上品芸術演劇団「あたしと名乗る私」

◎存在と言葉へのこだわり、たとえばオノマトペなど
高木龍尋

「精華演劇祭vol.12 DIVE Selection vol.3 中島陸郎没後10年に捧ぐ『円形舞台への挑戦』」チラシ地上32階のレストラン…行ったことはないし、行こうともあまり思わない。高級なのだろうけれども、3階以上のところに住んだことがなく、10階以上の建物にもなかなかお目にかかる機会がないところで育った私には何となく縁遠い気がする。おそらくは、作・演出の鈴江俊郎さんもそのような気分の持ち主ではないだろうか。

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ぶんげいマスターピース工房「三人姉妹」

◎今、「三人姉妹」をどうするか? その傾向と対策
 高木龍尋

 ごまのはえが『三人姉妹』をやる……正直なところ戸惑う。ごまのはえといえばニットキャップシアターの主宰であり、作・演出をする毛深い髭面のずんぐりむっくり(失礼しました)である。その容姿を逆手にとって(?)、女装しドレスを着て胸元から地毛をわっさりと出して観客にある意味の嫌がらせ(重ねて失礼しました)をする男である。そんなニットキャップシアターの作品を観ていると、チェーホフがどうなるのだろう、どうなってしまうのだろう、といささか心配になってくる。しかし、今回は〈ぶんげいマスターピース工房〉という企画、昨年あったチェーホフの短編戯曲の競演で最優秀となったことで、今回の『三人姉妹』上演の運びとなったという。要は、『三人姉妹』をごまのはえがどうごまのはえ風にするかということである。

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ペンギンプルペイルパイルズ「審判員は来なかった」

◎これこそ小劇場演劇豪華版!
高木龍尋

「審判員は来なかった」公演チラシ 「今注目の劇団!」とか「人気劇団!」とか言われると、観に行こうという気が失せてゆくのは私の性格がひねているからだろうか。観ようと思ったらかなり前からチケットの予約をし、行ってみたらその劇団のファンで超満員、オチの前に笑う客、おかしなタイミングで泣く客……まず劇場にいるだけで居たたまれなくなる。それで、作品はというと……「木戸銭返せ!」とは言わないまでも、「半額返せ!」とは言いたくなることもある。〈遠くの大劇場で人気劇団もしくは人気演出家で高額チケット〉―これが落胆する場合に最悪なパターンである。

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デス電所「残魂エンド摂氏零度」

◎舞台と客席に体温を持つ人間が なりかわられることへの反措定
高木龍尋(大阪芸術大学大学院助手)

「残魂エンド摂氏零度」公演チラシ小劇場演劇に限ったことではないかも知れないが、演劇の、または劇作の大きな出発点となるのは「人間探し」「自分探し」と、「今」という時間・時代の認識なのだと思う。けれども、このところ劇場でよくよく感じるのは、現実の人間や世界には触れあわないものが増えてきているのではないか、というひとつの傾向である。

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France_pan「貝を棒で」

◎男と女の距離と作品と作品の距離、そして観察者
高木龍尋(大阪芸術大学大学院助手)

「貝を棒で」公演チラシFrance_panの公演は観ようと思っていた。というのも、前回公演「前向きな死に方」(2007年3月、精華小劇場)が私にとって衝撃的な作品だったからである。関西、というよりも大阪の小劇場には珍しく、何もしない、作品だった。何もしない、というのは勿論、芝居をしない、ということではない。舞台の上から観客の反応、つまりはウケを無闇に狙わないということだ。ひとりのダメ男が自殺するまでを淡々と舞台の上に載せてゆき、後方に張られた男の生命線となっている赤い糸を自ら切る瞬間へと集中してゆく作品には、観客に媚びたような箇所は全くなかった。ただ、作品の中の時間を進めてゆく…… それがダメ男の感覚の虚無と異常を客席にまでしのばせてきていた。

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ニットキャップシアター「お彼岸の魚」

◎私は誰?私は私。そして叩き壊し 「誠心誠意の毒」の証
高木龍尋(大阪芸術大大学院助手)

「お彼岸の魚」公演チラシ私の記憶の中に私の姿がないのは、言われてみれば至極当然のことである。鏡を見ている時間の記憶は別にしても、写真やビデオでも撮っていなければ、自分自身がいつどこでどのようなことをして、その様子がどんなだったかを見ることができない。たとえ撮っていたとしても、事後的に確認する、私の記憶にとっては傍証のようものでしかない。そして、忘れてしまえばその時間が消滅する。無論、過去にあった時間が消えてなくなるわけではないが、その時間がどのようなものであったか辿れなくなる。初めから見ることができない自分の姿はおろか、自分の耳で聞き取っていたはずの会話もである。そして、忘れたことも忘れてしまえば、それは二度と引き出されることはない。
さて、ニットキャップシアターの「お彼岸の魚」は人の記憶と、そこに基づく自分自身が最大の主題となった作品である。

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燐光群「チェックポイント黒点島」

◎この一言を言うために-「世界はこの場所で、お互いに繋がる」
高木龍尋(大阪芸術大大学院助手)

「チェックポイント黒点島」公演チラシかつて私は大学の文芸創作の授業で、今は退職されてお会いする機会もなくなってしまったけれども、今なお健筆を揮っておられる小説家の先生にこう伺ったことがある。
「この一言、この一行を書きたいがためにながなが書くことがあります。これも悪いことではありません」

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マレビトの会「アウトダフェ」

◎言葉が溢れ、言葉が失われる歴史を舞台に
高木龍尋

「アウトダフェ」公演チラシ劇作家に限らず、物書きと呼ばれる人には、書きたいこと、書こうとしていることとは別に、書かざるを得ないことや書かなければならないことがあるように思う。「初日までの日数がもうないから書かなければならない!!」とか、「編集者にずっと睨まれているから書かざるを得ない!!」というとても世知辛い外からの要因もあるかも知れないが、物書きの心の内から要請される物事があるはずである。その、書かざるを得ない、は書く内容についてもあるだろうし、どのように書くかということもある。関西人にあてはめれば、ボケとツッコミの会話にせざるをえない、オチのある話でなければならない、というところだろうか。

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TAKE IT EASY! 「葬儀屋オペラ」

◎「葬儀」は誰のため?
 高木龍尋((大阪芸術大学大学院嘱託助手)

 黒白のモノトーンの世界にいる「葬儀屋」と、華やかな世界(もちろん、探せば静かで地味なオペラもあるのだろうが)の「オペラ」……このふたつがどう繋がるのだろうか、と考えると不思議である。TAKE IT EASY! という神戸の劇団は作品を観る機会がこれまでなかったが、その存在は知っていた。タイトルはネットで見かけて知っていたが、チラシは見ていなかった。「葬儀屋オペラ」という不思議さに興味惹かれて観ることを決めた作品である。

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トリプルクラウンプロデュース「彼岸島の不思議な夏」

◎私たちはどんな言葉を話しているのか……?
 高木龍尋(大阪芸術大学大学院嘱託助手)

 遠景に青い空と見事な入道雲、群青の海に緑の島がぽつんとある。その島には、白地に一輪の彼岸花が染め抜かれた巨大な旗が、島とはアンバランスに掲げられている―というチラシである。「彼岸島の不思議な夏」というタイトルとこのチラシから予想できた世界、「彼岸島」という地名には何かオカルトホラー的なものを感じるし、「不思議な夏」からはメルヘンチックなものも感じる。探せばライトノベルと呼ばれる類の小説に見つかりそうな気もする。だが、完全にそうではないと言い切れないものの、この予想は見事に裏切られた。

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