リミニ・プロトコル「カール・マルクス:資本論、第一巻」

◎「本人」が演じる「ウソ」と「本当」 演劇への根源的な問いかけ
第二次谷杉(劇作家)

「カール・マルクス:資本論、第一巻」公演チラシ●巧みなウソとぎこちない本当
すばらしい風景を眼の前にして思わず「まるで絵のよう」と言った事はないだろうか。あるいは「音楽が聞こえてきそう」だと思った事はないだろうか。絵画や音楽、それは時として褒め言葉として使われる。
では「芝居がかっている」「お芝居みたい」というのはどうだろう? ここには人が他者を演じる=演技に関するうさんくささ、不信が表われてはいないだろうか?

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山岡徳貴子/ 作・演出「着座するコブ」

◎言葉にしづらい何かが滲み出る ブックオフじゃ、こうはいかないだろうな
第二次谷杉(劇作家)

▽閉じ込められる
「着座するコブ」公演チラシ東京芸術劇場小ホール、席は全て埋まっている。開演を知らせるベルが鳴る。観客席の左右、後方からシャッターを閉める効果音が聞こえる。前の席の女性が「えっ」と思わず振り返る。二間くらいの小さな商店とかのシャッターが閉まる音、電動じゃないやつ。心臓がキュッとする、ざわざわ、背中に少し汗が出る。「閉じ込められちゃったよ」心の中でつぶやく私。芝居が始まる。上手半分は古本屋の店内、下手半分にソファと小さな机、応接間、階段があり二階の廊下のようなところ、手すり越しにベッドが見える。下手奥から金槌、のこぎりの生音が断続的に聞こえる。

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