平山素子ソロプロジェクト「After the lunar eclipse/月食のあと」

◎自然と科学に向き合う生命体
 柾木博行

「After the lunar eclipse/月食のあと 」公演チラシ
「After the lunar eclipse/月食のあと」」公演チラシ

 あれはいつのことだったのか。もう二十年くらい前、たぶん日光あたりへ旅行に行ったとき、ちょっとした林の周りを散策していた。木々の根元はしっとりと水を含んだ苔が覆っている。そんなところを歩いていうちにふと、寝そべってしまいたい気になった。生い茂った緑の影に身を横たえて自然と一体になれるような感覚。ああ、いつか自分もこうした木々と一緒に朽ちて、大地に溶け出して拡散し、周りの植物や虫や鳥に取り込まれていくのだと。そんなことを思っていると、ふと意識までもが自分の体を抜け出して、美しい林の中へと拡散していくような気がした。平山素子のソロ公演『After the lunar eclipse/月食のあと』(以下、『月食のあと』と表記)を観た後に、そんなことを思い出したのは、まさに同じようなイメージの場面が出てきたからだけではない。それは侵食し合いながらも共生していかなければならない自然と人間の関係を、我われが3月11日以降、常に考えさせられているからだ。
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サンプル「ゲヘナにて」

◎進化する勇者たちの、革新に挑み続ける作法
 門田美和

「ゲヘナにて」公演チラシ
「ゲヘナにて」公演チラシ

 渦中にいると、変化の過程がよく見えないものですね。
 私は舞台芸術作品の字幕を作る翻訳者で、時々オペもします。ご存知とは思いますが「オペ」というのは字幕の操作 (オペレーション) のことで、舞台上の演者に合わせて、あらかじめ用意された字幕を表示させる作業のことです。今回、サンプルの『ゲヘナにて』という作品で、私は字幕翻訳とオペの両方を担当させていただきました。以下はその製作過程において、私がそれまで保持してきたポリシー的、信条的な概念を、演出家の松井周氏に、スタッフに、サンプルの皆さんに、がっくんと根底から覆された記録です。
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あうるすぽっとプロデュース「おもいのまま」

◎舞台のエネルギーと身体感覚
 志賀信夫

「おもいのまま」公演チラシ
「おもいのまま」公演チラシ

飴屋の復活

 飴屋法水は80年代、東京グランギニョルによって一世を風靡した。これは怪優といわれた嶋田久作も所属していた劇団で、パフォーマンス性の強い舞台を展開した。さらに三上晴子らとM.M.Mを結成し、「スキン」シリーズで新しい前衛と認識された。また自ら血液を抜き、他人の血液を注入するなど、身体性の強い表現行為を行っている。そんな飴屋はヴェネチア・ビエンナーレに精液の作品を出した1995年以降、アート活動としては沈黙を守っていた。
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クロスレビュー挑戦編8月は極東退屈道場とJACROW

 クロスレビュー挑戦編8月の対象公演は、極東退屈道場「サブウェイ」(伊丹アイホール、8月11日-14日)と、JACROW「明けない夜 完全版」(シアタートラム、8月25日-28日)の2本に決まりました。特に極東退屈道場は大阪が拠点。関西初のクロスレビュー登場となります。
 レビューは★印による5段階評価と400字コメント。締め切りは公演楽日の翌日、それぞれ8月15日と8月29日です。公演をご覧になった方の応募を歓迎します。採用分に薄謝を差し上げます。
 9月公演の応募締め切りは8月15日(月)。「周知と評価」の機会をご検討ください。(編集部)
>> クロスレビュー挑戦編応募要項

連載「芸術創造環境はいま-小劇場の現場から」第11回

 田辺剛さん(劇作家・演出家・「アトリエ劇研」ディレクター)
◎京都は母港。試行錯誤が許される場所

 今回訪ねたのは、京都下鴨のアトリエ劇研です。学生の多い京都で、1984年からずっと若い演劇人の活動拠点となってきました。東京や大阪といった大都市からちょっと離れているという地理的条件、街の大きさ、行政との歴史的な関係、アトリエ劇研の使命など、この春から京都市民となったワンダーランド編集長が、アトリエ劇研ディレクターの田辺剛さんに、京都ならではのお話を伺いました。(編集部)

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shelf「untitled」

◎いま、言葉と身体を問う意味
 志賀信夫

「untitled」公演チラシ
「untitled」公演チラシ

演劇と身体性

 shelfは2008年8月、利賀演劇人コンクールに出品した『Little Eyolf ―ちいさなエイヨルフ―』で主演の川渕優子が最優秀演劇人賞を受賞した。そのshelfの主宰・演出家が矢野靖人である。矢野は北海道大学在学中から舞台づくりを始め、青年団の演出を経て、2002年にshelfを立ち上げた。「shelf」という劇団名は「book shelf」つまり本棚の意味で、矢野はその本棚にある多くのテキスト(言葉)と身体の関係を追求している。
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東京芸術劇場「20年安泰。」(芸劇eyes番外編)

◎二十分と二日間と
 水牛健太郎

「20年安泰。」公演チラシ
「20年安泰。」公演チラシ

 そう言や水天宮ってどんな神社だろう。東京に住んでいた時には考えたこともなかったそんなことが気にかかり、劇場に行く前に立ち寄ってみれば、妊婦さんや、無事に生まれた赤ん坊を連れたお礼参りの家族の姿、折からの雨にけぶっていた。水天宮はつまり安産の神社で、祭神は安徳帝。「なみのそこにもみやこがさぶらふぞ」。なるほど水天宮とは水底の宮城の意味に違いあるまい。にしても壇ノ浦、祖母に抱かれて海中に没した悲劇の幼帝が安産の神様とは。
 きらきらおべべの六歳児が、サンゴきらめく海の中、赤ん坊の手を引き引き泳ぐ様子が目に浮かぶ。母の内なる羊水の海を、あの世からこの世へ赤ん坊を引率する。頼りになるお兄ちゃんぶり。「こんな骨折り仕事を千年も続けちゃ、さすがのおれっちも肩が凝る」と言ったとか言わぬとか。紛れもない惨劇の被害者に安産をお願いする人間の図々しさ、いや強さ。
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The end of companyジエン社「私たちの考えた移動のできなさ」

◎豊穣な貧しさを編みあげるために
 綾門優季

「20年安泰。」公演チラシ
「20年安泰。」公演チラシ

 『20年安泰。』という、どう甘くみても少々喧嘩腰なタイトルの付されたこのショーケースは、芸劇eyes番外編として企画され、ロロ、範宙遊泳、ジエン社、バナナ学園純情乙女組、マームとジプシー(上演順)の5団体が参加し、それぞれ25分程度の短編を上演した。
 ジエン社「私たちの考えた移動のできなさ」は、そのちょうど真ん中3番目に上演され、大きくはないもののあまりにも漠然としているためにとっかかりがなく取り除きがたいしこりを僕に残した。バナナ学園純情乙女組に立ち向かうために辛うじて温存しておいた体力さえじわじわと奪われ、終演後、体内を循環しているのは真っ白な虚脱感だけ。「してやられた」と呟いた。思いのほか反響しなかった。
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茶ばしら「茶家 ひみつ基ち 」(クロスレビュー挑戦編第11回)

 茶ばしらの「3つのかえる」が当日のプログラムに書かれている。「帰ろう こどもに還ろう 自分自身に立ち返ろう」だという。その上で「虚構の中にある<ウソから出たマコト>を通して、見えるもの。見えないもの。肌ざわり。においや温度」があるという。果たして今回の上演からそれらがどのように感得できたのか。5段階評価と400字コメントをご覧ください。掲載は到着順です。(編集部)

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劇団ヘルベチカスタンダード「星降る夜」

◎古くて新しい、そして贅沢なお芝居
 水牛健太郎

「星降る夜」公演チラシ
「星降る夜」公演チラシ

 その日、京都市内で朝から二つも芝居を見て疲れていた。あと一つ予約があるけどどうしようか。チケット代千円の学生劇団。はっきり言って期待値は低い。帰って小説を読んでもいい。
 しかし根がマジメにできてる私は、京都大学構内での演劇公演の雰囲気を知るのも悪くないと心を奮い立たせ、会場へと向かった。探し当てた西部講堂は文化財級の見事な瓦屋根。テンションが高まるも、上演時間百三十分と聞き、見る前からげんなりもした。そんな長丁場、乗り切れるだろうか。
 しかしいざ芝居が始まると百三十分は長くなかった。それどころか、京都に来てからみた芝居の中で、(今のところ)一番の当たりだったのだ。
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