連載企画 観客が発見する 第4回(座談会)

◎観客の世界を開く
 澤田悦子・田中瑠美子・黒田可菜・廣澤梓(発言順)

―ワンダーランドのとりあえず最後の企画は、観客から見た演劇を明らかにしたい、という狙いがあります。今回、芝居に関心がある人で、話していただけそうな人を選んだら、たまたま女子会になった(笑)。みなさんはワンダーランドの「劇評を書くセミナー」に参加しています。顔見知りだとは思いますが、あらためて演劇に関心を寄せているわけ、何が劇場に向かわせているのか、ご自身と演劇の関わりについてお話いただくところから始めたいと思います。

 芝居事始め

澤田悦子さん
澤田悦子さん

澤田:子どものときに観劇サークルに入っていたので、初めは母に連れられて見に行きました。ケの日とハレの日がありますよね。ハレの日がすごく好きなんです。お祭りごととかイベントごととか。劇場は夢の世界、そこへ行くのだと子どものときから思っていて、暗くなったときがいちばん好きなんです。次は何が来るんだろうとわくわくする。それを味わうために劇場に行っていたように思います。
 大人になってみると、ハレの日の裏側が見たい、どんな風に作って本番に持っていくのか、お芝居を見る時も作った人の意図や作者が考えていることをすごく知りたい、と思うようになりました。他の芸術作品よりも、お芝居はその人が捉えている世界をダイレクトに教えてくれる気がしますので。

―作者や演出家の方に興味があるということですか。

澤田:そうですね。役者の方々もそれぞれ世界の捉え方が違って、お芝居だといろんな人の見方が合わさる。そのグラデーションみたいなものを見るのも好きですよ。

黒田可菜さん
黒田可菜さん

黒田:わたしはもともと大学で演劇をやっていて、見ることは演劇をやることの延長線上にありました。見る側になったのは最近です。だから観客として見ることがあまりできてない。自分がやるときはこうやりたいな、と見てしまいがちです。
 でも、見ることは見ることとして面白いとここ1、2年でだんだん分かってきました。やる側として見ることと、お客さんとして見ることは随分違う。観客として見る楽しみはこれから探りたいという過渡期にある気がします。でも、例えば同じシェイクスピアでも、これだけ解釈が違うのかということは見ていて面白い。自分がそこからどれだけのことが受け取れるかというのは、今後は鍛えたいですね。

―大学時代は作・演出ですか、それとも俳優ですか。

黒田:両方です。一時期はどちらをやろうか真剣に悩んだこともありました。生活の兼ね合いもあったりして、役者や演出はもういいかな、と。でも、演劇はすごく好きで、でも演劇と関わるとしたら、いまは見る側として関わるのが現実的だなと思います。

田中瑠美子さん
田中瑠美子さん

田中:もともと古典が好きでした。祖父の世代はみな歌舞伎を話題にしていましたし、祖父自身が浄瑠璃三味線を趣味で弾いて語っていました。そういう雰囲気の中で育ったんですね。それから英文学の話になりますけれど、エリザベス朝演劇やギリシャ悲劇を学生時代に勉強しました。「王女メディア」の台詞を自分で読むのが非常に快感でした。そういうベースがあって芝居を見るようになりました。子どもが生まれる前の1980年代前半まではよく歌舞伎や文楽、文学座や俳優座などの新劇集団の舞台を見ていました。
 それ以降は仕事と子育てで身動きがとれなくなった。それでも、子どもが1人のときは歌舞伎座に手を引っ張って見に行ってたんですけど、3歳児は世話物なんか見てくれないわけですよ(笑)。荒事中心に見せたりしてたんですけど、、「暫」で「あのおじちゃんなんで座布団持ってるの」とか大きな声で言う(笑)。落ち着いて見られなくて、2人目ができたときには完全にお手上げ。そのあと20年以上、仕事も厳しくなりましたから、歌舞伎の贔屓の役者の舞台は見に行ってましたけど、ほとんど見ることができなかった。独身時代は映画も含めで月に8本ほど見られたのに、ほとんどゼロ。だからその頃をダークエイジ(暗黒時代)と呼んでます(笑)。
 25年くらいそういう生活で、ようやく解放されたのが2年前の3月。40年間の教職生活からリタイアしたのです。そこで、死ぬまでにし残したものはないかと考えました。俳句かな、絵かな、といろいろ考えて、ああ、そうだ、芝居を見残しているな、と。それでまた見始めたんです。
 歌舞伎は世代交代の時期で面白くない。それで現代劇を見始めようと思ったときに、「古典戯曲を読む会」やワンダーランドを知って、小演劇の情報収集と見方をちょっとつまんでおこうかなと劇評セミナーに参加しました。
 見始めて1年目が80本くらい、2年目は100本くらい。映画も100本ずつくらい見ていて、ドツボにはまってきたかな(笑)。今年からまた仕事を始めているんですが、とりあえず3年間は同じようにやってみようと思っています。

―芝居100本、映画100本。どんどん増えてますね。この調子だと、来年はどうなるんでしょう(笑)。田中さんが初めて参加したのは「劇評を書くセミナー2013」でした。それ以降、毎年参加していますね。

田中:1年目は聴講だけでした。

―それがだんだん深みにハマって(笑)今やブログ(「季節のはざまで」)を持つほどになりましたね。
 廣澤さんと知り合ったのは、まだ関西の学生時代でしたか。

廣澤梓さん
廣澤梓さん

廣澤:そうですね、当時わたしは神戸にいました。2007年11月の五反田団+演劇計画2007「生きてるものはいないのか」のクロスレビューの参加が、ワンダーランドへの最初の投稿でした。課題作品について400字なら書けるような気がしたのと、何より複数の人が同じ作品について書くということが面白そうだったので。

―クロスレビュー企画には条件がありました。実名であること、5段階評価を星印で責任持ってつける、という2つです。簡単そうで、これは意外にハードルが高い。関西から未知の方の応募だったので印象に残っています。あらためてうかがいますが、どうして芝居を見始めたんですか。

廣澤:はじめはすごくミーハーな動機です。高校生の頃、宮藤官九郎のテレビドラマが流行っていました。わたしは山口県下関市の出身なんですけど、高校卒業前の春に北九州芸術劇場ができたんです。そのこけら落とし公演のひとつに、劇団☆新感線が来る、と。主演が大人計画の阿部サダヲで、ドラマに出てたひとが見られる、と出かけたのが、劇場で芝居を見た一番最初です。大人がバタバタしてるなーと思った(笑)。
 もともと絵を描いたり見たりするのは好きだったので、芸術全般には興味はありました。芸術学が専攻できる大学に行って、卒論で演劇を取り上げようと思った頃から、意識的に演劇を見るようになりました。ちょうど『美術手帖』のコンテンポラリーダンス特集(「dance?? dance!? DANCE!!」2005年12月号)とか、『ユリイカ』の小劇場特集(「この小劇場を観よ!」2005年7月号)とか、舞台芸術全般が他分野からも注目を集めていた頃だったんです。

―その頃は主に関西の公演を見ていたのですか。

廣澤:頑張って勉強しようと見てた時期だったので、関西でやってるものはなんでも見てましたね。新喜劇みたいなものもたくさん見ました。あとは『ユリイカ』を読んで知った、東京のカンパニーの関西公演とか。だんだん精華小劇場や京都芸術センター、アトリエ劇研で見ることが多くなりました。

 見る芝居が変わってくる

―みなさんも経験があるかもしれないですが、本数を見ていると自分の好みが出てきます。あまり意識していなかった好みや志向にいやでも気付かされますね。

澤田:わたしは子どもの頃からそうなんですけど、コテコテしたものが嫌いなんです。過剰演出というか重ねていく感じのものがダメ。どっちかというと削ぎ落とし系が好きで、子ども時代はひとり芝居やひとり語りの舞台をよく見てました。たぶん、自分で勝手にイメージを膨らませることが出来る、想像することができるからだと思います。
 一時期は落語や講談を見てましたが、最近はその延長線上で、過剰な演出ではないもの、歌って踊る系じゃない舞台、会話劇で最終的に詰めていくような内容の公演をよく見ます。でもあまり閉じちゃうと面白いのが見られなくなるので、とりあえず話題になっている舞台、面白いと聞いた公演は見ようと思っています。

―派手な演出というか、最初にドーンと激しく動いて観客をつかみ、芝居の中に引き込む演出もありますね。

澤田:それはそれでありですけれど、好みではないし、今っぽくないと思います。最近のお芝居って最初に圧倒的な世界観を作るというよりは、徐々に広げていくタイプの人が多いように思います。最初はふんわり、なんとなく入ってくる。そういうのに今の空気を感じる。主義主張をはっきり言わない感じでしょうか。

廣澤:ワンダーランドの連載「もう一度見たい舞台」で取り上げた庭劇団ペニノの「アンダーグラウンド」(2006年9月、ザ・スズナリ)はほぼ無言劇でした。当時、喋らないのが今っぽい! かっこいい! と興奮したことを思い出しました(笑)。

澤田:かっこいい!って思うときありますよね。舞踊には20代の初めにすごくハマりました。何も喋らないのかっこいい! 突き詰めたら身体だ! とか言って(笑)。今は台詞も楽しみたい。そのときそのときの感じによって好みって変わりますね。
 こどもを産んでから、男性のつくる母性的世界観の芝居が嫌になりました。押し付けに感じて。いまは女性演出家による面白い芝居を見たい。男性が演出すると、女性の登場人物に葛藤があまりないんですよ。母性的なものをこんなダダ流しにする女はいないよ!と思って腹が立ってくる(笑)。女性に共感できる舞台が見たいと今は思います。

―黒田さんは、自分でやって面白いと思うものと、見て面白いものは一致していますか。

黒田:一致していないですね(笑)。でもそれはやってるか、やってないかではなくて、自分の人生ステージと面白いと思うものが如実に結びついているからだと思います。わたしも山口県出身なんですけど、山口には話題の芝居がやって来ないじゃないですか。見に行くのがすごくたいへん。だからたまにNHKで放映されるような芝居やそのイメージに近い劇団四季や蜷川幸雄演出の公演を見るのが楽しかったんです。
 でも大学に入ったら「演劇的中2病」みたいな時代がきて、寺山修司すっげーかっこいい(笑)。それも落ち着いてきたころ、演劇を見に行く目的が変わってきました。今は演劇とどう関わっていこうかというのが自分のテーマなので、演劇って何だろう? ということを扱っている舞台があると、個人的にぐっと興味が湧き、惹きつけられます。情緒的でほっこりするものよりは、構造的なものに踏み込んでいくほうが好みになりました。

―最近、その点で恰好の芝居ってありましたか。

黒田:そういう話をした後で言うのも何なんですが、劇評セミナーの課題になったイキウメ「新しい祝日」(2014年11月)は劇構造を使っていました。しかし、なぜかときめかない。わたしのそういう時代は終わったんだな、というのがここ1、2カ月の出来事です。今は仕事が忙しくて凄く疲れているので、もしかしたら芝居を見に行くのが、お祭り的感覚にだんだんなりつつあるのではないか、そういう気分を求めているのではないかという仮説があって、そうすると「ほっこり系」とバカにしていたものを、もしかしたら楽しめるんじゃないかと考えています。

―それぞれのライフステージによって、見えてくるものが変わるのですね。

田中:芝居を見たあとに、心が浄化されるように思える時があります。最近では(英国のナショナル・シアターの舞台を映像化した)NTL(ナショナル・シアター・ライブ)の芝居を見たときは非常に満足しました。25年前にロンドンで見たことがありますが、演技力、表現力が全然違う。来年あたりイギリスに行かなければと思っています。70年代から80年代にかけて蜷川演劇に目を見開かされたので絢爛豪華な舞台も好きですが、NTLの芝居には、台詞を大切にした、余計なものは削ぎ落された舞台の魅力を感じました。
 小演劇をたくさん見始めて、印象に残っているものは木ノ下歌舞伎と劇団チョコレートケーキ。木ノ下歌舞伎を見るようになったきっかけは「黒塚」(2013年9月)です。ワンダーランドの集まりでで教えてもらって、当日券しかなかったので1時間くらい並びました。会場は、ここでやるのかと思ったほど小さくて汚かった(笑)。

―横浜の十六夜吉田町スタジオですね。  

田中:20代・30代の青年たちが鬼婆の意識・心象をすごく明快に出していた。「黒塚」は猿之助のしか見てないものですから、こんな風に表現できるんだ、と目から鱗です。古典を現代に生かすと言うのはこういうことだな、と思ったんです。歌舞伎は今のままやっているといずれ滅びて行くと思うんですよ。だって様式だけでやっていたってしょうがないじゃないですか。それを現代で生かしていくにはどうしたらいいのかと考えたときに、これもひとつの方法だなと。それ以来、「東海道四谷怪談」「三番叟」などの木ノ下歌舞伎の舞台を見ています。
 劇団チョコレートケーキは、主義主張がはっきりしています。「治天ノ君」「サラエヴォの黒い手」「親愛なる我が総統」など、若い人たちがサラエボ事件やアウシュビッツをこんな風に考えているのかと感心しました。ただ突っ立ったままの、リーディングのような公演で、もっと演技の膨らみが出るといいなといつも思っています。気になるところです。

―劇の骨格がしっかりしているものが多いですね。黒田さんはいかがですか。

黒田:印象に残った作品って何だろうと考えていたのですが、あまり話の筋は覚えてない。瞬間瞬間のことしか覚えていないですね。あのときのあの動きが綺麗だった、あんな音がした、あのとき匂いも音もすごくて、何も考えられなかったな、とか。そういう意味では五感的に追い詰められた瞬間がある芝居はすごく記憶に残っています。でも、筋はまったく覚えていませんね。感覚的に見ていることが多いなあと、ちょっと反省してます。

―芝居はどういう見方がいいとか悪いとか法則があるわけではないですけど、その人にとって必要な部分が記憶に残りますね。

座談会
【写真は、左から廣澤梓さん、聞き手の北嶋、澤田悦子さん、黒田可菜さん、田中瑠美子さん】

 身体と言葉、観客

―澤田さんは削ぎ落とし系に惹かれると話していましたね。

澤田:削ぎ落されたというのは、テーマに対して深堀りしたという意味で使っています。(大学院で)社会学の研究をしていることもあって、今の空気を感じられることがいいと思っているんです。それは若いから、年をとっているからではないと思います。
 「小指の思い出」(2014年9月、東京芸術劇場)を見たときに、演出よりも脚本、いつまでたっても台詞が陳腐にならないのは素晴らしいなと思いました。今の芝居の多くは10年後見たら、必ず陳腐化するんだろうと思うんです。こんなこと今言わないと思うだろうな、と。でも、「小指の思い出」の台詞はいつまで経っても色あせないだろうと思いました。
 あと言葉と体が離れているということを感じたんです。わたしが最初に思ったのは、このお芝居は必ず手で文章を書くひと、手で原稿用紙のマス目を埋めているひとでないと出てこない台詞だということでした。そう思うと今のパソコン世代の作家の台詞は体と乖離したところから出てきている。身体の乖離と現代性ということを考えています。台詞に消しゴムで消して書きなおす葛藤がない。逆に「小指の思い出」は台詞に葛藤があったから出てきた台詞なんだろうと。昨年観た蜷川さん演出の舞台について思うのは、蜷川さんの演出は血肉が通っている。地面に立って歩いているひとじゃないと言わない台詞を演出する。体と台詞が乖離しちゃっている部分が、現代という時代のひとつの側面だなということを考えました。

―蜷川さんの演出だと、乖離が露わになっている、というのはどういうことでしょう。

澤田:近年の舞台の傾向として、台詞の言い回し、体の使い方で、今芝居をやっているということを出さないようにしている。日常的な台詞を多用して、舞台上の現実感を表現しています。でも、蜷川さんの演出だと、登場人物が現実的な台詞を喋ることで、逆にこのひとがこの台詞をこの体つきで喋ることはない、という違和感を感じたんです。

―廣澤さんはどう思いますか。

廣澤:えーと…作家の世界の切り取り方に興味があると、体や言葉の表現について澤田さんが話されているのを聞いて、ああ、わたし、そこには全然興味がないのだな、と感じていました(笑)。わたしが興味があるのは観客ですね。今は劇作じゃなくて、見ることに興味がある。

―廣澤さんが今まで劇評で取り上げた作品というのは、いわゆる建物としての劇場の中というよりは、野外のパフォーマンス、なのかもどうかよくわからない、ひとと言葉と風景とモノの位置関係だとか、ふれあいだとか、離れ方。そういうものに興味があるんじゃないかと思いましたが…。

廣澤:場所よりも観客への興味が先ですね。観客は例えば拍手や歓声によって演劇に関わっていますとか言うけれど、そういうことなのか? と思う。見ているだけで観客はどう関われるのか。何やっているんだろう、ということが演劇見始めて以来、ずっと気になっているんです。それはわたしが演劇をやったことはほとんどないけれど、見ることを通して興味を持ち続けているということに関係しているのだと思います。
 劇場じゃない場所で演劇作品として提示されているものだと、観客―その場合参加者と言われたりもしますが、主体的なアクションが多くなるので、比較して考えやすくなるかもしれないというところはありますね。あと劇場に頼って提示されたものを受け取るだけじゃなくて、能動的に見出して演劇を成り立たせるということも面白かったんです。今はまた劇場に興味が戻ってきているのですが。

―学生時代いろいろ見ていた芝居は劇場公演が多かったですよね。首都圏に来て、就職して、だんだん見るものが変わってきたのですか。それとも、見ているうちに自分の関心を掘り進めていって今に至るということなのでしょうか。

廣澤:ずっと関心は同じなんだと思います。どこに関心があるのか分かってきて、どんどん細く狭くなってきている。で、観客にしか興味がない! とか言ってみてる(笑)。演劇が好きなことは前提だと思うんですが、やる側主導のことが多くて、それはバランスが悪いというか、もうちょっと観客に委ねる部分というか、観客が広げられる部分もあったほうが面白いのではないかと思います。

―田中さんの個人的な観劇体験の中での「空白の20年間」を経て、前と今とでは見たいものはあまり変わっていないですか。

田中:ベースの部分はそうなんでしょうが、昔のものがすべていいとは決して思いませんよ。当時は都市センターホール、虎ノ門ホールなんかがありました。新劇中心です。「コーカサスの白墨の輪」や「るつぼ」「夜明け前」など印象に残っている作品もあります。20年を経てあらためて新劇を見るんですが、工夫されて、洗練されている部分もありますが、全体的に時代のテンポにあってないということを感じます。昔の指導体制が残っているのかなと。台詞の言い回しとか、もうちょっとテンポよくしてよ、と思います。新劇も工夫しているようなので今後は変わって行くでしょう。
 小演劇が予算のない中がんばっている。例えば木ノ下歌舞伎のような若者たちの陽性の作劇、いい意味での役者馬鹿!みたいなものは好感が持てます。出来不出来はもちろんあります。あと全体的に若い人の演技力は増していると思う。日常のチャットのような会話は上手ですよ。わたしたちはセンテンスで会話をしたいと思ってますが、若者たちは単語で会話をする。教師の立場で若者に接してきたわけですが、生徒の会話がどんどん細切れに、極端な話、単語だけになってきているのを感じます。「紙!」とか言われても、トイレの紙なのか何なのか分からない(笑)。

―教育現場は高校ですか。

田中:そうです。なので今はブログを書いていますが、昔はホームルーム通信というのを書いていました。当時、教師にも時間的なゆとりがありましたので、芝居や映画を見てきては書く。高校生は見もしないのに、おおーっと感心してましたけどね(笑)。本当は連絡とか、こんなことしちゃいけないといったことを書くんですけれど、そんなの面白くないじゃないですか(笑)。だからホームルーム通信を配って、芝居や映画の感想や紹介をしていました。今から思えば、当時の生徒が「ブログ」の最初の読者でした。

 うれしい託児制度

―もうちょっと具体的な話に切り替えます。今回のシリーズでみなさんに聞いているんですが、入場料についてどう思いますか。現状はリーズナブルだと思いますか。

田中:普通の人が1万円近いチケットを買って、そんなに何度も劇場に行けないと思います。歌舞伎の1万8000円もそうですね。だからわたしは3階席の6000円にしています。それでも高い。蓬莱竜太さんが3000円で見せてやると言ったそうなので、その心意気を買って彼の芝居を見に行ったんですけど、暗い話だったので気持ちががくんときました(笑)。新劇も6000円と高めですね。でも最近は観客を掘り起こしたいという意識が見られます。若者向けの割引は当然、初日やウィークデイの昼間は半額近くになったりする。シニア料金もある。大学も奨学金のシステムを工夫している時代です。劇団側にもそういう工夫が要るでしょう。3000円だと行きやすいですよね。

澤田:子どもが生まれてから、託児も頼まなくてはいけなくなったので、チケットが5000円超えるときついですね。託児代かチケット代がもう少し安いといいなと思います。

田中:公立の劇場でも1万円前後のお金をとることがありますけど、おかしいと思うんですね。あとそういうところのパンフレットも1500円、2000円と高い。

―入場料は経済の問題であると同時に、趣味や賭けの要素も交じってきます。高くても面白かったらいいよという人も多い。安ければいいというだけの話でもない…。

黒田:わたしは今身軽ですし、作る側がどれだけお金も時間もかかるか知っているので、面白かったら1万円だって払います。ですが、事前に分からないというところがある。食べてみないと分からない。こんなものに1万円も払ってしまった!と後悔したり。

―観劇にはリスクが伴いますよね。

澤田:ですが、演劇は子連れ客へのケアが進んでいて、他のジャンルに比べて見やすいと思いますよ。芝居には託児がついている。事前に頼めば、開演1時間前から終演30分後まで、決まった時間きちんと見てもらえます。美術館や映画館はそうはいかない場合が多いです。

―田中さんが先ほどおっしゃっていたような割引制度も含め、努力はあるけどバラつきがありますよね。

田中::歌舞伎やオペラは人件費がかかるから仕方がないという側面もある。ギリシャの劇場は舞台から一番遠い席は本当に安い。高い席の入りが悪いと、下りておいで、ってそこにいる若い人たちをを入れちゃう。今後の観客をどう育てるか、は劇団にとっても大きな問題です。儲け一辺ではだめだと思います。いい客を育てる。大劇場で1万円近くも払って、この「マクベス」は一体何! と思う反面、木ノ下歌舞伎の「黒塚」は3000円。素晴らしいですよ。

 観劇以前の問題も

―田中さんは20年を経て、客席が変わってきたと感じることはありますか?

田中:新劇は、客のほとんどがシニア世代。この前行った俳優座の「櫻の園」は前売り完売だったんですけど、場内を見渡すと俳優座の歴史とともに歩んできた人たちばっかり。つまりこれから消えていく人なんですね。若い人が入っていない。

―国立劇場のZ席でそれを感じました。舞台には若い人がいるけれど、客席には白いものが混じった人が目立つ。

黒田:満席の舞台って確かに、シニア世代が多いですよね。シニアの人しかいなくてガラガラの客席は見たことない。

澤田:マームとジプシーも最初は若い人が多かったのに、「小指の思い出」はシニアの人の方が多かったと思います。友達がイケメン俳優好きで、「テニスの王子様」ファンなんですけど、そういうところにいくとOLさんがたくさんいるそうです。逆に若い女の人しかいない。それで満席になる。若い層が求めているものと劇場でやっていることが違うのかなと思います。

田中:若い人は何を求めているんですか。

澤田:友達は「ときめき」だって言ってました。でも、どんなにイケメン俳優でときめきがあっても、内容がない舞台を見ると悲しいと。そこそこに面白い脚本でイケメンが出るといいと言っていました。そういうことなんですね。

田中:今労働条件がますます悪くなっていて、来る余裕がないのかもしれませんね。

澤田:お芝居の内容が良くて、これを見ていろいろ考えたいとかじゃなくて、そこにいけば夢の世界が見られる、普段を忘れさせてくれるようなものが見たい、イケメンがたくさんいて現実的でないもののほうが安心、なんでしょうね。どっぷり浸かっても嫌な思いしないし。逆にAKBは若い男の子がいっぱい。そういうものなんだと思う。生身の人が歌って踊ってるだけで感動しますよ。それは必要なんですね。アイドルを呼ぶとかも。

-大手の劇場でよくあるパターンですね。

澤田:でも敷居が高いみたいですよ。内容もよく分かんないし困るってジャニーズファンの子は言ってました。小難しいのは嫌だ、と。

―観客にいちばん関心があるはずの廣澤さんが黙ってますけど、なんか考えが違っていますか。

廣澤:…3000円ですらきついですよ。わたし自身、働いて7、8年になりますが、もらえる金額はどんどん減っているというのが現状で、見る本数は減る一方です。黙ってたのは、基本的に演劇を見るというところから話が始まっているのに違和感があったからです。わたしはまだなんとか払えますけど、娯楽に3000円払えないという状況は容易に想像できます。

黒田:仕事で20~30代の女性向け雑誌をつくっているんですが、よくうちの本買ったなというくらい生活を切り詰めている。漫画1冊買ってすごく娯楽した、という人にとっては、演劇見るなんて1年に1回あるかないかなんですかね。

―所帯別の収入をまとめた調査(国民生活基礎調査)によると、平均で537万円くらい。中央値だと432万円ちょっと。ボーナスを仮に2カ月分としても、月収30万円前後の所帯が半分以上を占めます。国税庁の民間給与実態統計調査でも、給与階級分布を見ると、男子は年間300万円台、女子は200万円台が最も多い。芝居を見るまでにいかないという指摘はよく分かります。文化資本という問題もありますね。地方では特に演劇を見ること自体が突拍子もない考えだということもあります。学校教育では、音楽や美術が「芸術」科目に入っていても、「演劇」は事実上省かれていますから、遠いんでしょうね。

田中:鑑賞教室はありますけれど、教科としてはないですよね。

 観客の時間

―これまで言い出しかねていたことはありませんか。

澤田:お芝居見ると喋りたくなるんです。他の人がどう見たんだろう、とTwitterやFacebook、ブログなんかを見ちゃう。そういう話す機会がもっとあればいいなと思います。

―田中さんは劇評セミナーに参加しながら、最初は劇評を書かなかったようですが、やはり書くことはハードルが高のでしょうか。

田中:高いですね。書くことには抵抗はなかったけど、演劇の見方に自信がない。表現方法もわからない。でも、例えばワインのテイスティングの教室に通ったことがあるんですけど、初めは甘いとか辛いとかいう程度の感想しか出てこない。だけど少し知識がついてくると「枯葉の風味がする」とか、「南国の甘いオレンジの香りのする」などの表現がいろいろ出てくる(笑)。お芝居もきっとそういうところがあるのだろうと思います。ただ面白い、面白くないではなくて、どういう風に面白いのか、とか。しかも小劇場演劇を見たことがなかったので、いろんな人の意見を聞こうかな、と思って1年間通いました。

―参考になりましたか。

田中:いろんな劇団を知ることができましたし、助言も与えていただきました。木ノ下歌舞伎の「黒塚」を発見できたし、「アマヤドリ」や「柿喰う客」が劇団名だということも知りませんでした。30代40代の若い劇作家のことを知ることができて、なかなか奥深い世界だなと今は思っています。そういう意味では、知識が入ったことで余計に書けなくなっているというところもあります。今年は2本を書いたので、3本目を書きあげたいと思っています。

―廣澤さんは、観客が感想をシェアする会を開いていますね。書くのと集まって話をするのは違いますか、やはり書くことは敷居が高いと思いますか。

廣澤:集まっていろんな人と感想を話し合うのは面白いですよ。そういう場はあったほうがいい。本当に、びっくりすることばかりです。自分の見方がいかに狭かったかが分かる。でもシェアしたい気持ちと、文章化はまた別の欲望だと思います。個人的には、今は書くことがだんだん面白くなっているので、以前ほど会はやれてないのですが。

―黒田さんはやる側から見る側への変わったということですが、見る側としてできることがないか考えることはありませんか。

黒田:大学の卒論が「演劇観客論」でした。観客が観客を演じたがるということを書いたんです。演劇をやりながらSNSで書き込んで後ろに投影されるような、ニコニコ動画みたいなことをしたり、だだっ広いところで芝居をやって、観客にどこに座ってもいいですよと言って、どこに座るか分析したりしたんです。観客が必要だというのをやる側からしか見てなかったわけですが、今は見ている観客の中には時間が流れて行くのだから、どういう身体状況でその2時間なりが進んでいくのかに興味があります。
 でも、書かなきゃ残らないな、とも思っています。ワンダーランドの劇評は作品論が多いので、それも必要なんだろうけど、わたしがやりたい活動は別だと最近思い始めました。見た人がどういう時間軸を辿ったかが分かるといいなと思っている。なんとかやり方を考えて、みんなが楽しくなるといいですね。

澤田:観客が観客を演じるという見方は面白いですね。わたしは観光学という社会学の一分野について学んでいるのですが、現地に行って観光客がどう振る舞うか調べると、観光客は自分の中でイメージしたことをイメージ通りに振る舞うんです。その場で楽しむというよりも、メディアで見たイメージを繰り返すためにその場に行っている。SNSにどういう写真をUPするかが重要で、その場が楽しいかどうかじゃないという話と近いと思いました。実は見てる人も見られていることを知っている。自分たちがどう思われたいかというのが発信するときにあるから、普通に演劇を見てるよりも、「わたしのなか」の観客像を作り上げているのかもしれないですね。

黒田:そういうことを気にしながら演劇を見ているのはひとりの活動で、広がりがない。見ながら目の前で起きていることだけを享受している状態なのか、第三者的な意識があって今わたしは面白い顔をちょっとしてみようとか。そう思ってやってみることってありますか(笑)。

澤田:わたしどちらかというと作品論が好きなんですけど、私の夫は、客席が盛り上がってなさそうだから拍手をしてあげようとか、すごくいい演技をしたから納得したような顔をしてみようとか(笑)。3列目ぐらいにいるとそう思うらしくて、役者さんに向かって「うんうん」うなずいたりしてる(笑)。だから作品の内容を全然覚えてない。観客としてそうするのが礼儀だと言っていて、プレイヤーとして見ている。わたしもだんだんそれが刷り込まれつつありますね。

黒田:やる側になると、客席は結構見えるし、人が入った舞台と入らない舞台は違う。観客がいるかいないかで質が変わる。見ているひとの反応によって変化するというのが体験としてあるから、見ているときに自分に何ができるのかは考えます。だから見た後に何をするかということよりかは、見ている最中に観客として何をするのかが気になりますね。

澤田:観客論って面白いですよね。

廣澤:演劇を見るのが好きな人の中には、観客への興味がある人は少なからずいるのですが、あまり表面化しないんですよね。

―文学の世界だと読者論という視角とジャンルがあって、いつも「読む」行為が問題になります。しかし演劇の世界で「見る」ことがきちんと分析されていないと思ってきました。そのための手がかりとして、劇評を書いて載せて、みんなで読んでみようというのがワンダーランドの始まりでした。観客との関係を閉ざすとおそらく演劇は枯れてしまうのではないでしょうか。この座談会も一つの手掛かりになって、観客の世界が広がるといいですね。今日は長時間どうもありがとうございました。
(2015年1月31日、池袋のカフェ)
(聞き手・構成=北嶋孝 編集協力=廣澤梓 撮影=水牛健太郎)

 

【略歴】(発言順)
澤田悦子(さわだ・えつこ)
 1980年生まれ。福島県喜多方市出身、東京都世田谷区在住。法政大学大学院、修士課程在学。20012年よりワンダーランド「劇評を書くセミナー」に参加。

田中瑠美子(たなか・るみこ)
 都立高校教員生活40年強。2人の子供の育児と教育、特に石原都政以来、年々過激・過剰・愚劣になる仕事のせいで、芝居や映画を見る余裕と体力がなかった。今、復活している。

黒田可菜(くろだ・かな)
 1987年生まれ。山口県のアマチュア劇団・劇団のんたにて役者デビューののち上京、東京学芸大学演劇学ゼミにて役者、演出などを経験。学生女優を主人公にして書いた小説が三田文学に掲載。現在は編集・ライター業を中心に活動。

廣澤梓(ひろさわ・あずさ)
 1985年生まれ。山口県下関市出身、神奈川県横浜市在住。2008年より百貨店勤務。2013年1月よりワンダーランド編集部に参加。観客発信メディア「WL」発起人。


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