【レクチャー三昧】2011年11月(と12月の一部)

 この時期レクチャーの検索をしつつ胸の内に唱うるは、「世の中にたえてF/Tなかりせば秋の心はのどけからまし」。どのみち、同じ日時にはひとつの催しにしか行けないわけなんですが。
(高橋楓)
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第七劇場「かもめ」

◎ポスト・カタストロフィを生きる人々の終わりなき遊戯
 大岡淳

1 『かもめ』という戯曲

「かもめ」公演チラシ
「かもめ」東京公演チラシ

 チェーホフの『かもめ』はつくづく恐ろしい戯曲だと思う。まず一演劇人として見た場合、この戯曲の世界では、いかなる演劇の形も肯定されていないことに驚かされる。母アルカージナは、偉大な女優であるらしいのだが、息子コースチャから見れば、旧弊で紋切型で大時代的な演劇を代表する存在である。一方、コースチャは自らが執筆したなにやら前衛的な台詞を恋人ニーナに託すのだが、硫黄の匂いをたきしめもするその「新形式」の演出は、アルカージナの取り巻き連中の失笑を買うことになる。
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Pカンパニー「曼珠沙華」

◎チェダーチーズと涅槃像-阿藤智恵の新作『曼珠沙華』を観る-
 間瀬幸江

Pカンパニー公演チラシ
Pカンパニー番外公演チラシ

 劇作家の阿藤智恵が、会心の作を世に送り出した。Pカンパニー番外公演その弍「岸田國士的なるものをめぐって~三人の作家による新作短篇集」(2011年9月30日~10月5日)の三番目の演目となった『曼珠沙華』である。二人の男の対話で構成されるシンプルな30分の小品であるが、心地よい驚きに、観劇後はしばし席を立てなかった。
 この9月は、ポツドールが『おしまいのとき』で、チェルフィッチュが『家電のように解り合えない』で、人と人とが「分かり合う」可能性をめぐる希望と絶望のテーマが扱われて話題になった。しかし、『曼珠沙華』は、この二本の話題作では解決されていなかったかあるいは解決できないことじたいがメッセージとして提示された問題を、あっさりと飛び越えてしまった。阿藤は、人と人との「分かり合い」に期待しないどころか、その可能性を想定さえしない。けして諦観でもニヒリズムでもペシミズムでもない、何かもっと別の思想体系に根ざしたそのことが、ひとつの「救い」として差し出されている。
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ジェニー・シーレイ演出「R&J」(ロミオとジュリエット)

◎“平等に、不平等”という希望
 安達真実

「R&J」公演チラシ
「R&J」公演チラシ

 舞台は、現代のとあるコミュニティーカレッジの一教室に始まる。「シェイクスピアを学ぼう」というテーマの講座が開講され、その初回には、多様な受講生達が集う。そこで、数年前まで女優をしていたという茜先生(金崎敬江)の「実際に演じてみるのが一番」との提案のもと、教材として『ロミオとジュリエット』が選ばれ、劇中劇として展開してゆく。

 多様な受講生達、と言ったが、まず姿形からして様々である。いわゆる障害者も含まれている。ろう者や、左手首から先の欠損者、身長110㎝の小人症の者、日本人もいれば、イギリス人もいる。多様なのは外見のみならず、ひきこもり気味で、親に申し込まれてしぶしぶ出てきた青年もいれば、逆にやや躁病的にアッパーなテンションの者もいる。役と同時に実際がそうである者と、単に役としてのみそうである者とが混在している。
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絶対安全ピン「one box 四角い私たちの様子は」(クロスレビュー挑戦編第17回)

今回の「one box」は若手演出家コンクール2007優秀賞受賞作の再演ですが、原型をとどめないほど変わった、と劇団Webサイトに出ています。「想像しえない『宇宙が出来る前』を無理やり想像して、どれだけでたらめなことを語れるかという芝居」だそうです。
レビューは★印による5段階評価と400字コメント。掲載は到着順です。(編集部)

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エイチエムピー・シアターカンパニー「最後の炎」(クロスレビュー挑戦編第16回)

 「エイチエムピー」は“Hamlet Machine Project”の略。1999年にドイツの劇作家ハイナー・ミュラーの『ハムレットマシーン』を上演するために集まり、2001年から大阪を拠点に劇団として活動を始めました。かなざわ国際演劇祭、大阪現代演劇祭〈仮設劇場〉WAなど多くの演劇フェスティバルに参加。実験的な舞台創作とリアリティを追及する手法が評価されているそうです。今回は「同時代の海外戯曲」シリーズ第1弾。現代ドイツを代表する劇作家デーア・ローアーの2008年の作品を取り上げました。伊丹公演の後、仙台で10月28日、川崎で11月3日-6日に公演が予定されています。レビューは★印による5段階評価と400字コメント。到着順の掲載です。(編集部)

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山下残「庭みたいなもの」

◎庭よりも広い「庭」
 中野三希子

「庭みたいなもの」公演チラシ
「庭みたいなもの」公演チラシ

 チケットを提示し、案内の矢印に従って進む。どうも既になんだかおかしい。観客が通るにしては、ここは暗いし雑然としている。無頓着に舞台裏を通らされているような気がしつつ、スタジオに入る。目に入ったものは、「庭みたいなもの 営業中」と書かれた、古ぼけて汚れた看板…はまだいいとして、板張りの、ステージと思しきばかでかい箱である。足元に気をつけて進んでください、といわれても正直意味が分からない。私はどこに行くんだろう。促されるままに数段の階段を踏み、入口をくぐって箱の中に入った先に広がっていたのは、…なんなんだろう。錆と埃の匂いがするような、作業小屋の廃墟、だろうか。
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11月のクロスレビューはモナカ興業と田上パル

 11月のワンダーランド・クロスレビュー挑戦編は、モナカ興業「43」(下北沢小劇場楽園、11月9日-13日)と田上パルSP2本立て公演「タイトな車」「日記ちゃん」(アトリエ春風舎、11月18日-27日)です。
 モナカ興業の森新太郎は演劇集団円演出部所属。千田是也賞、文化庁芸術祭賞優秀賞を受賞した若手演出家です。モナカ興業では2005年の旗揚げから劇作家フジノサツコ作品を上演してきました。今回もフジノ作、森演出です。
 田上パルの特別公演は1本目「タイトな車」が末田晴(ブンメシ)作、高羽彩(タカハ劇団)演出、田上豊(田上パル主宰)ら出演。2本目は田上作の一人芝居「日記ちゃん」です。2008年から3年間、富士見市民文化会館キラリ☆ふじみでレジデントカンパニーとして活動してきました。
 どちらの公演も見た人はだれでも、5段階評価と400字コメントでクロスレビューに参加できます。応募要項は次のページをご覧ください。採用分には薄謝を差し上げます。(編集部)
http://www.wonderlands.jp/crossreview_challenge/


世田谷パブリックシアター「現代能楽集 VI 奇ッ怪 其之弐」

◎<劇的>なるものの威力
 高橋 英之

「現代能楽集VI『奇ッ怪 其ノ弐』」公演チラシ 「このあとすぐ、アレが、この村を襲ったんだよ」

 このセリフと同時に、全ての光が失われ、音が止み、舞台の上で繰り広げられていた希望あふれる村の祭りの準備の雰囲気がたちどころに消え、正に、<劇的>なるものが降臨した。
 劇作家・木下順二は、<劇的>なるものの効果として、「逆転を伴う発見」ということ指摘している。能の物語ではなく構造そのものにチャレンジした前川知大の『現代能楽集』は、紛れもなく<劇的>なるものを舞台に立ち上げた。死者として舞台に立つシテと、その姿をひたすら見守ることによって魂の救済を試みるワキ。死者と生者の出会いとなる前場と、死者たちの記憶の場を呼び覚ます後場。この夢幻能の構造の力を借りて、前川知大は衝撃的な「逆転を伴う発見」をもたらしてくれた。
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三浦基/地点「かもめ」、Baobab「Relax★」、ヤニス・マンダリス/ファブリス・マズリア「P.A.D」

◎そして祭は終わる-KYOTO EXPERIMENT 報告 最終回
 水牛健太郎

 秋分の日(9月23日(金))から始まった京都国際舞台芸術祭(KYOTO EXPERIMENT)は10月16日(日)、全日程を終了した。したがってこのリポートも4回目の今回が最終回となる。13日(木)以降に見た作品について報告したい。

 三浦基/地点の『かもめ』を13日に三条通のART COMPLEX1928で見た。もとは新聞社の建物だったといい、上演が行われたのはそのうち、奥に小さな演壇のある講堂である。演壇には丸い額縁のようなものがついている。この部分を含め、壁から天井にかけての左官屋さんの仕事が丁寧で美しい。1928とは昭和3年の意味であろう。昭和初期の京都の職人の技術の素晴らしさ、それを支えた京都の豊かさがしのばれる。
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