三条会「失われた時を求めて~第7のコース『見出された時』~」

◎忘れえぬ「時」が来て「作品」を生きる 公演史・劇団史・個人史の交点で
 -三条会版「失われた時を求めて」の解説にかえて
 後藤隆基

 そしてある日、すべてが変わる――。

 三条会の「失われた時を求めて~第7のコース『見出された時』~」は、こんな言葉で幕をあけた。公演からひと月が経った今なお、この一言のはらむ〈意味〉が、これほど重く感じられるとは予想もしなかった。もちろんその〈意味〉とは、原作小説の解釈などではなく、舞台をみている自分が勝手に付与していたものなのだけれど、この「ある日、すべてが変わ」ってしまうということは、三条会アトリエにいた誰もが共有しえた感覚だったのではないだろうか。もしかするとそれは、マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』とはまったく関わりのない価値観である。けれども、三条会の「失われた時を求めて」にとっては、欠くべからざる価値観であったようにも思われる。とすると、それは同時に、三条会を媒介として、私たちがプルーストとつながりうる瞬間であったかもしれないのだ。
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劇団青年座〈マキノノゾミ三部作〉(「フユヒコ」「赤シャツ」「MOTHER」)

◎連続上演企画にかける劇団の気概と思い入れ
  後藤隆基

青年座〈マキノノゾミ三部作〉公演チラシある演劇人の名前がアチラコチラで目につく年がある。その意味で2008年は、じつにマキノノゾミの一年だった、といっても過言ではないだろう。

年の瀬の常と顧みれば、まず4月に沢田研二の音楽劇シリーズ「ぼんち」(わかぎゑふ作)を演出。8月にはM.O.P.に新作「阿片と拳銃」を書き下ろし、同時に劇団を2011年をもって解散する〈ファイナル・カウントダウン〉を発表した。が、当の本人たちはいたって力の抜けた気構えぬ発言を各誌に寄せており、この劇団をよくあらわしているようにみえた。

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新国立劇場『夢の痂』(作・井上ひさし、演出・栗山民也)

◎「述語」を「主語」に
後藤隆基

六月から七月にかけて新国立劇場小劇場[THE PIT]で上演された『夢の痂』(作・井上ひさし、演出・栗山民也)は、改めて云うまでもなく「東京裁判三部作」という連作劇の完結編である。『夢の裂け目』(二〇〇一)からはじまり、『夢の泪』(二〇〇三)と書きつがれた主題は、これまた断るまでもなく「東京裁判」である。第一作の『夢の裂け目』では、紙芝居を通して東京裁判のかくされた構造を明らかにした。つづく『夢の泪』は、A級戦犯・松岡洋右の弁護人を主人公にすえて裁判を〈内側〉から掘りおこす大胆な力業であった。そして、この第三部は――。

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文学座付属演劇研究所研修科発表会『天保十二年のシェイクスピア』(作・井上ひさし、演出・松本祐子)

文学座の研修科発表会が、信濃町にあるアトリエで上演された。劇団の研修生である彼らはおそらく二十代凸凹といった頃合い。たとえば、自分たちで劇団をもち、「小劇場」での公演を繰り返している同年代の演劇志願者たちと較べて、その活動は外部に向けて発信されることが少ない。文学座に限らず、いわゆる〈新劇〉系列の劇団に所属する若者たちが日頃どのような活動をしているのか。いずれ文学座を背負って立つやも知れぬ人びとの〈いま〉、その一端を知る恰好の機会である。

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三条会の「レミング~世界の涯てへ連れてって~」

◎舞台に生きた「夢そのものの劇」
後藤隆基(立教大学大学院)

ここに一枚の地図がある。右上に大きく「道のり」と印刷された地図には「千葉公園内特設三条会劇場」までのモデルコースが三種ほど記されていて、たとえばJR千葉駅西口からの最短距離を急ぐのもよし、東口から緑の歩道をたどってみたり、あるいは快速の止らぬ西千葉駅で下りて一寸のんびり歩いたっていい。むろん以外のルートをさがしてみても一向かまわないのである。特設三条会劇場にいたる「観客の散歩道」はそのまま千葉という都市の描写であり、地図を手に歩くわたしたちは仕掛けられた前提をたどりながら劇場へと向かうだろう。それはもう、観客が「三条会の『レミング~世界の涯てへ連れてって~』」と出会うための〈第一場〉なのだった。

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三条会 『砂の女』 (作:安部公房、構成・演出:関美能留)

◎男と女と、そして〈砂〉

今回、四演目という三条会の『砂の女』。北千住の、普段は稽古場という劇場に入ると、向かい合う客席に挟まれた2mばかり下、船底のような長方形の舞台空間は三方を壁に囲まれ、七人の俳優がそれぞれ男四人と女三人に分かれて準備運動めいていた。中央には長い縄梯子。観客はちょうど、舞台を下にのぞきみるような格好になる。その日に坐った席からみると、舞台の右手が出入りの袖代り、左手が天井までのびる劇場の黒壁である。その左手――壁がすなわち穴の底(下方)であり、右手は外界(上方)、というわけ。舞台をへだてて向う側の人には当然、逆に映っているハズだ。〈底〉を背に、女たちがいる。反対側に男らがいる。「のぞきこむように、ご覧ください」という俳優の挨拶に誘われ、エレキギターも狂おしいアメリカ国歌の「Introduction」が鳴れば、いよいよ開演である。 

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三条会「アトリエ杮落とし公演 2005年日本近代らりぱっぱ4部作」、そして『メディア』へ

◎月に跨り千葉通い

三条会が千葉市にアトリエを構えたらしい。そんな噂を耳にしたのは2005年の春である。1997年の旗揚げ以来、国内外さまざまの場所で演劇をつくってきた三条会が、ついに本拠地を手に入れたという報せは我が家を乱れ飛び、心はその話題で持切りだった。4月の落成に至るまでの事情は、Wonderlandに掲載された関美能留のインタビューに詳しい。戯れに、昨年梨園を賑せた中村屋の「ボス」襲名の言祝ぎに倣うなら、「新しい三条会」の活動はここから発信されるわけで、すでに、『メディア』(静岡野外劇場「有度」、5月)、『ニセS高原から』(こまばアゴラ劇場、9月)が生れている。そのアトリエの杮落とし公演が、市民参加の狂言『新・千葉笑い』(千葉文化センターアートホール、12月8日)を間に挟みながら、霜月から師走に跨る毎週末に、週変りで上演された。

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こまつ座『兄おとうと』

◎「唄芝居」の愉しさ

 『兄おとうと』は、今やこまつ座のお家芸となった「唄芝居」の真骨頂である。「吉野作造の評伝劇」というと何だか堅苦しそうだし、「憲法をわかりやすく考える」などと云われたらヤッパリイイデスと腰が引けてしまいそうだが、そうした主題を愉しく伝えるのが、一つ「唄」の効用である。そして、いかな偉人も「人びと」の一人であるというユーモア感覚が、学者と役人の、国家や憲法をめぐる議論を、「人びと」の暮しにまで降ろしてくれる。初演と変らぬ、辻萬長・剣幸・大鷹明良・神野三鈴・小嶋尚樹・宮地雅子という練達の俳優六人を擁し、戯曲の持つ明るさや軽演劇調の笑いを、鵜山仁がたっぷり懐の深い演出で包みこむ。戯曲と俳優、演出家、そしてスタッフの幸福な出会いが結晶したアンサンブルは、作品ごとにプロデュース・システムをとるこまつ座でも出色の座組みである。

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三条会組『ニセS高原から』

 九月のこまばアゴラ劇場は、五反田団・三条会・蜻蛉玉・ポツドールによる『ニセS高原から〜『S高原から』連続上演〜』が話題を呼んでいます。Wonderlandでも皆様たくさんのレビューをアップされていて、非常に賑々しい。一ヶ月という長い公演時間が、『S高原から』の劇時間に何となく重なるような気分に陥ったりもして。全体は二十七日まで。三条会組は残すところあと二回(九月二十四日、二十六日)です。

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三条会 『ひかりごけ』

 長野市の東南、JR長野駅から鉄道を乗り継ぎ山間を抜けること数十分、そこに松代町はあります。19世紀に幕末の雄、佐久間象山の提唱から建設・開校された松代藩文武学校内の槍術所で、三条会が代表作である『ひかりごけ』を上演しました。まつしろ現代美術フェスティバルの一環である「まつしろ現代演劇プロジェクト」の招待公演ということで、会場となった文武学校内の諸施設にはさまざまのアート作品がならんでおり、歴史ある町を舞台に現代文化の集う、興味深い催しでした。とはいえ、公演は遥か去る7月17日。三条会は、新作『ニセS高原から』の初日をすでにあけてしまいました。度重なる度を過ぎた遅筆にもはや言い訳も尽き、以下レビューです。

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