横浜ダンスコレクションEX2015

◎踊る肉体に表現の基盤を置いた作品が目立った
 竹重伸一

yokohamadance2 今年横浜ダンスコレクションは記念すべき20年目を迎え、例年のようにコンペティション以外にも様々なプログラムが展開された。その内私はオープニングプログラムである 20th Anniversary Special Performancesと題された横浜ダンスコレクションの歴代受賞者の中から選ばれた2人、山田うんと伊藤郁女の過去の作品の再演、そして9カ国90組の中から選ばれた4カ国10組の振付家が2日間に亘って競ったコンペティションⅠを観た。

 先ず 20th Anniversary Special Performancesについて。私が昨夏観たウイーンのインプルスタンツ国際ダンスフェスティバルでも同じようなダンスアーカイブ的なプログラムが組まれていたが、ダンス史の近過去を再検証させるこのようなプログラムはこれから益々重要になってくると思う。

 前半に上演されたCo.山田うんの「ワン◆ピース」は2005年初演時には5人の女性ダンサーで構成した作品を、同じ振付・構成による7人の男性ダンサー作品として再構築したものである。私は初演時には観ていないので女性ダンサー版との比較はできないが、五つのロッカーを巧みに使ったリズム感のある独創的な振付にヲノサトルの音楽の効果が相まって、確かにダンスとして観れば緻密に構築された作品である。しかし逆に言うとダンスでしかなかった。私の意識は二次元の同一平面上を右往左往させられただけだった。つまりこの作品には地獄も天国も存在しないのである。精神の垂直軸と関わらなければダンスは「人間が生きること」と無縁のものになってしまうと思う。

Co.山田うん「ワン◆ピース」
【写真は、Co.山田うん「ワン◆ピース」から。撮影=Yoichi TSUKADA 提供=横浜市芸術文化振興財団 禁無断転載】

 後半に上演された伊藤郁女の「SoloS」は2009年初演のタイトル通りのソロダンス。戦前の映画女優ルイーズ・ブルックスなど4面の女性のキャラクターを踊る一種のコスチュームダンスである。しかしキャラクターを踊るといっても自我の鬱陶しい内面性などは徹底的に排除され、ひたすら視覚的な表層のエロティシズムが追求されている。その象徴が冒頭のルイーズ・ブルックスのシーンで身体中に纏って登場し、最後にまた身に纏って退場したキラキラと輝くアクセサリーである。そのフェティシズムといっても良いゴージャスで鉱物的な質感こそがこの作品のモチーフであるように思われる。そこには纏う―脱ぐ、見られる―見るという女性からの意識的な誘惑の身振りがあるが、肉体から内面性が排除され、冷たく凍結しているために我々観客の視線は伊藤の肉体を支配できずにまた自分に戻って来るしかない。ここに無意識の視線による支配―被支配の関係を超えた新たなエロティシズムが生まれている。

 ただバレエの技術の支配下にある伊藤には肉体の垂直軸が足裏の一点から頭頂の一点へと繋がっている一本しかない。それ故踊りにぶれや揺らぎが生まれないのだが、本来肉体の垂直軸はそのぶれや揺らぎを孕んで、足裏の複数の点から頭頂の一点へと複数伸びているものではないだろうか。ぶれや揺らぎが肉体のメタモルフォーゼを生み出し、そのメタモルフォーゼにもエロティシズムは潜んでいるはずだ。

伊藤 郁女 「SoloS」から
【写真は、伊藤 郁女 「SoloS」から。撮影=Yoichi TSUKADA 提供=横浜市芸術文化振興財団 禁無断転載】

 

 2011年に横浜ダンスコレクションEXと名前を変えてから、コンペティションⅠを観るのは今年が初めてである。全体の印象として言えるのは、審査員に舞踏家の室伏鴻が入っている影響もあるのか、あくまでも踊る肉体に表現の基盤を置いた作品が目立ったことだ。特にニューヨーク在住の篠原憲作振付の「playtime」を除く日本人6組は全員がそうだったと言って良い。この傾向は今回出演した篠原や中国のヤン・ハオ/アリス・レンシー共同振付の「Outspoken」、韓国のイ・セスンのソロ「PolarPol.」の3組の作品がそうだったように、依然ノン・ダンス系のコンセプチュアルな作品が主流の世界のコンテンポラリーダンスの潮流とはズレがあるのかもしれないが、私は強く支持したい。ダンスとはダンサーの肉体と観客の肉体という物質を基礎にして想像的な時空間を舞台上に創り出すことであると私は考えているからだ。このダンスの評価軸をもっと世界に向けて積極的に発信すべきだと思う。

 10組の中では最高賞である審査員賞、若手振付家のための在日フランス大使館賞をW受賞した川村美紀子振付の4人の女性ダンサーによる群舞「インナーマミー」とやはりシビウ国際演劇祭賞、Touchpoint Art Foundation賞をW受賞した黒須育海/香取直登の共同振付による男性デュオ「RE:DEVISION」が抜きん出ていたと思う。

川村 美紀子「インナーマミー」から
【写真は、川村 美紀子「インナーマミー」から。撮影=Yoichi TSUKADA 提供=横浜市芸術文化振興財団 禁無断転載】

 

 川村はこれで日本の主なダンスコンペを総なめしたことになる。以前に観た「すてきなひとりぼっち」や「いちごちゃん」という作品ではジェンダーの領域での既成概念を打ち破る新しさと挑発的なアナーキズムが印象に残ったが、それにこの「インナーマミー」では空間的な抽象性の高さが加わったように思う。タイトルのインナーマミーは子宮的なカオスを意味するのではないかと思われるが、その音楽のリズムの高揚を伴った踊りのカオスは、ステージを升目上に区切って頻繁に移動する照明によって厳格に秩序付けられ昇華されていた。それ故に大地に向かうものと天に向かうものの両極のエネルギーの軋み合いの中に川村の精神の垂直軸がはっきり現れていたと思う。ただ踊りそのものはまだまだ粗く、世阿弥の言う「時分の花」の踊りで20代の肉体だけが可能にするものであり、年齢を重ねることによる生理的変化にどう対応していくかが今後の彼女の課題だろう。

黒須育海/香取直登「RE:DIVISION」から
【写真は、黒須育海/香取直登「RE:DIVISION」から。撮影=Yoichi TSUKADA 提供=横浜市芸術文化振興財団 禁無断転載】

 川村より2歳年上に過ぎない黒須/香取の「RE:DEVISION」は反対にとても静謐な、自分の記憶や無意識を弄っていくような作品。「一」と「二」の間の緊張関係がモチーフだと思われ、川村のダンサーにはないメタモルフォーゼする2人の肉体のエロティシズムが魅力的だった。惜しむらくは途中から振付によるシステマティックな動きがあからさまになり過ぎて、2人の肉体の間の緊張関係が弱まり、最終的に知的に制御された所に落ち着いてしまったことだ。フォルムの美しさよりも肉体の強度の方により重点を移して欲しいと思う。

 MASDANZA賞を受賞した梶本はるか「そしてとそれから」、奨励賞を受賞した小暮香帆「遥かエリチェ」と遠江愛「真っ昼間の独り言」はいずれも女性のソロで、それぞれ自分の身体性に誠実に向き合った踊りではあったが、3人共「自己表現」という限界を超えていないように思われた。同じく女性のソロであるRie Tashiroの「MI-gaku001」は音響・映像も含めた空間構築に才能を発揮したが、踊りがまだその空間に揺らぎや軋みを生み出すまでには至っていない。奨励賞を受賞したフィリピンのラゼル・アン・アクダ・ミッチャオ振付の女性デュオ「LA ELLE S’EN VA(there she goes)」は溢れ出るような女性2人のパッションに惹き付けられたが、踊りのイディオムは既視感のあるモダンダンスであった。他に前述の3組のコンセプチュアルな作品は、いずれも肉体自身の語る言語があまりにも乏しかった。

【筆者略歴】
竹重伸一(たけしげ・しんいち)
 1965年生まれ。舞踊批評。2006年より『テルプシコール通信』『DANCEART』『図書新聞』『シアターアーツ』等に寄稿。また美学校などのダンス関連の企画にも参加。
ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ta/takeshige-shinichi/

 

【上演記録】
横浜ダンスコレクションEX 2015
横浜赤レンガ倉庫1号館
主催 公益財団法人横浜市芸術文化振興財団

◇20th Anniversary Special Performances
[会場]
横浜赤レンガ倉庫1号館 3Fホール
[日程]
1月31日(土)19:00 開演
2月1日(日)16:00 開演

Co.山田うん 「ワン◆ピース」
振付・演出: 山田 うん
音楽: ヲノサトル
出演: 荒 悠平、川合ロン、木原浩太、小山まさし、酒井直之、城俊彦、長谷川暢
衣装: 池田木綿子(Luna Luz)
音響:江澤 千香子
制作協力: 上原 聴子(Co.山田うん)

伊藤 郁女 「SoloS」
振付・出演: 伊藤 郁女
音楽: ギヨーム・ペレ
照明デザイン: クリストフ・グレリエ
アシスタント: ガブリエル・ウォング
アニメーション: 伊藤 郁女
プロダクション: 伊藤 郁女 カンパニー (フローランス・フランチェスコ、エマニュエル・ロ)

[チケット]
一般前売:¥3,800
学生前売:¥2,800
当日は¥500増し

◇受賞者公演 <A TPAM Showcase Program>
[日程]
2月11日(水)16:00 開演
鈴木優理子(2012年受賞)振付:「BANANA」
[振付] 鈴木優理子
[音楽] カンノケント
[出演] aokid、安敏永、鈴木優理子
[協力] TOYOTA空間創造プロジェクト

13日(金)19:00 開演
キム・ボラ(2014年受賞) 振付:「Gaksi」(solo) 「Thank you」(共同振付)
※同時上演:2014年 コンペティションⅡ最優秀新人賞受賞振付家 中村駿 新作「カルテ」

15日(日)17:00 開演
中村蓉(2013年受賞) 振付:「顔」

[会場]
横浜赤レンガ倉庫1号館 3Fホール

[チケット]
一般前売: ¥2,300
学生前売: ¥1,800
3公演通し券: ¥5,000(前売りのみ)
当日は、¥500増し

◇コンペティションⅠ
[日程]
2月7日(土) 16:00
篠原憲作、梶本はるか、小暮香帆、Rie Tashiro、ヤン・ハオ / アリス・レンシー(中国)

2月8日(日) 16:00 *表彰式
ラゼル・アン・アグダ・ミッチャオ(フィリピン)、イ・セスン(韓国)、川村美紀子、遠江愛、黒須育海/香取直登

[会場]
横浜赤レンガ倉庫1号館 3Fホール

[チケット]
一般前売:¥3,300
学生前売:¥2,300
当日は¥500増し

◇コンペティションⅡ 新人振付家部門
[日程]
2月5日(木) 19:30
久保佳絵、酒井直之、田村興一郎、西彩子、三浦健太朗、山口晏奈

2月6日(金) 19:30
江上真子、大北悟、栗原千亜紀、高須悠嵩、長嶋樹、中屋敷南

[会場]
横浜赤レンガ倉庫1号館 2Fスペース

[チケット]
一般前売:¥1,500
学生前売:¥1,000
当日は¥300増し

 

 

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