際舞台芸術祭(KYOTO EXPERIMENT 2014)のレポートをお届けする。

ジャパン・シンドローム~step3.“球の外側”

 会場となった元・立誠小学校の講堂には白い布で覆われたステージが設けられていた。布は端っこが吊り橋のように持ち上げられている。奥も白い布で覆われており、これはスクリーンとして使われる。

 中央に直径5~6メートルの円形のプールがある。プールと言っても水の深さはせいぜい5センチで、足を浸す程度。ここで3人のパフォーマー(柏木規与子、梶村昌代、目黑大路)が、短いパフォーマンスを次々に展開する。

 最初に柏木と目黑が観客から志望者を募り、簡単な実験をする。首を左右に回してもらい、赤いレーザー光の出る器具を頭に付けて、どこまで回せるか調べる。そして今度は実際に頭を回さず、想像だけで頭を180度回してもらう。その後再び実際に首を回してもらうというものだった。想定としては、以前よりも大きく回せるようになり、イメージが現実を変える力を実証するということだったらしいが、実際には以前よりも回せる角度は小さくなってしまった。現実にはそういうこともある。

 その後、プールでのパフォーマンスに移る。最初に行われたのは、柏木がバレエを踊る横で目黑がけいれんしたように身体を動かし、どたばたと倒れるというもの。盛大に水しぶきがあがる。この時、円形プールは赤く照明され、それほどあからさまではないものの、日の丸を表現しているようにも見えた。

 その次に梶村昌世が黒いチャイナ・ドレスでプールに入り、ドイツ語で話しだす。ドイツ生まれで、ドイツ語が話せるのは当然なのに、いつもドイツ人に「ドイツ語がうまいですねえ」と感心される、外見から来る先入観は消えないなどなど。日独通訳として働いていると、日本語では言いにくい内容が多くあり、そこで口ごもるのだが、理解されない、という。今から少しそうしたことを日本語で言ってみるが、演劇的に聞こえるかもしれない、と言うのが面白かった。

 梶村が日本語で話し出すと、ヴォイス・チェンジャーがかかり、男性のような太い声となって聞こえる。「私は想像する。原発が爆発する場合、何も汚染されない。遺伝子操作された食べ物を食べても何も影響がない。資源が無尽蔵にあり、いつまでたっても安定して提供される」。記憶に頼っているので正確ではないかもしれないが、そんな内容で、意図は必ずしもつかみきれなかった。

 その後もいくつかのパフォーマンスがあった。面白かったのは、目黑の身体を小舟に見立て、その上にお盆を載せ、白い和服を着て傘をかぶった柏木と梶村がそのお盆を挟んで座り、世界の国名で連想ゲームのような遊びをするもの。またワーキング・ホリデーやリタイアメント・ビザといった気軽に海外に住める制度のミニ説明会が、ごくリアルな調子で行われた。

【リハーサルから。目黑大路の身体を小舟に見立て、お盆を挟んで座った柏木と梶村が連想ゲームをする。撮影:井上嘉和、提供=KYOTO EXPERIMENT 禁無断転載】
【リハーサルから。目黑大路の身体を小舟に見立て、お盆を挟んで座った柏木と梶村が連想ゲームをする。撮影:井上嘉和、提供=KYOTO EXPERIMENT 禁無断転載】

 パフォーマンス全体の意図としては、日本の枠を超えた発想を持つことへのアジテーションだったと思う。中央の円形のプールは、日の丸の赤い円であると同時に、水の惑星・地球でもある。そんな二重性が徐々に感じ取れるように、仕組まれたパフォーマンスであった。

(9月28日午後2時の回)

House of Dance

 ティナ・サッターはニューヨークで活躍するアメリカ人の脚本家・演出家。ハーフ・ストラドルは彼女のカンパニーである。パンフなどによれば、サッターはとても高く評価され、将来を嘱望される若手であるらしい。

 House of Danceはベタに「ダンス教室」とでも訳そうか。マートルという男性教師のタップダンス教室での、ある夜の出来事を扱ったもの。出来事と仮に書いたが、出来事というほどのことは何も起こらない。リーという少年――だと思うが、性同一性障害の少女かもしれない――が明日の大会(かなり初級のものらしい)のため、マートルに個人レッスンを受ける。黒人でゲイの生徒ジョエルが見守って、音楽を入れたり、ピアノで伴奏したりしている。そこにブレンダンという若い女性が乱入してくる。過去に何かトラブルがあったらしくて「出ていけ」とマートルに言われるが、居座ってしまう。

 ストーリーらしきものはこれぐらいで、後は個人レッスンが行われていくのだが、なかなか個人レッスンらしくならず、しょっちゅう中断もする。ジョエルとマートルがカギを探しに倉庫に行くという、よく分からない理由でその場を外したり、「ピンクのアンジー(衣装かなにからしい)」を巡って、ジョエルとブレンダンが争ったりする。マートルがリーを肩にかついでゾンビに見立てて遊んだりする。大きな影が壁に映って、面白い。

 リーは家族と血のつながりがなく、運転手代わりに使われたりもしているようで、ダンスでの成功に、つらい境遇を脱出する夢を抱いているらしい。才能一発でどこまでも這い上がれるという、これまで様々な物語を通じてうたいあげられてきたアメリカン・ドリームである。しかし、この作品ではそんな夢がモチーフとしてショーアップされることはなくて、リーがこぶしを握って立っていても、他の人物が共感一つ寄せるでもない。リーが「明日の大会についてきてくれないか」とマートルに頼んでも、「教室があるし、行けない」というだけなのである。盛り上がらないこと、おびただしい。

 この作品全体がそんな調子で、物語の生成を慎重に避け続けている。「アメリカン・ドリーム」が、舞台の上で起動しないようにしている。かといって強く否定しているのでもない。物語を否定すればそれもまた、「アンチ物語」という物語になるわけで、それに乗る気もないのである。物語の種子があちこちにばらまかれている。人種やジェンダーもそうかもしれない。だがこの作品ではそうした要素も双葉が出るくらいがせいぜいで、大きく成長することはない。それは現代という時代の土壌のせいかもしれない。

 くすくす笑いが出る場面も多い。しかし「オフ・ビート」という感じでもない。「オフ・ビート」というからにはまず「キマル」状態になるビートがあって、それからそれを外さなければならないが、最初からそういう規範がない感じである。

 3人や4人によるダンスシーンがあり、それなりに格好いいのだが、盛り上がりそうになる直前で終わる。絶妙な短さ。ジョエルとリーは歌がうまくて、リーはなぜかダンスの時にも歌いたがって、マートルに「歌はやめよう」と注意されたりする。歌の醸し出す情緒が作品の中で孤立して見える。

【プログラム公式写真。踊る4人。左からブレンダン、ジョエル、マートル、リー。photo: THEY bklyn、提供=KYOTO EXPERIMENT 禁無断転載】
【プログラム公式写真。踊る4人。左からブレンダン、ジョエル、マートル、リー。photo: THEY bklyn、提供=KYOTO EXPERIMENT 禁無断転載】

 この公演をうまくまとめることは止めようと思う。レビュアーとしては一言、うまいこと(「ニューヨークから新しい風」とか)を言って終わりたいものだけど、そんなことをしてもこの作品にはかなわないような気がする。日本語で書かれたこのレビューを作/演出のティナ・サッターが目にする可能性はゼロだが、それでも、彼女の作品をネタに物語の生成に勤しむようなみっともない真似は止めておきたい。それよりも、この作品の索漠とした調子に、自分たちの生活にも通じるものを感じ取ることの方が、おそらく大事なのだ。

 作品全体の雰囲気としては、昨年F/Tで行われたイギリスのフォースド・エンタテインメントによる「The Coming Storm – 嵐が来た」に似たものを感じた。これもまた、物語を生成しないことに全力を傾けるパフォーマンスだった。よろしければご参照ください。
(9月28日午後5時の回)

【筆者略歴】
水牛健太郎(みずうし・けんたろう)
 ワンダーランドスタッフ。1967年12月静岡県清水市(現静岡市)生まれ。高校卒業まで福井県で育つ。東京大学法学部卒業後、新聞社勤務、米国留学(経済学修士号取得)を経て、2005 年、村上春樹論が第48回群像新人文学賞評論部門優秀作となり、文芸評論家としてデビュー。演劇評論は2007年から。2014年9月より、慶應義塾大学文学部で非常勤講師。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ma/mizuushi-kentaro

【上演記録】
KYOTO EXPERIMENT 2014

高嶺格「ジャパン・シンドローム~step3.“球の外側”
元・立誠小学校講堂(2014年9月27日‐29日)
構成・演出 高嶺格
出演 柏木規与子、梶村昌世、目黑大路
照明 高原文江
音響 西川文章
映像 中上淳ニ
舞台監督 石田昌也
テクニカル・コーディネート 尾崎聡
制作 小倉由佳子
製作KYOTO EXPERIMENT
共催 立誠・文化のまち運営委員会
主催KYOTO EXPERIMENT

チケット料金
一般 前売 ¥3,000/当日 ¥3,500
ユース・学生 前売 ¥2,500/当日 ¥3,000
シニア 前売 ¥2,500/当日 ¥3,000
高校生以下 前売 ¥1,000/当日 ¥1,000
ペア ¥5,000(前売のみ)
※ユースは25歳以下、シニアは65歳以上
※全席自由

ティナ・サッター/ハーフ・ストラドル「House of Dance
京都芸術センター フリースペース(2014年9月27日‐30日)
脚本・演出 ティナ・サッター
出演 ジェス・バーバガッロ、ジム・フレッチャー、ポール・ポントレッリ、エイドリアン・トラスコット
音楽 クリス・ジアルモ
振付 ハンナ・ヘラー
舞台美術 アンドレア・ミンシック
照明 ザック・ティンケルマン
衣装 エンバー・チャカルタシュ
字幕翻訳 エグリントンみか
初演プロデュース リチャード・マックスウェル
舞台監督 マウリーナ・ライオス
インターン エリック・ラールソン、ハンナ=レア・ノヴァック
広報Blake Zidell & Associates
カンパニープロデューサー アーロン・ローゼンブルム
カンパニーアソシエイト・プロデューサー サラ・ヒューズ
共同製作 ニューヨークシティプレイヤーズ
初演 2013年10月 アブロンアーツセンター
主催 KYOTO EXPERIMENT

チケット料金
一般 前売 ¥2,500/当日 ¥3,000
ユース・学生 前売 ¥2,000/当日 ¥2,500
シニア 前売 ¥2,000/当日 ¥2,500
高校生以下 前売 ¥1,000/当日 ¥1,000
ペア ¥4,000(前売のみ)
※ユースは25歳以下、シニアは65歳以上
※全席自由

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