ほりぶん「とらわれた夏」

◎傍若無人なつむじ風―振り切る演劇
 大泉尚子

ほりぶん公演チラシ 竜巻はその約八割がアメリカで起き、勢力も圧倒的に強いのだそうだ。近年、日本でも竜巻のニュースを時折耳にする。竜巻がなぜ発生するのか、そのメカニズムについてはまだまだ未解明の部分もあるらしい。ところで劇場でも突風に出っくわすことがある。たとえばナカゴー。ほんの些細なきっかけや動機で登場人物たちの感情が突如荒れ狂い、暴走に暴走を重ねる。牛や自転車や家までも空に巻き上げた「オズの魔法使い」の竜巻さながら、ヤダヤダという間もなく観客はその渦に巻き込まれてしまう。

  そのナカゴーを主宰する鎌田順也が墨井鯨子、川上友里(はえぎわ)と、去年の12月に「ほりぶん」というユニットを立ち上げた。初舞台というが、一体何が飛び出すのだろう。

 舞台にはシンプルな黒いテーブルと椅子のみ。おやつにドーナツをこしらえた母親の麦子(菊池明明・ナイロン100℃)が、揚げたてをみんなで食べたいからお父さんを呼んできてと娘のハナ(墨井鯨子)に言う。だが、何度促されてもなぜか娘は動こうとせず、母親と揉み合いになってついには叫び出す、お父さんは死んだんじゃない! と。レトロな家庭劇みたいなさりげなさ、でもちょいシリアスでワケアリげな幕開きだ。

 この家の主・タケゾウは女と駆け落ちした挙句、事故で死んだのだった。ショックで事実を受け入れられない母と、二人で生きていこう! と言うしっかり者の娘。そこに目の不自由な女・多恵子(川上友里)が現れる。遠い町まで出かけてきて、暑さで具合が悪くなったらしい。冷たいレモネードやドーナツを振舞った麦子は、初対面の多恵子の肩や髪に妙に女っぽい手つきで触れていたかと思うと突然後ろから抱きつく、あなたお帰りなさいと。それに反応して瞬時にタケゾウになりきった多恵子だが、ハナには助けてくれたお礼だとこっそり囁く。

 しばらくは曲がりなりにも安定を保っていた“三人家族”のもとに、またもや新たな人物・桑子(佐々木幸子・野鳩)が訪れる。彼女の父は老舗のトンカツ屋を営み、料理人としての腕を見込んで後継ぎにと望んだのは、婿である桑子の夫ではなく多恵子だったと言う。その父が亡くなったので、店の味を守るためにも飛び出した多恵子を迎えに来たのだと。

 どうしても連れ戻したい桑子。あくまでも自分はタケゾウだと言い張る多恵子。夫を、父を連れていかれたくない麦子とハナ。そこで女四人の大立ち回りが始まる「レディーゴー!」。全員が半袖のワンピース、色は白かブルー系という清楚な装いなのに、それが破れんばかりに組んずほぐれつの大乱闘。どさくさに紛れて、“親子”がテーブルや椅子の上に乗って組体操の三人扇をやったりもして、ぐんぐんしっちゃかめっちゃかになっていく。

 これがまたけっこう長い。こういう場面、正直、飽きてしまうこともある(マチネーだったら、つい夕食の献立を考え出したり…)。でも、作・演出の鎌田は客を飽きさせることを恐れない! 客の生理におもねない!! 飽きそうだなぁという頃合を狙って大音量でインパクトのある曲を流したりする演出があるが、そういう姑息な手は使わない。音楽などは一切流さないのだ。異常なGをかけ押しの一手で攻めまくる。

 そして、大奮戦虚しく押し切られた桑子は退散。残された三人は仲良く暮らすのかと思えばあにはからんや、またまた予想外の展開が―というところで幕。

 出演したのはいずれ劣らぬ曲者揃い。奔放さを内に秘めて健気に振舞う娘の墨井、おとなしやかに見えて妄想を生きる妻の菊池、黒眼鏡・ワンピース姿で仁王立ちのオヤジになりきる川上、無理やりな主張で多勢に無勢ながら狂乱しまくる佐々木幸子。一人でも充分に舞台を引っ張っていけるだけの存在感をもち、若い女性の上っ面をかなぐり捨てることのできる四人を集めて贅沢な布陣を組んでいる。山場での針の振り切れ方も全員ハンパではない。この冬の最中、女優の血と汗の結晶ならぬ、服の背中にじっとりと染み出した大きな汗のシミを見せてもらった。

【写真は「とらわれた夏」公演から。撮影=三上ナツコ 提供=ほりぶん 禁無断転載】
【写真は「とらわれた夏」公演から。撮影=三上ナツコ 提供=ほりぶん 禁無断転載】

  話は荒唐無稽だが整合性がつくところもあって、例えば多恵子がいきなり憑依したかのようにタケゾウになるのは、助けられたお礼という理由が示される。大暴れの場面も、四人の利害や想いの不一致によるもの。一応、とりあえずのワケはあるのだ。

 だが、ディテールは相当悩ましく込み入っている。桑子は多恵子に、夫と多恵子の不倫でできた息子もあんたを待っているというが、しばらくすると、多恵子はその子はあんたの子どもだと言い返す。また多恵子は言う。亡くなった先代は自分の腕を超えたのを妬んで私の目を見えなくした、私はもう人から何かを奪われることに耐えられなくなったのだと。さらに、娘だと言っていたハナが実は一人生き残ったタケゾウの不倫相手・ユミコで、ラストシーンでは多恵子に一緒に逃げようと持ちかける。最後に麦子は多恵子に、あなたは誰? 主人は死んだわ、出て行ってと言う。

 うー、一体全体、誰がいつ言ったことを信じていいのやら…。あれよあれよという間に物語は次々と脱臼させられていく。

 描かれたのは何だろう。家族ではない。彼女らは本物の家族ではなかったのだから。みんな嘘をついている。俺はタケゾウだ…なーんちゃっての多恵子、私は娘のハナ…なーんちゃってのユミコ、夫は死んでない、生きてるのよ…なーんちゃっての麦子。ここにいるのはなんちゃって家族?

 家族を描いたといえば、思い浮かぶのはカトリ企画「紙風船文様」シリーズだ。鎌田のほか、鳥公園の西尾佳織、範宙遊泳の山本卓卓など、当代のイキのいい演出家たちが岸田國士の戯曲「紙風船」を順に手がけていくという企画。シリーズを通じて、この二人芝居に登場する若夫婦を黒岩三佳と武谷公雄が演じた。

 鎌田が演出したその5(2014年5月)では、洋式便器の奥まで腕を突っ込んで抜けなくなった妻と疑う夫という、これまた奇想天外な設定になっていた。テキストも西尾版・山本版では比較的原作に忠実だったように記憶しているが、鎌田版は設定上、まったく変えている(あんまりといえばあんまりの冒頭の印象が強烈過ぎて、もとのセリフがどの程度生かされていのかは、今となっては定かではないのだが)。

 そのヘンテコな発端にもかかわらず、蜜月期からほんの少し倦怠期へと移行し、微妙にバランスの狂いが生じた夫婦のやりとりを巧みに描き出していた。その意味では、まったく違う形のものをしつらえながら、「紙風船」のエッセンスを実に忠実に抽出したとも言えるのではないだろうか。予想外に用意周到で緻密な構成が印象に残った。

 ところでタイトルの「とらわれた夏」というのも、どこかで聞いたことがあるようで気になっていた。調べてみると、ケイト・ウィンスレット主演のアメリカ映画「とらわれて夏」というのがあったのだ。原作は、十代の一時期サリンジャーと同棲していた経歴を持つジョイス・メイナードの「レイバーデイ」。

 夫に去られ人生を諦めかけた女と13歳の息子の前に脱獄犯の男が現れ、強引に家に入り込む。この三人が過ごした波乱の五日間と後日談を描いたもの。男は危害を加えるどころか、料理や家の修理をしたり息子に野球を教えたりと、この家に欠けている父親的な働きをするようになり、ついには母親の心までもとらえてしまう。
 欠落感を抱えた母子のもとに意外な闖入者が現れ、三人の擬似家族的な関係が結ばれるという共通性からも、この映画が何らかの意味で舞台の元になっているのだろうと推測される。

 映画は息子が主人公で、母への想いと父的な存在への憧れ、そして母の切ない恋や自分自身の性の目覚めなどが、揺れる思春期の少年目線で描かれていたようだ。では舞台「とらわれた夏」は設定をちょっと借りただけで、そうした要素とはまったく無関係なのだろうか。いやいやそうではないだろう。

 …なんちゃって…なんちゃってと話はコロコロ転がっていくのだが、擬似家族の関係性がすべて嘘で塗り固められているかというと、そうとは言い切れない。また、物語の細部は単に奇をてらっているとか大暴走シーンに持ち込むための完全にご都合主義的な道具立てかというと、それもNoだ。

 冒頭の不在の父を巡るもどかしくも悲しい場面や、むちゃぶりで父役を振られた多恵子がなりきってしまうところなどなど、なんちゃって家族が交わす瞬間瞬間の“ホント”が散りばめられている気がする。去っていった相手への虚しくも激しい思慕の情や打ちひしがれた肉親をいたわしいと思う気持ちが隠し味のように織り込まれている。それがテイクバックとして効いているからこそ、次の急展開にエネルギーが噴出する。こんなふうな映画の引用の仕方は実に自由で軽やかだし、「紙風船」で見せた周到な手つきにも通じるのかもしれない。

 一陣のつむじ風は、たっぷりの嘘と秘められたホントのかけら、笑いや切なさや汗や涙を一斉に巻き上げ、すべてを振り切るかのように吹き抜けていったのだった。
(2014年1月31日観劇)

【筆者略歴】
大泉尚子(おおいずみ・なおこ)
 京都生まれ、東京在住。70年代、暗黒舞踏やアングラがまだまだ盛んだった頃に大学生活を送る。以来、約30年間のブランクを経て、ここ数年、小劇場の演劇やダンスを見ている。2009年10月よりワンダーランド編集部に参加。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/a/oizumi-naoko/

【上演記録】
ほりぶん「とらわれた夏」
ムーブ町屋(2015年1月29日-2月1日、2月8日-11日)

作・演出
鎌田順也(ナカゴー)

出演
川上友里(はえぎわ)、墨井鯨子、菊池明明(ナイロン100℃)、佐々木幸子(野鳩)

スタッフ
照明・音響・制作 ほりぶん

チケット
前売り 2300円
当日 2500円

 

 


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